82話
「すっげぇ……本当に鎧だ。でっけぇハンマーもできた」
覚悟を決めた顔から一変、その表情は崩れ豪牙は自分の変わりようをジロジロと眺める。巨大な大槌を肩で支えたまま首を動かし、その鎧がどの様に自分の体を守ってくれているかを確認する。その巨体と厳つい鎧の持ち主にしては少々雰囲気に合わない動作であった。
緊張感のないその様子に、英たちは目を奪われる。それは半蔵や蜘蛛忍者たちも同じであった。
「……新たな甲虫武者?誰だあの大男は」
「象山先生、伊音の担任だ。でもまさか甲虫武者だったなんて……痣なんかあったか?」
「いや……確かこの間の面談の時は無かったと思います」
まさか娘の担任が甲虫武者だとは思わず、面識のある鴻大と英は驚きを隠せない。一方黒金はあの家庭訪問の場にいなかったため彼の顔を知らず、2人と比べて意表を突かれていない。それでも予期せぬ乱入者に驚愕したのは本当だ。
そうして豪牙を見つめていると、その後ろの保健室に見覚えのある人物が立っていることに気づいた。
「――伊音!」
一早く気づき声を上げたのは父親である鴻大であった。怯えた様子で豪牙の巨体の後ろに隠れており、若干隠れているもののそれを決して見逃さない。取り敢えず無事なことに胸を撫で下ろす。
だがそれも束の間、3人の横を複数の影が通り過ぎていく。3匹の蜘蛛が狙いを変え、豪牙と伊音目掛けて走り出した。
「しまっ――伊音ちゃん!先生!」
ほんの一瞬の油断、英たちも咄嗟に動き出すもその時点で結構な差が付けられてしまった。慌てて後を追うも純粋な知り合いで蜘蛛に勝つのは難しいだろう。
何故突然豪牙たちを狙い始めたのか?そんな疑問は半蔵が解決した。
(新参者の武者……元々今宵の任務は武者共の討伐、驚いたが厄介になる前に始末すれば関係無い!)
半蔵もまた豪牙の覚醒に驚かされた身であったが、すぐさまその始末を部下に命じたのだ。実際豪牙に戦闘経験は皆無、新しく出た芽を放置するより早めに潰した方が得策だろう。
しかし、その豪牙を「戦えない」と判定したのがまず間違いだった。
(来た――俺がやらないと!)
豪牙は近づいてくる蜘蛛たちに逃げる素振りも見せず、ただ後ろの伊音を一瞥するだけ。大槌の柄を両手で握りしめ肩から下ろし、それを地面に乗せることでその重量感を示す。大地が揺れ鈍い音が鳴り響くが、俄然豪牙自身にその実感が湧かなかった。
――軽いのだ。想像していた以上にこの大槌が、実際はもっと重いはずなのに体がそれを「苦」と感じていない。軽々と扱えることがこの僅かな時間で理解する。果たしてそれが甲虫武者の力から来るものなのか、それとも豪牙の鍛え抜かれた肉体のおかげか、一目瞭然であった。
(まるで生まれ変わったみたいだ、鎧もこんなに軽い……!)
エレファスゾウカブト――それが豪牙の鎧、世界で最も重いカブトムシの名に恥じない気迫溢れる甲冑であったがそれとは裏腹に体をスムーズに動かせることが意外であった。豪牙が今さっき見たばかりの甲虫武者、見るのとなるのとでは全然違うことを知らされる。
(これなら……いける!)
