46話
「黒金ってさぁ、この前甲虫武者の知り合いがいるって言ってたじゃん。そいつは来ないのか?」
とある日のカフェ・センゴク、俺はキッチンから身を乗り出し、優雅にコーヒーを飲んでいる(勿論伊音ちゃんが淹れたやつ)黒金にそんなことを聞く。
その情報は以前共に虫の知らせを鍛えた際に聞いたもので、虫の知らせの索敵能力に優れているという、黒金には珍しく評価の言葉を述べていた。なので印象に残りどんな人物かという好奇心があるわけだ。
「あいつは俺の会社の社員で、今は転勤という形で遠くの地方に行き鎧蟲と戦ってもらっている。だからここに来るのは無理だ」
「遠くの地方……甲虫武者ってどれぐらいいるんだ?」
「さぁな、俺が知っているのはあいつ、鴻大さんとお前、そしてこの間の橙陽面義だけだ」
当然かもしれないが、俺たち以外にも甲虫武者はいる。黒金の知り合いに加え、面義の鎧蟲狩りを示唆する組織の人間、俺が知らないだけでその人数は多いのかもしれない。
寧ろ鎧蟲たちがそんな広い規模で現れていることに驚きだ、果たしてそんなに現れて対処できるのか?
「それより、いつものはまだか?」
「あーはいはい!今持ってく!」
そう急かれ、俺は出来上がったイチゴソースのハニートーストを黒金に提供する。もうすっかりこいつはこれの虜になっており、頼まない日が無いくらいであった。
「俺の料理が楽しみならそう言えばいいのに」
「馬鹿を言え、そんな訳あるか……まぁ、味は認めているがな」
「よーし、何なら俺のコーヒーも御馳走してやるよ!」
「止めろ馬鹿!!」
「止めてください!」
黒金の言葉を聞き調子に乗った俺はそのままコーヒーも淹れようとするも、黒金どころか後ろにいた伊音ちゃんにも大声で叫ばれてしまう。何もそこまで言う必要は無くね?
「伊音ちゃん……こいつの不味いコーヒーはどうにかならないのか?」
「それが……淹れ方は寧ろ上手なんですけど、どうしても味の方が……」
あれからというもの、俺は美味しいコーヒーを淹れるための特訓を伊音ちゃんの教えの下やってはいるが、豆どころかインスタントコーヒーまでも不味くしてしまう始末、料理は今までのバイトの経験で蓄えられてきたがどんなに努力してもコーヒーの味だけは良くならない。
「まぁ最近は鎧蟲も出てないし、練習して上手くなりゃいいさ!というわけで、早速淹れてみるから飲んでみろ黒金!」
「嫌に決まってるだろ!自分の舌でやれ!」
これ以上伊音ちゃんの大事な舌を汚すわけにはいかない、なのでここは実被害が出ても問題はない黒金を実験体にしようかと思ったが、やはり断られてしまった。
確かにインスタントまでも不味く淹れてしまうというのはある種の才能すら感じるが、何もこの先ずっと不味いコーヒーしか淹れられないというわけでもないだろう。努力と回数を積み重ねれば必ずまともなものができるようになるはずだ。
「まぁそう言うなよ、取り敢えず砂糖沢山入れたら甲虫武者の力で何とかなるだ――!?」
「俺たち限定か!?絶対に失敗す――る!?」
そうして黒金の反対を押し切り淹れようとマグカップを持った瞬間、右手に来た反応に俺たちは一瞬静止してしまった。
やがて落としたマグカップが地面に落ち、割れた時の音によって意識を取り戻す。しかし痣から脳へと伝わる不快感はまったく拭えなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「お、おい黒金……これって」
「ああ、間違いない……!」
するとその音を聞きつけた伊音ちゃんは怪我が無いかと焦ってやって来たが、俺と黒金はそれとは別の理由でその頬に冷や汗を流す。
取り敢えず鎧蟲が現れたことは確かだ、しかし問題なのはその数。この間の大群と引けを取らない程の反応の多さ、何とかも積もれば山になる、その言葉を説明するかのように俺たちの虫は騒いでいた。
しかもその圧倒的な数の中に、明らかに周りとは違う存在がいた。距離はそう近くないはずなのに、すぐそこまで接近を許してしまっているような圧迫感。
これは、以前感じたことのある奴だ――!
