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橋を訪う人・5

新書「橋を訪う人」5


キャビク島は、正確にはキャビク諸島、となる。古くは古代文明も存在した、由緒のある、独立国家だった。現在はコーデラ領だ。最後の王ファルジニアは女性で、コーデラの王子オルボデアスを婿に迎えた。二人の息子ニキウスが王位についた時に、正式にコーデラ領になった。女王の最初の夫はコーデラとの闘いで死亡しているので、歴史的には、国のための政略結婚と見なされていた。しかし、フィクションでは、二人は運命的な恋をした、と書かれる事が多い。

どちらにせよ、それは千年前の事であり、二人の王家も、その曾孫の代に絶えていた。北東部は、その頃はラッシル領だったが、当時のラッシル皇帝ピートル三世は浪費家で、借金の精算に、コーデラに売った。そのため、最終的には諸島は全てコーデラ領になった。

ラッシルのほうが地理的に近く、コーデラ側で一番近い港町はシラルだが、街のあるサイベラ半島は、殆どラッシル領だ。しかし半島のラッシル側には、直接に島と海路を繋げている街は、今はない。航行権も精算の内だったからだ。それで、キャビク島からラッシルに行くには、一度、船でシラルを経由する事になる。

半島からタニアス海峡と、諸島の島を橋と転送装置で繋ぐ計画が、以前からある。カオスト公爵が中心になり、ラッシルとも共同で企画している物だ。北部と西部の港は、東部や南部と異なり、暖流の恩恵をほとんど受けられず、晩秋から早春、特に冬は凍結してしまうので、その対策である。北部から西部は、入り組んだ海岸と、小島が点在し、上手く繋げば、北西部の利便性が上がる、と考えられて、計画された。しかし、この計画は、一部の反対も強く、トラブルで中断する事が多々あった。

橋の計画は有名だったが、場所は認知度が低く、夏に南部を旅する人が、岬や入り江の端で、向かい側に渡ろうとして、地元の人に、

「橋はどこですか。」

と問いかけてしまう事がある。

地元の人は苦笑いし、

「ほら、その辺りに埋まっているよ。」(埋める、は、無くなる、死亡するの意味がある。)

と、夏だけ咲き誇るライラックの繁みを指した。このため、ライラックは、「ハシドイソウ」とも呼ばれる。


一番大きな大キャビク島(通常、キャビク島と言えばここ)は、中心に十字形に山の連なるキャビク山脈があり、真ん中はキャビク火山だ。最後の噴火は二百年前だ。

十字の山脈は、東部と西部、北部と南部を分けていた。陸路もあるが、往き来は主に船で、島の縁を巡るように行う。

役所や船会社、公立の教育期間は、主に東部に集中している。一番賑やかなのは、ポルトシラルという、大きな港湾都市だ。しかし、行政機関と、いわゆる領主の館は、内陸に入った、アルトキャビク市にある。もともとの島の領主が住んでいた城跡や、古代遺跡もある、古い都市だ。内陸は海岸より寒いが、ここは地熱を上手く利用して、牧畜や農業を行っている。

正式な魔法院はないが、学校には魔法科があり、成績優秀なら、魔法院に行ける。騎士団は常駐していない。西部から北部を経て、ポルトシラルまでは、現在はカオスト公爵領となっている。ここでの彼の屋敷は、アルトキャビク城にある。

南西部はテスパン伯爵領だったが、今はコーデラ直轄領だ。南東と中央部もコーデラ直轄領になる。島全体としては、今は管理はカオスト公爵になる。ただし、土地と税金の管理の代行で、政治的には、自治に任せていた。

このため、殆ど自治領のようなものだった。王家は絶えて久しいが、各々の街は、独立した自警団を設置していた。公爵の私設の警備団とは不仲で、あまり交流もない。

東部と南部は、海流の影響で、緯度のわりに暖かく、人口も多い。南部の漁港ニアへボルグは、貿易港であるポルトシラルには及ばないが、活気のある港町だった。この地域は、真冬の港の凍結がないのが、大きな利点だ。ポルトシラルも暖かい方だが、真冬は厳しく、ほんの数日、たまに凍結するからだ。


