49話
「ゲホッ……ただいま伊音ちゃん」
「だ、大丈夫ですか!?」
辺りも暗くなりかけたところで俺と黒金はようやくカフェ・センゴクに到着し、慌てた彼女の言葉を受ける。ここまで遅くなったのは2人とも勝家に与えられた(正確には自滅)傷が酷く、時間がかかってしまったのだ。
傷だらけの体を椅子に置き、取り敢えず息を整え落ち着いた。本ッッ当に疲れた……黒金の奴重すぎんだよ。
「はい、チョコバー!」
「おっ……助かるよ」
そうして伊音ちゃんから渡されたチョコバーを遠慮なく齧り、吸い込むように食べる。すると見る見るうちに傷が治っていき、万全の状態へと戻った。
「よっし、完全復活ゥ!」
その瞬間、俺は椅子から飛び上がりピョンピョンと跳ねその元気さを周りに伝えた。この甘いものを食べれば回復するという機能はやっぱり便利だ、これならもう一度戦える!
今師匠が勝家と戦っているはずだ、あの人に限って負けることはないと思うが、一応俺たちも駆けつけた方が良いだろう。
そう思ったは俺は早速店から出ようとする。しかしその直前にある事に気づいた。
「あれ……いなくなってる?」
「何だ気づいてなかったのか、とっくのとうに虫の知らせは消えてるぞ」
鎧蟲が出現している際に反応し続けるはずの虫の知らせがピクリとも反応しない、つまりもう勝家たちは人間の世界にはいない、もしくは遠い場所にいるのどちらかであった。黒金はとっくに気づいていたようだが、俺は傷の痛みに耐えるので精一杯ですっかり見落としていた。
師匠が勝家たちを倒したのか?いや、失礼だがそう決めつけるのはまだ早い。ただ単に勝家が俺たちの索敵範囲外まで逃げた可能性もある。なのでジッとはしてられなかった。
だがその前に、伊音ちゃんのスマホが鳴り俺を立ち止まらせた。
「あ、お父さんから連絡ありました!その勝家という武将は巣穴に逃げたそうです、あの人も後片付けをしたから戻ると……」
「そうなんだ……良かったぁ」
どうやら骨折り損のくたびれ儲けにはならなかったようだ。そして今回の事件も一応は終結したらしい。兎に角師匠が無事ならそれで良かった。
それに対し「どうせなら勝家を倒せておけば良かったのに」と文句を言うことは俺たちにはできない。何故なら、その勝家相手に手も足も出なかったからだ。
「……めっちゃ強くなってたな」
「今回の奴の狙いはどうやら人間ではなく……俺たち甲虫武者らしいな。ならば近いうちに現れる可能性は高い」
一番の問題が勝家の目的にあった。一般人ではなく甲虫武者を狙っていることは奴本人の口から聞いたもので、勝家の言葉をそのまま鵜吞みにするのもどうかと思うが、現に俺たちを本格的に潰そうとしていた。
つまり、勝家がまだ生きているということはアイツがもう一度俺たちに襲ってくる可能性も少なからずあるというわけだ。いつかは分からない、だが近い将来戦う日が来るのは確かだった。
「そうだな……それまでアイツに勝つ算段を見つけないと」
「雄白、俺ともう一度鍛錬だ。それしか方法はあるまい」
そう言って黒金は立ち上がり、俺と共に修行することを提案してくる。初めて勝家と会い負けた際にも、俺と黒金は共にトレーニングを重ね奴と互角にまで渡り合えるようになった。
しかしそれは向こうも同じ、結果勝家は以前と比べて格段に強くなり俺たちを圧倒した。だからこちらも同じく鍛錬をしパワーアップを果たそうとするのは正しいかもしれない。
だが、俺はそれよりも重要なことがあると思う。
「いや……何とか面義に共闘を持ちかけた方が良いだろ、俺たち2人の力だけじゃあいつは倒せない」
「お前……まだそんなことを言うか!」
すると俺の提案を聞いた黒金は怒りと呆れを露にし勢いよく立ち上がる。さっきまで尻が置かれていた椅子が倒れ、その音と共に場の空気が張り詰めたものとなる。伊音ちゃんも縮こまってしまい、お盆を盾にしながらキッチンの方へと避難した。
黒金がこうなるのも無理はない、確かに先の戦いで面義とは敵対し、鎧蟲も加え三つ巴状態になっていた。もしあの場に面義が敵として存在していなければ、まだマシに戦えていただろう。
けどだからこそ共闘を誓い合い、仲間として招き入れる必要があった。あのように惨敗したのも俺たちと面義のコンビネーションがなってないからでもあるだろう。
「さっきの戦いで分かった、あの男は敵だ。俺に攻撃してきた奴の姿を見なかったのか!?」
「お前だってやり返していただろ!お互い様だ!」
「お互い様だと……!?」
すると黒金はこちらに真っ直ぐ向かい、俺の首元持ち上げて己の怒りを視線で訴えかけてきた。勿論俺がそんな威嚇で引き下がるはずもなく、そのまま睨み合いが始まる。
「これはそんな子供の喧嘩を宥めるような言葉で解決する問題ではない!もっと年相応の頭で物を考えろ!」
「だったら!本当に俺とお前だけの力で勝家を倒せると思ってんのか!俺でさえ鍛錬程度じゃあいつには勝てないことが分かってるんだ、お前に分からないはずがないだろ!」
「ッ……!」
しかし負けじと俺もこいつの襟首を掴み、図星を突いて黙らせてやった。
