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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第一章:白武者の誕生
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6話

「ん……朝か」


目が覚めた俺は今までにないほど気持ち良かったベッドから体を起こす。家の布団と心地よさが桁違いなため逆に寝付けないかと不安であったが、まぁベッドの中の記憶が無いということは爆睡していたに違いない。

昨日は色んなことがあった、鎧蟲という存在に襲われ甲虫武者となった時の記憶は意外にも鮮明に覚えていた。恐らくあれが俺の人生にとって一番の分岐点だっただろう。


改めてカブトムシの痣を見つめる。ここから糸が無数に出して自分を蛹で閉じ込めた後、グラントシロカブトの鎧を纏った。そしてその刀で蟻の鎧蟲たちを蹴散らし今に至る。そんな俺を二度も助けてくれたのが黄色い武者こと鴻大さん、この「カフェ・センゴク」のマスターである。


「あ!おはようございます!体の調子とか大丈夫ですか?」


「おはよ、おかげさまでもう大丈夫!」


そして今部屋に入って声をかけたのが鴻大さんの娘さんである伊音ちゃんだ、どうやらこの子が俺の傷の手当をしたらしく、彼女にも恩があった。

こうして一晩泊めてくれたり助けてもらったりと、見ず知らずの俺にここまでしてくれるとはなんて優しい親子であろうか。この恩は決して忘れることができない。


「朝ごはん作ったんですけど……良かったら食べます?」


「朝ごはんまで作ってくれたの!?本当にありがとう!」


何と泊めてくれるどころか朝ごはんまで用意してくれたらしい、折角作ってもらったことだし頂かせてもらおう。

伊音さんの後をついて下の階へと降りていきカフェの裏にあるリビングへと辿り着く。するとそこにはエプロンを付け新聞を座って読んでいる鴻大さんがいた。


「おう、おはよう英君!よく休めたか?」


「あ、何とか……おはようございます」


俺も席に着きありがたくその朝食に手を付ける。目玉焼きやソーセージなど一般的な朝食と思うが俺にとっては久しぶりの豪勢な朝飯だ、今まではパンとかで済ましていた俺にとって久しぶりの米である。

美味しい朝食に喜んでいると鴻大さんだけメニューが違うことに気づく。俺と伊音ちゃんは普通の朝飯に対し鴻大さんだけ何故か甘そうなパンケーキであった。


「あの、何で鴻大さんだけパンケーキなの?」


「甲虫武者は糖分とか甘味で再生力を上げたり鎧を強化できるらしいです。なのでお父さんは毎朝パンケーキなんですけど……英さんもそっちの方が良かったですか?」


「い、いや大丈夫、この朝ごはんも美味しいよ」


つまり甘い物で回復したり強くなったりできるという、まるでゲームのキャラとそのアイテムのようでムズムズしてしまう。甲虫武者の体とは意外と単純にできていた。

そんなこんなで美味しい朝食をいただいた後で俺は鴻大さんたちに見送られながら帰ることになる。流石にこれ以上お世話になるわけにはいかない。


「本当に色々とお世話になりました!じゃあ俺はここで……」


「分からないことがあったらいつでも来るといい、これから大変だと思うが頑張れよ!」


「是非お客様としていらしてください!」


分かれ間際に伊音ちゃんがそう言ってくれたが、申し訳ないがカフェでお茶する程今の俺に余裕は無い。鎧蟲やら甲虫武者やらのことですっかり忘れていたが2日前にバイトをクビになったばっかりである。

このままだと鎧蟲と戦って戦死とかではなく飢え死にという恐らく甲虫武者の世界で例を見ない死に方になってしまう。とにかく今は新しい仕事先を見つけるのが先であった。

虫の化け物よりバイトか、そう疑問に持つかもしれないだろう。だが俺にとってそちらの方が死活問題なのだ。


あれから数日、特に音沙汰も無く時間が流れた。あれからというもの俺は新しい仕事先を探すのに大慌てで、鎧蟲に襲われたことなどすっかり忘れている。それ程までに熱心に新しいバイトを見つけようと頑張っていた。

