68話
英と鴻大、そして吹っ切れた面義が対峙するのはコーカサスとギラファという手練れの甲虫武者たち。既に伊音は黒金と共に逃走中であり、後はこの2人を倒すだけで全てが解決する。とどのつまり最終決戦のようなものだった。
「……橙陽面義、これは何の真似かしら?」
「見ての通りだ、もうアンタらの下で働くのは止めだ。これから俺の意志で戦わせてもらう!」
そしてコーカサスに続きギラファも面義の裏切りを理解、獲物が増えたと喜ぶコーカサスに対しギラファは呆れたような顔をして溜息を吐いた。しかしまだこちら側に引き入れるチャンスがあると思ったのか、誘惑の言葉を続ける。
「本当に良いの?私たちに逆らうということは1億はどころか鎧蟲狩りの儲けも入らなくなる。あなたの手術費用はどうするつもりかしら」
「手術……どういう意味だ?」
この中で面義の事情について知らないのは鴻大のみ。なので彼だけがその単語を聞いてもどういう意味か理解することはできなかった。ギラファたちを裏切ればもう鎧蟲の死骸を買い取る存在は無くなり、実質面義が求める手術代を稼ぐ当てが無くなってしまう訳だ。
それは面義の命を助ける手段が無くなるということでもあり、それに気付いた英は急いでその表情を確認する。確かにもう一度仲間になってくれたのは嬉しいが、だからといってその命までは失ってほしくない。そんな僅かな矛盾がその心に残っていた。
「いざとなったら社長さんに土下座してでも金を借りるさ、一緒に頭を下げてくれる仲間もいるしな」
「面義……ああ!一緒に土下座だろうが何だろうがしてやるよ!」
面義に仲間と呼ばれたことが嬉しかったのか、英は笑顔になり共にギラファたちに武器を突きつける。よく状況を理解していない鴻大も2人の結束が固まったと感心し、同じく太刀を構える。
そして面義は、敵に気づかれないよう静かに英達に耳打ちをする。
「鴻大さん、アンタが一緒に戦ってくれるのは心強い。だけどそれでもギラファとコーカサスの2人相手に勝つのは難しいだろう。ここは俺が足止めするから2人はその隙に逃げてくれ」
「そんなことできるわけないだろ!俺たち3人ならいけるさ!」
しかしこのメンバーが揃ったというのに面義はまだ勝利を確信できず、何とか英たちを逃がそうとしていた。英は面義を残して自分たちだけが逃げるのに猛反対し、逆に3人で倒そうと自信満々で考えていた。
「英、その傷は治ったのか?」
「……やっぱ駄目か、俺の鎧がこの様だよ」
しかしすぐにそれは見通しが甘いことだと気づき、さっきコーカサスに斬られた両腕の傷を見せる。それで向こうがどれ程の怪力を示していく。
それでも既に完治しかけており、刀を持てるぐらいにはなっている。それでも十分戦えた。
「コーカサスとギラファ、奴らは組織でもかなりの実力者だ。簡単に倒せる相手じゃない」
「面義……その組織のことを教えてくれないか?」
「……奴らは――ッ!!」
その瞬間、頭上から巨大な物体が落ちてきた。俺たちはそれを虫の知らせで察知し回避、コーカサスの大剣が床を砕き廃工場を揺らす。メキメキと亀裂が走りいつの間にか俺たちが立っている場所は今にも崩れそうだった。
「兎に角3人と戦えば良いんだろ?獲物が増えてラッキーだ……!」
「……まぁ、このまま大人しく神童伊音を追わせてはくれないでしょうね。なら残された仕事として、裏切り者と邪魔者の処分をしましょうか」
そう言って向こうは同時に武器を構えてくる。面義の裏切りに対しコーカサスは良きこととして感じ、ギラファは何の感情も見せずただ対処しようとするだけでどちらにしろ両者とも面義を殺す気満々だった。
「逆に聞くけど、こいつらを1人で足止めできるって本当に思ってる?」
「……いや、それこそ無理な話かもな!」
取り敢えず英たちはギラファたちに伊音と黒金を追わせない為にも戦うしかない。鴻大と互角に渡り合えるレベルの甲虫武者が2人、ハッキリ言って苦しい戦況であった。
しかしそれでも戦わなければならない、英と面義は覚悟を決めて武器を構える。