黒金は甲虫武者の経験においては俺よりダントツ上だ。だから、俺たちと勝家の実力の差がそう簡単に埋められるものではないことも理解しているはず。普段は冷静沈着で合理的に物を考える黒金であったが、今だけは少し荒ぶっている。思えば始めて奴と出くわした時もそうだったが、その理由は分かっている。
「家族の仇を早く取りたい気持ちも分かる、けどそれで無駄死にしたら意味が無いぞ!」
そう、黒金にとって勝家とは家族を殺した武将「信玄」への唯一の手掛かり、奴を倒すということは復讐完了に向かって第一歩ということでもあった。
兎に角、今のままで勝家と戦ってもまた負けるだけ。確かに鍛錬も大事だが一番重要なのは新たな戦力の追加であった。それが面義というわけである。
「そんなことを言っている暇は無い!3年間探し続けてようやく見つけた武将だ、それをぽっと出の男などに渡してたまるか!」
「焦るなってのに!お前らしくもない……!」
面義に勝家を先に倒され、悲願達成への道が阻まれることを恐れている黒金の焦燥感は最早ピークに達している。その為普段の自分を見失いがちになっていた。
だから俺は何とか言葉で説得しようとする。しかし思わぬところでその逆鱗に触れてしまったようだ。
「お前らしくもない……?まるで――俺のことを理解しているような言い草だな!!」
「――いっつ!?」
瞬間、黒金の握りしめられた拳が俺の頬に打ち込まれる。当然臨戦態勢じゃなかった俺は避けることも受け止めることもできず、そのまま後ろにあった机に尻もちをついてしまい盛大に叩きつけられた。派手な音が鳴り綺麗だったはずのカフェが荒れてしまい、伊音ちゃんは更に怯えた様子となってしまった。
「勘違いするなよ、俺はお前と仲良しになった覚えはない!口には気を付けるんだな!」
「ッツ……いってぇなゴラァ!!」
しかし痛いものは痛い、殴られた頬を擦りゆっくりと俺は立ち上がった。
もう我慢の限界だ、この分からず屋を言葉で丸め込むことなんかできない!そして仕返しにと俺も黒金の顔をぶん殴ったやった。ざまぁ見ろ!
「だから仲間に引き入れて先を越されないようにするんだろうが!共闘してればいいものをお前らは……いい加減にしろよ!」
「あの男がそんな要求を呑むと思うか!?お前は他人を信用し過ぎなんだよ!」
すると黒金は更に殴り、俺の腹へ重い一撃を当ててきた。負けじと俺もその頭を大きく振りかぶって殴打し、極めつけにはそのオデコに頭突きをかます。黒金の奴も派手にカフェの床を転がり、挙句の果てには壁際に勢いよくぶつかった。
そう言えばこいつとは鎧を着た状態で戦ったことはあるが、こういった普通の人のような殴り合いはまだしたことがない。これを機に「白黒」付けてしまおうか。
「雄白……やはり俺とお前は仲間でもなんでもない、今まではただ目的が重なっただけだ。そもそもこんな馬鹿と付き合う時点で俺もどうかしていたな」
「――何だとテメェ!」
そうして殴り合いを再開しようとしたその時、黒金の口から怒りのスイッチを押すような発言が飛んできた。いやようなではなく確実に押してくる言葉だ、現に「カチン」という音が頭の中で聞こえた。
しかしその言葉というのは「馬鹿」という部分じゃない、それは俺には否定できないし聞き慣れている。一番頭にキタのは「仲間ではない」の方であった。
それは、今まで過ごしてきた時間、死闘を全て無下にするものに等しい。確かに黒金とはいつも喧嘩するし考えだって合わない、それでいて金持ちで嫌な性格の持ち主だ。
でもこいつも甲虫武者の1人、いくら家族の仇討ことしか考えていなかろうが共に戦っているうちは信頼できる仲間だと思ってた。それを簡単に否定されたことが許せなかった。
俺は力強く拳を振りかぶり、そのまま黒金へと突撃していく。もう我慢ができん、こいつは1発ぶん殴ってやらないと気が済まない!
黒金も同じ気持ちか、向こうも起き上がりこちらへ迫ってくる。勝家との戦いで付けられた傷を治したばかりだが、こうなったらやれるところまでやってやる!
「――やめてください!2人が喧嘩をしてどうするんですか!」
「伊音ちゃん……」
しかし俺たちの拳が交わる直前で今まで隠れていた伊音ちゃんが間に割り込み、その喧嘩を中断させた。彼女に当たりそうになった拳を急いで軌道変更し、虚空を突く形となる。
その眼は今にも零れそうな大粒の涙で潤っており、それを見ただけで申し訳なくなる。いい年の大人同士によるガチの喧嘩は見てて辛いものがあるのだろう、ましてや俺と黒金との関わりが深いなら猶更だ。
「……もういい、勝家は俺1人で倒す」
「待てよ黒金!おい!」
そう言って黒金は服についた埃を払いながらこちらを睨みつけ、カフェ・センゴクから出ていってしまう。呼び止めようにもさっさと帰られて、俺と伊音ちゃんだけが残った。
面義はどころか、黒金との仲もより険悪なものへとなってしまった。どうしようもない後悔が頭を過り、まるで心にスッカスカの穴が開いてしまったような気分だ。
この上手く言い例えられないこのもどかしさ、あいつへの怒りもあるが何故か寂しさもある。一体どうすればよかったのか、今の俺の心情はまさしくこの荒れに荒れまくったカフェの内装であった。




