7話
「うっそだろ……デカくなりやがった!」
仲間の亡骸を全て食べつくし巨大化した最後の鎧蟲、筋肉は膨れ上がり更に異様な姿となって俺の前に君臨した。俺と同じくらいの背丈は2倍程になりその虫の手は顔程ある。
まさか仲間の体を食べて大きくなるとは思いもよらなかった、このまますぐに終わると思っていたがどうやら浅い考えだったようだ。
「――ギギッ!!!」
「のわッ!?」
奴の一撃で噴水の中まで吹っ飛ばされた俺、すると再び槍を振り下ろしてきたので慌てて噴水から飛び出して回避した。何とか避けれたが今の一撃で噴水の縁は破壊、その穴から水が漏れだす。
槍で噴水を破壊するパワー、どうやらあのごつい体は飾りではないらしい。あれでは槍というよりただの鈍器だ。
「さっさと倒せばよかった……畜生ッ!!」
そう叫びながら俺は濡れた体を拭い、そのまま刀を握りしめて走り出す。兎に角あのパワーは危険だ、早いところ対処しないと今の噴水のように被害が拡大してしまう。ここは怖いが突撃しなければならなかった。
そこで俺の馬鹿な頭が珍しく働き、足を狙えばいいという結論を見出す。あの巨体を支える足を斬ればバランスを崩して戦えなくなるはずだ。デカくなってくれたおかげで足も斬りやすくなっている。チャンスはこれしかない。
俺はそのまま奴の槍払いを下に滑り込んで躱し、起き上がると同時に左足へ刀を走らせる。このまま斬り落としてしまおうとしたが……
(――硬い!刃が思うように食い込まない!)
その足は硬い筋肉の鎧によって守られており、刀で斬りかかってもその傷は浅かった。血がちょびっと出ただけで姿勢を崩す様子も見られない。すると鎧蟲はそのまま左足に刺さった刀ごと俺を蹴り飛ばす。
「がはッ!?」
地面を何度もバウンドし数回転がったところでようやくその場に止めれた。まるでトラックがぶつかってきたような衝撃でまだ頭がくらくらしている。すると蹴られた時に刀が俺の手から離れたことに気づいたので、それを拾い上げようとした。しかしその瞬間、大きな陰が俺を呑み込む。
「ギッーー!!」
「――ッ!!」
急いで刀を拾い上げそれを両手で持って横にし、真上から振り下ろされる槍を受け止める。いつのまにか蟻に接近を許していたのだ。
しかも今の一撃で俺の足元が陥没しクレーターのように凹んだ。その威力が全部両腕にかけられたので痺れ、足も震えている。よく折れなかったと刀を褒めてやりたいところだ。
「ッ――うぎゃぁ!?」
俺が上に刀を向けている隙に蟻は足を払い再び蹴り飛ばしてきた。木に激突し何とか吹っ飛ぶのは阻止できたが、今の攻防で結構ダメージを受けてしまう。
このままだとあのパワーに一気に押されやられてしまうのは目に見えていた。どうにかあいつの死角に入り続ける手段は無いだろうか、そんなことを考えていると1つの案が浮かび上がる。
「そうだ飛べばいいんだ!上から一方的に攻めれば……!」
自分に飛べる翅があることをすっかり忘れていた。早速甲冑の前翅部分を開き翅で飛ぼうとする。しかしどうしたことか上手く機能せず一向に地面から足が離れようとしない。
まだ飛べない……なんてことはないだろう、初めての時も空を縦横無尽に飛びかけたというのに何故今だけできないのか?
「まさか……さっき濡れたせいで……!?」
そう言えば巨大化した蟻の一撃を受けた際吹っ飛ばされて噴水の中に浸かってしまった。あれで翅も濡れてしまい使えなくなったのだろうか?これじゃあ空を飛んでの空中戦は不可能だ。
こうなったらこのまま押し勝つしか方法はない、血の味が口に広がる中俺は刀を持ち直す。
「ああもう!どうすりゃいいんだよ!!」
半場やけになりながら立ち上がり、もう一度鎧蟲に挑む。俺の白刀と蟻の槍が幾度もぶつかり合い凄まじい攻防が続く。肉がついたせいか動きが鈍くなってはいるが、そんなものはそのパワーで補っていた。遅くなった奴の隙を突こうとするも一撃を受けるたびに姿勢が崩されるので思うように攻撃できなかった。
「こ、このッ!」
このままじゃ押し切られる、そう思った俺は状況を変えるためにその槍を跳んで避け、そのまま蟻の首元に斬りかかる。例えもう一度筋肉に守られようとも首の傷は流石に効くはずだ。
俺の予想通り白い刃は深く食い込むことはなくその傷は浅い、しかし例え数ミリの傷でも効果はある。現に奴は大きく態勢を崩していた。
(もっと力を込めろ!じゃないといつまでたっても倒せないぞ!!)