勿論綺麗さっぱり自分が甲虫武者ということを忘れたわけではない、ただあまりにも現実離れしているので月日が経てば経つほど夢のような遠い思い出となってきているわけだ。


今もたまに考える。もう一度鎧蟲が現れたとしたら果たして俺はちゃんと戦えるのであろうか?最初の戦いで勝ててはいたがあの通り傷だらけとなり鴻大さんの家でお世話になった。流石にそれを毎度の繰り返しにするのは俺にとってもカフェの人達にとっても御免だろう。

じゃあ毎回圧勝すればいいだろうという話になるがそう簡単な話にはならない。運動経験も人並みである俺はバトルの経験など皆無、ましてや殺し合いなんかをこれからやっても生き残るとは思えなかった。

どうせだったら戦いや刀の()()()()()()、素人にこれから一生戦い続けるというのは酷な話ではないか?


――そうだ、今まで話の流れに身を任せ理解していたが、俺はもう()()()()()じゃない。そもそもあんな化け物と太刀打ちできる力を持ち、手から鎧を纏う存在を人間と呼べるのか?

俺は今、ちょっとだけ()()()()()()()


「っといけねッ!面接の時間じゃん!」


ボロアパートでそんなことを考えていると時計の針が刻一刻と予定のある地獄に迫っていることに気づく。

何とか見つけた求人情報、距離が結構あるため自転車ではかなり早くここを出なければ遅刻しそうなのだ。慌てて服を着替えなおして外へ出て自転車へと飛び乗った。身体能力が上がっているため自転車を漕ぐスピードも底上げされている、この調子ならギリギリ間に合いそうだ。

お金を稼ぐために自転車を漕ぐ、それが俺にとっての日常。だから再び平穏が戻ってきた……そう思っていた。


「づぅう!!!」


突如として激痛が走り急ブレーキ、一体何事かと見れば例の痣に既視感のある疼きが襲っていた。この呼ばれるような感覚、何かが近くにいるという察知、間違いない、鎧蟲が現れたのだ。


「こんな真昼間でも現れるのかよ!?」


急いで方向転換し再び自転車に乗る。取り敢えず近くにいることは間違いない、問題は間に合うかどうかだ。早く駆けつけなければ取り返しのつかないことになるかもしれない。

日常から一変、鎧蟲の出現は俺に甲虫武者としての自覚をさせるに十分なものであった。また刺されるかもしれない、殺されるかもしれない、そんなどうしようもない不安が頭に過り鴻大さんに任せるか?なんてことを一瞬でも考えてしまう。


――冗談じゃない、それで間に合わずに犠牲者が出たらどうするのか?俺の臆病風のせいで、()()()()()()()を見す見す見殺しにするわけにはいかない!

自転車を名一杯漕ぎ全速力で痣の疼きの導きに従う。どうやら出現した鎧蟲と近ければ近いほどこのむず痒さは強くなっていくらしい、それだけを頼りに探し回った。


やがて噴水がある広い公園へと辿り着く。すると逃げ惑う数名の人々がその横を通過してきた。その逃げっぷりを見れば何が現れたのかの予想が俺でもつく。丁度中心部の噴水近くにその蟻の姿はあった。

数はこの間と同じ3匹、奴らの視線の先には逃げ遅れた少年が腰を抜かして怯えている。それを見た瞬間、俺の体は動いていた。


「うおおおおおおおおおおッ!!!」


少年に手をかける直前であった先頭の蟻に自転車ごと突っ込んでそれを阻止、蟻1匹を噴水の中へ吹っ飛ばし、あとの2匹を牽制するように自転車で壁を作った。間に合って本当によかった……!


「早く逃げろッ!!」


「う、うん……!」


そう言って少年を逃がし、この空間に俺と蟻以外の存在を無くした。もう他に逃げ遅れた人はいないだろう、これなら思う存分に戦える!

