51話
「……英さん、どこに行ったんだろ?」
勝家との戦いから数日後、カフェ・センゴクには伊音しかおらずまた客もいない時間帯なので静けさだけがそこに漂っていた。テーブルを拭きながらそこで働いているはずのバイトの居場所が気になっている。
英は「ちょっと出かける」「すぐ戻る」と二言残したままどこかに行ってしまった。別に構わないが一体どこにいるのか見当もつかないため、伊音の不安が煽られる。もしかしたら――鎧蟲と戦っているのではないかと。
するとドアが開きその鈴が鳴る。噂をすれば帰ってきたと思い、伊音が振り返るとそこには彼の白髪は無く、逆に見覚えのある黒色がやってきた。
「いらっしゃいませ!……黒金さん!」
「……雄白は?」
開口一番、黒金は店内に踏み入れると彼女と同じように英を探す。普段彼と喧嘩ばかりしているこの人が自分から場所を聞くなんて珍しい、この間だって面義の話題でその仲は大きく断裂したはず。そう思った伊音はそのまま席へと案内した。
そして黒金もまた、毎日シフトを入れているはずの英が店内にいないことを不思議に思った。
「英さんは今出かけてまして……」
「何だと?あの馬鹿……自分から呼び出しておいて」
「……呼び出した?」
「ああ、昨晩急に連絡が来てな……『明日カフェに絶対に来い』という感じでだ。それ以上何も言わなかったが」
英を探すはずだ、黒金は彼に呼ばれてここへとやって来たのだから。そして英が黒金を呼びつけたことに伊音は驚きを隠しきれなかった。無理もない、この2人の連絡網は鎧蟲が現れた時くらいにしか使われず、ましてやプライベートの付き合いなど決して無いのだから。
一緒にお茶しようという理由ではないということは、とどのつまり鎧蟲関連ということ。英は面義のことについて決着をつけるつもりなのだ。
「粗方、橙陽面義のことだろうな……まだ共闘などという甘いことを考えているのか……」
それは黒金も察しており、バツが悪そうな顔で伊音が淹れたコーヒーを飲む。黒金としては面義の手は借りず、自分の手で勝家を倒し信玄のことを聞き出すのが目的だった。なのでその死骸を売ろうとする面義はその障害、そして英も今となっては邪魔な存在としか思われていない。
しばらく気まずい空気が流れていると、再びドアの鈴が鳴った。今度こそ英であり、黒金の顔を見た瞬間「やっべ!」という焦った顔になる。
「自分から呼びつけたくせに遅くなるとはどういうことだ雄白、下らんことだったら承知はしな……い?」
「あ、英さん!お帰りなさいって……誰ですかその人?」
対する黒金と伊音は、英のいる方向を見ると共に静まり返って動かなくなった。伊音にとってその後ろにいる男は見知らぬ男性、初めて顔を合わせる人物だから戸惑うのは当然だろう。
しかし黒金にとっては敵ともいえる存在であり、そのオレンジ色の髪を見た瞬間すぐに立ち警戒態勢に入った。今にもオオクワガタの鎧を身に纏いそうな感じに、英は慌ててそれを止める。
「わー馬鹿馬鹿!いくら遅れたからといって鎧を着ることはないだろ!」
「そっちじゃない能無し!何故橙陽面義をここに連れてきた!?」
そう、その人物とは今話題に出ていた男である「橙陽面義」、彼もまた居心地が悪そうな顔をし視線を何もない方向へ伸ばしていた。
「おーおー、手荒い歓迎だね。折角来てやったのに……英、本当に奢ってくれるんだろうな?」
「ああ勿論!まぁ兎に角座れよ!」
そう言って英は面義に席へ着くように促し、躊躇も無く店の中へと招き入れる。勝家の戦いにおいて2つの勢力に分かれてしまったこの3人が、なんとカフェ・センゴクで勢揃いしたのであった。
よしっ!何とか合わせることができた!心の中で俺はガッツポーズし喜んだ。
元々面義がどこにいるのかも分からなかったため、この付近でセールとか安売りをしている店を片っ端から探しようやく見つけたのだ。帰れば俺が呼んだ黒金が既に到着しており、一触即発の雰囲気になってしまう。
何故俺がこいつらを会わせたのか?勿論和解させるためだ。共闘するにはまずこの2人を説得するしか他は無い、だがマンツーマンで話しても無理だろう。なので早く進むようにこうしてカフェ・センゴクで面を構えさせたのだ。
「お待たせしました、こちら『ハチミツたっぷりホットケーキ』です」
「おッ!待ってました~♪」
面義は今左側のテーブルに座り、先ほどから伊音ちゃんが運んでくる甘味に舌鼓をしていた。そこには皿のタワーが形成されており、今のホットケーキで何皿目かも分からない。別に怪我をしている場合じゃないのに、どうしてそこまでがっつくのか?