「俺たち――ちょっと行ってくる!」
「伊音ちゃんは鴻大さんに連絡を――まぁ、あの人も気づいているだろう」
「あッ……ハイ!お気をつけて!」
普通の人間である伊音ちゃんも甲虫武者の存在に慣れたのか、俺たちが何故出ていくのかを何も聞かずに察した。
精一杯走り、大量の気配がする場所へと向かう。この数の多さもヤバイが、一番の問題はこの特大デカい奴――!
「来たな武将……!雄白、準備はいいか?」
「ああ!この日の為に特訓はした!」
いつか来る日だとは思っていた。だからこそ日々の鍛錬は欠かさず糖分も毎日沢山食べて、万全の状態で迎え撃てるようにしていた。
そして黒金にとって何日も待ち望んだ時でもあるだろう、先ほどの冷静沈着な顔つきは一変し怒りが入り混じった表情へと変貌している。無理もない、家族の仇、もしくはその足取りかもしれないのだから。
「……糞ッ!いくらなんでも来すぎだろ!」
そうして俺たちが辿り着いた場所は、まさに目を背けたくなる程の惨状と成り果てていた。
人並みが豊かであるはずの街中は人気の1つも無く、建物は半壊状態となっている。そしてそこに蠢くのは大量の鎧蟲、俺たちがこの間戦ったイナゴの足軽が数えきれないぐらいいた。
「このッ!まとめてかかってきやがれ……え?」
兎に角ジッとしていられない、黒金と一緒に武者の姿になろうとしたその時――1人の老人が俺たちの前に現れた。
何の変哲もない老人、長い髭を蓄え皺まみれの顔をこちらを凝視している。後ろにいるイナゴたちに目もくれず、ただ睨みつけてきた。
「おいアンタ!危ないから早く逃げろ!」
「……久しぶりだな白武者、そして黒武者」
「その声……まさか!?」
俺は急いで逃げるように促すも、その口から発された言葉を聞いて一気に警戒態勢に入った。それは黒金も同様、目の色を変えてその老人に対し敵意を見せる。
そう言えば、さっきまで感じていた大きな反応はこの人からビンビン来ている。だとしても、何故この人から?まさか人間に化けられるのか!?
「勝家……か?」
「そう言えば、この姿で会うのはこれが初めてだったな。我こそが勝家、再び貴様らの前に参上したぞ」
信じられないが、目の前のこの老人が俺たちの前に初めて現れた鎧蟲の将軍「勝家」だという。それなら後ろにいるイナゴたちが襲わないのも説明がつくが、まさか人間の姿に擬態できるなんて想像にもしなかった。
さっきまでの反応も今は抑えられている、つまり虫の知らせが反応しなかった時はこのように逃れていたのだ。
「大群を引き連れ、いよいよ本格的に人間を狩りに来たか……徒党を組む、まさに貴様ら鎧蟲が考えそうなことだ」
「いや、此度我が欲するのは毛無猿ではない……お前たち、武者の首だ」」
「なッ……俺たちが狙いか!?」
「――かかれッ!!」
すると勝家が後ろのイナゴたちに命じ、俺たちの首を狙ってきた。その目的はいつも通りに人間を狩る事ではなく、なんと俺たちを倒しに来たという。
自分たちの方へ跳びかかってきたイナゴの薙刀を紙一重で躱し、その猛攻から後退する。いつしか大量の鎧蟲に囲まれ黒金と背中を合わせている状況にまで追い込まれていた。
「よし――行くぞ黒金!出陣!」
「お前に言われなくとも――開戦!」
そうして一斉に跳びかかってきた鎧蟲たちを糸で一掃、そして蛹に全身を囲いその内部で甲虫武者の鎧を纏っていく。
やがて同時にそれが終わり、生まれ変わった自分たちの姿を晒した。
「我こそは――グラントシロカブト!!」
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我が名は――オオクワガタ!!」
そのまま鎧蟲の包囲網に向かって走り出し、次々とイナゴを蹴散らしていく。この間の奴が何匹も、まさに蝗害と呼ぶに相応しかった。
前は面義との2人掛かりでも苦戦を強いられていたイナゴだが、大分強くなったため団体で挑まれてもある程度は戦えるようになっている。しかし真の敵はこいつらじゃない、間違いなく勝家だろう。
「グラントシロカブト――浄竜巻ィ!!」
「オオクワガタ――金剛砕きッ!!」
そして俺は回転切り、黒金は一撃必殺で目の前の鎧蟲たちをどんどん吹っ飛ばしていく。まるで爆発でも起きたかのようにその体は上へと弾け飛んでいた。
一斉に迫ってくる薙刀を籠手で受け止め、そのまま一気に振るうことで数匹の鎧蟲を薙ぎ払う。背中の翅さえ狙われなければこんなもんよ!
