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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第八章:象武者の出撃
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71話

行燈で照らされた和室、その奥に大きな屏風が置かれておりただならぬ存在感を放っている。その屏風は真っ白で何の絵も描かれておらず、ただ単にポツンと立っていただけであった。

するとそこに、透明人間が筆を持ち書き始めるように墨絵が浮かび上がってくる。そしてその線は大きく広がり、いつしか物足りない屏風に背景と人物を与えた。


それは伊音誘拐事件の際の英たちの戦い、コーカサスとギラファを相手に刀を振るっている様子だった。そしてその()()()()()()、まるでアニメーションのように屏風の枠の中で絵の英たちが走り出す。

英と面義が立ち向かうコーカサス、鴻大と渡り合うギラファ、各々の刀が鮮明に表現されその表情も完璧に模写されていた。墨絵とは思えない程で、色さえ付ければ写真や動画と言われても騙されてしまうだろう。


その様子をマジマジと見る存在が2匹、それは三大名の「信玄」、そして「謙信」であった。蜂とバッタの武将が腕を組みながらその屏風に集中している。


「これが先日起きたという()()()()()()か」


「ああ、この戦いによって勝家殿を倒した武者の1匹である盾武者が食われた。そして新たなに凄まじい力を持つ武者が2匹確認されたわけだ」


この2匹が何をしているのか、それは英たち甲虫武者側の偵察であった。こうして動く屏風を通し果たして自分たちの敵がどれ程の強さを持っているのか確認しているのだ。

そして話題はその英たちの敵でもあるコーカサスとギラファになり、鎧蟲側も危険視し警戒し始める。謙信がひたむきな表情をしているの対し信玄は愉快そうにニヤニヤと笑っていた。


「クックック……中々面白そうな連中じゃないか」


「笑い事ではないぞ、この大男がこの国に攻めにでも来たらどうする?数百年もの間雄姿を魅せていたこの城も、一刀両断にされてしまう」


「何を言っている、()()()()()()()()()()。それに例え攻めてこようが儂たちの敵ではないだろう、城はまた建てれば良いことよ!」


「簡単に言ってくれる……相変わらず軽い男め」


コーカサスという強敵の出現に危惧する謙信、しかし信玄はそれとは逆に喜んで笑みを続けた。2匹の間に流れる空気の違い、そんな温度差を感じ取るように甲虫武者の戦いを再生していた屏風の墨絵がスッと消える。

そして、その裏から着物を着た鎧蟲たちが現れた。足軽の蟻のような武装をしているわけでもなく、所謂カメムシの姿をしており気まずそうに信玄たちの顔色を伺った。


「屏風絵ご苦労さん、じゃあさっさと出ていってくれ。この部屋にお前らの臭いがこびり付いたら堪らん」


「ギギ……」


屏風の墨絵を動かしていたカメムシたちは信玄の辛辣な言葉に対し何の文句も言わず、そそくさとその部屋から立ち去っていく。

いつしか残ったのは信玄と謙信の2匹——いや、()()()()5()()であった。


「そういえば信長公はどちらに?今日も遅刻か?」


「あの男なら()()()のところに行ってるよ、まったく妻想いな男だ」


「そうか……兎に角、これ以上武者たちに好きなようにはさせない。早急に手を打つべきだ」


そう言って謙信が軽く床を小突くと、天井裏に息を潜めていた新たな鎧蟲が姿を現し床に着地する。

そいつは忍者のような黒い装束で身を包み、その獰猛な牙を口当てで隠している蜘蛛の武将であった。謙信の背後で膝を付き頭を下げて忠誠を示す。


そしてその後に続くように、他の忍たちも続々と現れていく。いつしかこの場に3匹の武将が集まった。


「この謙信がお前たち()()()()()()に命じる!我らに楯突く鎧武者の首を即刻刎ねよ!」


「「「ハッ!」」」


そのまま謙信の命令を聞くや否やすぐにこの場から消え失せ、再び信玄と謙信だけの時間が流れ始めた。

風と共に現れ姿を消す忍者部隊——名を「上杉御庭番衆」。その名の通り忍者として闇に隠れ裏から力を魅せる集団、その実態は謙信の家臣を筆頭とする組織でもあった。


(機動性に優れた兵士を集わせた忍軍団。こうやって連中が表向きに手を下すのは初めて見るな)


故に彼らが兵士として活躍する機会は少なく、信玄でもその働きを目にしたことは無い。御庭番衆というくらいなので、普段は謙信の護衛に勤めていた。

鎧蟲の中でも精鋭とも呼ばれる忍たちが、英たちに襲いかかる。






「フッ!ハッ!」


昼過ぎの時、カフェ・センゴクの裏にて俺は素振りをしていた。木刀ではなく刀だけを痣から出し、上を脱いで小一時間程それを続けている。

振るたびに流した汗が飛び散り、風を切るような音が虚空に消えていく。師匠は外出中、それはいつものことだったがその頻度も前よりかは少なくなっていた。


それもそのはず、娘の伊音ちゃんが誘拐されかけたのだから。

あれから数か月が経った。またすぐに襲ってくるであろうと思われたコーカサスやギラファも一向に姿を見せず、何事もない平和な時間が続いていた。

それでも油断はできない、奴らが再び彼女を狙いに来るという保証も無く、寧ろそんなピリピリの警戒ムードが続いている為俺も伊音ちゃんも心の奥底ではうんざりしていた。


師匠がなるべく家に身を置くことでいつでも彼女の身を守れるようにしているように、俺自身もこうして修行を積み重ねることでいつ襲ってきても守れるようにしている。そうでもしなきゃ、あのコーカサスには絶対に勝てない!


