橋を訪う人・1
リアルガーの件で、責任を問われ呼び戻されたラズーリ。上司を振り切ってグラナドの元に戻るが、封鎖されたワールドに勝手に戻る事は、もう引き返せない、と言うことだった。
この世界で生きる覚悟をしたラズーリは、仲間と共に、敵の本拠地に乗り込む。
新書「橋を訪う人」1
目覚めてほぼすぐ、リアルガーの件で、審議の証言を求められた。難航していると聞いてはいたが、何に難航するのか解らないくらい明白だったし、俺もなかなか呼ばれないから、とっくに非を認めて、片付いたと思っていた。
しかし、リアルガーは優秀で、「人格者」として、上司や新人教育担当から太鼓判を押されていたので、彼にもともと守護者に向かない問題があった、とすると、引っ込みの付かなくなる層がいた。
俺は「こんな事」のために、ああいう形で呼び戻されたのが信じられなかった。証言と同時に、異議申し立てをし、ボディが回収されている(新型ならオーバーテクノロジーの可能性があるから、回収せざるを得ないが)ので、状況からして、死亡ではなく、行方不明扱いに違いない。だから、一刻も早く、復帰を希望した。グラナドの守護より、リアルガーとその仲間たちなんか、優先する気は欠片もない。
もちろん、俺は殴っているので、そこは追求されても仕方ないとは思っていた。が、セレナイトが(会えなかったが)先に証言していて、緊急時だったので、俺のNo.24601での行動は、リアルガーを止めるために必須だった、と説明してくれていたようだった。
しかし、背後型と違い、勇者の仲間になるのが前提の融合型なら、そういうことは、一括して、任務終了時の賞罰に纏めるはずだ。新型も融合型に準じる物だ。呼び戻す必要はない。事実、証言や質疑は、俺に対する物ではないし、俺は必要ないとまでは行かないが、今更引き留められる理由も少ない。
始末書でも進退伺いでも、何でも書くから、早く戻して欲しかった。
何故か当事者の俺に、この事件に対しての、無記名アンケートが回ってきた。リアルガーに同情するかどうか、の欄があった。勿論、無し、と回答し、「無い袖は触れん」と備考に記載しておいた。
そもそもを言うなら、一つのワールドに、守護者が二人以上降りて、互いに揉めること自体がレアケースだ。新人には荷が勝ちすぎるが、俺はどうなんだ、という意見もあるが、俺も初めてだ。勇者の存命中に何らかの事情で別勇者に変更になる場合、融合型なら移行期間に二人、というのはあったが、俺は経験していない。
俺の上司は、忙しくたち働いていて、最初も含めて、三回しか直接会話出来なかった。連絡者は、しょっちゅう顔を見せていた。行方不明で済むうちに戻る、と、彼女をつついたが、一向に帰還許可が降りなかった。説明もない。
ようやく「返事」が出た時は、No.24602の時間では、三ヶ月近くも経過していた。上司から連絡者を通じて、極めて手短に、
「転任」
の話をされた。
セレナイトとジェイデアのNo.24601のワールド、俺とグラナドのNo.24602のワールドは、時空越えをしようとした連中のせいで、バランスの球体が爛熟し、極めて安定を欠いている。ベースのNo.24600には影響は、ほぼないのが救いだが、検討した結果、No.24602は当面
閉鎖する。No.24601も似た状況だが、こちらはラスボス戦前夜まで進んだので、そのまま継続。No.24603と4は要観察、No.24605以降は、魔法体系が微妙に違うので、ほぼ影響がない。俺はフォローも兼ねて、No.24605へ、と言われた。
唖然とするしかなく、しばらく口も利けないでいると、連絡者は、
「セレナイトが戻ってきたら、彼女が行くことになるかもしれないし、その時なら、交渉して戻れるかもしれないけど。」
と言った。俺は、
