62話
「ここか……面義が通っている病院は」
俺は黒金に渡されたメモを見て、そこに書かれていた病院へと辿り着く。伊音ちゃんのことも勿論不安だが、それは2人に任せて俺はあいつを説得する材料を探そう。
それにしても、まさか面義が病院通いだったなんて意外だ。傍から見て健康そのものだったが、どこか患っていたのか?
「つーかでっけぇ病院だなぁ……」
「新界総合病院」、そこはまるで豪邸のような規模を誇る病院でここ付近では有名な病院らしい。左右に広がる施設の前には噴水や木々といった自然溢れる庭が広がっている。松葉杖や車椅子などの歩行道具を使っている入院患者たちも心なしか輝いているようにも見えた。
成る程、これなら心理的にも癒され傷の治りに影響するだろう。病を治すならまず環境からというわけだ。
「取り敢えず受付に聞いてみるか……」
しかしこんな立派な病院に入る事すら遠慮してしまう、そして現状以上に面義との間に壁が生まれたような気がした。
あいつのことを今まで貧乏仲間と思って接していた、しかし俺と面義とじゃ貧乏のレベルが違ったのだ。俺はあくまで生きる上で最低限の金だけを稼いでいたが、面義はきっとこの病院の治療費などにも大金をかけていたのだろう。
――あいつが伊音ちゃんを攫ったのはその報酬金目的、俺は金の為なら犯罪に手を染めたって構わないというその金銭欲を軽蔑していた。だけど面義にとって自分の人生を決める重要なことなのだ。
(……だからって、今のあいつを許すわけにはいかない!どんな事情があっても止めないと!)
俺は面義に裏切られた、だけど俺はまだあいつのことを仲間だと思っている。だからこそその間違いに気付いてほしいのだ。
そう言って俺は臆せず病院内に足を踏み入れ、清潔感のある空間に肌を晒す。そのまま受付に座っているナースのお姉さんに面義のことを聞いてみた。
「だから!ほんのちょっとのことで良いんです!面義のことについて……」
「ですから、一般の方に患者の情報について話すことはできないんです。お引き取り下さい」
しかし個人情報の一点張りで何も教えようとしてくれない。確かに面義は入院患者ではなく通院、お見舞いに来たならまだしもいきなり押しかけてきた相手に対しそう易々と話すことはできないだろう。無理に聞こうとして周りに迷惑をかけるのも気が引けた。
事情を話すか?それはつまり警察沙汰にするということ、これは甲虫武者の問題なのでそれはできない。あくまで通報はどうしようもない状態の切り札にしよう。それにいくら面義が誘拐犯とはいえ、それを口軽に話すべきじゃない。
「どうしたんです?何やら騒がしい……」
どうしたものかと悩んでいると、奥の廊下から1人の白衣の男性がやって来た。金髪の理知的な顔つきをしており一目見ただけで俺とは住む世界が違う人間だとわかる。例えるなら黒金のような社会的地位が高い存在のようだ。そしてそれはどうやら当たりのようらしい。
「院長!この方が橙陽さんについてお聞きしたいことがあると……」
「……院長?」
院長、つまりこの病院で一番偉い存在ということだ。まさかそんな人まで来させてしまうとは……申し訳ない気持ちで一杯だが、この場で引き下がるわけにはいかない。オーラに負けず俺はその人にも訪ねてみた。
「あの!面義がどんな奴かを知りたいんです、何か知っていることがあれば……」
「面義?彼は私が診ていた患者です。もしよろしければ何かお話ししましょう」
そんな俺の想いが天に通じたのか、ここにきて最大の幸運がやって来た。なんとこの院長さんが面義を担当している医師、つまりこの病院内で一番あいつのことを知っている存在だという。
俺はそのままその人の診察室まで案内され、そこで改めて自己紹介された。
「私の名前は『金涙 笑斗』、この病院の院長を務めています。先ほども言った通り橙陽面義さんは私が診ていました。彼のことについて何か?」
「大した用ではないんですが……あいつがこの病院に通っていることを知ってここに来ました。面義が普段どんな人物かを知りたいんです」
我ながらなんて確証も無くあやふやな質問だろうか、だけど下手にこちらの事情を話せない以上このような聞き方しかできなかった。そのせいかはてなマークを頭に浮かべこちらの顔を見つめ直す金涙先生、しかしふと思い出したかのようにその表情は色を変える。
「もしかして彼に何かあったんですか!?症状が悪化したり……」
「いやそんなわけでは……待ってください、症状ってどういうことですか?」
