橋を訪う人・4
新書「橋を訪う人」4
翌朝、グラナドのいる本館に向かおうと部屋を出ると、すでに、廊下にグラナドとファイスがいた。
「夕べは悪かった。夜中に起こして。」
と、グラナドから、妙にあっさりした挨拶をもらった。俺は起きていたわけだから、謝られるのは妙な気がした。しかし、昨日、本当はグラナドは、もっと別の用事があったんじゃないか、と思っていた所だったので、ちょうど良かった。案の定、
「もともと、昨日は、この話をするつもりだった。」
と、用件を切り出された。
交渉に向かう定員15人、内訳はグラナド、ミルファ、ファイス、カッシー、シェード、レイーラ、ハバンロ、俺で八人。ラッシルの騎士が二人、コーデラの騎士が二人。ライテッタとグランスだ。後はクラマールと、彼を護衛する警官二人で三人。
だが、クラマールは偽物だ。
これは驚いた。専門の魔法官がいない構成もだが、「ゲートを閉じる」なんて堂々と言っているのに、細かい話を知らない、蚊帳の外の人物が約半数。おそらく、今回の敵との戦いには役には立つまい。いや、魔法は封じられるかもしれないから、いいのか。
だが、構成よりも、重要なのは、クラマールだ。偽者で通るわけはない。
「お前が帰ってこなかったら
本物を連れていくはずだったが、当然、これは、警察から猛反対されていた。やっと捕まえた凶悪犯だからな。
向こうに渡してしまえば、事実上、釈放だ。やった事を考えたら、ゲートの件を公式に発表しないなら、クラマールの引き渡しも発表出来ないが、奴がまたやったら、ばれる確率が高い。
」
市民感情や王室の立場、法律、倫理、色々な面から、本物を渡せないのは当然だが、今回は、ゲートが最優先だ。向うが騙されてくれるとも思えない。それに、今回は、島の住民を避難させていない。戦闘が大規模になったら、そのほうがまずい。
それを伝えると、
「だから、お前がいるだろう。連中は、お前を手に入れたがっていた。ばれた時は、お前が保険だ。」
と、返事が帰ってきた。
俺が餌、いや、囮か。帰ってきてうれしい、とはそう意味か、と一瞬思ったが、自分で否定する。今更、そんな訳はない。
彼は、俺の下手な考えを知ってか知らずか、話を続けた。
「今回、実は、ラッシル側からの正式な協力が難しかった。なんとかシレルで非公式に、こっそり待機してもらう事になったが、それと引き換えのような物だ。ラッシル側の騎士は、ヴォルヌイ伯爵の甥で、コーデラでいう大隊長クラスの、オストラフ連隊長と、キャビク島出身のケンナールという若手だ。
二人とも、ラッシルの騎士だし、キャビク島に対して、権限があるわけじゃない。しかし、ヴォルヌイ家はシレル近郊に領地があるし、ケンナールは、一味の中に、同郷の者がいるそうだ。
情に訴える作戦は、禁じ手だとは思うが。
連隊長のほうは、貴族と姻戚関係があって、かなり政治的に影響力のある人物だ。共闘するなら、今後のラッシル側の協力に期待できる。
前にラールさんから聞いたと思うが、ラッシルには、あの元皇太子を擁立する派閥が出てきて、そいつらは、コーデラにだけ特別の『恩恵』を与えるのはどうか、と異議を唱えている。彼らでなくても、ラッシルに直接の害がないかぎり、正式な協力は反対する者が、思ったより多い。ラッシル側の参加には、ラールさんやカエフ伯爵、リュイセント伯爵が、助力してくれた。
警官隊のほうは、コーデラとラッシルの、クラマール事件の特別捜査本部の人達だ。責任者のサンスキー氏はラッシル人だ。彼も来ているが、同行はしない。同行する警官は達はコーデラ人で、一人は、オネストスの親戚だ。」