俺は蟻たちを睨みつけ、その右手を翳す。するとその痣を見た鎧蟲たちは一瞬だけ後ずさった。どうやら甲虫武者の存在を一応恐れているらしい。どうせならここまで逃げてくれた方がどんなに楽か、まぁそんなに上手くいかないのは百も承知だ。


「来い――鎧!!」


そう言って俺は右手から大量の糸を出し自分を蛹で包み込む。その内部で白い鎧を纏っていき同じく形成された刀で蛹を切り開いた。

問題なく最初の時のようにこの姿に慣れたが、まだ不安は残っている。今度は上手くやらないとというプレッシャーがあるのだ。


「うおりゃああああああああ!!!」


兎に角今は考えている暇は無い、刀を振りかざして俺は蟻たちへ突撃する。するとずぶ濡れになった蟻の方が槍で迎え撃ってきたので、まずはそれを弾きそのままそいつの横を抜けると同時にその肩を斬りつけた。

そして次に2番目の鎧蟲と打ち合いを始め、今度もその横をすり抜けると同時に脇を切り裂く。最後の3匹目は横に刃を払って吹っ飛ばして距離を取った。


「……何か、前より切れ味が凄くなってるような……」


そこで初めて前の戦闘とは確実に何かが違うことに気づく。刀の威力もそうだが俺の動き自体も変化があり、まだこの姿になって二度目だというのにまるで慣れているように動けていた。

そう言えば伊音ちゃんが、甲虫武者は糖分や甘味を食べることでパワーアップすると言っていた。もしかしなくともそれだろうが、甘い物という名の豪遊なんてことはあの日以来していない。


「まぁいい、これならいけるかもしれねぇ!」


すると蟻たちが俺の方へ向き、今度は向こうからこちらに襲い掛かってきた。兎に角更に強くなったのは良いことだ、この調子でどんどん行こう!

まず最初に突撃してきた蟻の突きを屈んで躱し、その後そいつの腹を切り裂いた後踏み台にしてその後ろにいた2匹目に跳びかかった。着地すると同時にその胴体を斜めに切り裂いた後、蹴飛ばして3匹目共々吹っ飛ばす。


やっぱりそうだ、敵の動きも見えやすくなっている。刺された時の痛みを若干怖がっていたが、所詮当たらなければいいこと。これなら思う存分突撃できる。

そして俺は3匹の蟻を回転切りで蹴散らし、まずは1匹ずつ確実に倒していこうと最初に斬った蟻に狙いを定める。


「でやぁああ!!!!」


そしてその懐に滑り込むように侵入し、腰に白い斬撃を入れた。結果蟻の上半身と下半身は切断され緑色の血を打ち上げながら無残に散る。

よし、こうやって1匹1匹を始末していけば数の勝負に負けることはない。これが馬鹿の俺にできる精一杯の戦略であった。


「よっしゃ!次はお前だ!」


そのまま俺は次の1匹に向かって走り出す。この勢いに乗れば何とか2匹目も倒せるはずだ。足を止めてはならない、状況の流れがこちらに味方しているうちに勝負を決めないと。


するとその鎧蟲は姿勢を低くして槍を構える。そして渾身の一突きを真っ直ぐ放つが、俺はジャンプしてそれを躱す。そのまま両手で刀を持ち直して着地と同時に一気に振り下ろした。さっきの蟻が腰の節目で断たれたのなら、こいつは左右に綺麗に切り裂かれて絶命した訳だ。その死骸が3匹目の足元に散った。

あっという間に最後の1匹となった鎧蟲の群れ、一方俺は自分のパワーアップを噛みしめながらそいつに歩み寄る。


「これで……終わりだ!」


そして最後の1匹も倒そうとしたとき、そいつは予想外の行動へ移る。何と自分の足元に転がった仲間の死骸を持ち上げ、そのまま()()()()()


「なッ!?」


巨大な蟻の共食い、その異様な光景は肉をすり潰すような咀嚼音と共に俺の目に入ってくる。ニチャニチャという聞きたくも無い音と鳴らしながら、1匹分の死骸が全てそいつの腹に収まった。

するとどうしたことか、その鎧蟲の姿が一気に膨れ上がる。人間のような筋肉が膨れ上がり、一気にマッチョな体系と化した。


「嘘ッ!?――がはッ!?」


その蟻は槍で俺を噴水の所まで吹っ飛ばした後、今度は1匹目の場所まで移動し同じように共食いを始める。

びしょ濡れとなった俺はその光景を見つめることしかできず、そしてその体格は更に膨れ上がった。最早蟻の面影など残しておらず、ゴリラのように筋骨隆々としたボディとなっている。


「お前も……パワーアップすんのかよ……!」


こうしてお互いに強化が済んだところで、1対1による勝負が始まった。俺の身長など簡単に越した体が、俺の前に立ちはだかる。

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