「俺は白い方をやらせてもらう、そっちの方が持ちそうだからな」
「好きにして、神童鴻大の相手は私がやるわ」
そう言って戦闘が再開する。状況としてはコーカサスの相手が英と面義になり、鴻大はギラファと戦うことになる。
英と面義は一斉に走り出し真正面からコーカサスに向かっていった。それをプレッシャー漂う大剣が迎え撃つも2人は飛んでその剣撃を飛び越える。そのまま奴の目の前まで跳びかかった。
「はぁあッ!!」
「せいやぁあ!!」
そしてコーカサスは2人の一太刀をその胸元に浴びることとなる。本来なら首に当たるはずだった一撃も、その体格故簡単には弱点を狙わせてはくれなかった。
しかも2回斬られたというのにコーカサスはのけぞる様子も見せず、その筋骨隆々とした体を以前保っていた。
(俺たちの攻撃が……効いてねぇ!?)
「いいぜ、2人同時でかかってこい!」
それどころか大剣を片手で振り回し一斉に薙ぎ払おうとしてくる。英たちは咄嗟に羽を広げてそれを回避、後ろまで飛んでその距離を取った。
斬られたというのにコーカサスはニヤリと不気味な笑みを浮かべている。そのあまりの異常さに英は聞かずにはいられなかった。
「面義、何なんだあいつは!」
「コーカサス……組織の中でも一番ヤバイ奴だ。俺も数回しか会ったことないがその度に喧嘩を売られている。あの男にとって戦闘は快楽なのさ!」
とどのつまり戦闘狂、それぐらいしかコーカサスという男を言い表す言葉が無かった。まさしくそのカブトムシの特徴を全体的に表し、まさにピッタリな組み合わせだろう。そしてあの大きな剣によって更に危険度が増していた。
「甲虫武者の喧嘩は良いもんだぜ、斬っても傷は治るし……ずっと殺り合える」
「――ッ!」
そこで英は理解する。目の前の男とは絶対に分かり合えないこと、ギラファのように伊音誘拐ではなくただ単純に自分たちと戦いたいだけということに。
そして戦慄した。敵という概念ではまだ鎧蟲の方が可愛げがあり、人間ではない勝家の方がまだ意思疎通できるだろう。一番恐ろしいことはそんな危険な奴がよりにもよって強大な力を持っていることだった。
「だから……この時間を楽しもうぜッ!!」
するとコーカサスは再び大剣を振るい、右側の壁を切り裂きながら突っ走っていく。分厚いはずのそれは紙のように傷が伸び、次の瞬間2人まとめて襲い掛かってきた。
「危なッ――!」
もうその一撃を鎧で受け止めようとはせず、英は屈んで刃を頭上で通過させる。本能的にもコーカサスのパワーを自分では防ぎ切れないことを悟り、半強制的に体が回避を行うのであった。
決して速いわけではない大剣の剣筋、その軌道は普通に目によって躱しきれるだろう。しかし剣の大きさ、何よりもその重い斬撃がそれをカバーしている為、無意識のうちに「こいつには挑まない方がいい」と思ってしまうのだ。
「グランドシロカブト――猛吹雪ィ!!」
「メンガタクワガタ――鰌踊りッ!!」
そこで2人は一定の距離を作りながら斬撃を斬り放つという作戦に入る。英は数で勝負し面義は避け辛い軌道で挑む。数多の斬撃が全てコーカサスに向かって飛んでいった。
「――オオッ!」
しかしその斬撃は、コーカサスのたった一振りによって簡単に打ち消されてしまう。数え切れない程の攻撃は瞬く間に消えていった。
「そんな……!?」
「……このお礼に、こっちも特大の奴を食らわせてやるよ」
そして英たちが驚いている隙にその大剣を床と垂直になるように真っ直ぐ掲げ、そのまま両手で柄を強く握りしめる。
その動作で次に何をしてくるのかはすぐに分かった。英と面義は急いでその場から離れ避難する。それと同時に剣は振り下ろされた。
「――ラァアッ!!!!」
その瞬間、剣のサイズなど軽々超える斬撃が発生する。床と天井を切り裂き、既に避けられたとしても2人の間を通り抜け廃工場に大きな穴をまた開けた。
それがこの場全体のバランスを崩したのか、今英たちが立っている床が崩壊し一気に一番下の階へと落とされていく。
(嘘だろ……この廃工場をほぼ真っ二つに斬り裂きやがった!)
