97話
四方八方が蜂の巣の正六角形の壁に囲まれた異空間、他の匣と比べ少しだけ可愛さがあるこの空間にて、衝突音が激しく反響していく。
ギラファノコギリクワガタのアミメはその場から動かず、目の前の激戦を傍観する。勿論それは彼女が弱いから戦いについてこれないというわけではない、三つ巴の内1人が間髪入れずに突撃したからだろう。
「――ラァアッ!!!」
「おいおい――いきなりか!」
鬼のような表情をした黒金が魔窟の中を躊躇せず駆け走り、ここの主である蜂の武将、信玄へと斬りかかった。第一手である右の黒刀を軍配団扇で受け止めその気迫に引き下がろうとはしない。刀と団扇による唾競り合いは激しい音を鳴り響かせ周囲を衝撃波で乱していく。
そこで黒金は透かさずもう片方の刀で追撃、向こうから見て右側から刃を叩きこむ。しかしそれも一歩後ろに引かれて躱されてしまった。
そしてその大きな翅を拡げて飛行、体を正面に向けたまま後退する。
「オオクワガタ――紅玉烈火ッ!!」
それでも黒金は追うことを止めず、突進しながら何度も二刀流で斬りつける。しかしその斬撃の全てが軍配団扇で受け流され外していく。
するとその団扇は真っ赤な光を帯び始め、信玄がそれを扇ぐと人など簡単に吹き飛ばす突風を巻き起こし黒金を突き放した。
「ぐあッ……このぉ!!」
「さっきから随分と儂に執着しているな、今までの戦いを見るにもう少し冷静に動く男だと思ったが……儂に恨みでもあるのか?」
風に飛ばされ地面に叩きつけられた黒金に対し、信玄は余裕の表情を見せつける。頬を指先で掻きながらあっけらかんとし軍配団扇で涼んでいた。
実際その通りで黒金はいつもと違って感情に身を任せた戦いをしている。落ち着いた様子で戦況を見極め行動する普段の彼とは全く印象が違って見えるだろう。
そうして信玄の疑問に対し黒金は更に頭へ血を上らせ、その怒りを握力に込めて発散する。歯を噛み締め、眼前の敵への恨みを募らせた。
「――ああ、あるさ!3年間たっぷりのがなぁ……!」
「3年……もしやあの時の大規模狩猟か?」
信玄にも覚えがあるのか、3年前の記憶を思い出す。鎧蟲及び武将たちによる被害としては史上最大の事件であった叡火の惨劇、大勢の人間が彼らの犠牲となり黒金の家族もその内であった。
その家族に手をかけたのが他ならぬ信玄であり、毒で遺体を残すことも無く殺したのだ。そんな家族の仇を前に冷静でいられるわけがなかった。
「家族の仇……今ここで討たせてもらう!」
「成る程仇討ちか……悪いが心当たりが無い、何せあの時は結構な数を仕留めたからな!」
その人命を塵芥のように扱うその発言に対し、黒金は自分の家族どころか犠牲者の命を粗末に扱われたことで更に激昂する。遂に我慢ができなくなり、再び突撃しようと走り出すも、その行く手を長い刀身が阻んだ。
「おっと、私もいることを忘れないで頂戴」
「ッ――お前に用は無い!邪魔だ!」
今まで傍観していたアミメであったがここにきてようやく戦闘に参加、ギラファの長刀を自由自在に振り回し黒金に襲い掛かった。
しかし今の黒金にとって別の敵であるアミメは眼中無く、あくまでも信玄だけにその敵意を向けていた。勿論それを邪魔してくれば敵と認識するが、あくまでも第一目標は信玄である。
「……信玄!殺す、絶対に殺してやるぅ!!!」
「全く……こうも無視されるとこっちも苛立ってくるわね!」
黒金の前に立ちはだかるアミメ、それを無理に突破しようとする黒金。そんなてんやわんやの争いに対し信玄は蚊帳の外でポリポリとまた頬を掻く。呆れているのか混ぜてほしいのか、兎にも角にも今度は信玄が第三者になっていた。
するとそれを見て何か思いついたのか、ポンと手を叩きハッとした表情になる。
「そうだ、だったらその力を見極めさせてもらおう!儂はお主らの相手を直接しない」
「……は?」
突然の意味不明な提案に対し、黒金とアミメは思わず手を止めて信玄の方を見てしまう。その瞬間、その服の中で何かが蠢き外に出ようとしているのが分かった。
そうして袖、首元、襟裏という服の隙間からそれが姿を現していく。蟻の足軽や蜂の弓兵、どれも本来の姿とは比べ物にならない程大きかった。しかしその小さな兵――蜜蜂のような鎧蟲は原種と変わらぬサイズであり、数えきれない程の群れを成して信玄の周囲を取り囲んでいく。
蜜蜂とはいえあっと言う間に信玄側の勢力は増大していき、圧倒的な数の差にアミメや怨恨を滾らせる黒金すらも畏怖した。確かに1匹1匹は小さく大したことはなさそうだが、群れの形にムラが無くそれが自由自在に動くため全く別の生き物のようになっていた。
「儂の可愛い『蜜魔兵』、こいつらがお主らの相手になる」
「そのチビ共がだと……ふざけるなッ!!」
信玄自身は相手をせずその蜜魔兵が代わりに相手をするという、そんなこちらを軽んじている態度が黒金の心に火を注ぐ。未知の鎧蟲に対する恐れも忘れ我を失い突撃、再び二刀流で斬りかかる。
所詮は兵と名がついたただの蜜蜂、あんなに小さければ刃を当てることも難しいだろうがそのまま信玄にも攻撃できる。
(何が代わりの相手だ!逆にお前の視界を遮っているぞ!)
