表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

琥珀の灯火・5

新書「琥珀の灯火」5


オルタラ伯爵領は、火のエレメントの土地、と言われている。その主な原因は、この地に生息する、ファイアドラゴンだ。


ファイアドラゴンは、ドラゴンの中では、もっとも攻撃力があり、好戦的な種族だ。しかし、魔法力は、ほぼ皆無だ。火のエレメントが増幅するものは、魔法攻撃力なので、複合体でもなければ、大規模な驚異とはならなかった。

しかし、夏には火のエレメントの増幅と供に、行動範囲が広がる。人里まで降りてくることは滅多にない。

オルタラ伯の収入源の主たる一つは、独特の土地柄からなる、多彩な鉱山と、森林資源だ。山や森の奥深くで遭遇したら、やっかいだ。このため、オルタラ家は、昔から、魔法官やギルドメンバーを積極的に借りだし、時には傭兵を雇って、統治を続けてきた。


ここで、ルーミ達と、火のエレメントの複合体を倒した時、オルタラ伯の本屋敷のある街は、海洋都市のオルタリアだった。しかし、もともと伯爵家の本拠地は、郊外の静かな佇まいの田舎街シンシーダだった。こちらは鉱山と森林資源の街で、今は、ファイアドラゴンの生息地への入り口となっている。

聖女コーデリアの恩恵か、火のエレメントとファイアドラゴンがある反面、水のエレメントの強いスポットが点在して、火竜炎症を初めとする、熱過多に効果的な薬草の森や、豊かな冷水の湖があった。


しかし、その牧歌的な雰囲気は、今は無かった。ファイアドラゴンの個体数の現象に伴い、都会化が進んだ事もある。だが、今この時、街は荒んでいたからだ。


街は避難民で溢れていた。伯爵の雇っているギルドメンバーと魔導師、傭兵が力を併せ、彼らを保護している。俺達が駆けつけると、オルタラ伯爵本人が、妻に支えられながら、教会から出てきた。脚を負傷していた。付き従う魔導師の女性も、腕に包帯を巻いていた。伯爵は、俺達に説明をしようとしたが、駆けつけてきた男性の魔導師が、

「街の人達の薬は大丈夫です。ですが、自警団の分が、やはり充分にありません。」

と報告した。伯爵は、

「足りるはずだ。倉庫の分を使え。」

と指示した。男性の魔導師は、少し躊躇ったようだが、直ぐに踵を返した。しかし、伯爵は、一時だが彼を呼び止め、

「ハーグズはどうした?彼に指示しているはずだが。」

と尋ねた。その答えは、

「副団長は、『火の氷室』から、戻っていません。」

だった。伯爵は、驚いていたが、伯爵夫人が、

「イシウセが負傷したなら、仕方ないでしょう。ゼリア、貴女も一緒に戻って、纏めて。」

と言った。女性魔導師は、転送魔法を使おうとしたが、中断し、足で歩いて、戻っていった。

「風魔法が、上手く効かないのか。」

とグラナドが言った。伯爵は、「効かない、と言うよりは、出にくい、ですね。弱い者だとまったく出せないようです。

避難させるのに転送魔法を駆使したので、風魔法使いの消耗が激しくなっています。」

代わりに、火は力を増しているそうだが、ファイアドラゴンが相手なら、メリットにはならない。

「騎士団も魔法官もいないのは、何故だ。ここはビクタルスとマーシレアが派遣されていたはずだ。」

とグラナドが重く尋ねた。ビクタルスは、王都で、名前だけは聞いていた。優秀な隊長、と言う程度の話だったが。マーシレアは初めて聞くが、名前からして女性、おそらく魔法官だろう。

「『襲撃』のある直前に、王都から呼び戻されました。追って使いを送りましたが、まだ戻りません。」

伯爵が冷静に話したので、状況は把握できたが、続く話の内容は突拍子もないものだった。


ファイアドラゴンの子供(翼が生え揃い、飛び方を覚え始めた年代)が、大群で街に飛んできた。ファイアドラゴンは大型に成りがちで、成長すると、体が重くなり、返って飛べなくなる。だから、成長過渡期のこの時期は、機動力が最大と言って良い。だだ、親離れは、繁殖が可能になってからで、これは翼が完璧になってから、体が重くなりはじめる時期になる。この性質のため、自在に飛べるとは言え、親から離れて、子供だけで街まで飛んでくることはあまり無かった。