そうして確信した。今の自分なら鎧蟲たちと渡り合えると、今自分たちに向かってくる蜘蛛たちを倒すことができると。
そうして横に振られる大槌、その頭は中心にいた蜘蛛の腹部に命中。まるで野球のスイングのように振り切り迎え撃った。
「うおりゃあああああああ!!!!」
『ギ……ガッ……!?』
結果その蜘蛛は高く打ち上げられ、血反吐を吐きながら宙を舞う。そのまま天高くまで吹っ飛ばされると思いきや千代女の巣界に阻まれ激突。波紋が広がるように巣界に光の帯が走ると同時に、蜘蛛の体はまるで重機に押しつぶされたかのように凹みそのままボロボロに崩壊した。
あまりの豪快なパワーに、その場にいた全員が呆気に取られた。まさしくホームランと言えるその打ち上がりは称賛せざる終えない。
「すっげぇ……黒金以上かも」
「なッ……うちの忍がこうも簡単に!?」
そうこうしている間に残りの2匹が恐れず特攻、仲間の仇を取ろうと言わんばかりに2つの方向から同時に跳びかかっていく。それに対し豪牙は大槌で半円を描きその迎撃をするも、その直前に屈まれて不発に終わる。
そのまま2匹の蜘蛛は広い懐に潜り込もうとするも、咄嗟に豪牙は大槌を持ち直し何もない地面目掛けてそれを振り下ろす。
「――フンヌゥウ!!」
それが地面に当たった瞬間、まるで隕石でも落ちてきたかのような陥没が出来上がる。当然その衝撃波は四方に飛び接近した鎧蟲を吹き飛ばしていく。台風の突風にも負けない風であった。寧ろ潰されずに吹っ飛んだだけでも幸運かもしれない。
『ギ……ギュアッ!!』
「あの大槌が危険だ」「糸で封じ込めよう」、そんな相槌をした後蜘蛛は糸を放出し豪牙の大槌をそれで包み込む。その自慢の頭部分は蚕の繭のように巻かれていき2本の糸がそれと蜘蛛の手を繋いだ。
「このまま引いて奪ってやる」、2匹は力を合わせて糸を綱引きの紐のように引っ張り始める。しかしどんなに力を込めようともその大槌が釣れる様子は見られない。
それもそのはず、豪牙がガッシリとその柄を掴み抗っているからだ。その巨体が前へ動く様子は一ミリも見られず、その威圧感溢れる佇まいが崩れることはなかった。
ではこちらの番だ――豪牙が素早く大槌を引いて振り上げた。
「おらぁあああああああ!!!!」
逆に蜘蛛が引き上げられそのまま真後ろの校舎の壁に叩きつけられてしまう。自分たちが張った糸も解れ窓ガラスを粉砕、そのまま壁に押し付けて何度も衝突させていく。その度に校舎全体が揺れ派手な破裂音が鳴り響く。
「――ハァア!!」
最後に蜘蛛たちを宙に放り投げ、そのまま落ちてきたところを先ほどと同じように振りかぶる。今度は地面と平行に吹っ飛ばされていき、校門の壁をぶち抜くも再び巣界の壁に激突した。当然無事なはずもなく最初の1匹のようにグチャグチャとなっている。
たったの数分で被害は拡大、4匹の蜘蛛が見事に倒されその力強さを示している。豪牙のエレファスゾウカブトはパワーとは何かをまさに語っているかのようで強く存在感を放っていた。
「……すっご!今のホントに俺がやったのか!?」
豪牙自身も自分の力に驚き嬉々として自分の鎧を見る。鎧蟲を空高く打ち上げた際の爽快感は何よりも勝るもので、それだけで今自分が纏っている鎧の力と価値に惚れさせるには十分すぎるものだった。
そして豪牙が数匹とやり合っている間に、英たちも伊音との合流を果たす。
「伊音!すまない遅くなった!」
「お父さん!」
飛びつくように鴻大は娘を抱きしめ、また伊音も父親の大きな体の中に自ら埋もれる。ヘラクレスの鎧があるためその体温を感じることはできなかったが、それでも親子の愛というやつによって温められるだろう。伊音もようやく助けが来たことで溜っていたものが崩壊し、ポロポロと泣き始める。
「本当に良かった……それにしても象山先生、まさか貴方が甲虫武者だったなんて」
「俺も良く分かってないんですが……兎に角、娘さんを危険な目に遭わせて申し訳ない」
「詳しい話は後で、こちらこそ伊音をここまで守っていただきありがとうございます!」