しかし、今、ニアへボルグの街は、凍りついていた。


物理的に凍結していた訳ではない。荒れていたのだ。


クーデター時に、逃げたテスパン派が、ここに拠点を置き、残党を募ろうとした。このため、現地のカオスト公爵の部隊と激しく衝突した。しかし、住民には、実はテスパン指示は殆どいなかった。外部との交流のさかんなこの街は、宗教的・思想的にバリエーションのある住民が集っていた。島全体で見ると、対立が深刻な地域があるが、南部は違い、そもそも公の場では、あまり宗教も政治も語らない、という慣習があった。

逃げてきたテスパン派に、ここまで計算があったとは思えないが、テスパン自身は、島では悪評のない領主だったこため、これらの曖昧な部分を利用して、残党は「南部はテスパン派」というイメージを作ってしまった。

ちょうど、ヘイヤントに国王派(直前の国王であるルーミ派)の、反カオストの騎士が集まっていた頃の事だ。

テスパン派は、島以外の出身者中心で、土地に根は無かった。しかし、島は、二十年前の大寒波の余波で、北西部からの人口流出や離島、産業の衰退が問題になっていた。その反動で、島の伝統を順守した、宗教的原点回帰や、民族的純潔主義を唱える組織がいくつか、幅を利かせ始めていた。数はそれほど多くなかったが、細かい衝突があり、カオスト公爵は手を焼いていた。

そこに残党がやって来て、「独立」や「回帰」が、「反コーデラ」に刷り変わってしまった。

これで起きた戦闘は、最初は、クーデターとは比べ物にならない小さな物だったが、公爵軍側が強硬に出たため、残党と市民の一部が手を組んだ。市民の大半は、両方に反発し、「国王派」を名乗ったが、王家の味方であれば、残党からは敵と見なされた。

三陣営が闘い、最終的にはテスパン派は負けたが、中立や国王派の市民たちに、多数の被害が出た。純粋な街の人達の人口は、七割以下に減ってしまった。

公爵側は、市民を殺めたのは、主にテスパン派である、としたが、情報が交錯して、公爵の派遣した部隊の一部が市民を攻撃したことは認め、責任者を処分し、謝罪はした。が、複雑な遺恨は残った。


ルヴァンとソーガス、ケンナールは、このニアへボルグの出身だった。


情報が欲しくて、船の中で、ケンナールに、街の話と、ソーガスとルヴァンの事を尋ねた。彼も子供時代の付き合いが主だが、できるだけ詳しく話してくれた。

「ルースン(ルヴァン)の家は、漁師組合の監督官でした。親御さんは、しっかりした方でした。本人も、昔は特に、おかしな様子はありませんでした。

最も、私の遊び友達は、彼ではなく、彼の十歳下の弟の方でしたが。

年が離れてますし、ルースンは都会の学校に進学し、寮に入ったので、ほぼ接点はありませんでした。私より、父とのほうが、まだ接点はあったでしょう。父は、算数の教師をしていたので。

そう、算数は得意でした。語学も一番だったようです。他はぱっとしない、と、父が、極端な成績だ、と言っていましたっけ。他のも頑張って、語学や算数くらい上がれば、推薦が出るが、本人もともかく、ご両親はそこまで勉強させたり、コーデラに行かせる気はないようだ、地元で力のある親は、教育に消極的だ、と溢していました。

シラルで再会した時は、十年ぶりくらいでしたが、何故か、一目でわかったようで、向こうから声を掛けてきました。調子のよい、明るいところは、相変わらずだ、と思いました。

私は特に、彼には、悪い感情はないので、楽しく談笑して別れました。

それ以降は、会うことも無かったです。私もずっと皇都でしたから。」

「ノワード(ソーガス)は、子供の頃から、真面目で面倒見の良い性格でした。父親は『最後の働く砕氷師』と呼ばれた、サルト・ソーガスです。島の中では知らない人はいないでしょう。砕氷師の世話にならない地元のニアへボルグでは、逆に知られていませんでした。子供の頃は、ノワードの父親は、傭兵か何かだと思ってました。ポルトシラルのキャビク歴史館に、写りは悪いですが、写真が飾ってあります。