「遠くで見てんじゃねぇぞ――猛吹雪ィ!!」
このままちんたら戦っていてもいつか数で押し切られる、そう思った俺は猛吹雪で目の前にいるイナゴたちを一直線に斬り落としていく。斬撃は止まることを知らず一直線に飛び、いつしか1本道のように鎧蟲が片付いていた。
数多の斬撃はそのまま向こうにいた勝家の所まで向かい、奴にも襲い掛かると誰しもが思っただろう。
――しかしその軌道は、突如鳴り響いた金属音と共に四方へ散っていった。
「――ッ!」
「やはり足軽程度では駄目か……良いだろう、我自らが相手をする」
そう言って勝家が地面に刺したのは自慢の矛である「瓶割矛」、その石突部分で強く地面を突いた瞬間――その姿に亀裂が一気に広がる。人肌がボロボロと崩れ落ち、先に出たのは長い4枚の翅。そこから一気にヒビは走り奴の本来の姿を現した。
黒地の陣羽織を羽織り緑色の目を光らせる、オニヤンマの武将「勝家」――遂に人間の姿を捨て本性を現してくる。
その瞬間、さっきまで感じていたドス黒い感覚が虫の知らせから押し寄せてきた。冷や汗が止まらない、気づけば静かに体が震えている。
「来たな勝家……今度こそ仕留めてやる!」
以前の戦いにおいて、俺たちはこいつを倒す程の力を持っていなかった。けど今は違う、今ならこいつにだって勝てるはずだ!
俺も黒金も一気に気が引き締まり、いつあの超加速でこちらに突っ込んできてもいいように構えを取る。そしていよいよ宿敵との戦いを始めようとしたその時――
「おーおー、この間の奴がうじゃうじゃいるねぇ」
突如として聞こえたその聞抜けた声に、俺や黒金、そして勝家もフリーズする。しかしこの中で一番その声を聞き慣れているのは俺だろう。
一体そいつはどこにいるのか――すぐ横の建物の屋上に身を置き、上から戦況を一望していた。
「えーと、この間のイナゴは初売りだったからこれくらいで……それから少し減ると思うから1匹これくらいかな?それがこんなにいるから……ハッハ!涎が出るとはまさにこのことだな!」
「――面義!」
鎧蟲を金として換算する奴の心当たりなんか1人しかいない、その男面義は地上にいる全ての鎧蟲を見渡し、10本の指で金額の計算をしていた。
「ほう……あの時見た盾武者か」
(面義のことを知っている……!?)
「この数にお前らだけはズルいだろ、俺にも分けてくれよ――宣戦!!」
そう言った面義は痣から糸を出しながら屋上から飛び降りる。そして落下中で蛹の中に入り、そのまま切り開き鎧の姿となって地面に着地する。その光景は宛ら映画のワンシーンのようだった。
「アイアム――メンガタクワガタ、勿論このイナゴ共も金にはなるが……一番価値があるのはお前だぜ武将!!」
「お前……武将の存在も知っていたのか?」
「アンタは……黒金大五郎か、お得意先から話は聞いていた。もし狩ることができたら凄い報酬をくれるってな!」
確かに、鎧蟲狩りをしている面義にとって武将とは他の鎧蟲より圧倒的に希少価値がある存在だろう。それはあいつのバックにいる研究組織にとってもだ。
運命は必然か、ここ最近で衝撃を与えた存在がこの場に勢ぞろいした。甲虫武者の俺と面義、同じく武者でありながらも鎧蟲狩りをする面義、そして人類の敵である鎧蟲、今この場は大きく分けて3つに分かれている。