一方黒金は反対側の席でコーヒーを飲み、俺と面義に背中を向けている。あいつが来てからもう数十分は経つがその中で目が合ったのは一度も無かった。完全にお互いを敵と認識している状態だ、一体どうしたものか……
「ふぅー食った食った、久しぶりに腹一杯になったなぁ……他人の金だからこそできる贅沢だ」
「こ、こんなに食いやがって……」
面義がこの店に来たときは俺が奢るとイナゴの足軽と戦った際に約束したが、だからといってこの量はないだろう。果たして俺に払えるのか、そんな不安もあるが面義の言葉も理解できないことはない。貧乏人にとって誰かの奢りというのは数日分の食事を詰め込む絶好のチャンスなのだ。
言葉は分かる、だけど気持ちは未だ分からない。
「ほう、お前も貧乏暮らしだったか橙陽面義。通りで英と気が合うわけだ……底辺同士共感するものがあるのだろうな」
「黒金大五郎……アンタのことは聞いているぜ、製菓会社の社長だってな?金持ち程その価値が分からないのはよくある話だ」
そこでようやくその視線が交差したと思うと嫌みの言い合いに発展してしまう。俺も黒金と同じようなことをしているため強くは言えないが、一旦落ち着かせないといけない。
「落ち着けってお前ら!今日は和解をする為に――」
「それはお前だけだ。俺はこんな男と手を取り合うつもりはない」
「こっちの台詞だ成金野郎。俺はエラソーな金持ちが一番嫌いなんだ」
駄目だ、口を開けばいがみ合いが始まり全く話が進まない。黒金も面義も俺にとって同じような人種に見えるが、その性格と本質は全然違うものだ。
それでも何とか話し合いに持ち込まなければ、俺は溜め息を吐いた後で左右のテーブルを同時に視界へ入れ、2人の顔を確認する。
「師匠ですら引き分けになったんだぞ!俺たち3人が力を合わせないと勝家には勝てない!」
「師匠?ああこの間の黄色の奴か」
「あ、私の父です」
「へぇ、子持ちの甲虫武者なんかいたのか」
一方面義と伊音ちゃんはもう仲良くなっている節がある。この調子で黒金とも打ち解けてほしいのだが、そもそも彼女とこいつとはある程度明るい性格がマッチしているからかもしれない。
「じゃあお前はそいつと一緒に戦えばいいだろ、俺を巻き込むな。といっても、あの武将を倒して売り込むのは俺だがな!」
「寝言は寝て言え、奴は俺の獲物だ」
黒金と面義は互いに勝家を譲る気は無く、2人は立ち上がり近づいてその至近距離から睨み合った。緊迫とした雰囲気に伊音ちゃんは気まずくなりキッチンの方へ避難、対する俺は離れた位置でそれを傍観している。
「話には聞いてるぜ、家族を武将に殺されてその仇を取るために戦っているんだろ?いつまでも過去に縛られて情けない男だな」
「ッ――貴様の安っぽい理由よりかはマシだ。いかにも貧乏人らしい下らん志だな、ムシケラに呆れられるのも無理はない」
売り言葉に買い言葉、真正面からの罵りが炸裂し交差する。一見表情には何の変化が無いように見られるが、静かに2人の怒りが煮えているのが雰囲気で分かる。黒金は家族、面義は己の金銭欲を貶されて遂に限界突破してしまったようだ。
右手のクワガタの痣を翳し、今にも刀を出しそうな空気に堪らず俺はその間に無理やり割り込んだ。勝家を倒すための会談なのに甲虫武者同士が戦ったら意味が無い!
