琥珀の灯火・6
新書「琥珀の灯火」6
洞窟の研究所へは、俺とハバンロ、カッシーで向かった。先ほどのゼリアと、シスルという、南方系の少年の剣士が同行した。シスルは、少年とはいえ、剣も水魔法も使える、しっかりものの剣士だ。
俺はグラナドの護衛だ。側を離れるべきではないが、グラナド以外で、火に有効な水魔法を使える仲間は、俺だけだった。彼には、
「もう、護衛と言うより、一員として考えてくれ。」
と言われた。何度目か、初めてか。
ハバンロは魔法に影響されない気功術、カッシーは火の盾で炎を相殺できる。人選は良い。火竜炎症対策なら神官のレイーラが適切だが、彼女は街の人々の手当てを手伝うため、残った。
グラナドは、先に「砦」を見ておきたい、と伯爵に言った。武器を回収した後で、こちらから積極的に出る、と言っていたが、武器は敵に持ち去られた可能性がある。指摘すると、伯爵から、
「武器のケースは、限られた者しか、開けられないようになっています。」
と、ゼリアを付けてくれた。
洞窟への転送装置は故障はしておらず、風魔法を直接使うよりは問題ないようたが、そのまま使うと、研究所内部に直結するため、様子が分からない今は、全面的に頼らない方がよい。出先を調整し、ひとまず、研究所の中庭に出た。
中庭は静かだった。だが、研究所の中は、徹底して壊されていた。洞窟で結晶したエレメントを武器化する施設は、ここ独自の物だ。技術の他に、土地の独特の性質があるからだ。敵がこの地を支配したいなら、施設は、そのまま頂きたいはずだ。しかし、壊されている。火の壁の要塞を作ったから、それを覆す、水のエレメントの武器は不要、と考えたのか。
ガラスや金属の散らばった床には、人が十人倒れていた。一人、壁にもたれ掛かった男性がいた。ゼリアが、
「ハーグズ。」
と素早く言い、駆け寄る。
ハーグズは、動かない仲間の体を、左腕で抱え込むようにして、座っていた。右腕は垂らしていて、傍らに、大振りの両手剣が落ちている。両脚は脛当てを着けていたが、それは表面が焦げていた。仲間は男性で、服装は魔導師の物だ。髪が少し焼け焦げていたが、一見、外傷はないように見えた。ハーグズは彼を離さずに、小声で、
「眠ってる。」「話しかけても起きないんだ。」
と言った。ゼリアは、
「ジャセン…。」
と呟き、
「治療するから、離して。」
と言った。だが、ハーグズは、彼を抱き込んだままだ。シスルが、いきなり、彼をひっぱたき、
「正気に戻ってください。」
と、さらに数発入れた。ハバンロと俺は止めたが、ゼリアとカッシーは止めなかった。それで正気に戻った彼は、やっとジャセンを離した。
彼は、既に事切れていた。腹に大きな傷があり、火傷していた。
ハバンロが、
「この方達は無事です。」
と、倒れていた人々の中から、意識のある女性職員二名を見つけた。一人は魔導師で、マントが真っ赤なので、一瞬、驚いたが、元の色で、外傷はない。ただ、ぐったりして、手足がうまく動かないようだった。もう一人は、ボウガンを背負っていた。弓使いのようだ。左肩と左足に怪我をしていたが、回復魔法で直していた。こちらも、起き上がって話すだけでも、きつそうにしている。
他に四人いたが、全員意識がない。目立った外傷はないが、高熱がある。ハバンロとシスルは、彼らと、ジャセンの遺体を転送装置に運んだ。俺は彼等の高熱をクールダウンしてから、ハーグズの所に戻った。彼も転送して治療が必要だろう。脚は脛当てが守ったらしく、軽い火傷は、ゼリアとカッシーの魔法で直っていた。俺は冷却魔法を掛けた。左手は止血だけしてあった。右手も同様だが、剣鞘で添え木をしてある。これは先に医師に見せないと。
ゼリアは、俺達にハーグズを預け、洞窟に通じる扉を調べていた。カッシーが、
「ルヴァンでもソーガスでもないみたいよ。火魔法を使う子供と、ファイアドラゴンの幼生体を連れた、二人組の男性剣士とか。恐ろしく素早い。」
と話した。そこにゼリアが戻ってきて、洞窟の扉の施錠は、解除された気配がなく、「源泉」には手は出せずに終わったらしい、と言った。
研究所の武器は、短剣が二本だけ、残っていた。ハーグズが、苦しそうに、盾を薬棚の陰に隠した、と言った。ハバンロが取りに行った。盾というより、腕防具と言ったほうが良いくらい、小型の物だった。
短剣は、伯爵側に、特に使い手がいないなら、シェードに装備させるか。盾はファイスか、しかし、この大きさでは、持ったまま剣を振るうに邪魔にはならないが、彼の盾としては機能しないだろう。
ゼリアは、シスルにハーグズをたのみ、転送装置で帰らせた。俺と彼女は、洞窟の中に進む。中の武器を取りに行くためだ。
ここの水のエレメントの武器は、どんなに長く熟成させても、消耗品で、何回も繰り返し使える物ではない。それを安定して使えるように、研究していた。大きさも威力も限られるが、確実な武器を供給できるからだ。
しかし、以前、火の複合体と戦った時のように、寿命は短いが多大な威力のある長剣や、頑丈な盾は、洞窟で大きく育てるしかない。そのため、洞窟に残しているものが、幾つかある。ゼリアは、それを取りに行く、と言った。
洞窟の入り口近くは、がらんとして、何もなかった。このあたりの武器は、研究所に持ち出したからだ。最奥は到達するまで、三重の厚い扉に阻まれた狭い道だ。凍える程ではないが、かなり寒い。薄着のハバンロとカッシーは、見張りに残してきて正解だった。
一番奥の部屋には、雨が降っていた。
壁や天井が、青く光り、雨のように水滴が滴っている。中央に、両手剣が一本、ぶら下がっている。他にも何本か剣があったが、みな細身剣だった。
「戦闘に耐えられるのは、これしかないわね。このまま、貴方が装備して。」
と、ゼリアが俺に言った。その剣は、いつも使っているものより大降りだったが、軽かった。「騎士の魔法剣は使えないと思うけど、ハーグズがあの通りで、今、私達の中には、これを使いこなせる人はいないわ。」
俺は頷いた。剣には鞘がなく、抜き身で持って出た。直ぐに使わない場合はどうするのか、と思ったが、それは余計な心配だ。
街に戻ったら、戦闘の真っ最中だったからだ。




