43話
初対面は良好、しかし意見の衝突で険悪となっていた面義との仲だったが、今はこうして鎧蟲に並んで対面していた。イナゴの足軽は今更になって連携しだした俺たちを警戒している。
「盾になると言うが……その傷で大丈夫なのか?」
「多分……お前こそ腹の傷はいいのか?」
けどこうして意気揚々と対峙しているのはいいが俺も面義も奴から攻撃を受け致命傷を負っていた。俺は背中の翅部分、こいつは腹部に穴が開いている。
回復しようにもドジのせいでチョコバーは忘れ、蟻の死骸を吸収しようにも面義がそれを認めってくれなかった。
「何とかな、でも盾が無いと俺もただの甲虫武者だ。まずはあれを取り返すぞ」
そう言って面義が差したのはイナゴの後ろの水面、何も無いように見えるがその底にはその盾が沈んでいた。
さっきイナゴに奪われたものだ、確かに面義の攻撃の全般はあの盾によって行われていた。それにこいつの防御面は殆どあの盾頼りだろう。言わば盾こそが面義の要であった。
「じゃあ俺がイナゴを抑える、お前はその隙に!」
「なるべく目立つ傷は……って今更無理か」
「当たり前だ!どんだけ金が欲しいんだお前は!」
「死ぬほどだ!」
まだイナゴをほぼ無傷で倒そうとしている面義に怒りを通り越して呆れ、そのがめつい金の欲求を訴える。この喧嘩の感じは黒金のとほぼ変わりないが、面義との言い争いは何故か爽やかな気分になっていた。例えるなら同い年によるおふざけのようだった。
多分性格や境遇など似てる部分があるからだろう、確かに面義の金銭欲は理解しがたいが、けど少なくとも黒金の野郎よりかは話が分かると思う。
イナゴに勝つ自信が、どんどん湧いてきた。
「しゃあ!!行くぜぇ!!」
兎に角今は面義に盾を回収させるのが最優先だ、俺は背中の痛みを堪え雄たけびを喉から捻りだす。
向かう先はイナゴ、単身で奴へと突っ込んだ。
「おらぁ!はぁあ!!」
まずは俺から斬りかかり薙刀の刃とぶつかり合う。金属音に耳を逸らし、奴の斬撃に対し体を反らして躱す。
刃が鼻に当たりかけ、もう少し遅ければ鼻が斬り落とされていただろう。
「このッ――らぁあ!!!」
するとイナゴは体を器用に曲げ、間髪入れずに次の一太刀で畳み込んできた。
俺はそれを籠手でガッシリ受け止め、カウンターとして今度は俺が刀を振るも避けられ、脚力で一気に距離を取ってきた。
――逃がすか!
「グラントシロカブト――白断ちィ!!」
「ギガッ――!?」
俺は刀を水面に引きずり、そのまま走り出して渾身の一太刀を炸裂させる。下から斜め掛けの斬撃がイナゴの体を裂き、水飛沫と共に緑の鮮血が打ち上がった。
今のうちに盾を――!
「――ッ!」
俺が視線で面義に訴えるとあいつもその意図を汲み取り、自分の盾が沈んでいる場所へと走り出す。面義が盾さえ回収すればこの状況も良くなるはずだ。
上手く行った!――そう思った刹那、イナゴが高速で俺の横を素通りした。
「――ギギッ!」
「しまッ――!」
そして面義が盾を拾い上げようとした瞬間、その場にイナゴが突っ込んでくる。爆発でも起きたかのような衝撃が走り、面義と盾はそれぞれ別方向へと吹っ飛ばされてしまう。
「うごわッ!?俺の――盾!」
水面に叩きつけられる面義、しかしすぐに起き上がり遠く離れた盾へと翅で飛んで行く。その手に我が盾を取り戻そうと必死に手を伸ばした。
しかしその背後から、イナゴの魔の手が襲い掛か――
「――させるかぁ!!」
「英ッ!?」
その横からボロボロの翅で何とか追いつき、面義の体を前に押し出す。そして代わりに俺がその薙刀の一撃を受けた。しかも運が悪いことに背中を見せており、元からあった傷に再び刃が刺しこまれる。
「ガハッ――!!」
一瞬意識が遠ざかるような激痛、そこから尋常じゃない量の血が流れるも、川の上を転がってその一部となって流れていく。俺の綺麗な白い鎧は泥の汚れと鮮血の赤で穢れに穢れ、誰がどう見ても瀕死に見える状態となった。
「うが……ッア……!」
血が喉に詰まりかけ何度も咳き込み、その度に水が口の中に流れ込んでくる。川の中で仰向けになりサッパリとした雰囲気で見上げる光景は、澄み渡った青空ではなく汚い橋の裏、そしてその隅にはこちらに近寄ってくるイナゴの姿。
もう駄目だ……殺される、最早起き上がることも困難で立てたとしてもすぐに葬られるのは目に見えていた。
それでも俺はこいつを倒さないといけない、もし俺がここで死んだら、大勢の人がこいつに襲われる!
