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琥珀の灯火・3

新書「琥珀の灯火」3


アレガノスは、コーデラの天井と言われる山岳地帯で、南コーデラから、南北に、天然の長城のような山脈を伸ばしている。最高峰のアレガ山は、一番北側にあり、麓の都市部には、ほぼ絶壁の北壁を見せていた。この山は、西と東からは、上りやすいルートがあり、中腹より下には、冬を除くと、手頃なハイキングコースもある。しかし、名だたる登山家達の夢は、アレガ北壁からの登頂だ。

登山家や自然愛好家の集う地域として有名だったが、ここには、他にない物が、まだ一つある。

それは、医学の最先端地域としての知名度だ。

医師には、魔法医師と一般医師がいるが、ここでは、魔法に頼らない、医療技術の研究が主流だった。魔法医師の教育機関もあるが、魔法に関しては、王都に譲る。

元々は反対に、医療の後進地域だったが、地元の富豪である、

イゼンシャ家が、医師の婿を迎え、そこから瞬く間に病院が建ち並び、研究期間が充実し、医療の先端地域となった。


風の複合体の事件が起こったのは、その時期だった。


宿主に選ばれたのは、山岳協会に所属の魔法医師の女性で、シレリアと言った。この地方には珍しく、最北系の銀髪をしていた、小柄な女性だった。遭難者の救助の最中に亡くなったのだが、その後、エパミノンダス(便宜上、こう呼ぶが。)により、風の複合体にされた。

彼女は、土の複合体になったタルコース(シスカーシアの兄)と同様、人としての意識のあるうちに、人里を避けて、中腹の洞穴に籠った。ホプラス達は、地元の案内人と供に、彼女を倒しに行った。

その時の案内人が、地元の登山家のガイと、イゼンシャ家の婿の医師・ネイトだった。ガイはシレリアとは幼馴染み、ネイトは、元恋人だった。

医師の少ないアレガノスの村から王都に来て、魔法医師を目指していたシレリアと出合い、一緒にアレガノスに来た。彼自身は、田舎の村の出身で、そこは、医師不在のために、悪い病が流行った時に、廃村になっていた。

彼の夢と、彼女の夢は、この時は重なっていた。

結局は、彼はイゼンシャ家の令嬢と結婚したが、その結婚の一年前に、シレリアは事故で亡くなっていた。

この経緯があるため、ネイトの同行にはガイが反対し、一悶着あったのだが、最終的には複合体は滞りなく倒せた。


今回、俺達はイゼンシャ家に逗留する。迎えてくれたのは、ネイトと、後妻のシェラ夫人だった。ネイトの最初の妻の、リィ夫人の従姉妹に当たる。前妻と彼女の両親は亡くなっていて、子供はいなかった。シェラ夫人との間には、七人子供がいたが、上の二人の男子は夫人の連れ子、次の二人の男子が現在のイゼンシャ夫妻の実子で、末の三人の女の子は、養女だった。夫人の連れ子はロンドとサイド、夫妻の実子はノイとソイ。ロンドは実父の家の事業(小さいが、良質の小麦の農地と、これまた上等な羊毛の牧場を持っていた)を継いでいた。次男サイドは、系列の薬品会社の経営のため、普段はアルハンシスにいる。ノイは成り立ての医師、ソイは医学生だ。養女達は、上から順に、リエン、サバンダ、シャロルーナと言った。彼女達は、全員十代だ。

これらは、事前の情報として、アリョンシャから教わった。全員、見た目がバラバラ(特に養女達)なので、行き違いがないように、との事だ。

会った時に紹介されたが、長男と次男はシェラ夫人に似て黒髪、三男と四男は、ネイトに似て、明るい髪の色をしていた。養女の女の子達は、事前情報通りに、様々な地方の出身らしく、それぞれ、東方系、南方系、コーデラ系だった。

そのコーデラ系の女の子は、特に人目を引く容姿をしていた。

まず、ぱっちりしたブルーグリーンの目が印象的だった。抜けるように白い頬に、くっきりとした栗色の髪。緩く二つに分けて結んでいたが、毛先が少しだけ外側に跳ねて、アクセントになっていた。

この彼女は、ハバンロの知り合いで、

「お久しぶりです。」

と声をかけてきたが、ハバンロは分からなかった。彼は戸惑いつつ、

「すいません、その、前にアレガノスに来た時でしたか?」

と言った。

「はい。ペパードさんを訪ねていらした時です。ミュイ先生の所で。」

それを聞いて、ハバンロは、

「ああ、ルーナさんですか。前に会った時は、半分くらいでしたな。伸びて、大きくおなりで。分かりませんでした。」

と手を打った。もっと言い様はあるだろうが、ハバンロらしくて、思わず、吹き出しそうになった。

それを見てか、シェラ夫人も、アリョンシャに、

「しばらくです。」

と言った。知り合いとは聞いていないから、女性関係かと思って肝を冷やしたが、アリョンシャの直接の知人は、シェラ夫人の前夫だった。彼の父方の、義理の又従兄弟にあたる下級貴族だそうだ。(ややこしいが。)

