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橋を訪う人・3

新書「橋を訪う人」3


ラズーパーリ海岸からは、キャビク島は見えない。当然、ヘイヤントや王都からもだ。伝承には、キャビク島は海底火山の噴火で出来た、とされている。この時の噴火が、ナンバスから見え、クーベルに火山灰が降った、とあるが、これは直接ではなく、キャビク島から始まった噴火の連鎖で、南クシウスから連なる火山帯に影響したため、実際に見えたのは、その中の火山のひとつ、と言うのが定説だ。

今、ラズーパーリ海岸から、北西を見ても、夜空に影響はない。が、俺には、空に広がる星の川に、上で見た光の帯が重なって見えるような気がした。


会議の後、グラナドは王都と連絡していた。ファイスとオネストスが、通信室に着いていった。俺も付き添おうとしたが、

「今日は、もう休め。」

と、寝室に押し込められた。花火大会後にホテルが一杯な所に、急だったのもあるのか、俺はグラナド達とは離れ、一般客の棟に泊まる。

少しだけ眠ったはずだが、夜明もまだな時刻に目が覚める。これはボディの特性なのか、睡眠の効率が高いようだ。

どっちにしても、朝まで熟睡なんて、出来そうにない。会議で確認した近況が、頭の中を巡る。


カオスト公爵は、王都にとらえている。騎士団の副団長のアダマントが中心に、ヘドレンチナやメドーケが「護衛」中だ。

彼は実害はないと見なされている。何故なら、「ラスボス」はエクストロスだと解ったからだ


グラナドの口からは、当然、ラスボスやら、バランスの球体やら、封鎖やらの単語は出ない。いない間の事情は、この世界の言葉で語られた。

カオストは、コーデラからの帰還命令を無視して、ラッシルからキャビク島に渡ろうとして、失敗し、捕らえられた。血の繋がりのない息子の事だが、関連事項は黙秘している。だが、カオストが捕まってほどなく、エクストロスからは、公爵と、母親であるイスタサラビナ姫と、何故か連続殺人鬼クラマールの身柄を要求してきた。内密とはいえ、王家にこんな要求をするだけでも、謀反と取られても仕方ない。だが、謀反の「む」の字も出さずに、グラナド達は、花火大会を口実に、少数精鋭で来た。クロイテスは、選抜した精鋭を引き連れて来たが、島を充分に攻めうる人数ではない。

「開戦に来たわけじゃない。」

俺が疑問を挟む前に、グラナドが言った。

「エクストロスの『城』の地下に、『世界中を無にするゲート』があるそうだ。それを、俺の立ち会いの元に、完全に閉じるのと引き換えに、クラマールの身柄のみを渡す。随行員は、俺を含めて、15人までだ。」

「呑んだのか。」

そんなあからさまな条件、俺なしだと、ゲートがあるかどうかもわからないのに、という批判は飲み込んだ。これはすでに決定事項だ。

「リンスク伯爵の身柄も、生きていたら、と条件付きで要求してきたが、こっちは蹴った。チブアビやラエル伯爵家の話は出なかった。関係ないからではなく、主犯が死亡しているからだとは思うが。

タッシャ叔母様の事は、母親だからだろう。ここに来る前にお会いしたが、エクストロスが実子でないことは、もう知っていた。だから、というわけではないが、今回は外した。俺達の保険だ。

クラマールがなぜ、というのが分からなかったが、これについてはオネストスから。簡単でいい。」

オネストスは、いきなり振られた話に、戸惑いを見せつつ、簡素に説明した。

クラマールと彼は、同郷だった。クロイテス領からタルコース領にかけ、「黄金のベルト」と呼ばれる、豊かな穀倉地帯がある。そのタルコース側の中心地ゴールラス、小麦とじゃがいも、ビールで有名な、象徴の街。それが彼らの故郷だ。

ただし、同郷とは言え、クラマールとオネストスは10は違うようで、接点は無かった。というより、クラマールは老若男女を問わず、街の皆から避けられていた。昔からとにかく凶暴で、女性や子供、使用人に(家柄だけは立派で、まとまった財産もあった。)に、些細なことで暴力をふるい、怪我をさせた事が何度もあった。それでも、街にいた少年期は、人殺しはしなかった。青年期、一度、故郷を離れて、ラッシル国境付近の街をふらふらしていた時期があり、最初の殺人はその時の物だ。それから、定期的に、若い女性を狙うようになった。

彼が自白したぶん、数十人昇る被害者は、半数が小柄で、ほっそりした女性だった。髪や目の色は様々だが、北西に多い色白なタイプだ。しかし、残りの半数、目撃者の口封じなどの場合を覗き、シリアルキラーの半数もの被害者は、プロファイルに合わないのだ。若いには違いないが、男性も含み、当てはまらない人物達が、しつこいようだが、半数。

そして、その半数を含めて、遺体が出ていない。行方不明扱いで、関連性もないとされていたが、逮捕後に自供した数が、半端ではない、と言うことだ。

クラマールについての説明が終ると、グラナドが話を引き取った。

つまりは、その見つからない遺体は、エクストロスの元に運ばれている、と見なしていた。

「公爵の中身は、公爵のままだ。エクストロスは、恐らく、中身が違う傀儡か、中身の違う人間を集めている黒幕か、だ。彼は、『目的』に対して、『親和性』のある『入れ物』を探している。『親和性』、で良かったよな、ファイス?」

