44話
よしッ……倒せた!俺はそんな達成感と共に勝利の雄たけびを上げようとする。しかし自分の喉が刺されたことをすっかり忘れ、出たのは勇ましい声ではなく大量の血であった。
目の前に倒れたイナゴの死骸、そしてその向こう側に面義は着地する。できれば称賛や感謝の言葉を口にしたかったが、生憎じゃこの喉じゃそれもできない。
その死骸を痣で吸収すれば治り解決する問題だろう、しかし面義にとってこれは大金を得るチャンス、その金にがめつい性格上俺の怪我の治癒の為に譲るとは思えない。
それに背中の傷だってまだ治っていなかった。仕方ない、大事なチョコバーを忘れた俺の自業自得だ。このまま何とかカフェに戻ろう。
そう言えば向こうの方の虫の知らせも無い、ということは黒金もなんとか勝利を納められたのだろう。後はこのまま帰るだけ、そうしてこの場から立ち去ろうとする。
肺が酸素を求めている、しかし口と鼻で吸った空気の殆どは喉の穴から漏れてしまう。もうその穴で呼吸していると言っても過言じゃなかった。
本当にこのまま帰れるのか、そんな心配をしていると、面義に呼び止められた。
「――待てよ」
「……?」
返事をしようにも声が出ない。仕方がないので振り返りその視線だけで自分の疑問を訴える。すると面義は刀を高らかに翳したと思うと、自分の足元に転がっているイナゴの死骸を腰を境に斬り落とした。
「――ッ!?」
そうして2つに分かれた内、下半身の方を俺に向かって投げつけてくる。一方上半身の方は面義がそのまま抱えた。
この下半身は、まさか……
「やるよ、それで治しな」
そう言われると、頭で考えるより先に体が動いた。何故だろう、瀕死の時に鎧蟲の死骸を見ると、体が本能的に動く。さっきの蟻の死骸の時もそうだった。
兎にも角にも、俺は右手の痣でイナゴの下半身を吸収し喉の傷を治す。おかげで背中は未だに完治していないが、そこさえ治れば十分だ。
「ガハッ……ゲホッ……!」
瞬間、喉の奥で詰まっていた血が一気に口へ押し寄せ咳き込んでしまう。しかしその苦しみも次第に無くなり、いつも通りとなった。
それを見届けた面義は、そのままイナゴの上半身を持ち背中を向けて歩き出す。今度は俺があいつを呼び止めた。
「待てよ!……何で俺にくれたんだ?」
「……」
面義にとって鎧蟲は商品、それをより高値で売るために極力傷を付けないよう戦っていたのに、あまつさえそれを分断させるなど台無しとかいうレベルじゃない。
人の命より金を優先すると宣言した面義、しかし今は俺を助けてくれた。その矛盾の行動に、俺は聞かずにはいられなかった。
「言っただろ、借りは作らない主義だって。俺はお前に二度も助けられた、さっきの分と合わせてそれでチャラだ」
「でも良いのか?……ってもう食っちまったけど。新種の鎧蟲を俺に譲って……」
「まぁ、このイナゴが足軽クラスならこれからも出現するだろう。後回しになっただけだ」
――やっぱりだ、面義は金の為ならなんでもする男。だけどその金銭欲に自分の魂までも売ったわけじゃない、今の言葉が照れ隠しにも近い誤魔化しであることは俺でも分かった。
俺はこいつを悪人と見られない。同じ甲虫武者だから当然かもしれないが、黒金や師匠が言うような人間とは思えないのだ。
「……今度は俺が質問する、何で俺を助けた?お前と黒金って奴は俺を敵に思ってたんだろ?」
「いや、俺にはどうもお前が敵とは思えない。それは黒金だけの考えだ」
「ハッ、そいつはどうも」
「だけど……俺の戦う理由は『人を守るため』だ」
喉も治ったことだし、自分の正直な気持ちを口にしよう。確かに面義は俺たちの味方じゃないかもしれない、だけど敵でもないと俺は思う。黒金の野郎がただ警戒し過ぎているだけで、そこまで悪い奴には見えなかった。
――俺は面義に対し何を求めているのか?そんな疑問を以前会った時に感じたことがあった。その答えは……守りたいからだ。
「俺は、復讐とか金みたいにハッキリとした目的があるわけじゃない。あいつみたいに鎧蟲に恨みを持っているわけでもなく、お前のように金がどうしても欲しいとかいうわけでも……いやそれはちょっとだけあるかも」
「……」
「ただ……俺にとって一番大事なことは人の笑顔を守ることなんだ。だからそれを壊す鎧蟲と戦うし、お前や黒金が危険になったら助ける。俺は――皆の鎧になりたいんだ!」
外から迫りくる外敵や攻撃から人々を守る存在――『鎧』、俺の硬い鎧は自分を守るためだけじゃなく、平和で苦しむ必要のない人間も守る!