束になって集う蜜魔兵を死角として逆に利用し、その壁ごと信玄に向かって横から刀を走らせる。この位置からならば場所は分かってもどう刃が飛んでくるかは予測できない、完璧な不意打ちとなっていた。
しかしそこを飛んでいる蜜魔兵たちが群れの形を変えた途端、思わぬ音と衝撃が走る。
(――ッ!?)
蜜魔兵たちの間を潜り抜けると思われた2本の黒刀は、まるで金属の板を叩いたのような鈍い音が鳴り響く。いや、金属板でも黒金ならばスパッと斬れるだろう。
しかし確かに黒金の刃は蜜魔兵の形成する壁によって防がれている。その形は蜂の巣の穴のように正六角形、決して一辺も狂いの無い綺麗な形だ。
(お、俺の刃が……蜜蜂如きに防がれているだと!?)
「信玄流如山陣――不動陸櫛、今のお主に我が兵の壁を打ち破ることはできん……ん?」
信玄と黒金が対面している隙に逆方向からアミメが斬りかかる。長い刀身を利用し少し離れた位置から刃先を振りかぶるも、他の蜜魔兵が同じように壁を形成しそれをガードした。両者そこから何度も斬りかかるも信玄の不動陸櫛が破れることはなかった。
「そこの女、お主は儂に何を求める?」
「別に貴方に恨みは無いわ、ただそろそろ武将のサンプルが欲しいと思っただけ」
「さんぷる……?まぁどうでもいいが!」
すると蜜魔兵たちは陣形を変え黒金とアミメを突き放す。まるで信玄の手足のように動くその様を見れば、もう蜜蜂如きと油断することはできなかった。現に2人の甲虫武者の攻撃をいとも簡単に防いでいる。
「今度はこちらから攻めさせてもらおう……如火陣!」
信玄がそう命ずると蜜蜂たちはまたもや陣の形を変えていく。正六角形の壁から3次元立体的な球体、丁度人の頭部ぐらいの大きさにまとまった蜜魔兵の群れが10個程出来上がった。
球の形となり蠢く蜜魔兵たち、しばらくすると何の前触れも無くその球体が燃え始める。
「――侵掠蜂球ッ!!!」
そして蜂球は高速で移動を開始、不規則な軌道で動き回り黒金たちに襲い掛かった。
燃える球体、それがまるでドッジボールの球のように鎧に叩きつけられる。真っ赤に熱しられた球は凄まじいパワーを生み薙ぎ払っていく。
「づぅあ!?ガハッ……!」
「うぐっ……オアッ!」
何度も体に打ち込んでくる蜂球に対し黒金たちは今度こそ蜜魔兵を斬り落とそうと刀を振るも、刃が当たる直前に群れが分散し後から再び球体となっていくのでキリが無かった。
次々に高熱と衝撃を与えてくる侵掠蜂球、肌を焼き鎧ごと熱してくる攻撃に甲虫武者は手も足も出せない。信玄が支持する蜜魔兵の成すがままであった。
「ッ――ギラファノコギリクワガタ、聳孤乱舞!」
するとアミメは姿勢を低くし長刀を左右に構え、踊るようにそれを振り回していく。ほぼ全方位に青く光る剣撃を展開し迫りくる蜂球を受け付けない。いつしか衝撃波が周囲の蜜魔兵を全て吹き飛ばした。
薙ぎ払われた蜜魔兵たちは束になって信玄の下へ集合、彼を守るように浮遊している。
「儂の侵掠蜂球を振り払うか……さんぷるというのは良く分からんが、ようするに儂の体が欲しいのだろう?雌の猿にも求められるとは儂もまだまだ捨てたものではないな」
「勘違いしないで、サンプルっていうのはそう言う意味ではないわ」
「そうなのか?毛無猿の言葉はよく分からん、これが終わったら信長公から学んでみるか」
あの凄まじい攻撃をたったの数振りで蹴散らしたその腕は大したものだ、普通ならば侵掠蜂球の後にその乱舞を畏怖し敵として警戒する状況であるが、今の黒金にそんな余裕は無い。先ほどから今の今までその眼球が捉えているのは信玄だけであった。
燃える球体に打ちひしがれたりはしない、あらゆる激痛を全て憤怒で無視していた。焼けた頬を鬱陶しく思いながらも柄を握る手に力を込めていく。
「悪いがその機会は無い。そんなに人間の言葉が知りたければ、あの世でお前が殺した者たちに懇願するんだな!」
「生き物というものはいつか死ぬもの、儂とて冥土には行く――だが主が先に逝けばいいことよ!」
そうして再び斬りかかる黒金とそれを正面から受け止めようとする信玄、今因縁の戦いが更に激しくなろうとしていた。