「……そろそろ休憩して、甘い物でも食べよ!」


そう言って俺は刀を消し、脱いでいたシャツを着て店の中に入る。そして予め伊音ちゃんご作ってくれていたチョコケーキを楽しみにして踊るように歩く。

別に修行が面倒くさくなったわけではなく、甲虫武者にとって糖分補給も鍛錬の1つだ。少しでも甘い物を食い貯めて再生のエネルギーや鎧の強度を手に入れなければならない。


(……まぁ、これだけであいつの一撃を受け止められるとは思えないけど)


俺のグラントシロカブトは守りに徹した鎧、しかしコーカサスの一太刀を防ぐことはできなかった。それ程奴のパワーが凄まじいということだろうが、伊音ちゃんや人々をこれからも守るために、俺はもっと強くなる必要があった。


兎も角伊音ちゃんを奴らの魔の手から守り抜くためにも、これからも特訓をしなければならない。黒金も同じようにしていると聞いた。皆が彼女を守るために動いているのだ。

だけどそのためか、優しい心を持つ伊音ちゃんはそれに対し少し責任を感じているようだった。


「あ、英さん。終わったんですか?」


「いや休憩、これ美味しいよ!」


すると噂をすればなんとやら、伊音ちゃんが居間の方にやって来た。表の方から客の声もしないので休憩しに来たのだろう。俺は早速チョコケーキの感想とお礼を言う。流石に年頃の女の子に汗臭い姿を無暗に見せるわけにはいかないので急いで顔をタオルで拭った。


「――いつもお疲れ様です。おかわりいりますか?」


「?、じゃあお願い」


その際、微妙に変化した彼女の顔を見逃さなかった。ほんの一瞬言葉を詰まらせ何か申し訳なさそうな顔になる。そしてそれを隠そうと無意識のうちに俯きかけていた。

そして台所に向かうその姿は何か悩んでいるような節が感じられ、どうしたものかといった表情でホールケーキから次のおかわりを切り取っている。


「……伊音ちゃんさぁ、何かあったの?」


「え!?いや、どうしてですか……?」


そんな姿を見て俺は居ても立っても居られずそのことを聞いてみた。新しいケーキを持ってきてくれた彼女は自分の心情がバレていたことに驚きを隠せず、何故分かったと言わんばかりに動揺する。

――もしかしたら、面義が死んだことでまだ自分を責めているのかもしれない。もしそうだとしたら、そんなことはないと否定しなければ。


あいつが死んだのは伊音ちゃんのせいじゃない、寧ろ俺が原因のようなものだ。面義はコーカサスの攻撃から俺を庇って致命傷を負ったのだから。

しかし彼女が向き合っている問題は、もっと小さくそれでいて重要なものだった。


「実は……この間話した通り、学校に戻ろうと思ってこっちから電話したんですけど、その前に担任の先生から自宅訪問してもいいかと言われて……」


「あ、そうなんだ!遂に決意したんだね」


虐められて不登校になっていた伊音ちゃん、しかし最近は学校に戻ろうという意思を見せておりその話を前に聞いたことがあった。そして等々それが固まったのか、彼女自身が学校に連絡をしたらしい。だけどその前に一度先生との面談があるという。

学校に復帰するのはいいことだ、しかしそれで彼女があんなに悩む必要は無いはず。行くか行かないかというものでもなく、かといってあの顔はもう一度虐められるという不安からくる表情でもなかった。


じゃあ一体何を理由にモジモジしているのか?それはある意味俺たちにも責任が感じられるものだった。


「それで、()()()()()()()()()()()()()()なって……英さんや黒金さんにも聞こうと思って」


「……何で俺たちに聞くの?」


普通この場合学校に戻っても良いかという問いは父親である師匠だけに聞く問題だ。まぁもっともあの人がそれを駄目と言うとは思えないが、そこにほぼ他人である俺と黒金の名前が挙がる意味が分からなかった。


「また狙われた時に学校にいると、クラスメイトや無関係な人達を巻き込んでしまうかもしれないから……このままずっと家にいた方がいいかなぁと思って」


「……!」


つまり、伊音ちゃんは再び自分がコーカサスたちに襲われた際、いざという時に周りの人たちを巻き込まないよう危惧しているのだ。

確かにそれは、狙われるものとしては正しい判断だろう。例えば授業中に奴らが襲ってきたとして、周りに助けてくれる人間はいない。かといって学校にまで俺たちが護衛に行くわけにもいかなかった。


だけどそれは、学生としてあまりにも残酷だ。青春溢れる学園生活をあんな奴らのために捨てるなんてあんまりだろう。

寧ろ、他人のために自分の望むことを捨てようとするその姿勢は素晴らしいものだろう。それだけでも彼女が優しい子であるかが分かる。


だからこそ、そんな無用の心配をさせるわけにはいかない。


「……そんなこと気にしなくていいよ、伊音ちゃんがどんな場所にいようが絶対に守ってみせるから!」


「英さん……ありがとうございます」


彼女が自分の生活を犠牲にする必要はない、その為にも俺たちが奴らから守らなければならない。その為にも俺はもっともっと強くなって、いつか再び来るであろうコーカサスの戦いの備えなければならない。


こうして伊音ちゃんはこの後に黒金にも同じような相談をし、そして同じような返答を受けた。帰ってきた師匠も当然それを承諾し、その担任は明後日にでも自宅訪問に来ることになった。

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