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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第七章:盾武者の異心
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60話

「グラントシロカブト――白断ちィ!!」


俺の怒声が森の中に響き渡り、それと共に繰り出される一太刀が最後の蟻を仕留める。

辺りはそのお仲間の死骸が散らばっており、どれだけ熾烈な戦いが繰り広げられたのかが分かる。といっても足軽ばかりだったので楽勝と言えば楽勝だった。


「それにしても……今日は何でこんなに散らばっていたんだ?」


俺はそのまま白い鎧を解き、右手の痣で死骸を吸い取りながら今日の戦いを思い返す。急に鎧蟲たちが現れたと思ったら4つの群れがバラバラの場所に展開されており本当に焦ったものだ。

師匠や黒金にも連絡してあの2人も何とか対処できたようで、遠くで反応していた虫の知らせも無くなっている。ならば一件落着なのだが何故今日に限ってこんな現れ方をしたのか、それが疑問だった。


「まぁいいや、取り敢えず師匠と黒金と合流しよ。()()()()()()()()()し……」


俺はその後再び電話をかけ帰りながら2人と合流し、取り敢えず無事であることを伝えた。どうやら他の場所の鎧蟲たちも足軽や弓兵といった雑魚だけだったらしく、秀吉は勿論武将の姿は確認できなかった。


「まさか4つの場所に同時に現れるとは……強敵ではなかったが焦ったな」


「それなんですけど……南の方にいた群れが分散してこっちに来ましたよね?」


しかし不思議なことに南方面にいた鎧蟲たちはまるで仲間のピンチを察したかのようにその場を離れ、俺や黒金たちの方へ襲ってきたのだ。大した数ではなかったため対応はできたが、今まで見せたことのない動きに俺も師匠も戸惑っていた。


「南は……確か面義だったな?」


「はい……そのことについて聞こうと思ったんですけど電話が一向に繋がらなくて……」


勿論ノーマークというわけではなく、南の方には面義に奴にお願いして向かってもらったはずだった。しかしその鎧蟲たちがこちらにやって来たというわけはあいつとは戦っていないということになる。

面義が今更足軽相手に不覚を取るとは思えない、じゃあ何故南の群れは俺たちの方へ来たのか?


「取り敢えず、一旦カフェに戻りましょうか。あいつもそこにいるかもしれないし」


そして俺たちはカフェ・センゴクに帰ることになり共に足を運ぶ。その道中にも電話をかけ続けたが一向に返事は返ってこない。

この時俺たちは、いつも通り帰ると伊音ちゃんに出迎えてもらうと思い、きっと彼女の綺麗な声の「お帰りなさい」か「お疲れ様」がすぐに返ってくるに違いないといつも通りのことを考えていた。


しかしいざ目の前に入ったのは、見慣れていない現実だった。


「……何だこれ」


その光景に俺も師匠も思わず足を止め、大きく目を見開いた。

まずドア、お客様を迎える為のそれは金具部分が破壊され1枚の板と化して床に倒れている。まるで勢いよく何かが突進しドアをブチ抜いて入店したようにも見えた。

それを見て一早く動いたのは、他ならぬその店主であった。


「――伊音!!」


泥棒に入られて何かを盗まれた、その不安はそんなものではなく何より娘の安否についてだった。

続けて俺と黒金も店の中に入る。するとその店内は俺が出て行った時と比べ物にならない程荒らされていた。


机も椅子も所定の位置に置かれておらず、足も折れ曲がった状態で倒れている。何故かキッチン側にそれが溜まっておりまるで店の中で竜巻でも起きたかのようだ。カーペットもボロボロの状態にされキッチンの方では皿が数十枚落ちて割れていた。とてもじゃないが()()()()()()()()()


何より一番重要である彼女の姿、それがどこにも見当たらない。店の奥やその部屋を探してもおらず、完全にこのカフェから姿を消していた。


「伊音!どこだ伊音!!」


普段から温厚で大人びている師匠が珍しく取り乱している。無理もない、大事な娘に任せた店がこんな有様じゃ誰だって焦ってその姿を探すだろう。

勿論それは俺たちも同じで必死に彼女がいないか見渡す。しかしさっきも言った通りここにはいなかった。


(一体……何が起きたんだ?)


ここに伊音ちゃんはいない、そう確信した俺たちは改めて店全体を見渡す。綺麗に掃除したはずの店内はその見る影もなく荒らされていた。

人間業とは思えない荒らし方、姿の見えない伊音ちゃん、この2つだけの状況証拠だけでも何が起きたかは俺でも分かった。


「もしかして……鎧蟲に襲われたのか!?」


最悪だ、俺たちが戦っている間に別の鎧蟲が現れこの店を襲撃したのかもしれない。奴らは本格的に俺たちの首を狙うと言っていた、つまりここに襲ってきてもおかしくはなかった。


「いや……もしそうだとしたら虫の知らせがそれを察知するはずだ。俺たちに気づかない訳がない」


「……それもそうか、俺の虫も全然反応してなかったし」


だとしたら俺たちの第六感が反応しないのはおかしい、鎧蟲の群れが出現した時点で一番カフェの近くにいた俺もその存在を察知することはなかった。それは戦闘中も同じである。