ファイスは、はい、と言ったが、説明は引き継がなかった。

「エクストロス達が何を呼び出そうとしているのか、『異世界の何か』『滅びた神』『鬼籍の偉人』、何にしても推測でしかないが、本来、この世界にはない物だ。ラズーリやセレナイトから前に聞いた話と、ヴェンロイド師の複合体についての論文と報告書を合わせると、『何か』は、肉体がないと、世界にはごく限られた影響しか与えられない。同時に、肉体から自由に切り離せないと、いざという場合に逃げ出せない。

クラマールは、そいつらから見て、『親和性』の高い人間を、見分ける能力がある、と仮定した。だから、敵は、彼を確保して置きたい。

それを考えると、ゲートを閉じる、という言い分は、疑わしくはなる。ほとぼりが冷めないうちに、また、開ける腹づもりかもしれない。ゲートも一ヶ所とは限らない。だから、今回は、懐に飛び込む。

とは言え、我ながら乱暴な作戦だった。人数が限られる、正体が完全に把握できていない、逃げられる率が高い。完成形は、その場で全て終わらせる事だが、そうは行かないだろう。

だが…。」

グラナドは、言葉を切って、正面から俺を見た。

「お前が戻ってきた、ラズーリ。これで、敵は未知数じゃない。」

酒のような瞳が、酔い冷めに真っ直ぐ見つめていた。


酒色の光が、まだ海岸を縁取って輝いていた。一晩中の喧騒は、窓を開けると、まだ聞こえてくる。喧騒よりも熱気に当てられ、俺は窓をしめた。

魔法動力の空調が、やや大きな音を立てる。急に上がった室温を下げるためだろう。

俺は、寝台に戻ったが、目は閉じなかった。

俺個人の『都合』は、グラナドには話していない。彼も、『損傷を直した』くらいの認識だろう。

話してどうなる、必要もない。負担になるだけだ。

目を閉じては開ける。繰り返していると、ドアを叩く音が聞こえた。

まだ夜明には遠い。剣を取ってからドアに向かうが、聞こえてきたのは、グラナドの声だった。

「起きてたら、開けろ。」

チェーンももどかしく、すぐにドアを開けた。ファイスとオネストスがいる。ファイスはグラナドが中に入ると下がろうとし、オネストスが短く「え」と言う。グラナドは、

「直ぐだから、表で待っててくれ。遅いようなら、声を掛けてくれ。」

と、一人で入る。ドアは閉めたが、施錠はしない。だから、ゲートの話の続きか何かだ、と思ったが、外から隔絶されるが否や、彼は抱きついてきた。

驚いて、思わず支えきれずに、よろける所だった。

「グラナド?」

返事はない。何か答えたが、聞き取りにくい。しがみついてくる手と、震える肩をそっと離し、顔を見ると、涙で一杯の、

アンバーの瞳が、俺を見返していた。

右手で拭う。下を向いた顔を上げさせると、拭ったはずの涙が残っている。

ああ、我慢していたんだな、彼は、俺が消えた時の情況を知っていた。隠密任務なんかでは、ないことを。

「帰ってこないと、思ったのか?」

グラナドは答えなかった。いまさら泣き顔を見られたくないのか、横を向いてしまった。無理にあげさせようとしたら、逃げ出すかもしれない。顔は見ないようにし、軽く抱き寄せた。

軽く、そのつもりだった。なのに、俺が

「約束しただろ、必ず戻るって。」

と言った途端、「急転」した。

より深く、息を捉える中で、ロージィ先生の言っていた、「ほぼ同じだけど、微妙に違う」(だったか?)を体感した。これ以上は不味いが、わかっていたのは、頭だけだった。

「殿下、もう…。」

ノックと同時に、オネストスの声。施錠されていない、見かけによらず軽いドアは、内側に自然に開いてしまった。

顔をあげると、思考停止した、オネストスの顔があった。目は見開き、口は開いている。ファイスは彼と、固まったまま、まだお互い完全に離れない俺達を見比べ、

「今夜は、こちらにお泊まりですか?」

と言った。グラナドは素早く離れ、

「いや、戻るよ。済まない。」

と抑揚のない声で言っておきながら、次にはもう明るく、

「鍵をかけておく約束だったな。」

と、その唇で、軽口を叩いた。俺には、

「おやすみ。」

と、あっさりした物だ。

グラナドとファイスが、先に出た後で、オネストスだけ、まだ固まっていた。無理もない。誰でもこうなる。 俺も、他人事なら。

宮廷人なら、主人のそういうのは、あっさり流すが、彼は宮廷勤務になったばかりだ。しかし、それにしても、こうまで固まられたら、罰が悪い。退室を促すつもりで、

「大丈夫か?」

と、それこそ他人事みたいに話しかけながら、近寄った。何の気無しに肩に触れたが、彼は、俺の手を、勢いよく払った。はっとして、すぐに

「すいません。」

と言い残し、同時に聞こえたグラナドの呼び声に、急ぎ足で去る。

最後に俺を見た表情に、一瞬、険しいものが見えたような気がした。

ゴールラスはのどかな地方都市、彼のような、田舎の裕福な市民階級は、都会の貴族より、モラルに厳しい教育を受けているのが常だ。特に、彼は融通の効かなさそうなタイプだからな、と考えて、ふと先程の話、クラマールも、同じのどかな田舎街に生まれたはずだな、と、自分のステレオタイプを反省した。


試作品だから、と、思考能力に言い訳しながら。



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