ノワードは、学校の成績も一番で、格闘も剣も得意で、明るくて礼儀正しい、凄くいい奴でした。妹が一人いて、小さい頃は体が弱かったのですが、彼は、よく面倒を見ていました。

私は両親が離婚したので母と島を出て、時々、一人で島に残った父に会いに行ってたのですが、その時、交流があったのは、彼を含めて二、三人でした。私の母は、もともと田舎が嫌いで、島の人とは、仲が悪かったのです。離婚理由が、一部の人達が、根も歯もない不倫の噂を流したせいなので、無理もないですが、出ていく時、さんざん揉めました。このため、母に着いていった私が、父の所に行っても、地元の友人とは、なかなか昔通りとは行きませんでした。ですが、ノワードは、変わりなく接してくれたうちの一人です。

父も最終的にはニアへボルグを出たので、それからは、私も街には行ってません。父は、北部の寒村に希望して赴任しました。『アリソンの雪崩事件』で亡くなりました。

だから、ノワードとは仲が良かったとは言え、付き合いは浅いものでした。それでも、あのノワードが、と思うと、本当に残念です。」

砕氷師、という、耳慣れない言葉が出たので、質問してみた。

いわゆる島の昔の花形職業で、冬の間、島を巡って、氷を砕いて回る仕事だった。今では、広範囲の氷を溶かすなら、魔法動力の砕氷装置を使うが、当時は、火のエレメントが特産物の貝や魚、地酒や天然水に悪影響があるから、と、島の北部や西部の町では、嫌がる所が多かったそうだ。

火山があるので、火のエレメントには、慎重になっていたこともあるだろう。

実際、魔法院で新型のエレメント制御装置が開発されるまでは、従来の装置は微妙な手加減が効かず、入り組んだ地形の一部を砕きたい場合などには不向きだった。

氷は、全部溶かしてしまえばいい、という訳ではなく、発破を使い、地形や気象条件を考慮して、手際よくやる。そのためには、専門知識と技術がいる。コーデラから、わざわざ毎年、人を招いて、その度に地元の特色を説明するよりは、はなから地元の砕氷師のほうが、頼りになったわけだ。

難しい資格試験がある、高度な技術職なので、世襲制ではなかった。だが、だいたい、先祖代々で継いでいた。

しかし、前述の新型システムを搭載した装置のお陰で、砕氷師には仕事が殆んど無くなった。

ポルトシラルの観光施設での、観賞用のショー以外は、華やかに活躍する場も、もうない。ソーガスの父は、稼いでいたので、そのまま引退して隠居できたらしいが、それを良しとしていたかどうかは、わからない。

ソーガスの行動は、父の仕事を奪った、コーデラ本国への復讐だろうか。しかし、彼はその前に、騎士として、国王に仕える道を選んでいた。いずれにせよ、単純な動機ではなさそうだ。

さらに、ケンナールは、最後にソーガスに会ったのは、二年前、クーデターの直前、ラズーパーリでだ、と言った。ケンナールは、父方の叔母が亡くなり、遺産を少し残してくれたので、手続きのために、叔母の住んでいたラズーパーリに出向いた。そこで、ばったり会った。彼は休暇を取って里帰りしていて、丁度、島から戻ってきた所だった。

「食事をして、酒を酌み交わして別れたのですが、本当に幸せそうでした。奥さんが妊娠したそうで。


妹さんのほうが先に結婚して、もう二人、男の子がいる、妹は、女の子だったら、長男のお嫁さんに、なんて言ってるが、身内でも簡単にはやらん、とか言ってました。デラコーデラ教では、従兄妹同士は教会の許可が要りますし、最近はあまり薦めてはいませんが、キャビク聖女会では、許可は必要ありません。確かソーガス家はデラコーデラ教でしたが、ニアへボルグでは、キャビク聖女会が多かったです。だから、そういう話には抵抗がありませんでした。

