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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第六章:羽音響き渡る三つ巴
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45話

上に広がるのは紫色の空、太陽も見えないのに草花も生えないその大地はしっかりと視覚することができ、遠くの光景まで見える。

その世界に君臨するのは1つの城。大阪城や江戸城、人間の世界にも存在する物とほぼ同じ造りだがその規模は遥かに上回っていた。


邪悪な空を飛ぶのは荷物を抱える蜂、一致団結して大きな荷車を押しているのは蟻、拳で岩を破壊し整地しているのはダンゴムシ。

もう誰もが気づいているだろう、ここは鎧蟲たちが治めている世界。中心に佇む城の庭で陣羽織を着た蟻の鎧蟲が不機嫌そうにしている。


「まったく……()()()も分かっておられない、何故補佐役を私ではなくあの(かついえ)にしたのか」


その原因は今しがた城の中に入っていった自分の主、そしてそのお供に付いた勝家だった。要するにこうして門の前で自分だけが待機していることが気に食わないだけで、足踏みを何度も繰り返している。


その名は『秀吉』――勝家と同じ武将の存在で、そして同じ主の下に付いている蟻の鎧蟲であった。


その背中には刀、薙刀、槍などといった多種多様な武器が多く背負われている。体を動かすたびにそれが擦り合い鬱陶しい程金属音が鳴り続けるが、それでも秀吉は動くのを止めず、込み上げる苛立ちを発散していた。


「あー不愉快だ!私こそが信長の補佐役に相応しいというのに!」


選ばれなかったことより寧ろ勝家への嫉妬心の方が強く、先ほどから愚痴を零している。その様子は蟻の姿ながらも若い年代の人間を連想するもので、勝家と比べてまだ人の性格に近かった。


「糞ッ!ここは私の忠誠心を何か形で示さないと!勝家や光秀の野郎に遅れは取れん……ん?」


するとそこに蟻の足軽たちがやってくる。その手に握られている縄の先には人間の親子が縛られて連れ去られていた。少年の方は群がる蟻の化け物を見て涙目になり、母親はそんな我が子を守ろうとなるべくその近くに身を寄せている。


「……オイ、その毛無猿共は今日解体する分か?」


普通の鎧蟲に人間の言語を話す能力は無い、その為足軽たちは秀吉の問いに対し頷くしかなかった。寧ろ秀吉の口から自分たちと同じ言葉が出たことを母親は驚き、そして「解体」という言葉に身を震わせるのであった。

――その怯えようを見た秀吉の顔が、下劣な笑みへと変わる。





一方その頃、城の内部。畳敷きの大広間では鎧蟲の武将が腰を下ろし面を構えている。正確には座っている武将は2匹、後の面子はその後ろに立ち尽くしていた。

残っている席は1つ、煌びやかな模様が描かれた襖で囲まれたその大広間は独特な雰囲気に包まれている。


「――既に時刻は過ぎている、信長公はまた来ないのか?」


「先ほど秀吉様から、今しがた城内に到着したとのご連絡がありました。なので間もなくかと」


2匹の内、1匹は青い陣羽織を羽織り、正座をして背筋を狂いも無く伸ばしその男を待っていた。()()()()()()()の顔を構えふんぞり返る様子も見せず、いつまで経っても来ない待ち人に少々の苛立ちを覚えつつも、冷静沈着を装って待機する。


そして膝を曲げその背後から耳打ちする武将は、甲冑というより忍者の装束に身を包み、全身を黒で染め上げていた。背中からは4本の足が伸び、口当てで隠しきれてない箇所にはギラリと光る赤い眼が8つ並んでる。その姿はまさしく()()であった。


「ガッハッハ!『()()()()()()』様は未だに健在というわけか、お前もそう思わんか()()?」


すると謙信と呼ばれたバッタの武将に横から口を挟む者が1匹、同じように腰を下ろし胡坐をかいて堂々としている蜂の武将、赤い陣羽織でその存在感を更に強め、黄色や橙色など全体的に明るい色で象徴している。


