84話
豪牙と千代女が屋上で争っている中、その下では更に激しい戦いが繰り広げられていた。群がる蜘蛛たちが一掃され、3階の高さにまで吹き飛ばされていく。
「行くぞ黒金!合わせろ!」
「お前に指図されるほど落ちぶれていない!」
英と黒金が横に並び、数えきれない程の忍者集団と対面する。視界全体に広がる群れが一斉に襲い掛かってくる中、2人は退く様子も見せず同時に技を放つよう息を合わせていた。
悪態を飛ばしながらも動きを連動させ、タイミングばっちりで豪快な一撃を放つ。
「グラントシロカブト――猛吹雪ィ!!」
「オオクワガタ――金剛砕きッ!!」
英の大量斬撃によってバッサバサと斬られていき、黒金の二刀攻撃の威力を前に吹っ飛ぶ。まるで爆発のように炸裂し全ての鎧蟲を蹴散らした。
その周囲にはその残骸が絨毯のように敷かれており、一体どれ程の数がいたということとそれらをたった3人で殲滅したことを促していく。英の白い鎧もすっかり返り血で汚れていた。
「そう言えば、あのゴキブリ野郎は?」
「向こうで鴻大さんと戦っている、俺たちも援護に向かうぞ!」
そしてその群れを指揮していた半蔵はどこにいるのか?少し離れた場所でもう1人の甲虫武者である鴻大と斬り合っており、英たちもその場に向かう。
上杉御庭番衆の忍者の中でも指折りのスピードを持つ半蔵、目にも止まらぬ速さで敵を翻弄し一気に畳み込んでいく。まさに忍者と呼ぶに相応しい戦い方である、しかも日が沈み暗くなっている中その色を表すかのような忍装束と黒光りする体は見事に隠れているだろう。
それでも鴻大は、正確にその動きを予測していた。
傍目で見れば鴻大を中心に黒い疾風が円を描くように走り去っているようにしか見えず、常人ではそれすら分からないだろう。しかし確かに半蔵は彼の周囲を走り回っており自慢の素早さを見せつけていた。
しかし鴻大は、どんなに半蔵が速くとも攻撃が来る方向に先回りして太刀を振るう。その煌めく刀身は見えない刃を受け止め、時に迎え撃つ。
(クッ……俺の方が速いはずなのに、隙が全然突けない!武者共お得意の勘の良さか……)
いつまでたっても攻め切れないことに苛立ちを覚える半蔵、鴻大の第六感――つまり虫の知らせの鋭さに何もできずこうして何度も防がれていた。それによって動きに僅かな粗が生まれたことを、鴻大は見逃さない。
(ヘラクレスオオカブト――獅子首落とし!)
瞑った目が一気に開かれ、その居合切りが炸裂。死角から接近してきた半蔵を迎えるかのように抜刀し剣撃を虚空に描いた。
背中を向き合う半蔵と鴻大、今ので腰は斬り落とされ上半身が崩れた――と思いきや、その脇腹に僅かな傷が刻められただけに終わる。
(刃が深く到達する直前で身を翻したか……どんな早業だ一体!)
また鴻大も浅い手ごたえを通じて半蔵の素早さを痛感する。タイミングも刀の速さも申し分なかった、普通ならあの一瞬で避けることなど不可能のはず。しかし半蔵は刃が体の芯まで到達する前に反応し致命傷を回避したのだ。
しかしその傷からは緑色の鮮血が漏れ出していることには変わりなく、脇腹を斬ってしまえば少しは遅くなるだろうと鴻大は振り向く。その向こう側には英と黒金も待機して囲む形となった。
スピードが低下すれば数の有利で押し込むことができる、そう考えての陣形であった。一方斬られた半蔵は何の反応も示さず、ただ棒立ちしている。
その瞬間、金属が地面に落ちたような音が鳴る。まるで小銭の音を大きくしたようなそれは、鴻大たちの意識をわずかに奪うには十分であった。では一体何を落としたのか?