それが、子供だけで集団で飛んできて、親の影さえない。しかも、闇雲に火を吹きながら町中を飛び回り、建物にぶつかり、小さな個体は燃え尽きたり。明らかに行動がおかしかった。

自警団団長のイシウセは、精鋭を連れて、自ら、ドラゴンが来る方向を探索した。帰ってきた時、イシウセは外傷こそ軽いが、重い火竜炎症にかかっていた。部下達は、軽い火傷と切り

傷、擦り傷程度だった。

彼等は、森で、オレンジ色に輝く壁を見た。その壁の向こうから、小さなドラゴンが出てくる。だが、此方には気付かず、一心に街に向かう。近寄って調べるかどうか相談していたら、不意に、壁から火魔法が吹き出し、ピンポイントで、団長を狙った。

壁に穴などは無く、どこから撃たれたかも、解らなかった。が、壁の向こうに、「指揮官」がいる。

副団長のハーグズは、「火の氷室」と呼ばれる、森の中の洞窟に、「水のエレメントの武器」を取りに行った。

洞窟とはいえ、研究施設が隣接していて、転送装置もある。現在は、マーシレア一行が帰還したため、施設には殆ど人がいなかった。洞窟内部は、水のエレメントの、天然の氷室だ。そこで、何年もかかって、水魔法を徐々に凝縮して、エレメントを調整しながら、武器や防具に加工していた。銃弾レベルではなく、盾や剣である。

この技術の基礎は魔法院にもあったが、効率よく大物を生産できる場所が限られているため、実用化しているのは、オルタラ伯爵だけだった。希に起こる、ファイアドラゴンとの抗争のためである。

以前、ルーミが剣を、ユッシが盾を使い、複合体と戦った。それは俺がホプラスに融合するきっかけとなった事件だ。

副団長は、その武器を取りに行ったのだ。しかし、それだけにしては、遅い。伯爵は、戻らぬ彼に、最悪の想定をしていた。

折りも折り、子のドラゴンの襲撃が止んでいた。敵が切り札を得て、戦い方を変えたのでは、との考えだ。

グラナドは、これに対して、

「無限に、子のドラゴンを供給できる訳は、ないだろう。種が尽きて、こちらが近寄るのを待っている可能性もある。」

と答えた。

しかし、時間を開ければ、復活するだろう。どちらにしても、その「火の壁」を攻めないといけない。

「ああ、お助けください。」

女性の声が背後から響いた。初老の女性が、俺達に向かい、膝まずいて、

「息子を、ジャセンを、お助けください、殿下。」

とさらに言った。背後から、夫らしき男性と、息子らしき青年が、彼女を立たせなら、

「ジャセンも、覚悟の上のお役目だ。」

「立ってください、無理を言わずに。」

と言った。

母親は、続けざまに、

「ハーグズさんは聞いてくれなくて。」

と言ったが、夫に

「いい加減にしろ、みな、同じなんだ。」

と怒鳴られていた。泣きじゃくりながら、「同じじゃない」と繰り返す母親は、夫に引きずられて行った。後に残った青年が、謝罪と供に名乗る。

青年の名はガードン、彼等は街の食料品店の一家だった。ジャセンはガードンの弟で、伯爵の傭兵団に雇われ、研究所で働いていた。マーシレアが引き上げた後でも、研究所に残っていたうちの一人だ。

騎士団がいない、魔法官もいない、傭兵も負傷者が多い。仮に健在でも、ドラゴン狩りのプロが、未知のエレメントの壁なんかに、役に立つだろうか。以前、火の複合体は大型のファイアドラゴンだったが、あの時は、騎士団と魔法官、傭兵は沢山揃えていた。それでも、苦戦した。

手っ取り早い、最善の策はあるが、俺は避けたかった。昔のことで気弱になっていたかもしれない。なんと言っても、ここは融合の地だ。だが、人々が口々に「殿下達がいるなら助かる」と呟き始めた。その流れに沿うように、

「ハーグズは、何人で行った?研究所と洞窟には何人いた?」

と、グラナドが、伯爵に聞いてしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