もしコーカサスが廃工場の外から今の斬撃を放っていれば綺麗に両断されていただろう。壁についた大きな亀裂がその証拠で狭苦しかった空間に広々とした開放性が出来上がる。
英と面義と鴻大、そして味方であるギラファ諸共下に落としたコーカサス。皆が降り落ちる瓦礫の中を翅で降下していく。
一番最初に降り立ったのは鴻大、その後にギラファが着地する。鴻大はその斬撃の威力に呆気を取られていた。
「何だ……今のは……!?」
「コーカサスの『崩山』、大剣に全ての力を込めて一気に放つ技。あれに斬られない物なんて存在しないわ」
その人間離れした技に驚く鴻大、そしてそれに説明を付け加えるギラファ、この2人もまた凄まじい斬り合いを繰り返していたが今の崩壊によって全て無かったことにされた。
一方英と面義は無事降下こそできたものの落ちてきた瓦礫の山に埋もれ、何とかその中から脱出することができたところだった。
「なんつー威力だ、本当に人間かよ……!」
「……人間、ね」
英の呆れに対し皮肉を込めたように一言添える面義、辺りを見渡して今の斬撃がどれ程の影響を及ぼしたのかを確認し改めてゾッと背筋を凍らせる。
しかしその張本人であるコーカサスの姿がどこにも見当たらないことに気づき、急いで探し始める。あの剣で隠れて不意打ちでもされたら一溜りも無いからだ。
(こうなったら、虫の知らせ――!)
しかし一向にその姿は見つからないので、甲虫武者特有の第六感を活かし周囲を捜索する。
そして、すぐに完治した反応に頭が真っ白になるのであった。
「……え」
「まずはお前からだ……白」
さっきまでどこにも見当たらなかった巨体が、何故か自分の背後にいる。それも自慢の大剣を振りかざし、今にも斬りかかってくる状態。
驚いて逃げるよりも先に、英の頭を困惑が埋め尽くす。
「――危ねぇ英ァ!!!」
刹那、その独立した空間に面義が乱入。一早く虫の知らせでコーカサスの存在に気づいた彼は棒立ちの英を突き出し、代わりにその間合いの中へと入った。
そして咄嗟に自分の盾で前方を防御しその剣撃を受け止める姿勢に移行、迫りくる大剣に対し面義は体が勝手に動いていく。
しかし「バサリ」――そんな簡単な音が、今まで面義を守ってきた盾に初めての敗北を突きつけた。
(――ッ!!!!)
目の前に立ちはだかる盾が斜めに分断され、それによって前方の視界が一気に晴れる。一刀両断された盾の間に見えたのは、猛獣のようでありながら子供に似た笑みを浮かべるコーカサスの姿。
そして次に聞いた音は「ブシュウ」、激痛と共に面義の見る景色が真っ赤に染まった。
「――面義ィイッ!!!!」
「……あ」
コーカサスが、面義を盾ごと切り裂く。その袈裟斬りは盾の妨害などものともせず武者本人に刃を到達させ、その鎧と肉体を深く裂けさせる。
大量の血を噴き上げる面義が、崩れるように倒れ込んだ。