あと、奥さんは外国の方で、ラズーパーリで出会った、と話していました。名前は聞きませんでした。花火大会のガラ公演に出ていた、と言うから、歌手かバレリーナじゃないでしょうか。

そういう女性が、田舎に、というのも、不思議ですね。ですが、確か、

『意外に堅実なタイプで、王都より、のんびりした所に住みたがった。』

と言ってましたから、本人の意志みたいですね。彼もルースンとの接点は特に…。あ…。」

ケンナールは、今思い出した、と断ってから、続けた。

「ノワードは、両親と同居ではなく、岬に新居を構えた、と言ったので、

『新築したのか。コーデラの騎士は、若手でも、ラッシルの騎士の二倍の給料って、本当なんだな。』

と尋ねました。岬の一帯は、代々の地主が握っている土地でしたから。

彼は笑って否定し、灯台が移転した跡地を、ルースンが買い取り、家を数件建てて、高級住宅街にしようとしたが、一件目を建てた時点で、会社が潰れて、計画は頓挫した、それで、かなり安く売りに出されていたから、新居に購入したんだ、と答えました。

それから、ルースンは、会社を売って身辺整理した後、アルトキャビクに引っ越した、と話していました。

『ルースンとは、知らない仲じゃないし、街を出るのは仕方ないと思ったけど、生活もあるだろうし。妹にも勧められて。』

と言ってました。

ルースンの家の身内は、確か、あっちの方にはいないはずです。代々、ニアへボルグに住んでた人達でしたから。奥さんも、ニアへボルグの人でした。

その奥さんの実家の事業を潰してしまった訳ですから、街を出た、と言うよりは、追われる、に近いと思います。離婚したかどうかは聞いてません。

仮に一人でアルトキャビクに行ったとすると、妙ですね。新しい事業には向かない土地ですし、単に働くとしても、古い町ですし、余所者には、ニアへボルグよりも、厳しいと思います。」

何か当てがないと、と言うことか。クーデター前から、アルトキャビクで、何か仕掛けていた、とも考えられる話だ。事業もそれで潰したのではないだろうか。

話しているうちに、船は、ニアへボルグの、話にあった岬の近くの、小さな港に着いた。海から見えた町並みは、遠目にでも、覇気のない、寒々とした雰囲気を強く感じたが、港の周りは、整然としていた。人払いしたらしく、港の職員数名意外は見当たらない。だが、建物は無事で、市場の掲示板がある。明日の朝市の知らせが張ってあった。

「この港は、二次的な物で、岬を巡る遊覧船や、旅館の釣り船が停泊していました。規模はニアへボルグ本港とは、比べるまでもありません。だから、無事だったのでしょう。」

ケンナールが感嘆めいた説明をした。

下船し、敵地に向かう十五人は、岬への道を進もうとした、

しかし、オネストスが、急に、

「私も、同行させてください。」

と言ったため、少し揉めた。彼は、船で待機する隊に入っていたからだ。待機の隊は、ヘロデロスという隊長が率いていた。

彼は、先にオネストスに相談されていたらしく、一緒に頼んできた。しかし、人数は決まっている。グラナドが考え込んでいると、オネストスの身内のジョゼが、

「俺と交代では、どうですか。」

と言った。

「警官は二人の予定ですが、俺なら、『奴をを渡すなら辞める』と言って抜けた、で通ります。コンストは俺の身内だから、俺が抜けて、急に選ばれた、と言えば、良いと思います。クラマーロが一味なら、奴の被害者の情報くらい持ってるでしょうから。」

グラナドは、ジョゼの話を聞いて、オネストスが返事をする前に、その意見に決めてしまった。優秀な警官らしい、冷静な意見だとは思ったが、正直、グラナドは断ると思っていた。


グラナドは、妙に、オネストスに甘い気がした。なんだか釈然としない。だが、今の状況では、俺の個人的感情なんて、あるだけ邪魔な物だ。


もしかして、彼は、俺が帰ってきたから、外されたのかもしれない。ジョゼに礼をいう彼を見ながら、少しだけ遠慮がちな気持ちになる。


俺たちは、足並みを揃えて、岬に向かった。


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