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【悲報】追放された魔王様が人間の弱小国家で宰相やってる件について(読み切り版)

作者: モカ亭

 この作品は、連載版【悲報】追放された魔王様が人間の弱小国家で宰相やってる件について

の連載前のプロトタイプの読み切り版となります。


 そのため、連載版とは設定・キャラクター・ストーリー等大きく異なる場合がございますので

あらかじめご了承ください。

「フッフッフ。我は魔王、闇の守護者。深淵の王。漆黒の恋人なり」

 俺は荒野のど真ん中でボロボロのマントを羽織りながらポーズを決める。


 ち、違うぞ。断じて違う。厨二病(そっちほうめん)の人では断じてない。

 正真正銘本物の魔王なのだ。


 では正真正銘本物の魔王様が、荒野のど真ん中で一人で何をやっているんだというツッコミが予想される。


 まぁ、その、なんだ……。追い出されちゃったんだよね。魔王国を。


 数日前、魔王軍四天王がクーデターを起こしてね。


 いくら魔王でも、四天王全員と数百万の魔王軍を一人で相手にはできないわけで、俺は魔王国から命からがら逃げ出してきたってわけ。


 クーデターの理由?

 四天王のリーダー曰く「誇りと栄光の魔王国を取り戻す」んだってさ。


 まぁ確かに、俺が魔王に就任してから、人間界に対して戦争や略奪は一切やめて、人間界と同盟を結び、貿易や交流を推進してきたからね。


 先代の魔王たちが、「人間界を征服し、恐怖で支配する」ことをマニフェストに侵略戦争に明け暮れていたのとは大違いってわけさ。


 でもさー、実際イマドキ「侵略戦争」なんてはやんないよ。

 ヒトもカネもモノも恐ろしい勢いで消えていくし、占領した後の統治も大変だよ。


 しかもいつも「あと一歩」のところで人間の勇者や光の巫女に邪魔されて、歴代魔王はことごとく封印もしくは殺害されてるんだよねー。いい加減学ばないと。


 と、いうわけで俺が魔王に就任してからは「戦争より平和を」「支配より交流を」をスローガンに政策を180度転換したってわけ。


 おかげで人間界も魔王国も、未だかつてないほどの繁栄の時代を謳歌できるようになったんだ。


 でもやっぱり、頭の固い古い考えの連中ってのはどこにでもいるわけで。


「魔王国は堕落してしまった。人間と仲良くするなどあり得ない。今こそ魔王国に誇りと栄光を取り戻すべし」


 ってな感じで四天王がクーデターを起こし、現在に至るって訳。


 ぐぎゅるるるるる……。


 それにしても腹が減ったなぁ。

 魔王国を追放されてから三日三晩何も食べていない。


 さすがの魔王といえどこのままでは餓死してしまう。


「あら? こんな荒野でどうされたのですか?」


 馬車が通りかかり、中から女性が声をかける。


「いや、ちょっと祖国を追われてしまって……。すまないが何か食べ物をもらえないか?」

 俺は声の主に答える。


「まぁ、それは大変! パンとワインを差し上げましょう」


 そう言って顔を見せたのは、金髪碧眼の美少女だ。

 豪壮なドレスを身にまとっていることから、かなり高貴な身分であることが見てわかる。


「あら、もしかして貴方は魔王様ではございませんか!?」

 少女が突如、俺の正体をズバリと言い当てる。


 な、なぜバレた……。


「やっぱり! 私、父に連れられて『王たちの会議』に参加したときに貴方を見たことがあります!」

 彼女は興奮気味に語り始める。


「歴代の魔王とは違い、人間と戦争をせず平和と交易を尊ぶ魔王様、私ずっとあこがれていたんです!」


