琥珀の灯火・1
キャビク島の戦いで、首謀者を取り逃がした一行は、手がかりのある土地を回る。
霧の鉱石の土地、ファイアドラゴンの生息地、アレガ北壁の麓など。懐かしい土地だが、一行を待ち構えるように、敵の仕掛けが待ち構えていた。
新書「琥珀の灯火」1
闇から生まれた灯火は、暖く揺れていた。闇に溶けてしまいそうに儚く遠く、なのに、鮮やかに行く手を示していた。
あれが、俺の選んだ希望、鈍い暗闇で見つけた灯火。
例え手にすることが叶わなくても、俺はこの為に「在る」のだから。
※ ※ ※ ※ ※
季節は変わり、今年の秋は遅いだろう、まだ温かい日が続くな、と、あちこちで話題になっていた。だが、日々は暖かくても、状況は暖かいとは言えなかった。
ソーガス達が、すっかり行方をくらましていたからだ。カオスト公爵を問い詰め、隠れ家らしきものを軒並み当たったが、収穫はなかった。キャビク島に残された施設からすると、アルトキャビク城を「本拠地」にしようとして、設備や備蓄を整えていたようだ。だから、他は考えていなかった、と言えるが、それならそれで、新しい本拠地は直ぐに確保しなくては、団体のポテンシャルは保てないだろう。
最後のソーガスの様子は、普通ではない。あれを隠して町や村に、団体で完全に潜めるとは、思えない。(ただ、何人いるかは不明だったのだが。)
そして秋が半ばとなり、遅い紅葉に対する愚痴が、平和なニュースの中心になった頃、もしかしたら、ソーガスは死亡してしまったかもしれない、と、俺は考え始めていた。
ところが、いきなり、「ザディナス夫妻」と名乗る老夫婦が、「自首」してきた。彼等は、グラナドに面会した時に、
「お久しぶりです。」
と挨拶をした。
チブアビ団の事件の時に、宿屋にいた老夫婦だった。王都の「訳あり通り」で、ピゥファウム達を集めていた「貴族」でもある。彼等は、ルヴァンを通して、エクストロスに雇われていた。ただ、黒幕は公爵だと信じていたようだ。彼の力を背景に、新秩序に乗っかるつもりだったが、ここに至って、公爵家の後ろ楯が無くなった。そればかりか、「幹部」のソーガスとルヴァンを抱えて逃亡中になり、さらに、二人の新体制は、「独裁的」「閉鎖的」「排他的」で、自分達古参はないがしろにされ始めた。
極めつけは、ソーガスの新しい実験に、彼等のたった一人の孫娘を差し出せ、と言ってきた。だから、「逃げてきた」と言うことだ。
彼等は、王家からの庇護と引き換えに、情報を提供したが、肝心の新本拠地については、知らなかった。正確に言えば、彼等に本拠地として教えられた所には、すでにソーガスもルヴァンもいなかった。
その場所は、ラズーパーリ近くの島、複合体の時に、最終決戦のあった土地だった。今は閉鎖され、廃墟になっていた。魔法院の監視下にあり、こっそり忍び込むなんて、本来なら考えられないが、管理責任者のトレシズ師が、荷担していた事がわかった。彼を捉えて、その口から、さらに十人の魔法官の名前が出た。
しかし、十人のうち八人は無関係だった。トレシズ師は告発する数が多ければ、罪が軽くなると考えた、と苦しい言い訳をしてた。
騎士団の内通者について、トレシズは、まったく知らない、と言ったが、これは都合が良すぎると思う。が、これで無理矢理に問い詰めて、内通者の名を吐かせたとしても、もう、信憑性は疑わしい。
また、二人の魔法官のうち、一人はピゥファウムの出ていた集会で、トレシズに一回会っただけで、「活動」には参加しなかった、とわかった。最後の一人は、キャビク島の事件の直前に、トレシズに会った後で、王都に戻らず、行方を眩ませていた。この男が、トレシズと「カオスト公爵」との連絡係をしていた。