それは、半蔵が先ほどまで使っていた小刀であった。勿論ただうっかり落としたわけじゃない、まるでポイ捨てをするかのように投げ捨てられた。
「――は?」
何の真似だと――と考えるより先に、事は起こっていた。目の前の半蔵の姿が一瞬ブレると同時に鋭い衝撃と痛みが体を襲う。
「だぁあ!?」
「づぅ……!!」
いつの間にか鴻大は攻撃を受けており、その威力に姿勢を崩す。それは向こう側も同じで英と黒金も同じように蹌踉めいていた。
何が起きた?事態を確認すべく鴻大は自分の胸元を見る。ヘラクレスオオカブトの装甲に4本の切り傷が狂いの無い間を見せて並んでいた。まるで熊か何かに引っ掛かれたようだ。
(一体何が……!?)
初めて見る傷に鴻大たちは苦しむことより戸惑いを優先する。ちなみに英だけは鎧で守られ傷は付いていなかったが、黒金には鴻大と同じように傷が残っている。
これだけでは分からない、今度は半蔵を見ると奴を中心にして地面に円を描くような跡がある。
「――俺の速さに見切り一太刀浴びせるとは、所詮は武者と侮っていた俺のせいか」
当然今の一撃が半蔵の仕業だというのは分かっていた。寧ろ奴意外に誰がいるのだろうか。問題なのはその動きが先ほどより洗練されそれ以上に素早いことである。脇を裂かれたはずなのに動きが鈍るどころかより加速しており、油断していたとはいえ鴻大の虫の知らせにも勝るスピードを見せた。
「だが俺はそれを慢心とは思わない。お前たちが惨めでか弱く薄汚く、我らの足元にも及ばない劣等種族であることに変わりないからだ」
そして半蔵の両手には赤い血が滴る鋭い爪、禍々しい色合いのそれは甲虫武者の血によって更に彩られその威圧感を強める。
鴻大たちを切り裂いたのは半蔵の手甲鉤、紫色に光る爪が獣のように伸びていた。甲の部分には甲虫武者の痣のようにゴキブリの絵が家紋のように美し描かれている。
「鬼咆爪――お前たちの首には上等すぎるものだ。穢らわしい緋色の血で汚したくはなかったが……特別に見せてやる!」
刹那、半蔵の姿が再び消える。そして「消えた!どこに行った!?」そんなことを考える暇も与えず鴻大たちの目前に迫った。
呑み込んだ息が喉を通過するより先に、鴻大は太刀を前に出す。
「ッ――!」
今度は虫の知らせによる察知に成功した鴻大は、刀身を立てて半蔵の両爪を防御。ギチギチと金属が擦れる不快な音が腕から頭に伝わる。
しかしその刃が交差している時間はほんの一瞬、半蔵は身を翻して太刀を足蹴りしその頭上を飛び越えた。そして爪先を下に向けて急降下し鴻大を狙う。
「――ハァ!」
それに対しヘラクレスの甲虫武者は冷静に対処し、何と右手の手甲鉤の間に自分の刃を刺しこんだ。そのまま振り回すように太刀を扱い半蔵を宙に投げ出した。
すると奴は黒光りする翅を開き回転しながら着地、その時英と黒金が後ろから斬りかかる。
「ゼアァ!!!」
2人の剣筋を半蔵はヒラリと躱し振り返ると同時に猛威を振るい始める。そこから始まった3対1の斬り合い、鴻大もそれに参加し3人の甲虫武者は共にその忍に立ち向かっていった。
英の一刀、黒金の二刀流、鴻大の太刀、計4本の刀による大乱闘。三人がかりで半蔵を追い詰めようとするもその刃先が半蔵を捉えることはない。
また半蔵も回避だけではなく、その横を素通りすると同時に爪を立て反撃。英たちの間を潜り抜けていき透かさず手甲鉤で引っ掻く。黒金と鴻大の体に次々と爪の痕が付けられていった。
(やばい!俺が何とかしないと――!)