 なるほど、四天王たちからは「根性なし!」と追放されてしまったが、ちゃんと俺の政策を評価してくれる人もいたんだ。


 そう思うと、なんだか少しだけ救われる気持ちだ。


「私はエルトリア王国の王女です。実は先日父である前王が急死して、急遽王位につくことになったのです」

 彼女は自己紹介をする。


 エルトリア王国。


 一言で言うなら、「超弱小国家」だ。

 人間界には大小さまざまな国があるが、軍事・経済・領土、そのいずれもが「最弱最小」の国だ。


 もし仮に魔王軍が攻め込めば、半日もかからずに攻め滅ぼされてしまうだろう。どうやら彼女はそんな国の王女様らしい。


「それで魔王様は、どうして供も連れずにおひとりで?」

 王女が俺に問いかける。


「実は……」

 正体もバレてしまっていることだし、俺はこれまでのいきさつを正直に王女に話した。


「まぁ、なんてこと! 歴代最高の魔王様を追放するなんて!」

 彼女は自分のことのように怒ってくれた。


「あの、魔王様……」

 彼女は何かを言いたそうにしている。


「もし行く当てがないのでしたら、私のエルトリア王国で、『宰相』をしていただけないでしょうか?」


 王女が予想外の提案を俺にしてきた。


「前王が亡くなり、右も左もわからないまま国家元首に祭り上げられてしまいました。国内にはこの機に権力を得ようと画策する貴族も多く、政策に関して信頼して相談できる相手が私にはおりません」


「もし、あの(・・)魔王様が宰相として相談に乗ってくれるのでしたら、こんなに心強いことはありません」


 彼女は潤んだ瞳で俺を見つめる。か、可愛い……。


 俺は少しだけ考える。


 人間は魔族に支配されるべきもの。

 魔王国での常識中の常識だ。


 そんな中、もし魔王国の頂点であるはずの俺「魔王」が、あろうことか人間界の、それも最弱の弱小国家で雇われることになったら四天王の連中はなんと言うか。


「ここまでクズなのか」「恥も外聞もないゴミ以下」「魔族の面汚し、死んでくれ」


 まぁこんなところか。


 だが、俺の目の前の少女は「俺」を評価してくれた。

 魔王国を追われ、何の地位も権力もなくなった俺を、それでも必要といってくれた。


 なら、迷うことはないじゃないか!


「俺でよければ、喜んでエルトリア王国の宰相を引き受けさせてもらうよ」

 こうして、魔王様は弱小国家の宰相となった。





―― 一方そのころ魔王城

 四天王たちが祝いの宴を行っていた。


 もちろん魔王追放記念の宴だ。


「あのクズ魔王、ようやく追い出せて清々したぜ」

「人間に媚びる魔族の面汚し。あんなでよく魔王になれたもんだぜ」

「あんなゴミが魔王じゃ、魔族全体が舐められる。これでようやく、威厳と誇りに満ちた魔王国が復活する訳だ」


 彼らは魔王なきあとの国が、素晴らしい夢のような理想郷になると信じて疑わなかったのだ。






――「これは……。酷いな」

 俺はエルトリア王国の惨状に絶句する。


 土地はやせ細り、ろくな作物も育たない。


 わずかに育った作物も、盗賊やほかの人間国家から侵略してきた兵たちによって根こそぎ奪われてしまう。


 こんな状況なのに、王国の貴族たちは民に重い税を課し、貴族同士の権力闘争に明け暮れている。


「前王である父が生前は何とか押さえつけていました。しかし父の死後、完全にタガが外れてしまったのです」

 王女は悲しそうにつぶやく。


 うーむ。

 いつも思うが、「人間」というのはつくづく不思議な生き物だ。


 なぜ、目先の利益に囚われて人間同士で敵対してしまうのだろうか?