保護者と教師の会合、先日の家庭訪問の時と同じようにお互いに頭を下げて畏まってはいるが、奇しくもそれは甲虫武者同士としてのものにもなっている。寧ろ鎧武者の姿をした男2人がヘコヘコとお辞儀をし合っているその姿は滑稽とも言えるし中々にシュールな光景でもあった。
「兎に角娘さんを安全なところに、学校の外に逃がしてください!」
「それが……できないんです、光の壁みたいなのがあって外に出れなくて……」
豪牙は早く伊音の避難を指示するがそれも叶わぬ願い、今しがた吹っ飛んだ蜘蛛を遮った時のように千代女の巣界が内側からの脱出を拒んでいる。その為彼女を外に逃がすためにはその千代女を倒す必要があった。
すると校舎際まで蜘蛛の群れがゾロゾロと集まってくる。それに対し英たち4人の甲虫武者は伊音の壁となるように並んだ。
「そう言えばあの半蔵とか言う鎧蟲……千代女がどうのこうのと言っていたな、その武将があの巣界を形成している可能性が高い」
「じゃあそいつをぶっ倒せばいいのか……つってもどこにいるのかも分からん……」
この場合最も優先すべきことは鎧蟲の討伐よりも学校にいる生徒たちの避難、その為にも千代女を倒しこの巣界を破壊しなければならない。そこまでは良いがその千代女がどこにいるのか分からなかった。この学校のどこかにいることは確実、探し出そうにも蠢く上杉御庭番衆がそれを許してくれそうにない。
一体どうしたものかと考えを模索している中、伊音はこれまでの逃亡の中である事を思い出す。
「そう言えば……屋上で何か光っていました。あの光の壁と同じ色で……」
「屋上……そこにいるんだな、よし!」
「ちょっと先生!?」
それを聞いた豪牙は単独で行動を開始し、校舎内から一気に屋上へと向かう。普通なら背中の翅で飛んだ方が早いが流石に自分の体に虫の翅ができたなど思いもよらないだろう。なのでその足で直接上を目指した。
あっという間に豪牙は保健室から廊下へと出て、その後すぐに階段を駆け上がる音が響いてくる。その行動力に英ですら呆気にとられた。
「あ、あの人本当になったばっかの人かよ……すっごい勢い」
「何かお前と通ずるものがあるな」
それに対し黒金は「お前も人のことは言えない」と指摘、その自覚が無い英は首を傾げてその顔を見た。似てると言われたら確かに英と豪牙は雰囲気が重なる節がある。
「千代女を討つつもりか、させん!先回りしろ!」
勿論それを半蔵が見逃すはずもなく、蜘蛛に豪牙よりも先に屋上へ行くよう命令する。数匹の忍がそれを受け壁を伝って千代女の方は駆けつけようとするも、気付いた時には壁に手をかけていた手が斬り落とされていた。
「おっと、当然そんなことはさせないぜ」
「ッ——鬱陶しい奴らめ!」
見逃さないのは英も同じ、3人は各々の獲物を構え壁を登ろうとする蜘蛛を次々と葬っていく。当然伊音の防衛も忘れずにし彼女に近づこうとする鎧蟲たちも1匹残さず斬り倒した。
「伊音ちゃんは後ろに隠れてて!」
「はい!」
決して彼女には手を出させない、その強い意志を両手に込め英は刀を握りしめる。そうして黒金と鴻大と共に蜘蛛の群れに立ち向かっていった。
「たく……どこもかしこも糸だらけで出れないじゃねぇかよ!」
一方その頃、本校舎の2階では伊音たちを囮にした工藤とその取り巻きである山内と岩下がしかめっ面で歩いていた。そして工藤はいつまで経っても校舎から出れないことに苛立ちを覚え思わず壁を蹴りつける。あれからというものの何度もこの校舎の外に出る方法を模索していたが、窓はおろか殆どの出入り口が糸によって封鎖されていた。
「つーかさっきの派手な音は何なんだよ……2階の窓ガラスが割れたのか?お前ら2人がいっそ飛び降りてみるか?」
「じょ、冗談よせ!2階でも結構高いんだぞ、俺が高所恐怖症なの知ってるだろ!」
工藤の提案に対し顔を真っ青にして否定したのは岩下であり、その隣の山内も絶対に嫌だと言わんばかりに首を振る。冗談として言ってみた工藤としては必死に2人が拒否している姿を見てまたもや苛つき、舌打ちを鳴らした後更に皺を寄せる。