前のリィ夫人は、確か線の細い、華奢な人だった。子供の頃から、体が弱かった、と聞いていた。反対に、今、目の前にいる、シェラ夫人は、リィ夫人より小柄だったが、骨太な感じの女性だった。悪い意味ではないが、貴族の夫人には見えないタイプだ。

ネイトは、昔は細身の学者風の青年だった。今も医学者には変わりないが、やや恰幅が良くなり、髪は薄くなっていた。

アレガノスは、国王の直轄だが、周辺地域は、小さな領地の下級貴族がひしめいていた。夫人の前夫の男爵家と、アリョンシャの父方の男爵家も、それらのモザイクの一つだ。

にこやかに挨拶する夫人を見て、少し妙な気がした。アリョンシャは、庶民の女性の庶子で、父親は認知していたが、それは彼が騎士団に入ったからだった。それまでは、母子に対する扱いはかなり悪かったらしい。そのせいで、彼は母方の姓を名乗っていて、父親から跡取りに指名された時も、権利を放棄した。

父の男爵が、アリョンシャを指名したのは、正妻が死亡し、子供は全員、放蕩息子に育ち、後添いとは 最初から不仲で、子供が出来なかったからだ。それで、一番優秀な庶子に、跡を継がせようとしたらしい。結局はアリョンシャが拒否したため、別の庶子が継いだが、優秀とは正反対なため、今は体面を保つ事も困難らしい。

アリョンシャは、以来、父方を黙殺していた。温厚な彼には珍しい、静かな激情が継続していたのだ。

「積もる話もありますが。」

グラナドが二組の話をやんわり遮った。

「問題の『溶ける石』、早速拝見したいのですが。」

これにネイトが軽く謝り、

「正確に言うと、『溶ける石』と、『透明になる石』です。山岳協会の研究施設にあります。」

と言った。もともと、石の話は山岳協会から聞いていた。今の協会長は、イゼンシャ家と懇意で、研究施設はエレメント監視に魔法院が建てたものだが、イゼンシャ家が資金援助をしていた。

ネイト自ら、案内に立ってくれたが、末のルーナが、同行を申し出た。石に興味があるらしかった。ネイトは嗜めたが、グラナドが許可したので、一緒に研究施設に向かった。

山岳協会の長は、まだ若い男性だった。リオ・サリンシャと名乗った。複合体の時に案内をしてくれた、ガイの息子だった。

ついでに、騎士のサリンシャは、父方の従兄弟に当たる、と言った。それは初耳だったが、ガイの祖母は、彼の弟を連れて、祖父とは長く別居していて、大人になるまで、ほとんど交流はなかったそうだ。

「生粋の山男は、先祖代々、そうなるんですよ。」

と、明るく笑ったリオは、

「母も姉のシレリアを連れて、ずっと別居していました。数えるほどしか、アレガノスには戻りませんでしたし。父の葬儀に出たのは姉だけでした。僕と姉は、オル(サリンシャの呼び名らしい)の顔はわかりますが、母は解らないかもしれませんね。」

と続けた。

ガイは、シュクシンのエベフステ近郊の山に挑戦中、命を落とした。遺体は見つからなかったが、遺品は故郷に帰ってきたので、それを埋葬したそうだ。

遺体が無いから、死を認めたくなかったのか、複雑な感情があるのか。まあ、娘に死に別れとはいえ、初恋の女性の名を、しれっと付ける男性なら、山男でなくても、いずれは同じ所に帰着したかもしれない。

そんな中、見せてもらった石だが、溶けるほうは、ガラス瓶に密封されていた。透明なほうは、煉瓦のような四角い形をした、大きめの物が一つと、後は欠片だった。

溶ける石は、空気に触れると溶けてなくなるが、気温が氷点下だと溶けないことが解った。しかし、それで透明な石になるわけではない。透明石は、固くて緻密な、安定した鉱物だ。ただ、大きな物は、これ一つしか見つからなかった。

研究施設の魔法官・リナンシャによると、成分はオリガライトと風のエレメントだが、どうしてこうなったか、この二つの形態があるのは何故か、までは、まだ解らないそうだ。

クラディンス先生は、一通り見て、直ぐに、光の角度によって、透明度が変化したり、透明度を保ったまま、向こう側が見えなくなる、と言った、独特の現象を見つけた。リナンシャ達も、それには気づいていたが、どちらにしても、この鉱物の使用目的は分からなかった。

