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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第八章:象武者の出撃
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86話

「光のバリアーが消えてる……そいつが千代女って奴か!」


目の前に落ちてきたコノハムシの鎧蟲、それに伴い消えていく巣界の壁を見て英たちはこいつが千代女だということに気づく。あっという間に誘火ノ巣界に囚われていた学校は解放され、自由に脱出できるようになった。

ではどうして巣界が消えたのか?それは気絶している千代女とその側で堂々と立つ新たな仲間、豪牙を見ればすぐに分かる。


勝利の達成感により息を整えながら立ち尽くすその姿は勇ましさという言葉が人の形にしたようなもので、その肩に置かれている大槌がそれを更に引き立てていく。巨人を彷彿させる体格と人体の神秘を見せつける筋骨、そんな男が立っていれば誰もが彼の勝利を信じて疑わないだろう。


「初戦で武将を倒したのか?何者だこいつは……!」


忘れてはいけないのが豪牙にとってこれが最初の戦いであるということ。いくら体育教師の優れた運動能力を持っていたとしても、今日甲虫武者として覚醒したばかりの男が一騎打ちで武将に勝ったという事実に対し黒金は

驚かずにはいられない。

英でも初戦の足軽3匹に苦戦していた。そして武将の勝家は3人の武者の共闘でようやく勝てた相手だ。しかし勝家と千代女が同格であることは分からない為、豪牙の力がその3人に勝るというわけでもなかった。現に楽勝ではなく、ある程度追い込まれ血まみれになっている。


「ああ神童さん!ご無事でしたか!」


「象山先生、大した人だ貴方は……そこまで傷だらけになって」


鴻大にとって豪牙は自分の娘のために戦ってくれたわけで、実際これで伊音も含めた学校に残った生徒が外に逃げられるようになったので、こんな満身創痍になってまで買ってくれた豪牙に感謝以外なかった。


「これで生徒たちの避難ができます!早速俺が娘さんや他の奴らも!」


ボロボロの体をまだ動かすことを一切躊躇せずそのまま残った生徒の保護に向かおうとする豪牙、千代女に付けられた傷は飾りか何かなのか?そう思ってしまう程全く休もうとしない。

そうして穴から校舎に入ろうとしたその時、その前方に黒い影が立ちはだかる。


「行かせると思っているのか――デカブツ!」


「ッ――!?」


もう1匹の武将、半蔵が豪牙に接近しその懐に潜り込む。そして怒涛のスピードでその腹部を爪で掻き毟っていき、夥しい量の血飛沫を打ち上げた。


「ぐうぉ……!」


「……象山先生!」


その連続攻撃を受けて豪牙は後退し、そこでバランスを崩して後ろから倒れそうになる。咄嗟に英が動きその背中を支えキャッチした。

その体格に相応しい体重が両手に掛かり、鼻息を荒くしながらそのままソッと地面に降ろす。豪牙もまた千代女の戦いで疲弊し限界で、それに加え今の半蔵の一撃で腹が無残にもグチャグチャとなっていた。


「ヤバイ!再生が追い付いていない、このままだと死ぬぞこれ!」


本来甲虫武者は甘味の摂取または食い溜めにより怪我の治癒や肉体の強化が可能である。それを成ったばかりの豪牙がしているはずもなく多すぎる傷と出血量に再生力が間に合っていない。受け止めた際両腕に付着した大量の血を見て英は顔を青ざめ、その命が徐々に小さくなっていることを察した。

敢えて千代女の味方をするならば、この勝負はやや豪牙に軍配が上がった引き分けとも言えるだろう。彼女にだって誇りはある、戦いのド素人にボロ負けする程甘くはない。


「この状況で1匹増えたら流石にマズいと思ったが、その様子ならもう戦えないな。ここまで追い込めたことだけは褒めてやるぞ千代女……!」


それを見た半蔵は爪を研ぎらせ豪牙に歩み寄る。急いで鴻大と黒金もその側まで駆け寄り刀をもってそれを迎え撃つ姿勢に入った。先ほどの戦いと違う点は甲虫武者が瀕死の豪牙を守らないといけないというものだ。


