表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第六章:羽音響き渡る三つ巴
51/230

50話

 もう空は、真っ暗に染まっていた。背にしているカフェ・センゴクはもう明かりなどついておらず、そこだけではなく周囲の建物の全てが寝静まっていた。

無理もない、もうこんなに遅い時間だ。伊音ちゃんも自分の部屋で寝ているし、静かになるのも当然だろう。俺は、師匠もまだ帰っていないし彼女を守るためにも今晩は泊めてもらった。


「……ハァ」


しかし布団についても寝付けず、こうして外に出て夜空を見上げているわけだ。ドッシリとした溜息を零し憂鬱な気分にうんざりとし、これからどうしたものかと悩む。

今日戦った武将勝家が再び俺たちの前に現れる可能性は高い、だからこそ甲虫武者たちが力を合わせて奴を倒す必要があった。しかし面義はどころか同じ陣営であったはずの黒金とも決裂してしまった。


(黒金の奴……何もあそこまで言う必要はなかっただろ)


どうしてもあいつとの共闘を認めない黒金と争いになり、結果溝が深まる結果になった。面義も黒金も1人で勝家と戦おうと自棄になっており、連携とは程遠い感じのものになってしまっている。

両者どちらも強いが流石にあの勝家を単独で倒すことは無理な話だ、だから3人力を合わせないといけない。黒金とは激しい喧嘩もしたがそんなつまらない意地を張っていたら守れるものも守れやしない。


だからこそ何とか説得する必要があった。だけどさっき言った通り2人の内誰とも心が通っていない。このままだと今日の三つ巴はどころか次の戦いでは1人1人が敵になってしまうだろう。

それも難しい話、まず面義は連絡が取れないし会うのも難しい。一体どうしたものかと頭を必死に使っていると、奥の方から何かが来るのを感じとる。


「――ッ!」


カフェの縁側に腰を下ろしていた俺は急いで立ち上がり、その存在に警戒する。もしや勝家か?虫の知らせは反応していないがまた人間の姿に擬態しその気配を隠しているのかもしれない。

兎にも角にも右手の痣を構え、いつでも蛹に身を包めるような態勢に入る。しかし闇から出てきたのは勝家ではなく、もっとも俺が信頼を寄せている人物であった。


「……師匠!」


「おー英、お前今日泊まりか」


素っ気ない感じで帰ってくる師匠、勝家と戦い見事その撃退に成功したらしいがそのような覇気は一切感じられず、普通に帰ってきた。後始末で遅くなるとは聞いていたがあまりにも遅かったため、もしかしたら動けない程の傷を負ったと心配していたが無用だったようだ。


しかしその服には夥しい数の穴や破け痕があり、決して無傷の戦いではないことを物語っている。恐らくチョコバーで回復したのだろう、それにしてもそれを見ればかなりの激闘が繰り広げられたのが分かった。


「どうしたんだ?そんな思い詰めたような顔で感傷に浸って」


「……実は」


すると師匠は俺の隣に座り相談に乗ってくれる。どうやらそこまで顔に出ていたらしい、師匠は甲虫武者の中でも年長者なのでとても頼りがいがあった。

俺も定位置に戻り、俯いたまま悩み事を話す。面義と黒金とバラバラになってしまったこと、そして勝家が再び武者を狙ってくる可能性が高いことを。


思えば例えあの2人と和解できなくとも師匠がいるのでこの人と組めばいい話だろう、こう言っては失礼だが黒金より師匠の方が良い戦力になってくれる。だけどこの場合そういう話ではなかった。


「俺は、面義と黒金のことなんか全然分かってなかった。同じ甲虫武者だからといって考えも同じだと思い込んで、あいつらの気持ちを全く理解しようともしなかった。

だけど、俺はどうしても()()()()()んです。家族を殺された黒金の気持ちが、人より金を優先する面義の心が」


勝家、いやこれからも鎧蟲を倒すために俺たち3人は息を合わせる必要があった。しかし2人は全く馴染もうとせずに孤立を望んでいる、だからこそ俺がその間の橋渡しになろうとしていた。

そうは言うが、両者の考えを認めない自分も心の奥に存在していた。黒金の復讐心は兎も角面義の金銭欲は本当に理解できない。どちらも自分の目的ならば他を犠牲にしようとする理念に疑問しか感じなかった。


「鎧蟲から人を守りたい、それが俺の戦う理由です。だけどその為にはあいつらの考えを認めないといけない。それでごちゃごちゃになっちゃって……」


「つまり、人は守りたいけどその守る意思を無下にする面義や黒金に協力しないといけない、そんな矛盾か……」


理解できない奴らを理解しないといけない、そんな無茶苦茶なことを前に俺は悩んでいた。何故こんなにも俺が悩まされなければならないのか、それもこれも全部黒金と面義のせいだ。