 彼らが一糸乱れず一丸となって団結すれば、当の昔に魔王国など滅ぼせていただろうに。


 まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。


 まずは、荒れ果てたこの国を良くすることが最優先だ。

 俺は魔王ではなくエルトリア王国宰相として、この国を豊かにしようと決意した。





 それから俺は、エルトリア王国を良い国にするため、必死で駆け回った。


 荒れた畑に自らクワをもって入り、必死で耕した。農民たちと協力し、泥まみれになりながら水路を作り、荒れ地にも強い作物を植え、彼らと一緒になってその成長を喜んだ。


 盗賊や侵略してくる他国の兵たちには、自ら先頭に立ち防衛を行った。


 いくら魔王とはいえ一人で国を守り続けることはできないので、兵を募集し、彼らと一緒になって訓練し、少数ながらも精鋭の「防衛軍」を設立した。


 民に重い税を課し、苦しめる貴族たちには「民を苦しめれば、いずれ何倍にもなって自分たちに返ってくる」という摂理を辛抱強く説いて回った。


 こうしてエルトリア王国は、少しづつだが確実に「良い国」に変革し始めたのだ。





―― そのころの魔王国。


「ご報告します。行方不明だった魔王ですが、どうやら人間界のエルトリア王国にて宰相をしているようです」


 魔王軍の間者が四天王たちに報告する。


「何だって!? 仮にも魔王であったものが、人間に仕えているだと!?」

「ワッハッハッハッハ! こりゃあいい。傑作だ! あのクズにはお似合いじゃねぇか!」

「とはいえそれは魔族の汚点となる。放置はできない。即刻魔王軍を派遣し、エルトリア王国ごと魔王を滅ぼしてしまおう」


 彼らは、エルトリア王国などという弱小国家ごとき一瞬で滅ぼせると高をくくり、すぐに魔王軍を派遣しようとした。


「し、しかし……。今は我々魔王軍はエルトリア王国に侵攻する余裕はありません」

 間者が予想外の報告をする。


「何!? 余裕がないとはどういうことだ!?」

 四天王が怒りながら間者を問い詰める。


「クーデターで魔王を追い出してから、『魔王の治世が良かった』と言い出すものが現れ、現在結構な規模の勢力になっております。反乱の恐れもあるため、魔王軍を国外に派遣することはできません」


「何だと!? 前の方が良かっただと! そんな馬鹿な話があるか!!」


「いやぁ魔王の時代は平和でしたし、人間界との交流で珍しいものも沢山手に入り、魔王国全体が豊かでした。しかし今は人間界とは完全に敵対し、交流もありません。勇者なんかも大昔のように魔王国に大勢攻め込んできて国内が乱れておりまして……」


 間者がバツが悪そうに報告する。


「人間と敵対する。それこそが魔族のあるべき姿だ! 『魔王の治世が良かった』などと抜かす愚か者は魔王国に必要ない。全員処刑せよ!」


「さ、流石にそれは……」


「口答えする気か! 貴様も始末するぞ!」


「い、いえ。とんでもございません。御意のままに」

 間者はそう言ってそそくさと下がっていった。


「フン、魔王に洗脳されてありもしない幻想を抱いているだけだ。すぐに国は良くなるさ」

「その通り、プライドを失った国は必ず亡びるのだ。我らが間違っているはずがない」

「まずは国内を粛正することに集中しよう。なに、最弱国家と追放魔王などいつでも簡単に滅ぼせるさ」





―― それから半年後。

 エルトリア王国は見違えるほど立派な国になった。


 小さいながらも豊かで、平等で、平和な国だ。


 今はほかの人間国家との交易や平和条約の締結などを推進している。

 いがみ合っていたこともある人間同士の国で、中々うまくことが運ばない部分もあるが、


「戦争は短期的には利するが、長期的には必ず損をする。平和は短期的には損をするが、長期的には必ず利する」


 点を根気強く説明し、各国の説得を行っているところだ。


「心の友よ! お前とならば俺は喜んで同盟を結ぶぞ!」

 異民族国家の王が豪快に笑う。


 彼らは山岳地帯に住む異民族だ。

 ほかの人間国家の人々と「肌の色が違う」という理由だけで迫害されてきた。


 魔王国では理解できないことだがね。


 肌の色がなんだってんだ! 魔王国にいたころはスライムからオークからドラゴンまで千差万別、大小さまざまな種族を全部まとめて面倒を見てきたんだ。


 肌の色程度でごちゃごちゃ言うんじゃねぇ!


 って感じで同盟を打診したら、大爆笑しながら応じてくれた。


「お前の言う通りだ! 肌の色なんてちんけなことでいがみ合うなんざ馬鹿馬鹿しいぜ!」

 だってさ。


「宰相殿、貴方は信頼に足る人物です。同盟を受諾します」

 魔導士たちの女王がほほ笑む。


 彼女の国は多くの魔導士を輩出しているが、「魔法」というやや魔族よりの力を使うため、人間界の「神聖教」という魔族大嫌いな宗教にとっては目障りな存在だったようだ。


 何度も魔法の禁止および神聖教への改宗を迫られていたところへ俺が同盟を打診した。


 信ずる神は人それぞれだ。人間は普段まとまりがないくせに、そういうところは統一したがるのか。各自の好きにしたらええやん!


