琥珀の灯火・2
新書「琥珀の灯火」2
鉱石の採掘場所は、全体的に浅い沼地や湿地帯で、ガスがあり、薄暗かった。地中には、ここにしか出ない特徴のあるモンスターがいて、触手で警戒してくる事がある。聖魔法以外の魔法を当てると、凶暴化する。そうは言っても、強いものではない。しかし、このモンスターがいないと、泥土の底の鉱石が、上手く地表に出ないので、退治はできない。専用の光線の出る銃で、威嚇して追い払う。
採掘期の短い間は、このモンスターがほぼ出ないため、俺達は、採掘地の奥の、古い集積所の建物まで、難なく到達した。数年前に、新しい集積所が出来たため、ここは閉鎖されていた。このため新しい集積所まで転送で行き、そこから歩いた。
集積所には、確かに人のいた跡があった。食べかすや瓶が散らばっている。僅かな差で逃げられた、と思ったが、カッシーは、
「たぶん、長居する積もりは、無かったみたいね。持ち込んだ食料がなくなったから、移動したんじゃないかしら。」
と言った。
宿泊できる設備はあったが、閉鎖されていたので、水回りも火回りも動かない。カッシーの言う通り、水や食糧は持ち込みになる。長居するなら、定期的に街に行かないといけないだろう。散らかり具合からして、だいたい十数人弱くらいの団体だと思うが、子供が含まれているという話だ。こういう場所で長く生活する事は出来ない。隠れ家にするほど人が来ないわけではなく、要塞にするほど、大規模な建物でもない。辺りは、ガスも薄く、建物は一応、しっかりした石造りではあったが。
「ですが、こんな所まで、数日、留まるためにだけ、わざわざ来たのでしょうか。」
と、ファランダが疑問を投げ掛けた。グラナドが、それに答え、
「ここに隠し金でも置いてたか。それか…ここでやりたい事があっか。」
と言い、床を指した。
石の床には、灰色の「かけら」が、無数に散らばっていた。採掘用の防具の素材と同じ、硬質の樹脂のように見えるが、微妙に金属光沢がある。断裂面はざらっとして、素焼き煉瓦のようだ。グラナドは、手をかざして、
「材料はオリガライトのようだな。」
と言った。こんな色だったか、もっと黒々していたと思うが、と尋ねる前に、彼はシェードに、
「お前のナイフで、表面に傷を着けてみてくれ。あくまで、表面に。」
と頼んだ。シェードは、お安いご用、と、刃が長めの鉤剣を取り、切っ先でついと擦った。
「あれ?」
と言って、二、三度。傷は付かなかった。
「今度は、柄の部分で、叩いて見てくれ。太鼓を叩く程度の力で。」
「太鼓なんて叩いたことないが。適当でいいな?」
と、言いながら、柄で真っ直ぐ
叩いた。欠片は、今度は、一発で砕けた。
「え、そんなに、力は入れてないぞ。」
「ああ。解ってる。お前じゃなく、この欠片が変なんだ。」
ミルファが横から、
「固いのに、割れやすいの?宝石の劈開みたいなもの?」
と口を挟んだ。
「劈開なら、一定に割れる。これは、砕けた。」
「どういうこと?」
「詳しくはわからんが、何か、人工的に作った、『おかしな』物体だ。
見た感じから、何か違和感があったんだが。」
グラナドは、丁寧に欠片を拾う。案内人のトマノセスが持ってきた袋に入れた。
トマノセスは、
「最近、有名な、オリガライトというやつ、あたしは始めて見ますがね、ここの鉱石を乾燥させた時みたいな色ですなあ。鉱石は、こんな変な特徴はないですがね。溶かして、ガスの材料を作れるくらいで。」
と言った。それはそれで、石や金属としては、変な特徴だが。
おかしな物体は、持ち帰る事にした。残念ながら、他に収穫はない。もともと、夕方には直ぐに王都に発つ予定だったが、街に戻ると、ルパイヤの紹介で取った、ギルド御用達の宿舎には、すっかり泊まりの支度が整っていた。宿の主人には、今夜は泊まらないとは、話していたはずだが、
「先程、三人、王都からのお使いが見えて、このお時間なら、みなさん、お泊まりかと。」
と、しどろもどろな答えが帰ってきた。
「使い?陛下からかな。」
とグラナドが言い、俺は、予定に無いことは警戒がいるな、と緊張していた時だ。
宿の奥から、二人出てきた。一人はアリョンシャだ。もう一人は、背の高い、ラッシル系の男性だが、髪は白かった。