俺はそんな一言に引っ掛かり思わず反射神経でそれを聞いてしまう。確かに病院に通っているということはどこか患っているということ、しかしだからといって「症状が悪化した」というのはあまりにも重すぎる言葉だろう。
そこで、普段は大して役に立たない俺の頭が珍しく働きとある予想に辿り着く。症状と病院、それに加え大金を求める面義の行動、それらが結びついて嫌な予感を過らせる。
そうして先生が棚から抜き俺に渡してきたのはクリップボードで纏められている書類、所謂カルテというやつだ。これを渡してくれたということは中を見ても良いということ、俺は躊躇なくそれに目を通していく。
勿論馬鹿な俺がその意味を理解することはできなかった。だけど後半に連れてどんどん警告の色が強い色ペンで文字が記されている。
「……面義さんは数年前からこの病院に通ってきています。といってもお金が無いと言って治療費を満足に払えず年に数回程度でした。本当は月に何度かというペースで診察しなければならなかったのに……」
「まさか面義は……病気なんですか?」
「はい……それも、命に関わるものを」
「ッ――!」
その時俺は理解した。面義が何故あそこまで金を欲しがるのか、どうして鎧蟲を血眼になって探すのか。ああなるのも無理ない、何故なら自分の命がかかっているのだから。
話を聞くに面義は自分の病気を治すためにああして鎧蟲狩りをしている。それも治療費はかなりの額らしい、流石にそれは教えてくれなかったが金涙先生の表情を見れば大体察することができた。
「しかし通い始めてからしばらく経った頃、良い仕事に就けたのか通院のペースが上がってきたんです。それでもまだまだ足りませんでしたが……」
(良い仕事……鎧蟲狩りのことか?)
面義の話を思い出し、それで鎧蟲狩りによって発生する報酬金は他の仕事の比ではないことが分かる。つまりあいつは病院で診察を受けてから甲虫武者としての力に覚醒したということだ。
「でも……このまま放っておくと本当に危険です。今すぐにでも手術しないと……」
「なッ――そんなにヤバイんですか!?」
しかし面義の命がもう危険なものだということには流石に予想がつかず驚かずにはいられなかった。嘘ではないことはその人の表情で分かる、もうそこまでくれば借金でも何でもして早く手術を受けた方が良いに決まっている。一体何故そうしないのか?
「……そう言えば、『今度デカい仕事がある』と言ってそれで手術代を稼ぐと言ってました」
(デカい仕事……それが今回のやつか!)
つまり面義は、その手術代を手に入れる為今回の誘拐を決意したという訳だ。自分の命を救うため、どんな手でも使ってやると思ったに違いない。
それを阻止するということは、面義にとっての最後の希望を打ち砕くということでもあった。
(だからといって……伊音ちゃんを助けないわけにもいかない。絶対にあいつを止めないと……!)
心ではそう決意するも罪悪感のようなものが心にうっすらと現れてくる。いや、これは同情なのかもしれない。勿論それで今回の件を許すつもりはない、寧ろその気持ちがあると同時に何としても止めさせたい気持ちがあるのだ。
「……失礼します」
するとポケットに入れていたスマホが鳴っていることに気づく。見てみると先に伊音ちゃんを探しに行った黒金からメッセージが届いていた。
黒金:見つけた、場所は廃工場。しかし俺たちは橙陽以外の甲虫武者と交戦している。急いでこちらに来い。
(面義以外の甲虫武者……!?)
その内容は驚愕せざる得ないもので、伊音ちゃんが見つかったのはバイブレーションを感じたことに察していたが、新しい甲虫武者が現れるなんて予想外だ。
事を見るに恐らく仲間ではない、きっと面義が鎧蟲の死骸を売り込んでいる組織の仲間だろう。
「急に押しかけてすいません、俺はそろそろ……」
「あ、待ってください!」
そうして不自然じゃないようにこの場から立ち去ろうとすると、今度は俺が先生に呼び止められた。
「面義さんを……どうか頼みます。私は貴方方がどのような関係かは知りませんが、ご友人なのですよね?彼は何でも1人で行動しようとする節があります、これはあの人の担当医としてのお願いです……!」
「先生……分かりました!」
この人は本気で面義のことを心配している、思えばあいつの命が危険なことを誰よりも知っているからこそ想う心配なのだろう。
……それは俺も同じだ。今の話を聞いてあいつの身を案じるようになってきていた。
じゃあいざ顔と顔が向かい合ったら戦えなくなるのか?否、そんなことは絶対に駄目だ!
決心が揺らぐどころか、俺はより強く心を固めてその病院を飛び出るのであった。