いつの間にか無意識に拳を強く握っており、足も震わせていた。あの2人はどうしてあそこまで身勝手なのか、人の命より大事なものなどこの世には存在しないはず。それを軽く見ている奴らが許せなかった。


最早ここまでくれば逆恨みに近いかもしれないが、兎に角怒りが抑えられなかった。込み上げてくるこの憤怒をどうしてくれようか。

熱い感情に身を滾らせていると、師匠の言葉によって瞬時に落ち着いていった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……え?」


怒っていたのがバレるくらい俺は体を震わせていたのか?そしてその突拍子もない発言に俺は思わず聞き返してしまった。

鎧蟲に怒っている?いや俺は確かに黒金たちの身勝手な行動に苛ついていたはずだ。それが何故そうなるのだろうか。


「黒金が復讐心に駆られているのは、鎧蟲があいつの家族を殺したから。面義が暴走しているのも鎧蟲が原因だ。つまり、この現状を作ったのは全部奴らのせいじゃないか」


「そんな……後半ただの言いがかりじゃないですか」


確かに黒金がああなったのはアイツの家族を殺した武将「信玄」――つまり鎧蟲たちのせいとも言えるだろう、しかし面義と鎧蟲を結びつけるその理由は責任転換に近かった。

いくら鎧蟲とはいえそれはあまりにも理不尽だろう、しかしその考えが根本的から違ったようだ。


「確かに理不尽かもな、だけど向こうはもっと理不尽なことをしている。鎧蟲相手にそんなことを考えていたら、守りたいものも守れないぞ」


「……そうですけど」


「お前はもうちょっと()()()()()。お前は純粋だ、故に例え相手が鎧蟲だろうが自分が間違ってると思った事はできずにいる。

自分の想いを貫くために無理やり押し通そうとするのはそこまで悪いことじゃない、勝家を倒したいんだろ?なら強引な手を使っても黒金たちを説得すればいい」


そこで気づいた。俺は黒金や面義の気持ちを理解しようとするあまり自分の意志を主張することを忘れていたのだ。

勝家を倒すためにはあの2人の力が必要だ。だけどそれに応じてくれない、だから何とか説得しよう。それがさっきまでの俺の考えだ。


しかしとてもじゃないがあの2人がそう簡単に結託してくれるとは思えない。勝家が再び襲ってくるのは時間の問題、最早()鹿()()()()説得する暇は無かった。

例え馬鹿と罵られようが関係無い、無理やりにでもあいつらを説き伏せてやる!


「ありがとうございます師匠!なんか吹っ切れました!」


「おう、頑張れよ!」


そう言って俺は師匠に礼を言い、スッキリした気持ちでカフェの中へと戻る。取り敢えずまずは面義と黒金を合わせることから始めよう、もう余裕は無い。早めに行動しなければ。





一方その頃鎧蟲たちの世界にて、城の脇にある平屋に勝家はいた。瓦の屋根でポツンと暗い世界に建っているそれは一見地味にも見えたが、鎧蟲たちにとってそれは重要な存在であった。


表にはその世界の言葉で「医」と書かれており、所謂人間でいう診療所を意味している。人間界から帰り怪我を負った足軽の殆どはここに立ち寄るが、今日だけは1匹もいない。それも、中で武将である勝家が治療を受けているからだ。


「……どうした?早く治せ」


「ギッ……」


自分が上位の存在であることを示すはずの陣羽織を脱ぎ、その診療所に努めている白衣の蟻に背中を見せていた。そこには本来あるはずの翅が無く、見るも無残な傷口が開いている。

そして医者の鎧蟲がどうしてそこまで怯えているのか、別にその傷を見て怯んでいるわけではない。何しろ患者が患者なので手が付けづらいのだ。


しかし観念した医者は後ろの棚から壺を取り出し、そこにたっぷり入っている粘着性の液体をそこに塗り付けた。すると見る見るうちに傷が回復していき、まるで植物が生えるような勢いで翅も元通りとなる。


「グッ……助かった、お前たちも待たせたな」


そう言って立ち上がると、外で待機していたイナゴの足軽たちが続々と中へと入っていく。待っていましたと言わんばかりに傷を医者に見せていく。それを傍目に勝家は診療所を出ていった。

そのまま城へと移り、長い廊下を闊歩する。そのトンボの顔は一切崩れていないが、内部では何度も葛藤が続いている。


(我としたことが、信長様直々の命だというのに何と無様……あのお方に見せる顔が無い!)