この緊迫状態のせいか元々荒い工藤の気性は更に悪化し、何かと物や取り巻きに八つ当たりすることが多くなっていた。
そんな時、近くの階段からドタバタという走り音が近づいてくる。それを聞いた3人は蜘蛛が来たと勘違いしどこかに隠れようとするも、下から駆け上がってきたのは屋上に向かう豪牙であった。
「お、工藤に山内に岩下。お前ら無事だったか!」
「象山……んだよその恰好は」
蜘蛛ではなく自分の担任である事に工藤たちはホッと一安心する。それどころか甲虫武者の姿を見て呆れかえった様子で一蹴した。確かにその黄土色の鎧は何も知らない者からしたら違和感しかないものだろう。
「ま、まぁ事情があってな。それよりお前ら……伊音たちを囮にしたそうじゃないか」
「……何だ、生きてたのかあいつら。泣きつかれでもしたか?」
豪牙がそのことについて問い詰めると、工藤は言い訳したり申し訳ない気持ちなど微塵も無い様子でヘラヘラと笑い始める。囮にしたことについては全く反省してない、それどころか弁解するつもりもないらしい。
豪牙は聞いていた、囮にしたせいで小峰は足を負傷し尚且つ木村と土井まで裏切ったことを。そのことを考えているうちに体は既に動いていた。
バシン、という大きな音が鳴り響くと共に訪れる自分への嫌悪感。「生徒を叩いた」という罪悪感が溢れ豪牙の心を酷く震わせる。その際、殺された里中の顔と言葉が頭を過る。
『真に想う相手にとってその鞭は傷つけることはありません。寧ろ工藤くんたちを大切に想うなら、取り返しのつかないことをする前に止める必要があります』
「――いってぇな!何しやがる暴力教師!」
「これがあいつらの受けた痛み……いやそれよりもっと痛かったはずだ。どこかに隠れてろ!そして後で謝れ!俺も謝る!」
そう言い残し豪牙は階段を上っていく。その場には引っ叩かれて倒れた工藤とそれを呆然と見つめる取り巻きの2人だけが残った。
やがてすぐに屋上へ辿り着き、その扉を果敢に開ける。そこには数匹の蜘蛛と標的である千代女がいた。
(あの緑色の奴か!)
(黄土色の武者……規格外の新手か!)
蜘蛛の集団において異色の緑を放つその姿を見て豪牙は彼女が千代女だと確信し、また千代女も報告に無い甲虫武者を見て豪牙が作戦上予定外の存在であることを察知する。エレファスゾウカブトの甲虫武者とコノハムシのくノ一が屋上で相まみえた。
「おおおおおおおおおおッ!!!」
最初に動いたのは豪牙、野太い雄たけびを上げながら千代女に向かって真っすぐ突撃していく。それを迎え撃つのは彼女ではなくその護衛にあたっていた数匹の蜘蛛、一斉に牙を剥き跳びかかっていく。
しかしその大槌によってまとめて殴り飛ばされ校舎からその姿を消した。邪魔するものはいなくなり、豪牙は千代女に向かって槌を振り下ろす。
千代女は避ける素振りも見せずただ達観するだけ、このままいけばその頭は容赦なく叩き潰されていただろう。だがその打撃が到達することはなかった。
「ぐッ……!?」
(三枚重――木葉層!)
学校を覆っている巣界と同じような光の壁が3枚連なり、盾として豪牙の一撃から守る。ガキンという破裂音が鳴った結果その障壁は粉砕されバラバラに砕け散るも千代女の体にその衝撃は届かない。
「バリアー……!?」
「私の木葉層を打ち破るとは……侮れん!」
千代女はそのままクナイを取り出し斬りかかる。半蔵ほどではないが素早い動きで豪牙を翻弄するその姿は、まさしく緑色のドレスを着た女性のようであった。豪牙の大槌にそれと渡り合える速さの動きは不可能でありむやみやたらと振っても命中することはない。
「ッ――人の言葉を喋る奴もいるのか!」
「話に無い武者だろうが関係無い、その首……貰い受ける!」
初戦で武将である千代女の相手は些か難しいであろう、しかしそれでも豪牙が戦うことを止めることはなく、自分の生徒たちを逃がすため立ち向かっていった。また千代女も今自分が展開している巣界を壊させない為に全力で迎え撃つ。