その姿は蜂で鬼のような形相であったが、その口からは豪胆ながらも少々軽さを持つ声が出ていた。まるで他人を揶揄うような態度、低い声からは想像もできない性格であった。


()()……単純な貴様が羨ましい、とても上に立つ存在とは思えないがな」


バッタの武将「謙信」、蜂の武将「信玄」、そして謙信の下に付く蜘蛛の忍、3匹の武将がこの大広間に勢揃いしている。残りは2匹、しかし鎧蟲たちの全戦力がこれだけというわけでもなかった。


元々武将という名称は甲虫武者が作ったもの、正確に位付けをするならば謙信と信玄といった多くの足軽や弓兵を束ねる存在を「大名」、そしてその補佐役、もしくは軍団の幹部的存在であるのが「家臣」であった。この場合蜘蛛の忍者がその家臣の立ち位置であり、彼は謙信の部下というわけだ。


そして鎧蟲たちの頂点に立つのが「三大名」、謙信と信玄はその内2匹――つまり、この場にはもう1匹の大名がいるはずなのだ。

それこそが先ほどから名前の挙がっている存在、すると空気を読むかのように廊下に繋がる襖が勢いよく開いた。


「来たな信長……公?」


入ってきたその存在に視線を移すと、謙信も信玄も同じように目を丸くしその姿に唖然とした。

それでも「信長」は素振りを変えず堂々と大広間の中心へと歩き出す。その後ろには冷や汗を掻いた勝家が後についており、その補佐役を務めている。


言ってしまえば、鎧蟲しか存在しない世界において信長は何故か人間の姿に擬態しているのだ。長い髪を総髪にしまとめ、ただならぬ男気とカリスマ性を顔の全てで表している。

謙信たちが驚いている理由は信長が擬態していることもあったが、問題はその()()であった。


「の、信長公……その服は一体?喪服のようにも見えますが……」


「これか?先日勝家に使いを命じ手に入れた毛無猿の衣服だ!」


白い線が入った黒の服、その胸元には真っ赤なリボンが結ばれており下部分は両足が1つの筒に包まれている状態であった。

とどのつまり――人間の()()()()()を雄である信長が着ているのであった。


「中々良いぞこれは、股関が寂しい気もするがその分窮屈ではない!動きやすいし戦闘服としても使える!」


「か、勝家殿……これはどういうことだ?」


「申し訳ございません、信長様がこの服を着てこの会談に参加すると楽しみにしておられたので……このお方に忠誠を誓った身、逆らうことはできませぬ……」


勝家が青い顔をしていたのはこれが原因であった。元々彼らにとって人間――つまり毛無猿とは敵でもあり、その姿で敵の服を着るというのは一種の反逆と受け止められても仕方ないだろう。


信長と勝家が遅れたのは、慣れない服を着ることに手こずったという理由があり、それ程までに信長はセーラー服を着たかったのだ。


「そう言うな勝家、大義であったぞ!これで俺の蔵がまた豊かになるというものだ!」


「信長公!家臣を私情で動かすなと何度言えば分かる!それに神聖なる城に毛無猿の姿と服で入るなど言語道断だ!」


「ガハハハッ!そう言うなよ謙信、儂は悪くないと思うぞ信長!」


「お前は話が分かる男だな信玄、お前にも一着貸してやろう!」


いつの間にか静粛に話し合いが始まるはずだった大広間は、三大名による喧嘩で慌ただしいものとなる。そのきっかけは全て信長によるものであった。


そう、この男が信長。勝家や秀吉、そして光秀という3人の家臣を従え三大名の中でも一目置かれている存在でもある。自分のトップたちが子供のように騒ぐ光景を見て勝家は頭を抱えた。


「兎に角、今は現状について話すことが優先だ。勝家殿、先月の威力偵察の結果を知りたい」


「はい――僭越ながらこの勝家、己の眼で見たことをご報告させてもらいます」


取り敢えずその騒動は治まり、三大名全員が落ち着いて席に座ったところで会談が始まった。その内容は勝家が行った威力偵察の報告であり、自分たちと敵対する甲虫武者の調査でもあった。