鴻大と相打ちに近い形で終わったことをまだ引きずり、自分の弱さを責め立てていた。最初は英と黒金の討伐が目的であったが、同じく首を取る標的である鴻大と引き分けになったということは信長の指令を全うできないということでもあった。


それは絶対的な忠誠を誓っている勝家にとって死より辛いものであり、今まで生きてきた中で一番の苦痛と言っても過言ではない。今すぐにでも白装束を身に纏い、切腹で責任を取りたいと思っている程だ。

そんな消沈の彼に、とある武将が後ろから話しかけてきた。


「聞いたぞ勝家、武者と仕留められずおめおめと帰ってきたそうだな!」


「……信玄――殿」


それは自分の上司でもある蜂の武将「信玄」、勝家は個人的な理由でこの男を嫌っている為、一瞬呼び捨てで呼びそうになったが何とか堪える。また信玄もその事実には気づいており知った上でこうして馴れ馴れしく話しかけてくるのであった。


自責の念で埋もれている勝家の心に浮かび上がる僅かな嫌悪感、しかしその言葉は正しかった為何も言い返せず再び奥へと沈んでいく。


「……面目ありません、私は武者たちの強さを侮っていました」


「何なら儂が手伝ってやろうか?お前だけじゃ心細いと信長も言っていたぞ」


瞬間、勝家の頭に血が上る。気づけば立場など忘れ信玄に掴みかかった。彼が頭に来たのは「心細い」という部分ではなく、「信長が言った」の箇所であった。


「私に武者討伐の使命を任せられた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!下らん虚言を吐くならばその口斬り落とすぞ!!」


勝家が一番激怒したのは信玄が信長に関しての嘘をついたこと。主の名を嘘の味として使われたことが何より許せないことであり、一見上の存在に反旗を翻しているようにも見えるが、これは勝家なりの忠義であった。彼が仕えるのは鎧蟲の軍団ではなく信長ただ1匹、それ以外の人物は決して心からの忠誠を誓わないようにしている。

しかし自分が何をしているのか冷静さを取り戻した後で気づき、手を放して急ぎ信玄の前に頭を垂れ跪く。


「何というご無礼を!お許し下さい信玄殿、何なりと罰を!」


「ほう……ならば儂が腹を切れというならばその通りにするのか?」


信玄が提案してきたその罰に、勝家はヒヤリと汗を流す。それはさっきまで自分が望んでいた落とし前と同じ内容でもあり、それが見事現実になったわけだ。

ならば勝家は切腹が恐ろしくなったのか?――否、それよりも頭に浮かんだのは信長の顔であった。


「……我が使命は未だ達成されておりませぬ。あのお方から命じられた指令を達成されるまで、この命どうか見逃してはくれませんか?見事奴らの兜を掲げられたのなら、共にこの首を差し出しましょう」


あくまで自分の命より主の命を優先し、その後ならどうぞ殺してくれという勝家。傍から見れば死が恐ろしくなり命乞いをしたという情けない姿にも見えるだろう、それがどれ程恥ずべきことか。


しかしそんなことはどうでもいい、今の勝家にあるのは自分の使命を必ず果たすという強い信念のみ。甲虫武者に戦う理由を問うだけはあり、勝家もまた鉄のように硬い心を持っているわけだ。


「――ガッハッハ!今しがたどんな罰を受けると表明した奴が何を言うか!全く見下げ果てた奴め!」


それが気に入ったのか、口では罵倒するも愉快そうにゲラゲラと笑い始める。その1つ1つが勝家の神経を逆撫でし、怒りを湧き起こしてきた。しかしこの状態で逆らうことは許されない。頭上で不快「な声が響こうとも頭を下げ続けなければならないのだ。


「いいだろう、今のは不問にしておいてやろう。そしてお前の忠義に敬意を表して……()()()()()()()()()


そう言って信玄は陣羽織の懐から取り出したのはとある小壺、赤と紫の彩色が鮮やかに描かれており、手の中に納まるとはいえ印象的な壺であった。そうしてそれを託すように手渡し、勝家はその中を確認する。

中には壺とは逆に禍々しい色を放つ粉が詰まっており、そのオーラに勝家は思わず引き下がってしまう。


「この漢方薬は()()()を固めた後にすり潰し、粉状にした後で他の素材と混ぜ合わせて作られたものだ。これを使えば格段に強くなるぞ……どうだ?」


「……」


その漢方薬はいわばドーピング薬のようなもので、服用するだけで体が強化されるらしい。勝家は渡されたその薬をジッと見つめ、考え事をする。

果たして薬の力だけで己の強さを極めてもいいものか?誠心誠意真っ直ぐな勝負を望む勝家にとってあまり良くは思えない。真の武人ならば己の力だけで戦うことが正しい、それが勝家の信念であった。


しかしそれを上回るのが信長に対する忠義であった。自分の志と主人への忠誠心――これらを天秤にかけて果たしてどちらが沈むのだろうか?その答えは、勝家が壺を握りしめることで示された。


「――どうか無事で帰ってきてくれ、お前は我らの発展には必要不可欠な存在だからな」


「……()()()()()を」


そう言って勝家はその漢方薬を懐にしまった後、そのままその場を立ち去る。その背中を、信玄は含みのある笑みで見届けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