 俺がそう言って神聖教を批判すると、彼女は目を丸くした。

「おっしゃる通りです。でも、そんなことを平気で言える方に初めて出会いました」

 だってさ。


 こんな感じで、虐げられた者たちを中心に、続々とエルトリア王国の同盟国が増え始めた。





「……」

 天気の良い午後。俺はエルトリア城のバルコニーで考え事をしていた。


 ここまでは非常に順調だ。


 成り行きとはいえ、俺を助けてくれて、「宰相」という新しい居場所を与えてくれた王女には本当に感謝している。


 彼女の期待に応えるべく、俺も全力で立ち回ったし、ある程度の成果も残せたと思う。少しは恩返しができたのではないかと思う。


 だが……。


 俺は「東」 ――魔王国の方角だ―― を見る。


 どうやら俺が追放された後、魔王国は極端な戦争主義に傾いたらしく、人間界との国交断絶、軍備増強に走り「近いうちに侵攻してくるのではないか?」との大きな不安を人間界に与えている。


 風の噂によると、四天王の連中は当初は魔王国の統治に手間取っていたようだが、大規模な粛正を通じて国内の意思を無理やり統一したようだ。


 そして彼らは残る最大の不安要素、「魔王」を排除して魔王国を完全に掌握するつもりだ。


 彼らは俺を消しに来る。

 それ自体はいい。いや、良くはないが、「俺が消されるだけ」ならまだいい。


 だが、俺はエルトリア王国の「宰相」だ。

 俺がこの国にいれば、彼らはこの国ごと俺を滅ぼすだろう。


 つまり、魔王国は準備が整い次第、最大戦力でエルトリア王国へと戦争を仕掛けるはずだ。

 そしてそれは、恐らくそんなに遠い話ではない……。


 いくらエルトリア王国が豊かな国になり、同盟国も順調に増えているとはいえ、魔王国の戦力は想像を絶する。真正面からぶつかって勝つのは不可能だ。




―― この国を去るべきだ。


 俺は結論付ける。

 四天王たちに殺されるのが怖くて逃げだすのではない。


 俺がこのエルトリア王国にいることによって、王女の愛するこの国が滅ぼされてしまうことが怖いのだ。


 いつの間にか、それぐらいに、この国は俺にとっても大切な国になっていたのだ。




「やれやれ、これでまたひとりぼっちか……」


 俺は雲一つない青く澄み切った空に向かって独りつぶやいた。




 その日の夜。

 俺は一人でこっそりと城から抜け出した。


 もうすぐ城門だ。

 衛兵にばれないように気を付けなくては……。


「魔王様、こんな時間に、どうされたのですか?」

 ビクッ!


 振り返ると、そこには王女がいた。


「あぁ、いや、これは、さ、散歩だよ……」

 俺はしどろもどろになりながら答える。


「もしかして、エルトリア王国を去るつもりなのではありませんか?」

 彼女はズバリと言い当てる。


 最初に会ったときもそうだったが、たまに彼女は「心を読めるのではないか」と思うほど鋭い時がある。


「あの、魔王様……」

 彼女は静かに口を開く。


 裏切者と言われるのではないか?

 そうだよな。どういう理由であれ、宰相を引き受けておきながら途中で投げ出してしまったのだから。


 俺は彼女の言葉の続きを恐る恐る待った。


 だが、彼女から出た言葉は全くの予想外であった。


「……行かないでください」

 俺はハッとする。


 彼女は大粒の涙をボロボロとこぼしながら泣いていたのだ。


「ごめんなさい、魔王様。私たちはあなたに頼るばかりで、あなたの苦しみをちっともわかっていませんでした。国が豊かになっていくのを見て、浮かれてしまっていたんです。本当にごめんなさい」


「そ、そんなことはないよ。君は十分俺のことを理解してくれた。それだけで俺は本当に救われたんだ。だけど俺がこれ以上この国にいては迷惑がかかる」


「そんなことはありません!」

 王女は今度は力強く言う。


「あなたがいてくれたから、この国は豊かになったのです。目先に危険が迫ったからといって、大恩人であるあなたを、一度魔王国から追放され、心に深い傷を負ったあなたを再び追放するような真似は決していたしません!」


「だが俺が残れば、君の愛するこの国が亡びるぞ!」


「構いません! どのみちあなたがいなければ当の昔に内乱や人間同士の争いで滅んでいた国です。それに……」


 彼女はそこまで言うと、少しだけ頬を赤らめて俺に告白する。


「私の愛するエルトリア王国は、優しい民たちがいて、豊かな自然があって、平和な街並みがあって……」


「そして私が愛するあなたがいて、初めてエルトリア王国なのです。あなたがいなければ、ここは私の愛する国ではありません。私にとってあなたはもう、『なくてはならない存在』なのです。だからどうか、どうかいなくならないでください」