正直このまま続けていても大したダメージは入れられないだろう、なので俺は両手に全ての力を集結させその柄を強く握りしめ、蟻の頭部に向かって振り下ろした。
しかしその斬撃が到達する前に後退され、俺の懇親の一撃は虚空を斬ることになる。すると蟻は俺が宙にいる間に姿勢を低くし、今度はこちらの番だと言わんばかりに強い一突きを放った。
「がッ――!?」
まるで大砲の弾が直撃したかのような強い衝撃が腹から背中へと走り、俺を派手に後ろへ突き飛ばす。しかし鋭い刃の先が俺の鎧を貫通し胴体にまで侵入してきたが、思った以上に酷い傷ではない。
それでも、まるで内臓をミンチにされたような気分だった。
「うぶッ……ガハッ!!」
口でその吐血を抑えようと抵抗するも唇の隙間から大量の血が漏れ我慢できない。白い鎧が鮮血によって染まっていき、出血を抑えようにも一向に止まらない。
しかし完全に槍が貫通したと思ったが、意外にもそこまで深い傷ではなかった。恐らく鎧に守られたのだろう、どうやら強化されていたのは刀の切れ味だけじゃなかったらしい。
それでも、俺の戦意を一瞬でも揺るがすには十分すぎる威力だ。
(いってぇ……そして怖い、足の震えが止まらない……!)
今の一撃で俺の心には亀裂が入り、恐れずに突き進んでいた時の勇気は殆ど打ち砕かれていた。前の戦いでも感じた命の危険、痛みを通じて知る殺し合いの恐怖……俺は目の前にいるこいつが怖くてたまらなかった。
そもそも、こんな蟻の怪物に立ち向かおうとするのが間違いなのかもしれない。ましてや俺は甲虫武者になったばかりの素人、いくら優れた鎧や刀を持っていても使い手が戦い慣れていないと意味が無い。
――いっそ逃げてしまうか?どうせ俺が戦わなくても、鴻大さんが倒してくれるはず……
「――馬鹿ッ!!!」
そして俺は、自分の頬にビンタした。突然の自傷行為に蟻も戸惑うばかり。
何人任せにしてるんだ……今俺がやらねば、一体何人の犠牲が出る?さっき俺が助けて男の子もまた襲われて殺されてしまうかもしれない。
確かに戦うのは怖い、だからといって今逃げ出したら俺の白は白じゃなくなる。ずっと後悔という黒点として残り続けるだろう。そんなのは嫌だ、俺はこれからも白であり続けたい!
どんなに憶病で、どんなに弱くて、どんなに馬鹿だろうが人の心には純白がある。たった一つの行いのせいで汚れるかもしれない程綺麗な白、例えこの手の緑色の血で汚そうが、その心だけは一色に保ちたかった。
その為にも、今逃げるわけにはいかない。自分の白を、他人の白を守るために俺は命懸けで戦う!こんな虫のせいで、誰かが赤色の血に染まるなんて我慢ならない!
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
一度気持ちを引き締めるために俺は雄たけびを上げた。その力みで更に出血が酷くなろうが関係無い、痛みなんてその気になれば無くなる!
すると蟻の方から襲い掛かってきたのでまずは槍の攻撃を躱しながらその横に回り込み、その脇腹を斬りつける。例え大した傷が付かなくとも同じ場所を斬っていけば勝てるはずだ。
「ギッ――ギッ!!!!」
「うぐッ……がはッ!こんのぉおお!!!!」
そして蟻の槍を両手で支えた刀で受け止めるがそのせいで腹の痛みが酷くなり血が更に噴き出すが関係無い、すぐに槍を無理やり払って再び斬りかかった。
早いところ勝負をつけないと戦いたくとも出血のせいで立てなくなる。ここはあらゆる苦痛を噛み締めて堪え、無我夢中で動き続けた。
やがてそんな必死の猛攻が効いたのか、その蟻の体は切り傷だらけとなり向こうも辛そうにしている。お互い満身創痍の状態、勝敗を決めるなら今しかない!
「だぁああああありゃあああああああああああ!!!!!」
吐血しながらも更に柄を握りしめ、俺は何度も斬っていた脇腹に白い刀を打ち込む。ここで全ての力を使う!例え筋肉の鎧に守られていようが諦めずに刀を押していく。
するとそれを止めさせるために鎧蟲が高く槍を持ち上げ、自分の懐にいる俺目掛けて突き刺してきた。だがそれをより冴えた直観で察知し回避、そのまま力一杯刀を走らせる。
「はぁあああ!!!!!」
それと同時に蟻の横を素通りし背中を向ける。その後で一息ついて刀を下した。そして奴の脇腹が裂かれ、血の噴水を真横に上げるのであった。
蟻の悲痛な叫びが響き渡るも徐々に小さくなっていき、やがて掠れた声も静かに消え失せて地面に倒れる。その巨体が倒れ込んだ瞬間辺りに振動が走り、今俺が討ち取った敵の大きさを改めて実感するのであった。