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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第七章:盾武者の異心
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58話

消毒液の匂いで咽そうなその白い部屋は、その男――面義にとって見慣れたものであった。

静かな空間において面義は丸椅子の上に座り、目の前の大人びた金髪の医者と対峙している。医者はカルテやら資料に目を通しながらその白衣をなびかせており、頼もしさを全身から表している。


しかしその医者が突き付けたのは、ただ1つの非情な現実であった。


「……申し上げにくいのですが、このまま放っておけば長くはありません。すぐに()()をした方が良いです」


(……手術、ね)


その言葉を聞くのは何度目だろうか、目の前の医者は本気で心配しているのだろう。だったら少しでもその費用を少なくしろと訴えたい、それが面義の今の総意だった。

だがそれを愚痴っても仕方ない、この人も俺のようにお金の為にこの仕事を頑張っているのだと己を納得させ落ち着かせる。しかし医者の言葉は少なからず面義の言葉に焦りを生み出していた。


病院から出てその大きさを一望する。貧乏の面義には似つかわしくない立派な造りで、他にも患者は多くいた。


(こんな大きな病院で診査を受けるのも金がかかる……ましてや治療費だなんて)


できればこんなところには来たくなかった。来るたびにカウンターへ顔を通すと自分の命がどれだけの大金で支えられているかが分かるからだ。

だからこそ面義は、鎧蟲狩りで稼いでいた。人々にとって奴らは人食いの化け物、しかし彼にとっては金のなる木。始めたばかりの時は右手の痣が疼くのを待ち遠しく思っていたぐらいだ。


これからも自分は鎧蟲の足軽を狩り続けて地道に稼いでいくのだと面義は思っていた。急がば回れ、その方が確実でそれ以外の方法も無い。

だからこそ、()()()()()()が頭の中で何度も復唱されていた。


『その娘……神童伊音を誘拐してほしい』


「……ッ」


――悪魔の囁きとはまさにこのことだろう、やってはいけないとは心の中で思っていてもチラついている自分がいた。

鎧蟲狩りを依頼しているバックの「組織」、そのボスが直接頼み込んできたのは伊音の誘拐――犯罪であった。そしてその報酬金は「1億」――夢の世界の物だと思っていた額に面義の心が揺さぶられていた。


その大金があれば、確かに今直面している問題の殆どは解決できる。喉の奥から手が出る程欲しい、だけど心の奥にある良心が面義にブレーキを掛けていた。それは人として正しい感情だろう。

そう考えて唸りながら帰り道を歩いていると、今この時一番会いたくない顔に会ってしまった。


「お!面義じゃん!」


「は、英……」


それはカフェ・センゴクの店員の英であった。彼は今最も伊音と近い位置にいると言っても過言ではない存在で、もしその誘拐作戦を実行するなら一番の障害となるであろう男である。


(……つーかなんで俺は誘拐する気満々なんだよ!)


「どうしたんだお前、俺は買い出し」


「いや何、ちょっと散歩をだな。することも無いしする金も無いし」


「ハハッだよな!金無いとできることも無いし暇だよな!」


この2人、性格は少々違うものの貧乏人という同じ穴の狢のため話は合う。初めて会った時もお互いが甲虫武者ということを知らないままで意気投合したぐらいだ、なのでこうしてバッタリ会った直後でも会話は盛り上がった。

しかし今日だけは違う、伊音を誘拐するということはこの間結託したばかりの英たちを裏切るということでもある。するかしないのかの狭間で振り子のように悩んでいる面義にとっては申し訳ない気持ちも多々ある。


「そうか……お店は今どうしてるんだ?」


「伊音ちゃんに任せてるぞ」


「……!」


伊音、その名が挙がるだけで面義の心臓は強い鼓動を打ち鳴らす。それは次第に大きくなっていき、英に聞こえないか不安になる程であった。


(あの神童鴻大とかいう父親は普段店にいないという、つまりこうして英が出かけている間は……って、何を考えているんだ俺は!)