「確認できた武者は4人、一刀流の白武者、二刀流の黒武者、太刀を持った黄色の武者、そして盾を持った橙色の武者です。そのうち白武者と黒武者とは交戦いたしました、まだまだ若く精神的には熟してはいませんが……かなり()()()()()かと」


「ほほう、4人の武者か……しかも勝家と交戦し生き残るか。それは果たして武者の熟練かお前の弱さ……どちらが原因であろうな?」


「ッ――申し訳ございません、独断でまだ狩り時ではないと判断いたしました。この勝家が負けることなどございません」


「聞けば私の兵も倒されたという……この目で一番の実力者を選んだつもりだったが……そこまでの力があるというわけか」


その報告は基本信玄と謙信という上司の板挟み状態で行われる。信玄の方は勝家の未熟さを責めているようにも聞こえるが、その本質はただ揶揄いたいだけである。それは勝家自身も理解しており、だからこそ不真面目にこの会議に参加する彼に嫌悪感を抱いていた。


(やはり、信玄殿は好かぬ……)


「その武者たちはどうする?俺が直接行った方が早いと思うが……」


「――信長様のお手を煩わせるまでもありません!武者共はこの勝家が討ち取ってみせます!」


「そうか?ではお前の次の土産は武者の首だ。白黒別れた2つの兜、楽しみにしているぞ」


「――ハッ!」


こうして英たち甲虫武者の討伐を請け負った勝家、自分の主から頼りにしていると言われたに等しいその言葉は、例え三大名を前にしようとも顔を破顔させるには十分なものであった。

それを傍から見ている信玄と謙信、信玄の方が詰め寄り話しかけている。


「この間討たれた長秀といい、信長は部下に恵まれているな」


「信長公の人徳あってのものだろう、一癖も二癖もある者ばかりだがな」





こうしてその会談は終わり、信長と勝家はその長い廊下を渡り帰ろうとしている。すれ違う蟻や蜂たちはその姿を見た瞬間端へと避け、2匹が通り過ぎるまで頭を下げている。


「ところで秀吉……あの猿は何も起こさず待機できているでしょうか?」


「猿でもお留守番はできるであろう。気持ちは分からんでもない、お前は信玄と同じようにあいつも嫌っているからな」


「……信玄殿に対し、そのようなことはありませぬ」


図星を突かれるも主に対しての否定は強くできない、若干小さくなった声でそれに答える。一応信玄を嫌っていることは否認したが、秀吉はその範疇ではない。

そうして外に出て城から立ち去ろうとする信長たち――が、入った際の状態とあまりにも違っていることに気づきその歩みを止めた。


「なッ……一体どうしたというのだ!?」


綺麗な庭園は真っ赤に染まっており、まだ新しい肉片が辺りに散らばっていた。その周りでは蟻の足軽がアタフタと慌てふためいており、中心には見覚えのある後姿が屈んでいる。


「――猿ッ!貴様何をした!!」


「おお信長様!!……と勝家様。長らくの会談、お疲れ様です」


すると秀吉も信長たちに気づき、その前方を2匹に見せる。背中こそ汚れてはいなかったが、前は返り血で赤一色となりそれに合わせて狂気じみた破顔を見せてくる。その笑みは先ほどの勝家と比べてあまりにも異常であった。


「この秀吉、会談を終えた信長様の御足が冷えていらっしゃると思い……貴方様の草履を、毛無猿の()()()()()()温めておりました」


そう言って信長に差し出したのは同じく赤色しか見せない1足の草履、それは今さっき殺したばかりの親子の血と体温で温められていたのだ。

そうして置かれる草履、人間や鎧蟲、どちらにしろ血まみれのそれを履くつもりなど微塵も思わないだろう。しかし――


「貴様……主君の履物になんと無礼なことを……!!」


「――プッ、アッハッハッハッハッハ!!!中々良い趣向ではないか猿!貴様の忠義、有難く足の裏で感じるとしよう!」


信長は血と肉でぐちゃぐちゃになった草履を履き、高笑いをする。その不気味な笑い声は、異色の空へどこまでも響いていくのであった。

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