 俺の中で何かがはじけた。


 俺は彼女を強く抱きしめると、はっきりと宣言する。もう逃げない。

「わかった。もうどこにもいかない。一緒にこの国を守り、生き抜こう!」


 その瞬間、俺は「魔王」ではなく、真の意味で「宰相」となった。




―― それから約一か月後。

 ついに魔王軍がエルトリア王国へと進軍を開始した。


 魔王軍はオーク歩兵団10万。ケンタウロス騎馬隊15万、ワイバーン竜騎士団5万、そのほかにも各種様々な種族を含む合計40万の超大軍だ。


 一方のエルトリア王国軍は歩兵4万、騎兵1万の合計5万。


 常識的に考えれば勝負にならない。

 だが俺はあきらめなかった。


 ありとあらゆる手を講じて対策を検討し、毎晩徹夜で王女や貴族たちと必死で防衛策を練った。


「報告! 敵は3軍に分かれました。北軍10万、南軍10万、中央軍20万からなる大軍がこちらへ向けて進行中です」


「領内の人間は、すべてエルトリア城への避難完了しました」


「東ゲートの封鎖完了です。西ゲートも間もなくです」


 続々と報告が舞い込んでくる。

 この戦力差で野戦に持ち込むのは自殺行為だ。


 俺たちが採れる戦略は全住民をエルトリア城に退避させ、籠城戦に持ち込む以外に無い。


宰相殿(・・・)、二人で必ず生き残りましょう」

 王女が俺の手をやさしく握る。


 そうだ、死ぬわけにはいかない!






――「報告します。北軍はデメトール山岳地帯を進行中。南軍はパノラマ河を渡っております。中央軍は敵エルトリア城の包囲を開始しました」


 魔王軍本陣天幕に、各方面に展開している軍の状況が伝わる。


「敵は籠城作戦に出るつもりだ。この戦力差を考えれば当然だろう」

「中央軍20万で十分だ。北軍・南軍の到着を待つまでもない」

「こんな弱小国家にいつまでもかかずらっている場合ではない。さっさと潰して終わらせよう」


 四天王たちはまだ開戦もしていないのにすでに勝ったつもりだ。


 碌に敵戦力の分析もしないまま、戦闘態勢に入っている。


 一方、これを迎え撃つエルトリア軍はありとあらゆる事態を想定し、万全の態勢で準備を整えている。




 こうして、王国の存亡をかけた、「エルトリア王都防衛決戦」が幕を開けた。


 現在の戦力は魔王国中央軍20万対エルトリア軍5万だ。


 初動、魔王軍第1陣がエルトリア城城壁に突撃を開始する。


 これに対し、エルトリア軍は城壁の上から矢の雨を降らせて応戦する。


 多数の被害を出しながらも、第1陣は城壁に到達。ハシゴやロープを渡して城壁を超えようとする。


 そこへ、自ら陣頭に立った「魔王」、いまは「宰相」だが、が、風の上級魔法を使いハシゴごと敵兵を吹き飛ばす。


 第2陣、第3陣の後続部隊も同じように城壁に迫っては跳ね飛ばされ、中々攻略が思うように進まない。


「何をしている!?」

 四天王が怒りの檄を飛ばす。


 だが、これは当然の事態といえよう。


 中央軍20万はオーク歩兵5万、ケンタウロス騎馬隊10万、その他5万からなる軍だ。

 城壁をよじ登ったり、城門を槌で破ったりする攻城戦において、全く役に立たない「騎馬隊」を10万も含んでいる。


 一方のエルトリア軍は、城内に立てこもっている歩兵4万を適切に要所に配置し、万全の態勢で防御している。


 攻城戦において、戦局を優位に進めたければ敵の10倍の兵力を必要とする。


 にもかかわらず、魔王軍は4万のエルトリア軍に対し、役に立つのは実質わずか5万のオーク歩兵のみという最悪の状況で開戦に踏み切ってしまったのだ。


 城壁を突破できるはずがない。このまま突撃を繰り返しても無駄に犠牲を増やすだけだ。


「役立たずのクズどもが!」


「報告いたします!」


 怒り狂う四天王のもとに、更に悪い知らせが届く。

 兵站を確保していた後続の補給部隊が、次々と撃破されているというのだ。


 実はエルトリア軍は5万のうち守城戦においてやはり役に立たない騎馬隊1万を城内には入れず、国内全域に広く分散展開させ、敵補給部隊への「ゲリラ攻撃隊」としていたのだ。