「今、ラスボス戦手前なんだろ。そんなにすぐ戻れるのか。戻れる前提なら、本当は、閉鎖は不要なんじゃないか?勇者はグラナドのままなんだろ?納得のいく説明がないなら、守護者としての継続を希望する。」
と言った。しかし、連絡者は、
「すぐ却下されると思ったほうがいいわ。」
と言った。
「今度のは、『痛み分け』とか、『両成敗』とか、そういうものなの。確か、No.30000代のどっかに、『三方一両損』とかなんとか言うのがあったけど、そういうこと。
リアルガーがワールドと、彼の勇者と引き離されたんだから、あんたも、って。」
「なんで、俺が原因で、引き裂かれた設定になってるんだよ。リアルガーの破綻に、俺は関与してない。」
「それはそうだけど。」
「とにかく、俺は戻る。明日、直ぐ。」
「明日の朝には、手続き終了で、No.24605にしか入れなくなるわ。」
俺は再び絶句した。しかし、連絡者は、俺に構わず続けた。
「これでも、ぎりぎりまで、粘ったのよ、あんたの上司。抗議してもいいけど、あんた、今回は、ホプラスを言い訳に出来ないくらい、グラナドに、積極的に出てるでしょ?正式に抗議するなら、そこを追求されて、計画に支障がある、とされるわよ。」
ぐうの音も出なくなった。俺の一方的な物ではないが、それを主張しても、余計に不利になる。
このままワールドと離れ、別の任地に赴く。今までは、それで程なく、前のワールドの事は、薄れていく。誰と関わり、何を見たかを。そもそも、そういうものだった。
だが、今回は、納得出来ない。グラナドの立場や心境、人生観を考えると、素性がばれる事を承知で、側に置いたのだから、これは必然だ。ホプラスはもう、関係がない。俺は、俺として、グラナドの守護者でいたい。「戻る」と約束したのは、守護者としてだけじゃない。俺自身だ。
頭の中を巡る色彩が、稲妻のように、急激に一つの閃光になった。
俺は、グラナドの元に帰る。それが、今の俺の、「唯一の物だ。
「一応、上司からの伝言、伝えとくわ。」
と、連絡者の声も虚ろに聞こえる。
「『さすがに、連日徹夜で会議疲れした。連絡されても出られないだろう。今日一杯なら、鍵はジャスパーに預けておくから、コンタクトルームから様子を見るくらいは出来る。朝は皆を寝かせてくれ。抗議なんてしないように。』」
そして、
「まあ、好きにしなさいよ。ロージィ…インカ博士には、あたしが、話しておいたから。今夜は、問題ないわ。」と、そのまま出ていこうとした。
俺は、はっとして、
「すまない。ありがとう。」
と言った。連絡者は、
「やめてよ。嵐がくるわ。」
と言い、出ていった。
まず、ジャスパーに連絡する。彼とコンタクトルーム近くで待ち合わせ、二人でインカ博士の元に直行した。彼女は、俺やジャスパーとは、業務上の付き合いしかないが、連絡者とは個人的に親しかったようだ。(あれと仲良くできるなんて、出来た人だと思っていた。)
しかし、彼女がいるはずのコンタクトルームには、彼女ではなく、男性がいた。ジャスパーは面識がなかったが、俺は知っていた。セレナイトとリアルガーの上司に当たる、サンストンだ。
絶望、それが、彼を見たときに、浮かんだ言葉だ。彼は、リアルガーに対しては、極端な厳罰は避けたがってはいたが、彼の問題である、というのはわかっていて、処分についての扱いは、公平な人物、という印象を持っていた。俺に対しては何も意見は持っていなかったようだったが、この件では、味方ではないだろう。
「なぜ、ですか。」
とジャスパーが言った。サンストンは、
「リアルガーが、戻ろうとして、トラブルを起こしてね。インカ博士もろくに休んでないから、強制的に引き取ってもらった。彼女では、『取り押さえ』られないし、我々の問題に、研究者の彼女を巻き込む訳にはいかない。」
と言い、ジャスパーには、
「君も一緒に来なさい。百聞は一見にしかず、だ。」
と、俺たちを、モニタールームに連れていった。