つまり、自分から鎧蟲に挑むわけじゃない――鎧蟲が現れたらこの鎧を纏う、そんな戦士を俺は望んでいた。
「……俺たち甲虫武者は、鎧蟲狩りでもなければ誰にも感謝されないし何の謝礼も貰わない。自分には何も残らないんだぞ?」
「構うもんか」
別には俺はお礼とか信頼とか、知名度のために戦っているわけじゃない。なので面義のその問いに対しては今更としか思えない。
金とか復讐目的を一概に駄目だとは否定できない、だけど俺の戦う理由はそれだけでそれ以上に何もない。
「あ、そうだ!俺の働いている店、カフェ・センゴクって言うんだけど良かったら来てくれよ!」
「そんな余裕ねぇよ、まぁ気が向いたらな」
去り際に店の宣伝をするも、貧乏を自称する面義にとってカフェというのは目上の存在、俺も初めてあの店に来たときは「自分とは住む世界が違う」と思ったので無理もないだろう。
「絶対来いよ!俺が奢ってやるからなー!」
そう言って俺は面義の背中に向かって腕を振り、それでも店に来るよう促すことを大声で叫ぶ。俺の言葉を受け取った瞬間、「ピクッ」となったあいつの耳を俺は見逃さなかった。
こうして面義との共闘は終わった。新たに加わった甲虫武者の仲間――とは言えないだろう、しかし頼もしい男であることは確かだ。
そんな英と面義の光景を、遠くから眺める存在がいた。漆を塗られて黒光りを見せる遠眼鏡、そこに視線を通しじっくりと遠くの景色を視覚に届けていた。
それを手に持つ人物は、緑の和服に身を包む1人の老人。いや、この場合は1匹と言った方が良いだろう。
「フム……盾を持った武者か。新たな仲間を手に入れたか白武者」
そう、その男の正体はかつて英と黒金が戦ったトンボの武将「勝家」であった。鎧蟲の姿を人間の姿で隠し、こうして甲虫武者が持つ虫の知らせから逃れているのだ。
山の上から遠眼鏡で英と足軽の様子を傍観し、威力偵察を行っていた。当然虫の知らせにも反応しないし視界内にも入っていない、絶対にバレない場所なのだ。
「謙信殿に部下をお借りしたが……それを倒すか、どうやら我の想像以上に力を蓄えているようだな」
そしてイナゴに勝利を納めた英を見て、以前自分と戦った時より強くなっていることを確信し、その事実に頬を少しだけ緩ませた。
勝家は楽しみなのだ、英たち甲虫武者がより強くなり自分の前へ立ち向かうその時が。
その衝動は、虫とはいえ人間の感情に近く、闘争心が心の奥底でグツグツと煮えたぎっていた。いつの間にかその手には力が込められ、頑丈なはずの遠眼鏡は握り壊されてしまう。
「――近い未来、我は再びお前たちの前に姿を現すだろう。楽しみにしているぞ……血沸き肉躍る戦場で、刃を重ねるその時をな」
そう言って勝家が指を鳴らすと、鎧蟲の世界と繋ぐ蜘蛛の巣が現れる。そして不敵な笑みを浮かべながらその中へと消えていった。
『橙陽面義と共闘した……!?本当に馬鹿だなお前は……』
「別に良いじゃん!それで鎧蟲は倒せんたんだからよ」
帰りの道中、俺は黒金の安否が気になりスマホで通話をかけてみる。一応心配してやったのにこの言い草、有り難みというのが無いのかこいつは。
『後ろから刺されてもおかしくはないんだぞ、もっと警戒したらどうなんだ』
「……俺には、面義がそんなことをする奴とは思えない。だから信じる!」
『単細胞馬鹿め……まぁいい、そっちにもイナゴの鎧蟲が現れたんだな?』
「ああ、1匹な。そっちもか?」
そして俺の予想は当たったらしく、黒金が向かった方にもあのイナゴの鎧蟲は現れたという。ここに来て新戦力、面義のメンガタクワガタという存在が追加されたように、向こうにも新たな力が加わったということだ。
『このままいけば、更に戦力は増強されていくだろう……つまり、奴が出てくる可能性も高いという訳だ』
「……勝家か」
その話の途中で出てきたのは、鎧蟲を束ねる存在である武将、その1匹である勝家の名だった。確かにここ最近の鎧蟲たちは明らかに俺たちを倒すために強い編成でこちらの世界へとやってきている。つまり黒金が何を言いたいのか、このまま順調に倒していけば勝家や他の武将を誘き寄せられるということだ。
『――次こそは、奴を倒すぞ』
「ああ……それにしても、本当にスマホって便利だな!お前と顔を合わせずに話せる!」
『どういう意味だそれは!!』
こうして電話越しでも始まる俺と黒金、しかし黒金の言う次とは、案外早く来るのであった。