唯一強度を誇るグラントシロカブトの鎧によって守られてる英は2人が嬲られる光景を間近で目撃し今この状況を打開できるのは自分しかいないと確信する。
英ならば半蔵の攻撃に対しゴリ押しで立ち向かうことができる、早速虫の知らせを広範囲に広げ動き回る奴を感覚で捉えようと試みる。
しかし更に加速した半蔵の動きを正確に見極めることは至難の業で、自分の周囲を動き回っているという曖昧な気配しか感じられない。また半蔵も英と一筋縄ではいかない相手と認識し、その周囲を中止に駆け回る。
「やはり貴様の装甲だけ段違いの硬さのようだな白武者、だがこの半蔵に取れない首など無い!」
「やれるもんなら――やってみろ!」
そして半蔵は躊躇なくその顔面を爪先で突くも英の刀に防がれ失敗、間髪入れずもう片方の鉤を下から掬い上げるも白い籠手によって弾かれた。
一方英は一度気を許せばすぐに防戦一方となることに気づき、なるべく前に踏み出し積極的に仕掛けようとする。鎧で覆われていない場所を狙う半蔵の攻撃をギリギリで防ぎ、隙を見せないよう強気で攻めていく。
いくら半蔵が速いと言えど何度も防がれていけばその猛威も徐々に弱まり、逆に英の一太刀に追い込まれる形となる。半蔵も自慢のスピードがこうも圧されるのは初めての経験であり、その心情には僅かながらも焦りが生まれている。
「この――猿もどきがァ!!!」
悔しいが真正面の斬り合いだと攻められるばかりだ、そう考えた半蔵は怒号と同時に振り下ろされた英の刀を踏み抑えそのまま足場にして高く跳躍する。
そして一瞬のうちにその背中へと回り込み、隙だらけの項目掛けて爪を走らせた。
殺った!そう確信する半蔵であったが、それとは裏腹に爪先が到達するより先にその首がこちらに向いた。
「――浄竜巻ィ!!!」
「ッ!?」
そして英は半蔵が爪を立てるより先に振り向き後ろに一歩踏み込み体を軸にして旋回、360度刃が到達する回転切りを繰り出す。両爪共に項を狙っていた半蔵にそれを防御する余裕は無く、咄嗟に身を反らし躱そうとするも間に合わず胸を僅かに斬り裂かれた。
(俺が背中を取る事を――予測しやがった……!)
英の一太刀を浴び後ろに投げ出される半蔵、爪を地面に突き刺しブレーキを掛け塀まで後退するのを阻止する。流石に脇腹を斬られて動ける半蔵でも胸部分は致命傷に変わりなく、苦悶の表情を浮かべて英を睨みつける。
「……やってくれたなぁ!二度までも俺の体に刃を侵入させよって、この醜穢共がぁあ!!!」
この戦いにおいて半蔵が感情を強く示すのは初めてで、その苦痛の顔はすぐに怒りによって塗りつぶされる。両腕を広げ爪を見せて威嚇しているその姿は獰猛な熊にも劣らない威圧感を醸し出す。
鬼咆爪とやらを装着した半蔵にようやく一泡吹かせた英、鴻大と黒金もその横に並び共に対面した。
「あいつをどう見る、英、黒金」
「腐っても武将、一筋縄では行きませんね。あの速さと爪の複合は厄介ですが……」
「――勝家の奴よりかは、楽な相手だ!」
鴻大の問いに対し、主にその回答を務めたのは黒金であったが最後だけは英が奪い取るように代弁する。最初に戦った武将勝家、まだ面義が生きていた頃の相手であり半蔵と同じく武将と呼ばれる存在であった。鎧蟲との戦いにおいて奴が一番厄介な敵であった。
それは例え、半蔵が現れたとしても更新されず揺るぎないものであった。
「勝家ェ……?俺があんな鈍い奴より楽な相手だと……馬鹿にするのも大概にしろぉ!!」
「――象山先生が勝つまでの辛抱だ!行くぞぉ!!」
怒りの爪を光らせる半蔵、豪牙の勝利を信じてそれを食い止める3人、甲虫武者と武将の衝突は校庭全体に衝撃波を走らせ校舎の窓を震わせる。
そこから幾度も刃がぶつかるのであった。