彼は、まず、No.24601の、バランスの球体を写し出した。かなり白っぽいが、色は無くしていない。白さが最大になった部分から、細長い糸が出て、周囲のワールドに延びていた。繋がるNo.24603は黒っぽく、No.24604は白っぽい。しかし、まだ死滅や爆発が心配されるレベルではない、と思ったが、
「No.24601の件をセレナイトと、新人のサニディンが片付けたら、これは恐らく戻る。だから、それまで、刺激は避ける。」
と聞いた。自分が、「一歩手前」の状態の見極めには、習熟していなかったが、と改めて思う。
「そして、これが、君の行く、No.24605だ。」
比較的、明暗のはっきりした、色彩をしていた。ただし、色味自体は鈍い。
サンストンは、モニターを切り替えた。 中央に、金髪の青年が映る。
「ルーミ!」
彼がいた。陶器のような頬、柔らかい、ゴールデンブロンドの髪。仲間と焚き火を囲んで、食事をしていた。赤毛の巻き毛の女性と、褐色の肌をした、銀髪の少女が、両脇に座っている。手前には、黒髪の男性が、背を向けて座っていた。火は白く、魔法の火だった。
中心の彼は、向かいの仲間に頬笑み、
《なんだよ、それ。て、お前が、ドジだっただけじゃないのか。》
と言い、文句を言い出した相手に、適当に酒を薦めていた。輝くような笑顔、その瞳は海のように濃く青い。
「違う…。」
俺は呟いた。似ている。でも、別人だ。
「彼が守護対象だ。名前はルーシス。」
サンストンは、次に、No.24602を映した。白い帯に囲まれるようになっていたが、他と一体化している訳ではない。地色は見えにくいが、極端ではない。ジャスパーが、
「このレベルで、閉鎖ですか?確かに、普通ではありませんが、糸状の帯は、外からは不干渉系を示しているように見えます。No.24601を待たなくても、独自にクエストを進めて、解決するレベルだと思います。」
と意見を述べた。
彼は計画者を目指していたので、俺より、この当たりは詳しいのだろう。
「そう、無理に必要はない。」
とサンストンが淡々と答えた。
「閉鎖して自然に任せる
と言えば、聞こえはいいが、すべての『恩恵』を断ち切る、と言うことだ。 まだ安定して、秩序のある文明社会が機能している場合は、守護者を引き上げるだけで、まず、閉鎖まではしない。
閉鎖するのは、通常は、死滅や爆発寸前のワールドでは、守護者の安全が確保できないからだが、この場合は違う。他のワールドへのエネルギー干渉が理由だ。ここのワールドの言葉では、エレメントと言うかな。
今、No.24602には、他所からエネルギーを奪い取るシステムが、不埒な者により、構築されてしまった。だが、バランスの球体は自衛して、帯を作り、エネルギーの相互干渉を防ごうとしている。流出と流入を阻止しようとして、こちらからの干渉もしづらくしている。
この事自体、前例が数えるほどしかない。ワールド間の移動が可能だった事を考えると、ワールドの自衛とは言えないかもしれん。
しかし、閉鎖したら、帯は弱まるが、エネルギー源も弱まる。余計なシステムと、それを操るものにも、最後には、なすすべが無くなる。それに、閉鎖しておけば、決定的な何かが起こっても、一つのワールドの中だけで済む。
ひとまず、これで、閉鎖しない手は無かろう。」
俺は、ルヴァンやソーガスの行動を思い出しながら、バランスの球体を凝視した。帯越しだが、一分、色が白黒を繰り返している点がある。一つは、南の海の上だ。もう一つは、球体の360度反対側だが、陸地がある。
「キャビク島か…。」
大陸というほど大きな島ではないが、四つ以上の民族系統が犇めき合い、近年まで、それを利用した争いが絶えなかった。滅びた古代文明の話もあるが、文献も考古学資料もなく、伝承だけだった。争いは現代人の利害のため、古代には責任はないが、キャビク島の名前が出た時に、それまでの経緯も合わせ、もっと深く考えるべきだった。複合体事件では何も起こらなかったから、スルーしていたが、ラスボス候補のカオストが、管理者として絡んでいたというのに。