グラナドは、逃げた連絡係りの、タナントスとは面識があった。グラナドより4つ上にあたり、土魔法が得意だった。探知魔法と拘束魔法が得意だった。しかし能力のわりに、研究も鍛練も嫌いで、成績はぎりぎりだった。クーデター前に卒業し、すぐ故郷に帰ったそうだ。
クーデター後に、呼び戻された口だ。
彼の故郷は、「霧の鉱石」の産地だった。卒業後、暫くは採掘業者に雇われていたらしい。両親と妹が故郷にいて、行方を眩ませる前に、会いに来ていた。以降は、そこに戻った気配はなかった。トレシズも、ラズーパーリの島にソーガス達が来た時には、タナントスには会っていない。
だが、今、鉱石の街では、「古い集積所に、誰か住んでいる。」と、噂が流れていた。
騎士団の調査は、アリョンシャとクロイテスに任せて、俺達はは霧の鉱石の土地に向かった。王子の一行が、少人数で自ら、というのは、通常ならあり得ないが、鉱石の土地は、今は国営になっていた。その視察を、上手く組み込んだ。
騎士団や魔法官は連れていかなかった。その代わり、ファランダの他、神官を二人、連れていった。ギルドマスターのルパイヤに頼み、土地勘のある案内人も着けてもらった。
鉱石の土地は、麻痺や混乱の霧のある沼地で、特殊なモンスターも出るため、採掘などで立ち入る時には、特別な武器防具と、神官の応援が必要だった。
地中に潜り、根を張るモンスターは、地上に触手を出して攻撃する。このモンスターは、倒すと鉱石の産出に影響が出るため、専用の銃で脅す。攻撃魔法は、凶暴化するから、使えない。
防具は、昔は樹脂製の全身鎧みたいなデザインで、軽量化してはいたが、フル装備すると、けっこう重かった。呼吸の為の空気カートリッジや、視界を確保するためのスコープもいるからだ。今は、予防薬があるのと、収穫期の終わりで、霧はまだ薄いため、ここまでの装備は要らない。頭部だけ覆うマスクを支給された。
ここだけ、世界観の違うワールドのようだった。俺以外では、ファランダの連れてきた神官の二人と、レイーラが、採掘の補助に来たことがあったが、他の仲間は、当然、かなり面食らっていた。シェードとグラナド、ミルファは、躊躇いつつも、珍しいものにテンションが上がっていた。年齢を考えると、当然だろう、と言いたいが、ハバンロは、
「頭だけ、缶詰にされたみたいですな。」
と言い、カッシーに吹き出されていた。ファイスも、剣や刀以外の武器は始めてらしく、
「この銃は、剣のような使い方はできないか?」
て言っていた。慌てて、
「壊れて暴発するから止せ。」
と止めた。
ミルファが、銃の使い方を、レイーラに教えていた。その姿に、俺は、ルーミと再会した時の記憶を引き出していた。
ホプラス15歳、ルーミ13歳、ラズーパーリの事件で、お互い、相手は死んだと思っていた数年間。騎士団養成所から、ガディオスやアリョンシャと行った、実習のクエスト、ここの鉱石採掘で、二人は再会した。
本当に偶然だった。
最初は、防護服とマスクのため、顔が解らなかった。だが、ホプラスは、セレニスと名乗ったルーミに、最初から、どことなく惹かれていた。おそらく、ルーミも。
≪マスクをとって、顔を見せて。≫
怪我とガスで、意識がもうろうとする中、なんとかマスクを取る。彼の望みを叶えるために。懐かしい顔を見いだすために。
≪…とって。≫
「ラズーリ、それ、取ってくれ。」
我に帰る。俺は、傍らの銃を、シェードに渡した。シェードは、ミルファにそれを渡しながら、
「これが左利き用みたいだな。」
と言っていた。
グラナドが、
「まあ、引き締めて行こう。」
と言うのが聞こえた。俺に言ったかと思ったが、彼はハバンロの方を向いていた。
「ラズーリ、君は、ここ、少し土地勘があると聞いたが。」
と、ファイスが話しかけてきた。
俺は、返事をしながら、彼の差し出した地図を、一心に見た。