すると面義はいつの間にか自分が「いつ決行すればいい」ということをつい考えていることに気づき、急いでそれを否定する。

しかしそんな頭とは裏腹に、口は逆の行動をしていた。


「……そう言えば伊音ってずっと店にいんのか?学校は?」


「ああ、学校で虐められて今不登校になってんだ」


「……お前が出かけている時はいつも1人なの?」


「そうだけど……なんかやけに伊音ちゃんことを聞くんだな」


自分でも気づかないうちに早口となり、いつしか彼女の情報を1つでも多く手に入れようとしている面義がいた。ボスの言葉、自分の金銭欲、それらがどんどん面義は外道の落とし穴へと追い詰めていく。それは何度も質問を繰り返して自分が今不審な様子であることを忘れさせる程だった。


「まさかお前……!」


「――ッ!」


すると英が何かに気づいたような顔をし、しまったと面義は焦りだす。

この英という男、普段こそ馬鹿で間抜けな部分はあるが戦闘の時とか緊迫した場面では非常に頭が切れる。まさか誘拐のことを勘付かれた!?ドクンとまた心臓が鳴る。


「ひょっとしてお前……伊音ちゃんが気になっているんだな!?」


「…………いや、そういうわけじゃないけど」


しかしどうやら無駄な心配だったようだ。流石に情報と証拠が少なすぎるため英だろうが黒金だろうが今の面義が誘拐を企てていることは気づきようがない。しかし面義はそのことにホッとしている自分に気づいた。


「何だよお前~隅に置けないな。でももう少し待っていた方が良いと思うぞ!」


「あーもう!思春期の中学生かお前は!」


面義が伊音に恋心を抱いていると勘違いしている英は、これでもかと執拗に揶揄ってくる。そのノリはまるで同じクラスの男と恋バナをするような仄かな青臭さがするもので、あまりのうざさに面義は誘拐のことなど一旦忘れ卑しい笑みを向けてくる英を引き離していく。


そこで面義は伊音を誘拐し「奴ら」に渡すという行為がどういう意味か気づく。ボスはこう言った、伊音を求める理由は教えられないと。だが今まで鎧蟲の死骸を研究目的として買い取ってきたので何となくその理由は分かる。

――()()()()、もしそれが当たっていたとしたら何故鴻大伊音を狙うのか?彼女は普通の人間のはずだ。


(金に目がくらんで奴らに加担していたが……ひょっとして、俺が思っている以上にヤバイ連中なのか……!?)


そして向こうが一体何を目的として活動を続けているかも分からないことに気づき、今まで良き取引相手としての認識しかなかったあの組織――今となっては得体のしれないものとなっている。

……そう言えば甲虫武者の研究もしていると聞いた。もしかしたら、自分もモルモットの1匹になっているのでは――?


「……ヘヘッ」


「いつまで笑ってんだよお前は……」


しかしそんな警戒心も、横で口角を曲げている英の顔を見て薄れてしまう。まだ俺が伊音のことを好きだと思っているのか、悪いが女子高生に手を出すつもりはない。そんな風に呆れているもどうやらその笑みの理由は違ったらしい。


「いやぁ~……こんなに楽しい会話は久しぶりでな、つい笑っちまって……」


「……楽しい?」


その一言に面義は思わず歩みを止める。さっきみたいな揶揄いやおべっかとかではなく、英はただ純粋に今の会話で愉悦を感じ邪な気持ちなど無く笑みを浮かべている。さっきまでは仲間の恋沙汰に突っ込むお節介のような顔だったが、今は子供のような曇りなき笑顔を表に出していた。


「ほら、甲虫武者の仲間と言えばお前以外に黒金と師匠しかいないんだよ。師匠は目上の人だし、黒金は金持ちですぐに俺のことを馬鹿にしてくる。話が分かる同年代って最近じゃお前ぐらいだからな、お前のことは良い友達と思ってるんだぜ?」


「……」


今の時代、ここまで友好的であることを示す若人はこいつぐらいだろう。恥ずかしいなんて感情は一切見せない、自分の正直を真っ直ぐに見せてくる英に対し面義は呆れを通り越して関心すら覚えた。

――純粋なんだ、(こいつ)の心は。世界の理不尽さをまだ理解できていない赤ん坊や子供のように、自分の気持ちには一切嘘や偽りを言わない。


馬鹿正直――この場合の「馬鹿」は決して罵倒ではなかった。


(友達……か)


英の何気ない一言が耳から面義の体に入り、脳を侵食していくように染みていく。胸を締め付けられるような思い、それは自責の念であった。

伊音を攫うということは英たちを裏切るということ、彼らは他人を全く信用しない面義にとって共に強敵を倒した仲間ともいえる存在であり、少なからず心の拠り所になっていた節があった。


面義はいつの間にか、英が馬鹿をして騒がして黒金に嫌味をぶつけられるあのカフェが好きになっていたのだ。勿論それはサービスが良いとかそういう話ではない、()()()()()()不信感を植え付けられた面義にとって支えなのだ。


――折角見つけた安息地、頼れる仲間。果たしてそれらを自分の手で粉々にしてでも命を取るか。

面義の覚悟は、拳の握力と共により強固なものへとなっていくのであった。

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