「気がつかなかったのは無理もない。」
とサンストンは言った。
「守護者や連絡者、降り立つ者達には、知らせない予定の情報だからだ。」
俺は、何故です、と尋ねた。こうまで予想と勝手が違うものは、あらかじめ用意されたボスではないことは確かだが、複合体事件の時も、似たようなアクシデントにも関わらず、No.24602は、自力で調査して真理にたどり着いた。今回も、そのうち解るだろう。アクシデントなら、早く片付けるためにも、守護者には教えるべきではないか。
そう思って尋ねたのだが、サンストンは、別の解釈をした。
「同じ条件で、全うできない守護者が二人、新人とベテランなら、『計画にそもそも無理があった。』、一人は全うできたなら、『適性のない人材の選出』、責任を負う所が、違う。」
続けて、サンストンは、もう一度、さっきのルーシスの画像を出した。彼は、暑いのか、凍らせた果物をかじりながら、仲間と、何か、地図を見て、話している。
「どうだ、似ているだろう。火魔法使いで、彼も盾を使わない。」
俺は、釘付けになっていた。近いワールドには、たまにこういうこともある。
サンストンの声が響く。
「リアルガーを推挙したのは私ではない。言い訳にしかならないが、新人の融合型…いや、新型には、懐疑的だったからだ。それ、と言うわけではないが、この事は不問にする。転任を承知するなら、君に関しては、一日早く、新地に赴いた、ということにしてもよい。」
よく似たルーシスは、映像の中で、大きな声で、笑っていた。仲間も大笑いしている。映像の外から、男性の声が、これもあげるよ、と、さらに果物を渡していた。喜んで受けとり、食べる、その表情。
俺は、かぶりを降って、サンストンに向き直り、言った。
「No.24602に戻ります。今夜が駄目なら、明日になってから、申請します。まだ、俺には、やるべき事があります。せっかくですが、新しい任務には、着けません。」
サンストンは、よく考えたか、と言った。ジャスパーすら、驚いていた。
「俺…私は、グラナドの、No.24602の勇者の守護者です。ここに来る直前、彼に、『必ず戻る』と言いました。ルーミの時は、果たせませんでした。仕方のないことでしたが、彼と同じ気持ちを、グラナドにまで、味会わせたくありません。物理的に本当に不可能であれば、戻るとは言いませんが、この場合は、違いますね?
なら、たとえ、これが最後になっても、私は戻ります。」
言いたいことは言った。サンストンに理解してもらえるとは思わないが、ジャスパーは、
「彼の勇者が王になるか、子供が王になるか、なら、彼が約束を違えて戻らなければ、後にどんな王になるか、不安要素が残ります。例えば…。」
と、やや焦りぎみに、口添えして、例を挙げようとしたが、
「ジャスパー、君は戻りなさい。上司に連絡するように。」
に遮られた。俺は、リアルガーの上司とは言え、真相を教えてくれた相手を、どうやって出し抜けるか、と考えていた。
だが、巡る邪な思考は、最後の一言に中断された。
「ああ、帰る前に、ロックを解除しておいてくれ。ゲートルームで、インカ博士が待っている。」
俺とジャスパーは、同時に、「えっ!?」と叫んだ。
サンストンは、
「リアルガーは、『不合格』だった。最も、彼に使ったのは、ジェイデア王女の少女時代の画像で、祭礼で女性の格好をしている姿だった。彼女の恋人の姿だけ消して、『彼のいないパターンの派生ワールドだ。』
と言ったら、あっさり折れた。
おそらく、彼は、機会があれば、またやらかす。とても残念な答えだった。」
と一気に言うと、部屋を出ていってしまった。
これで、俺は、再び三たびと、No.24602に降り立った。
最後の旅と、覚悟をして。