リナンシャは、

「仮に、なのですが、これの大きな1枚板を作って、城や町の回りを囲んだとしても、カモフラージュには、ならないでしょう?」

と言った。ハバンロが不思議そうな顔をして、

「何故ですか?直接、城を作るという手があります。」

と質問をした。リナンシャは、「屈折率」の説明をしたが、ハバンロは今一つ、ピンと来ていなかった。

「今の話を簡単に言うと。」

クラディンス先生が、簡単に図を示しながら、補足を始めた。

「カモフラージュに壁を作れたとしても、外に設置するなら、光は太陽光になるね?肝心の角度が、刻々と変わるので、内側に街があったら、現れたり、現れなかったり。場所は知られてしまうから、カモフラージュやステルスにはならない。

これで城を作るとして、組み合わせたり張り付けたりすると、どう足掻いても、切ったり貼ったりした部分は、透明度を無くすから、形ははっきりとわかる。

単純な水晶玉やガラス瓶でも、『存在が見えなくなる』ことはないだろう?それと同じで。」

分かりやすい説明に、ハバンロはお礼を言った。

透明石は、見た目は水晶に似てなくもない。が、硬度が段違いで、ダイヤよりは下だが、サファイアよりは上だ。水晶はサファイアより下なので、これはかなり堅い。

「建築材にするつもりだったのかもしれないが、今の欠点から、諦めたのかもな。」

と、グラナドが言った。すると、今まで黙っていたルーナが、

「それじゃ、石を作った人達は、戻っては来ないんですか?」

と、なんだか、がっかりした口調で言った。思春期らしい好奇心だが、戻ってくるようなら、ここで戦闘になってしまう。

ネイトが、注意をしようと眉根を寄せたが、グラナドが、

「構造が詳しく解れば、同じものを研究のために作ることは出来るかもしれない。」

と引き取った。

それから、クラディンス先生を促し、水と土の石の説明をしてもらったが、嬉々として聞くかと思ったルーナは、なんとなく上の空だった。石に興味が合ったわけではないようだ。

現時点で解っている話を聞いた後、グラナドは通信室を借りて、王都と連絡を取りに言った。俺とアリョンシャも同行したが、通信室には入らず、表で待った。

「黙ってるつもりはなかったけど、向こうは忘れてると思ったから。」

とアリョンシャが言った。何の事かと思ったら、シェラ夫人の話だった。俺は、

「構わないと思うよ。」

と答えた。

アリョンシャにしては、何だか言いにくそうな様子だった。

グラナドと一緒に、三人で研究室に戻ると、何やら揉めていた。ネイトが、少し厳しい口調で、ルーナを嗜めていた。カッシーが、「まあまあ、殿下に伺って見なくては。」と宥めている。

ルーナは、グラナドを見ると、開口一番、

「私も、連れていってください。」

と言った。

俺達が出た後、登山口の山岳協会員が駆け込んできた。男性の旅行者が二人、静止を振り切って、山に入ってしまった、と言うのだ。

男達が入ったのは、「シレリアの祠」のある、一般見物コースだが、今は閉鎖している。石が見つかったのは、祠の付近であることと、一昨日までの雪のせいだ。(俺達は、明日の朝早く、転送装置で行く予定だった。)

「明るい感じだったので、自殺者ではないと思いますが。立ち入り禁止になっているから、と言って、断ったら、納得しかけたのですが、飄々とした雰囲気に、隙を突かれました。

二人とも、厚着をして、帽子を被ってましたから、顔は確認する暇がありませんでした。」

との報告に、追跡に山岳警備隊を出す、という話になった。しかし、ルーナが同行を申し出たので、揉めていた。

当然、危ないからと、ネイトが反対した。今年の秋は暖かく、雪もそれほど積もらないうちに止んでいた。地元の子なら、ハイキングコースを登るくらいは簡単かもしれないが、相手は、恐らく、ルヴァンとソーガスだ。二人だけとは意外だが、目的が何であれ、戦闘は必須だ。同行は断るのが当然だ。

しかし、グラナドは、ルーナとネイト、俺だけで、展示室を出て、再び通信室に行った。通信のためではなく、話を聞くためだ。

「場合に寄っては、後で仲間とは情報は共有するが。」

と前置いた。これに、ルーナは多少、口ごもったが、ネイトが、

「殿下がここまで計らって下さっているのだ。きちんと、理由を言わなくては。」

と先を促した。

ルーナは、ためらったのは最初だけで、真っ直ぐ、グラナドを見上げて、こう言った。


「私は、キャビク島の、ニアヘボルグの生まれです。ルースンは、私の父方の伯父です。」


グラナドは、同行を許可した。



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