「クラディンス先生。」
俺は思わず、口にしてしまった。慌てて、
「『コーデラ地質学の系譜』を拝見いたしました。」
と、畏まった。
彼は、ホプラスの、養成所時代の、恩師の一人だ。今は騎士は引退していた。
俺を暫く呆然と見て、
「噂には聞いていましたが…失礼しました、言われ慣れてると思いますが、昔の生徒に、貴方に良く似た人がいましたので。」
と挨拶に繋げた。
俺は緊張して、なんとか誤魔化せたか、と気が気でなかった。
しかし、紛れて安心し出すと、宿屋の主人が、確か三人、と言っていたな、と、余計なことを思い出した。決して余計ではないが、ミルファが、
「誰かしら。オネストスさんかな。」
と言うのを聞いた時、何故だか余計な、と思ってしまった。
最後の一人は、ヘドレンチナだった。彼女は、子供用の帽子ケースみたいな箱を持参していたが、その中に、小瓶に小分けした、水色の細かい結晶が入っていた。
「もう、直接、見てもらった方が、早いかと思いまして。」
瓶のひとつには、水が入っていて、丸くて白と水色のまだらの、不透明なビーズが、中ほどに浮いていた。さらにひとつの瓶には、黒と水色のまだらの、細かい欠片が詰まっていた。
ヘドレンチナは、欠片の方を指さし、
「これは、ラズーパーリで見つかった品です。割れたステンドグラスの一部だと思われていたのですが…保管に当たった、粗忽な魔法官が、上に水をこぼして、偶然、発見しました。こちらのように、丸くなります。黒いところは、白くなって。」
と言った。続いて、クラディンス先生が話を引取り、この「物体」の説明をしてくれた。
平たく言えば、オリガライトと、水のエレメントの「複合体」だ。オリガライトは属性魔法を吸収して無効にするが、その性質を利用して、「何らかの方法」で、無生物と「複合」させた。方法は暗魔法がらみだろうが、今の段階ではわからない。
「アルコールやミネラルウォーターでも試しましたが、微差はあっても、結果はほぼ同じです。ただ、乾かす時に、アルコールは直ぐに抜けてしまいますが、水だと完全に乾くまでには時間がかかります。水に濃い色をつけていると、白い部分が、その色になることもありますが、乾かしたら黒くなります。
乾いた時は、指で粉末にできますが、水が加わると、柔軟ですが、弾力のある玉になります。粉末を固めておくと、くっついて、より大きな玉を作りますが、発見された数に限りがあるので、大きさによる性能差があるかどうかは不明です。
私は、このような鉱物は…と言っていいのかわかりませんが、とにかく、研究者としても始めて見ます。」
クラディンス先生の説明を聞いて、ハバンロが、
「これは、何のために、使うものですかな?水につけておけば、見た目は綺麗なものですが、お話を伺う限り、これで建築をしたり、武器や防具を作ったりは、出来ないようですが。」
と、疑問を挟んだ。先生は、
「用途は不明ですが、これだけ珍しいものなら、性質を利用して、何らかの使い道は出てくるでしょう。」
と答えた。
グラナドは、さっき、トマノセスから受け取った、固くて脆い石を取り出して見せた。ヘドレンチナも、クラディンス先生も、目を見張った。
「これは、土の…いえ、水と土のようですね。」
とヘドレンチナが言った。グラナドは、
「やはり、そう思うか?だが、それだけでなく、ここの『霧の鉱石』も混じっているようなんだ。あとはオリガライトと。
原理は同じもののようだが、土や水と反応することはないようだ。欠片は床に落ちて、水や土埃に混じっていたからな。
その『水の玉』と違って、これには、あまり使い道も無さそうだ。霧の鉱石の性質を継いでいたら、用途はありそうだが。
失敗作かもしれない。」
と答えた。
どちらにしても、ソーガス達が作った物には変わりないだろう。ろくな設備の無い中で、こんな物を作れる魔力。今までの事と合わせると、彼らには何があるのか。
「あの、魔法結晶の『聖水』では、お試しになりましたか?殿下のお話では、オリガライトから作った薬が、特別な水に、激しく反応することがあるそうです。」
と、レイーラが遠慮がちに話し出した。ジェイデア達の所での、実験の話を思い出した。