「果たしてその手負いを庇いながら俺と渡り合えるかな……厄介な芽は、早めに潰す!」


ようするに豪牙は英たちの足手まといになってしまっているわけだ。それをみすみす逃す半蔵ではなく、防衛に回って生まれるであろう武者たちの隙を突くつもりであった。それでも豪牙を見捨てるわけにはいかない。多くの生徒を守った勇者を何としてでも守らねばならず例え不利な戦いと分かっていたとしても3人は半蔵に立ち向かう。

そうして再び爪と刃が交わろうとしたその間際、突如として上空から翅の羽ばたき音が落ちてくる。


一同が上を見上げれば、そこには全身を黒子装束のようなもので包んだ1匹の鎧蟲。ゆっくりとそのまま降下していき半蔵の後ろに降り立った。その顔は夏の季節に大量発生しその鳴き声で人々を襲うあの虫に酷似している。


「蝉の鎧蟲?新手か!?」


使番(つかいばん)?一体何の用だ?」


どうやらその蝉の鎧蟲は半蔵に何かを伝えに来たらしい、一度その場で膝を付き平伏した後奴の耳に口を近づけてその要件を伝達する。

その瞬間、半蔵の顔は驚愕の色に染まった。


「お頭が……それは真か!?」


『……』


それ以上蝉は何も言わずそのまま夜空に飛び去っていく。その先に蜘蛛の巣が現れ自分たちの世界に帰還した。

何か予想外のことが起きたのか、半蔵は「お頭」――つまり上杉御庭番衆の頭領の存在をつい口にしてしまう。それでも半蔵が次の手を思いつくのに数秒もかからず、3人の間を風のように通過した。


「のわ!?何のつもりだ!」


「今回は見逃してやる――いいか!これは負け惜しみではない、次は更に万全な準備と兵力を集め……貴様ら武者共を殺す!!」


そして気絶している千代女を肩に担ぎ英たちから距離を取った上でそのような宣戦をする。その背後には蝉と同じ向こうの世界への入り口が出現し、いつでも逃げられるような状態となる。

当然逃がすつもりなど無い――信玄の情報が欲しい黒金は走り出した。


「――逃がすか!!」


その2つの黒刀を突き出し仕留めようとするも、その前に半蔵は蜘蛛の巣を潜りこの場から完全に消え去ってしまう。蜘蛛の巣自体もすぐに消え二刀の刺突は虚空を貫通した。


「……糞!」


「いいんだ黒金、あのままだとこちらも無事じゃすまない。お前は納得いかないかもしれんが今優先すべきは生徒たちの避難だ」


折角の武将を取り逃がしたことを悔しがるも鴻大がそれを諭す。まず第一に考えるの生徒たちの保護と避難、これ以上戦いを長引かせてもメリットは少なかった。正直言って半蔵が退いてくれて助かったとも言えるあろう。

黒金にとって武将とは家族の仇である信玄の手掛かり、勝家の生け捕りに失敗した時も同じような態度を取っていた。もし誡めていたのが英だったら今頃口論になっていたであろうが、鴻大に対し頭は上がらない。


「象山先生まだ意識があるぞ!」


一方その英は何をしているのかというと倒れた豪牙の介護、そして彼が目を覚ましたことを大声で伝える。それを聞いて校舎内に隠れていた伊音も鎧蟲たちが撤退したのを確認し急いでその場に駆け込んだ。


「――先生!象さん先生!大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……神童か、無事でよかった。俺は……どうやら駄目みたいだ」


駆け寄る伊音に対し豪牙は瀕死の状態でも笑みを浮かべる。その顔は完全に死を悟り覚悟を終えたものでせめて最後ぐらいは笑って逝こうとしていた。

しかしまだ意識はある。ならばまだ助かる可能性はいくらでもあった。その可能性とは――山積みになった蜘蛛の死骸だ。


「先生、あれに向かって右手を翳してみてください!」


「右手……こんな感じ?」


そう言って英はその死骸を指差し指示する。豪牙も震える腕を起こしその甲を向けた。その瞬間、ドッサリと積まれていた蜘蛛の死骸がフワリと浮き豪牙たちに向かって飛んでくる。

甲虫武者の摂取は糖分だけではなく倒した鎧蟲の死骸もそれに含まれる。しかし問題なのはその量であった。


「え、ちょ……待て待て待て待て待て待――!!!」


「ギャー!危ねぇ伊音ちゃん!」


丁寧に敷いていけばこの校庭全体を埋め尽くすであろう量、それが塊となってこちらに迫ってきたのだから堪ったものではない。虫嫌いの伊音にとって鎧蟲の死骸を浴びることはショック死に等しいとかそんなレベルではなく、そもそもこの量を一度に被れば重さで圧迫され圧し潰されてしまう。