「落ち着けって!お前らがやり合ってどうすんだよ!」
「橙陽面義、やはり貴様は敵だ!ここで斬り落とす!!」
「お前の死体がよぉ、一体いくらになるか試してやる!!」
俺の言葉など知った事じゃないと言わんばかりに喧嘩を続ける黒金と面義、最早ただの喧嘩という範囲には納まらず殺し合いが始まりそうであった。
ああもう俺の話なんかまったく聞かない!どちらも煽り耐性が低い癖に罵り合って、挙句の果てに戦って決着を付けようとする、もう殴って黙らせた方が良いんじゃないかと思ってしまう。
(殴る……?そうか!)
ふとイライラに乗って頭で思い浮かんだその言葉、勿論それを行動に移すつもりはなかったがそれによってどうすればいいかが分かった。
甲虫武者同士が戦ったら意味が無い――その言葉がそもそも間違いだったかもしれない。
「黒金!面義!決闘をするぞ!」
「「――ハァ?」」
そんな突拍子もない発言に、2人は呆気にとられその視線を俺の方に移す。指を立てて「これだ!」と意気揚々に思いついたその発想は、一言だけでは理解されなかったらしい。後ろの伊音ちゃんもはてなマークを浮かべていた。
言葉で分かってもらえないのなら、男らしく殴って分からせよう。師匠の「我儘になれ」という言葉を思い出し、自分なりの強行突破ということだ。
「俺ら3人で戦って、負けた奴が勝者の言う事を聞くってのはどうだ?これなら文句は無いだろ!」
「馬鹿か、お前のその提案を俺が受けるメリットがどこにある?」
「こればっかりはこいつに賛成だな。そんな無一文なことはやらん」
中々良い発想だと思ったが、黒金たちはそれに乗ろうとしてくれない。そもそもこいつらには決闘をしてまで味方を引き入れる理由が無い、その為面義は特に何の得も無いこの勝負を受ける意味は皆無であった。
でもそんなことは俺でも考える、挑んでくれないというのなら挑発をしてでも誘い込んでやる!
「――ま、まぁそうだよな。お前らなんかが俺に倒せるわけもない、分かり切った勝負だな!黒金の技は一度俺に防がれたこともあるし、面義は俺と比べて防御面が弱い!」
「……ア?」
その誘いに答えたのは面義、不機嫌そうな顔が更に加速し低い声を漏らした。一方黒金は何も言わず鋭い眼光をこちらに突き刺していた。
もう一押しだ、しかしこれ以上後の言葉を口にするのは少々罪悪感がある。だが引き下がれない、ここまで来たらどんな汚い言葉だって使ってやる!
「それに黒金は家族を守れなかったし、面義も1人で勝家を倒すと言ったくせにボロ負けしたよなぁ?お前ら2人は雑魚!面義の言う通り師匠とタッグ組んだ方がまだマシだぜ!」
「――ッ!!」
その瞬間、面義ではなく黒金が俺の襟首を掴みかかってきた。まるで獣のように息を荒くし詰め寄り、憤怒の表情を俺に近づけてくる。
どうやらよっぽど怒ったらしい、例え黒金が相手でも今の言い過ぎた。今すぐにでも謝りたい気持ちと罪悪感が押し寄せてくるが、今頭を下げたら全てが台無しになる。
だからこそ俺は、怒る黒金に対しなるべく自分が思う凄く卑しい笑顔を返した。
「上等だ……表に出ろ雄白!」
「俺もここまで言われて黙っている程、プライドは捨ててねぇ……その決闘、受けてやる!!」
こいつらは互いの悪口で興奮状態になっており、俺の言葉は想像以上に突き刺さったらしい。だがこれでいい!おかげで俺の決闘に乗ってくれた。
確かに酷く、心にもないことを俺は言ってしまった。それは別に大した問題じゃない、後で謝ればいい話だ。
これが俺の言える「我儘」だ!そしてこの決闘で必ず勝ち、絶対に和解させてやる!!