「いえ、気が付きませんでした。試してみるべきですね。神殿の許可が要りますが。」
とヘドレンチナが、ファランダを見た。ファランダは、
「神殿の外に持ち出すことになりますが、許可は問題ないと思います。ただ、何が起こるかわからないなら、設備は魔法院のをお借りしないと。」
と答えた。
結果、ファランダと神官達、ヘドレンチナは、翌日、王都にとって返した。グラナドは、アリョンシャが持参した、女王からの手紙を読んだ後、元領主の屋敷(今は公民館のようになっている)で、女王と通信で話した。俺とファイスは、通信部屋の外に居たが、出てきたグラナドは、真っ先に、決定事項を教えてくれた。
「明日は、ここから直接、アレガノスに向かう。
しばらく、王都には戻らない。」
ファイスは、滅多に変えない表情にも、驚きを隠せなかった。だが、何も言わなかった。俺は、
「了解。でも、何故だ?」
と尋ねた。
「アレガノスの山岳協会から、『山で珍しい宝石が見つかった。』と、ヘイヤントの地質学研究所に依頼が来た。詳しくはまだだが、持ち出すと溶けてしまうらしい。
クラディンスは、もともと、その調査に行くはずだった。」
今度は風、である。確かに、溶ける石なら、現地に行くしか、ないか。人数には疑問もあるが、敵は、中枢に根を張っている。騎士や魔法官を大勢使えば、制御は難しくなる。
グラナドは小声で、クロイテスには悪いが、少数精鋭で行く、と付け加えた。
夜に、アリョンシャとクラディンス先生と、少し話した。俺は堂々と、ホプラスとして話すわけには行かなかったが、それなりに懐かしい話は出来た。
霧の鉱石のクエスト、ホプラスの記憶にある、ルーミとの再会。アリョンシャもクラディンス先生も、あの時、ここにいたからだ。
夜中までは過ごさなかったが、翌朝、出発前に、グラナドに、
「夕べは遅かったのか。」
と聞かれた。
アリョンシャ達とは、俺の俺の部屋で話したのだが、グラナドは寝がけに、様子を見に来たようだった。
「声をかけてくれよ。用事があったんだろう。」
「もう休んだか、確認しただけだ。それに、場所が場所だ。積もる話も、あっただろ。」
俺は少し驚いた。ルーミが、このクエストの話を、グラナドにした、というのが、意外だったからだ。
「先代の女伯爵が亡くなった時、お葬式に、父様と出た。ロテオンさんとガディオスも一緒だった。その時に、二人に聞いた。」
ガディオスはともかく、ロテオンは、ますます意外だった。それより、ここの伯爵家とそこまで懇意だったとは知らなかった。ホプラス死後に関係が変わったのかと思ったが、違った。
グラナドの話によると、先代は跡を継ぐ時に、腹違いの弟ともめた。この時が、丁度再会のクエストの頃だ。結局は姉が本家、弟が分家、で収まったが、本家の女伯爵が患って、遺言状を作り出した時、弟である分家の当主が権利を主張してきた。本家、分家は仮の取り決めで、姉の死後は、自分が継ぐはず、と言うわけだ。しかし、姉にはまだ幼い娘がいて、系譜上は、彼女が跡取りだ。
争っている最中に、姉が死亡、弟は姪の後見人に収まった。だが、この弟が、折り合いの悪かった姉の娘を、きちんと後見するとは思えなかった。
ルーミは、幼い娘に同情し、葬儀に自ら出席し、弟に「後見の念押し」をしたのだ。
「一応、それからはきちんと後見はしていたようだ。弟にも娘がいたが、従姉妹同士は仲が良かったそうだから。」
「今は、どうしているんだ?」
「皆、亡くなった。伯爵は、令嬢達二人を連れて、王都で暮らすようになっていた。採掘の事業を手放す算段をしていたからだ。
その屋敷は、クーデターの時に、被害の大きかった区域にあったから。」
そうでなければ、こうはならないか。我ながら、解りきった事を尋ねてしまったか。
出発の時は、珍しく霧は薄く、晴れた空がはっきりと見えた。ミルファが、
「こういうの、『良い事がありそうな空』って言うのよ。」
と言った。
クエストが終わり、ここを離れる時も、こんな空だった。霧に当てられて臥せっていたホプラスは、昨日までが、まやかしのように晴れ渡る空を見て、同じことを考えていたな、としみじみ思い出した。