オネストスの名前が出たとき、昨日の彼の、妙な態度を思い出した。思い出しはしても、今更、どうということはない、と言うより、どうしようもない。
そのオネストスの身内には、キャビク島に渡る前に会えた。警官は、サンスキーの他は、ジョゼ、ナドニキという、警官らしく、がっしりとした二人だ。オネストスの身内は、ジョゼで、オネストスの兄嫁の従兄弟だそうだ。人の良さそうな大男のナドニキに比べ、目付きが鋭く、いかにも警官といった雰囲気の男性だ。オネストスには、「コンスト」と呼び掛けていた。
もう一人、クラマールの身代わりをする、アロキュスという、小柄な警官がいた。クラマールとは似ても似つかないが、顔は被り物で隠して、拘束した上で、車椅子に乗って対面する予定だ。
「そこまでやると、最後に逃げにくいのでは。」
と俺は言ったが、グラナドが、
「彼は転送魔法が使える。」
と答えた。
「クラマールを渡さなくても、敵はゲートを閉じる、いや、閉じたくて俺を呼んだ、と見ている。一斉に転送で逃げ出す事態にはならないと思ってる。」
そのわりには、俺が保険なんだが。
コーデラの騎士の、ライテッタとグランスはお馴染みだ。ライテッタは怪我はもう治っていた。グランスもだ。
ラッシルからの騎士は、グラナドは二人とも初対面だったが、クロイテスは、オストラフとは面識があった。彼は、魔法は使えない。ケンナールは、最北系の容姿の青年で、年齢はソーガスと同じくらい、転送魔法が使える。脱出を重点に、風魔法の多い構成だ。
ケンナールは、ソーガスのほうの知人だと思ったが、ルヴァンとも知り合いだ、と言った。ソーガスとケンナールは子供の頃の友人、ルヴァンは、何人かいた幼友達の兄だそうだ。ケンナールは、子供の頃にキャビク島を出たため、彼らとは最近は会ってない。
「身内の情」に訴えるやり方なら、この程度の繋がりだと使えないだろう。もともと、そういうやり方は、効果も少ないし、目指したものではない。だが、連隊長が若手を同行者に選んだのは、キャビクの出身だからだろう。
ルヴァンの正体は不明だったので、知り合いがいることに、グラナドも皆も驚いていた。彼はもともと企業家で、キャビク島以外にもコーデラとラッシルに小さな会社を持っていて、あちこち飛び回っていた。その時、ケンナールは会ったことがある。それでも、五年前だ。
「かなり調子のいい男でしたね。会社も、元は小さな町工場だったのですが、彼が広げました。確か、彼のではなく、奥さんの実家の物でしたが。
私が会った時、冗談めかして、『いきなり儲けすぎて、詐欺で訴えられるかも。』と言ってました。障りのある話は、詳しくは聞きませんでした。
三年前、別の知人から聞いたのですが、大きな損害が出て、会社はその知人が買い取り、彼は街を出ていったそうです。一人で出ていったかどうかまでは、聞きませんでした。知人は、奥さんとも知り合いですが、彼女の話しは、しませんでしたから。
ソーガスの手配書の詳細情報にに、仲間の『ルヴァン』の特徴が書いていましたが、読んだ時に、『この口の聞き方は、間違いない』と思いました。」
グラナドは、これに対して、
「キャビク島にも手配書を回したが、ソーガスはともかく、ルヴァンの情報は出なかった。」
と言った。ケンナールは、
「彼らの故郷では、カオスト公派と、国王派と、クーデター派の衝突が激しく起こり、私の親戚も含めて、知り合いは殆ど亡くなってしまいました。生き残った人も、町を出ているでしょう。
先程の知人も、今の消息はわかりません。」
と、淡々と答えていた。
こうして出来上がった混成部隊は、キャビク島に渡った。
転送でも橋でもない、騎士団の船で。