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琥珀の灯火・8

新書「琥珀の灯火」8


上下どころか、左右も怪しい空間。重力を感じない。

さっきまで、日常とは言いがたいが、天も地もある世界にいた。また異空間だ。どうも、この敵は、「異世界」で勝負したがる傾向にある。だが、それが、敵に有利な結果になるとは限らない。

空間や時間を閉じたり、繋げたりは、俺たちでも、そう簡単な物ではない。それを限られた技術で実現してしまう。だから安定度が低く、持続しないのだろう。

慣れがあるからか、俺は妙に冷静だった。近くにいたはずのファイスを探したが、見えない。グラナド、シェード、ゼリアを呼んだが、自分の声が聞こえない。

真っ暗で、敵も味方も見えない。耳を澄ましても音は聞こえない。右手に剣を持っている感触はある。左手を構えると、ごくごく小さな氷塊が出る。魔法は僅かながら使えるようだ。

新しいパターンだ、打開策は、と考えた時、目の前に、映像が浮かんだ。

南方系の、すらりとした立ち姿の女性。隣に、同じく南方系の、大柄な男性。変わったデザインの鎧を着ている。毛皮のあしらわれているそれは、北国のもののようだ。二人とも、微笑んで、俺を見ている。男性が何か言い、俺は振り向いた。

背後に、色白で金髪の男性がいた。北方系だ。南方系の男性と服装は同じたが、鎧の毛皮が白く、艶を帯びている。装飾品から見て、身分の高い男性のようだ。彼も、笑いながら、俺に呼び掛けた。

途端に、景色が変わる。いや、映像が早送りされたのだ。

さっきの女性が、倒れていた。意識がない。俺は彼女の頬に触れて、暖かさを感じていた。だが、体のどこかが、氷のように冷たい。

冷たいのは、心か。彼女は、今、死んだのだ。冷たいのは哀悼のせいだ。

顔を上げる。誰かが何か喋ったからだ。言葉ははっきりしているが、知らない言語だ。同時代の言葉なら、だいたい頭に入れてある。地方の古代語か、極端な方言か。

金髪の男性が立っている。白地に、黒い斑点のある、毛皮の鎧を着ていた。頭には女性用のティアラに似た装飾品。先の映像の彼に似ていたが、彼ではない。より若い。まだ幼さの残る少年の面影が濃い。冷たい瞳で、こちらを見ている。

また不意に、映像が流れた。

金髪の男性が倒れていた。毛皮が血に染まっていた。傍らに、南方系の男性がいて、悲哀に満ちた目で、俺を見ていた。彼が、何か言い、俺は答えた。彼は、合図のように手を上げる。彼の背後から、戦士が一斉に襲いかかってきた。

映像はそこで途切れた。

これは、だれかの人生の記録だ。融合し、ホプラスの記憶が入ってきた時に、感覚は似ている。しかし、融合では、このように、はっきりした映像と音声で、一度に全て見てしまう事はない。