「……まさか、人間の姿に擬態した武将の仕業か?」


「――ッ!」


一旦落ち着いた師匠が口にしたその可能性は、俺たちを一気に覚醒させるには十分だった。

あの勝家も老人のような姿に化けることができ、その姿の時は甲虫武者の虫の知らせにも察知されず活動が可能であった。


あの時に現れ秀吉と名乗った武将の仕業か?それとも俺たちがまだ確認していない武将か?どちらにしろ伊音ちゃんの身が危険……考えたくはないが、もしくは手遅れの可能性が高い。


「……防犯カメラの映像を見よう、何か分かるかも知れん」


「……はい」


そう言って師匠はまだ俺も入ったことのない部屋に案内し、そこでPCを操作し始める。そのキーボードを打つ手は壊さないように優しく取り扱っているように見え、実は小刻みに震えていた。


……きっと今にも飛び出して娘を探しに行きたいはずだ。だがこの問題は我が子を心配する親の心よりもっと重大的なものであるため冷静に行動しなければならない。

武将が野放しにされているかもしれない、もしそれが本当だったら早く見つけ出して倒す必要があるからだ。


「再生するぞ、英が出た直後からでいいな?」


そう言って画面には店をドア側から見て左上部分に取り付けられたカメラの映像が流れ出す。

そこには引き続き勉強を続けながら戦いに行った俺を心配している伊音ちゃんが映っていた。本当に優しい子だ……そんな彼女が何故こんなことに巻き込まれなければならない。


怒りを覚えそれを握力に込めながらも視聴を続ける。すると俺が店から出た時から数分も経たないうちに、異変は起きた。


「なッ……これは……!」


突如としてドアを打ち破り、押し寄せるように何かが店内に侵入してきた。映像の画質が悪いためその詳細を語ることはできないが、少なくとも見覚えのある現象だった。

触手のように伸びて動く「それ」は驚いて逃げる伊音ちゃんの壁際まで追い詰め、捕まえるようにその手足を縛り始める。そして猿轡のように口も封じそのまま店から持ち去っていった。


現場は洪水のように押し寄せた「それ」によって散らかり、これならああなっても仕方ないと納得する。ただし一番大事なのは見覚えのあった「それ」だった。


「今のって……まさか」


「橙陽面義の翁呪樹……!?」


それは面義のメンガタクワガタの盾から伸びる髭であった。あれで敵を縛り付けたりできる便利なもの、映像の中で伊音ちゃんを攫ったのはまさしくそれだった。

そこで早回しに流したところで俺たちが帰ってきた。どうやらこれが俺たちが来るまでの真実らしい。


しかし、この目で証拠を見ても未だに信じられなかった。カフェ・センゴクを襲い伊音ちゃんを攫ったのは面義の翁呪樹、それが意味するものはもう決まっていた。


「……()()()()()()()()()()()()()()?」


馬鹿な、そんな筈はない。面義は俺たちの仲間のはずだ、あいつが何で彼女を攫う必要がある。

しかし流れる映像は顔こそ映していないものの誰が犯人かを物語っており、顔が見えないからこそ俺はあいつが犯人じゃないと信じていた。だってあり得ない、俺と黒金は面義と協力してあの勝家を倒せたのだから。


「あの男には鎧蟲狩りの為のバックがいたはず……その組織に伊音ちゃんの誘拐を依頼されたのか?何故彼女を……」


黒金の言う通りだ。仮にあいつが犯人だとしよう、だけど面義はあくまで鎧蟲の死骸を売る仕事についている。普通の人間である伊音ちゃんを誘拐する理由が見当たらないのだ。

だが「組織」――そんな言葉を耳にした瞬間、師匠の表情が青ざめていた。俺はてっきり娘を攫った犯人に激怒し顔を真っ赤にすると思っていたが、何故そんなに動揺しているのだろうか?


「鴻大さん……()()()()()()()んですね?」


「……」


どうやら師匠は伊音ちゃんが誘拐される理由について何か知っているらしい、もしかして面義は金欲しさに身代金を要求するつもりなのか?そう思ったがそんな簡単は話ではないらしい。何よりそれで神童一家を狙う意味が分からない。


「……兎に角、面義を探すぞ。伊音が心配だ」


「――待ってください!まだアイツが犯人だと決まったわけじゃ……!」


俺はどうにも面義がこんなことをしたとは思えなかった。カメラに決定的な証拠が残っているというのにそれを認めない自分がいた。頭では理解しているのに、感情がその答えを拒んでいる。


「……雄白、お前が橙陽を信じたいのは分かる。だが誰の仕業か一目瞭然だ。例え奴が脅されてこの犯行をしていようがどの道探さなければならない」


かといって面義捜索を止めたいとかそういうわけでもない。自分の子供を攫われた師匠の気持ちも痛いほど分かる。特にこの人の戦う理由は「娘を守る事」であり、俺もその重さと理由を理解していた。

――面義は、俺たちの仲間じゃなかったのか?裏切られたような思いが心に突き刺さっていく。

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