 彼らは森林や草原に身を隠し、攻撃能力のない補給部隊を撃破しては撤退を繰り返し、魔王軍の士気と戦争継続能力を大きく削ぎ落していく。


「ならば北軍、南軍と合流し一気に攻め落とす! 奴らは今どこにいるのだ!?」


「じ、実は……」

 彼らのもとに信じられない報告が届く。


 まず北軍10万は、山岳地帯を進行中に、異民族の襲撃に遭い、壊滅的な被害を被ったとのことだ。


「がっはっは! 心の友の危機に駆け付けぬ訳がなかろう!」

 豪快に笑うのはあの異民族の王だ。


 続けて南軍10万は、パノラマ河を渡河中に突如大洪水に巻き込まれ、ほぼすべてが押し流されてしまったとのことだ。


「私たちは魔導士よ。水の魔法で洪水を起こすぐらい訳ないわ」

 魔導士たちの女王が誇らしげに言う。


 もちろん、これらはすべて作戦通りだ。


 エルトリア王国は同盟諸国に北軍、南軍の対応を依頼しており、それぞれが山岳地帯・河川という得意な地形で待ち伏せを行っていたのだ。


「バカな、バカな、バカな……」

 ようやくことの重大さに気付いた四天王。うろたえる彼らのもとに、とどめの一撃となる最悪の知らせが届く。


「ほ、報告いたします……。ま、魔王国本国にて『魔王』の復権を望む者たちがクーデターを決行しました。現在魔王国は首都を始めとする主要都市群をすべてクーデター派に制圧されてしまった模様です……」


「な……に……?」


 もちろん、これも「宰相殿」の戦略だ。


 彼は四天王が粛正を通じて無理やり魔王国を統一したと聞いて、魔王国内に潜在的な不満と反乱の意思が渦巻いていることを確信。


 単身でひそかに魔王国に潜入し、クーデター派のリーダーと面会。魔王軍がエルトリア王国に攻め入ったタイミングを見計らって魔王国内で反乱を起こすよう、クーデター派に指示を出していたのだ。


 この報告が決定打となり、一気にパニックに陥る魔王軍。

 あるものは逃亡し、あるものはエルトリア王国に降伏し、魔王国中央軍は完全に崩壊してしまった。


 四天王たちも、降伏した兵たちに「手土産」として捕らえられ、エルトリア王国に突き出されてしまった。


 こうして、魔王国40万対エルトリア王国軍5万で始まった「エルトリア王都防衛決戦」は、当初の予想を大きく裏切り、エルトリア王国軍の圧勝という信じられない結末で幕を閉じたのであった。









 あれから数年が経過した。


 史上最大の「どんでん返し」となった「エルトリア王都防衛決戦」は、その後の世界のパワーバランスを大きく変えた。


 魔王国はクーデター派が実権を完全に掌握し、四天王たちは失脚した。

 クーデター派はからは、俺に魔王位への復活を望む声も多かったが、俺はそれを辞退した。




 なぜなら……。




「ふふっ。行きましょう。あなた(・・・)

「お父さ~ん。早く早く」


 俺はこの国で、父親になったからだ。


 あのあと俺は王女と結婚し、やがて娘を授かった。






 結局、史上最強国家であった、魔王国の王には戻れなかったが、それでいい。

 未練がないといえば嘘になるが、そんな権力にはもう興味がない。




 今の俺にとっては、愛すべき王女と俺たちの娘がいるこの「弱小国家エルトリア王国」こそが宝なのだ。


 これからも俺は王女の「宰相」として、彼女の夫として、この幸せな国を守っていくことになるだろう。









 おしまい。


 どうも、モカ亭と申します。

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


 もしお時間ありましたら、感想などいただけるととても励みになります。


 また、連載版【悲報】追放された魔王様が人間の弱小国家で宰相やってる件について

も現在毎日更新中です。


 よろしければぜひ、こちらもお楽しみください!

 (連載版は下記リンクより)


                          令和元年7月2日 モカ亭

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