俺の意識に、誰かが入り込もうとしているのだ。そいつの持っている、記憶の歴史。

冗談じゃない、乗っ取られるのも、融合されるのも御免だ。だが、辺りを見回しても、件の記憶ばかりで、俺の物が見当たらない。

俺に意識があり、俺の記憶は俺の中にあるのだから、見えないのは当然か。なら何でもいい、ここから抜け出すために、彼のものではない、何かを。

目を閉じてみる。効果はない。耳を澄ましてみる。僅かだが、未知の言語に混ざり、コーデラ語が聞こえる。

グラナドだ。グラナドが俺を呼んでいる。意識すると、急にまた、最初の時と同じ、暗い音無しの世界になる。

だが今度は、逃さなかった。ほんの僅かに、光点が見えた。

闇から生まれた灯火は、暖く揺れていた。闇に溶けてしまいそうに儚く遠く、なのに、鮮やかに行く手を示していた。

あれが、俺の選んだ希望、鈍い暗闇で見つけた灯火。

あそこに、戻らなくては。

この手に修めることが叶わなくても、最後には手放さなくてはならないとしても、俺はこの為に「在る」のだから。

手を伸ばす。暗闇が薄れる。人の顔が見える。

「ラズーリ、しっかりしろ、何を見ている。」

大きな手拍子が一つ。感覚が蘇る。手拍子ではなく、平手だ。

俺は、剣を持ったまま、膝立ちになっていたらしい。意識がはっきりしたら、無理な姿勢にバランスを崩し、グラナドに倒れこんだ。

「おい、大丈夫か。」

「ああ。ありがとう。…ファイス、ファイスは?」

「彼も無事は無事だ。だが…。」

「おい、起きたら、手伝え!」

シェードの声が割り込んだ。彼が一人で、三人を守り、戦っていた。

ファイスは、隣に座っていた。泣いている。こんな様子は見たことがない。グラナドがシェードに答えている中、俺は驚いて、まじまじとファイスを見た。

ファイスは、はっとして涙を拭うと、

「すまない。ソーガスの記憶が雪崩れ込んできて、引き摺られた。」

と答え、立ち上り、剣を構えた。

シェードが、グラナドに、

「お前の言う通り、元を切ったら、目が覚めたみたいだな。」

と言った。龍人から出ていた触手は無くなり、火の玉の機械も破壊されている。ドームの屋根も粉々で、空が見える。

ドームは一段落したが、外は違う地面から、焦げた粉塵が舞い上がっていた。

崩れた壁の向こうに、伯爵の隊が見える。俺達の間には、ボスがいた。

ファイアドラゴンだ。昔戦ったのに比べたら、かなり小さいが、全体的には大型の個体だ。ゼリアがボウガンを装備した女性をを抱き抱えて、転送魔法を駆使している。シスルは剣ではなく、銃を使っていた。彼は男性の風魔法使いに抱えられていた。彼の銃は、ミルファの属性弾とは違い、金属弾のようだった。同様に、他にも四組ほど飛び交っていた。ウィンドカッターで攻撃している者もいた。風は火に負けるはずだが、そこそこ利いているようだ。俺がおかしい、と言う前に、ハバンロが(自分の足で)飛んできて、説明し始めた。

「あのドラゴン、鱗は固いのですが、剥げやすく、身は妙に柔らかいんですよ。鱗は赤いですが、火属性はないようです。左手を落とした時に、気づきました。

左手側が空いたので、心臓の上の表面の鱗を、カッターや銃で削って、そこに属性武器と、水魔法を打ち込む作戦です。」

グラナドが、

「変な性質だな。属性を操ろうとして、相殺されて変なものが出来たか。」

と呆れたように言った。

「好都合ですぞ。こちらもグラナドの魔法なら…。」

とハバンロが言った時、叫び声がした。

ゼリアの組が、弾き飛ばされた。ドラゴンが、尻尾を振りまわし、壁の残骸を飛ばした。ゼリアは器用に回転し、離れた所に着地していた。シェードが直ぐに向かおう、と言ったが、グラナドに止められた。

「お前はファイスを抱えて飛べ。ファイスは、ダークカッターで、奴の気をそらせて、首を上に向けさせろ。俺はラズーリと行く。」

ドラゴンの首から心臓にかけては、皆の活躍のお陰で、鱗が剥げていた。が、一番近くにいたシスルの組も、土煙と轢弾を避けるために、離脱していた。

先駆けて、ファイスとシェードの組が出た。俺は後ろからグラナドに抱き込まれるようにして、彼の転送魔法で後を追う。

近づくと熱があるが、グラナドが背後から水の盾を出してくれた。俺は自由な両手で、凍気の剣を構え、衝撃波と共に、冷気を放つ。そして、ぎりぎりの所で、剣を飛ばし、突き立てた。

ドラゴンが悲鳴をあげて倒れる。

巻き込まれる寸前で離脱するが、転送魔法の出所が悪く、グラナドを巻き込んで、尻餅を着いた。シェード達も同様で、痛がる彼をファイスが助け起こしていた。

ハバンロが再び飛んできて、怪我はないか、と確認する。俺は靴を焦がしていたが、グラナドは無事だった。伯爵の声が、止めを刺せ、と号令する。水魔法なら俺も行こうと立ち上りかけたが、踏み出した右足が痛い。

「足、火傷か?」

とグラナドに靴を取られた。火傷ではないが、少し腫れていた。撤退する時、足に瓦礫でもぶつかったか。夢中だったから、気付かなかった。

「あのドラゴンなら、もう、冷やすだけでいいだろう。お前は座っていろ。後で回復するから。…剣も無いし。」

心臓に刺した氷の剣は、ドラゴンがうつ伏せに倒れたせいで、見えなくなっている。

俺は自分の手を見てから、後始末にと走るグラナドの背を見送った。

ほんの少しだが、その背中に、ルーミの面影を見いだして。

「冷やすのが優先だ。爆発?それはないな。ああ、蒸気があるから、距離は取れよ。」

支持の声が響いている。

ルーミは古えの光り、グラナドは今の光り。時も場所も違うが、どちらも、ずっと輝き続ける光だ。

俺は、立ち上り、今を照らす光に向かい、歩きだした。



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