咄嗟に英は伊音を抱えて退避、何とか彼女をその場から離した。その代わり豪牙は置き去りにし、彼だけに大量の骸が襲い掛かる。


「うお、ぼ、あばべぼば!!」


「おい待て、流石に甲虫武者でもあの量は駄目だろ」


「丁度俺たちも怪我をしてるし……少し分けてもらおう、じゃないと潰れるぞあの人」


死因が武将との戦いではなく死骸の吸収し過ぎという餅を喉に詰まらせたみたいのは流石に台無しになるので、3人もその山から取り込み始める。四人掛かりで蜘蛛の死骸はどんどん無くなっていき僅か数秒で校庭に形成されていた山は跡形も無く消滅した。

残ったのは、潰された蟻のように倒れている豪牙。しかし一気に飛び起きてその全快さを伝えてくる。


「うっはスゲェ治った!どうなってんだ一体!?」


傷が全回復したところでエレファスゾウカブトの鎧はドロドロに溶けていき、豪牙は元の姿に戻った。しかし使い古された赤いジャージまで治るはずもなく、手裏剣の刺さった跡がいくつも残っている。

そんなことなど気にせず豪牙は完治した自分の体はマジマジと見た。英たちも鎧姿から戻り警戒を解く。全員の怪我も治ったことだし取り敢えずこれで一安心であった。


「……取り敢えず詳しい話はまた後で。負傷者はいるか?伊音」


「あ、小峰君が足を怪我して……!」


「救急車とか呼ぶ前にこの校舎の糸どうにかしないとな、これも痣で食えるか?」


結果、この戦いで勝利を納めたのは甲虫武者であった。しかし一般人の死傷者も存在しており完全勝利でもない。半蔵と千代女にも逃げられたためこの場合の勝者とはお互いの損害の少なさが決め手になるだろう、しかし例え1人の犠牲者だろうと救えなかったことには変わりない。

こうして伊音の登校復帰に起きた鎧蟲騒動は、決して良い結果とは呼べない結末で幕を下りた。






「がはッ……こ、ここは一体……?」


「起きたか、あの後撤退したんだ」


その頃、鎧蟲の世界では半蔵に抱えられた千代女が目を覚まし開口一番に血反吐を吐いて状況の説明を求める。半蔵はそのまま向こうの天守閣に向かっており、それを見た千代女は自分たちの世界に戻ってきたことを理解する。

上空では忙しそうに蜂が飛び交い物資を運んでいる。その中にさっきと同じ蝉の使番も交じっていた。鎧蟲たちが飛び交う光景はいつも通りだが、何やら今日は慌ただしいようにも見える。


「甲賀武田一のくノ一がこの様だ、信玄様の技量も伺えるな」


「だま……れ、私とて全力で挑みあの武者に負けたわけではない。私の蟲術で()()()使()()()()()()()()()()()()()……あんな大規模な誘火ノ巣界を展開していなければ……決して壊れぬ木葉層が作れたはずだ……!」


「本当に負け惜しみを言ってどうする。まぁ巣界の蟲術においてこの国でお前の右に出る者はいない、即ちあの作戦はもう使えぬな」


「ところで……何故撤退した。何やら騒がしいが……何が起きたのか?」


そこで次に聞いたのは撤退理由、この2匹以外の鎧蟲は全て倒された為実質敗北に等しいわけだが、それでもまだ勝てる見込みはあった。普段の言動が軽い半蔵であったが謙信に仕える身としての忠誠心はある。そんな彼が任務を放棄してでも引き下がった理由が何なのか知りたかった。


「――我々とは別動隊の指揮を務めていたお頭……段蔵様が重傷らしい」


「なッ――段蔵殿が!?」


上杉御庭番衆の頭領である段蔵、全ての忍者の頂点に立つ男が瀕死の状態にされたことに千代女は驚きを隠せない。御庭番衆の武将は二手に分かれ、それぞれが甲虫武者の討伐に向かっていたのだ。つまりその段蔵は、英たちとは別の甲虫武者と戦ったわけだ。

つまりこの撤退は、頭がやられたことによるためのもの。不測の事態が起きたため退却を強いられたのであった。

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