(動け……俺の体……動きやがれ……!!)
俺は諦めない、血眼になった落ちた刀を握ろうと手を伸ばすも全然届かない。やがて、イナゴがすぐそこまで迫りこちらを見下してきた。
そうして俺の顔面に向かって薙刀を突き刺そうとしたその瞬間――横から伸びてくる髭の塊によってイナゴは吹っ飛ばされる。
「面……義……!」
「しっかりしろ!このッ!」
薄れる視界の中で見たのは決死の表情で俺を守る面義の姿、盾で薙刀の突きを受け止め髭を駆使し俺たちからイナゴを突き放していく。
そして髭はあらぬ方向へと伸び、何かを俺の前まで運んできた。細かい肉片の山、それは蟻の死骸であった。
「……ぐッ!」
それを見た瞬間、俺は意識が真っ白になり無意識のうちにその死骸へ手を翳す。まるで体がそれを求めるような本能に支配され、面義の承諾も聞かず痣でそれを吸い上げた。
「うがッ!ハァ……ハァ……危なかった!」
それにより完治とはいかないが背中の傷が幾分マシになり、意識もしっかりして起き上がれるようにもなった。もう少し遅ければ本当に死んでいたかもしれない。
それにしても、今の蟻の死骸はつまり面義が俺に譲ってくれたということだ。鎧蟲狩りで稼ぐことしか考えていないはずのこいつが何故俺にその商品とやらを譲ってくれるのか、面義は何も言わずに背中を見せてくる。
「何で……蟻の死骸も売る気だったんだろ?」
「……俺がこの盾を取り返せたのもお前のおかげ、そしてその傷は俺のせいだ。借りはなるべく作らない主義なんでね……利子が増える前に返しただけだ」
照れ隠しなのか、面義はこちらに一切顔を見せずそんなことを言ってくる。こんな状況にも関わらず、俺はその一言にフッと笑みを零してしまう。背中の痛みなんか綺麗さっぱり消えてしまった。
――面義と仲間になれるかどうかと不安になっていた自分が馬鹿らしくなってくる。俺は込み上げてくる笑いを一切隠さずその横に並び立ち、その肩に手を置いた。それは面義を引き留めるためじゃない、共感を得て「共に戦おう」という意思を示すためだ!
「利子なんか付けねぇよ……計算がめんどくさいからな!」
「フッ、やっぱりお前……馬鹿だろ!」
もう迷うことはない、心配することも無い。今まで何度も面義とぶつかってきたがこうして揃ってイナゴへと敵意を見せる。終わりよければ……何だっけ?
まぁ兎も角、これで思う存分戦えるわけだ!
「ギッ……ギギィ!!」
「――行くぞぉ!!」
「おう!」
イナゴの怒号に返すかのように俺たちも喉の奥から声を上げ、水に足を取られながらも走り出す。
そしてその目前まで迫り、ほぼ同時に刀で斬りかかった。
「おらぁあ!!」
「せいはッ!!」
それに対しイナゴは薙刀を横にして同時に防御し、そのまま2本の刀を薙ぎ払う。そのせいでがら空きとなった俺と面義の懐をすぐさま奴の刃が狙ってきた。
そこで姿勢を咄嗟に直し俺は右、面義は左と二手に分かれて回避。そのまま左右に回って包囲する形となった。
まずは左側に回った面義が仕掛ける。刀と盾によるバランスのある攻守はイナゴと真正面から挑んでも一切引けを取らず、それどころかガッシリとした盾による防御は面義に恐れというものを受け付けなかった。
「俺の盾は、誰にも破れねぇ!」
それはイナゴの突進力を前にしても変わらず、逆に衝撃波を出してカウンターを入れる。面義の言葉は虚勢でも嘘でもない、寧ろ盾単体なら俺の鎧より防御力があるかもしれない。
「――やぁあ!!!」
「ギャッ――!?」
イナゴが態勢を崩している間、その隙にと俺が後ろから襲い掛かりその脇腹を切り裂く。そしてその後に殴るように追撃を加え更なるダメージを与え、再び面義と並び立った。
「メンガタクワガタ――鰌踊りッ!!」
憤怒を表すイナゴはそのまま俺たちに迫ってくるも、面義が不思議な構えによる斬撃でそれを迎え撃つ。
その斬撃はまるで荒れ狂う海の波のように曲がりくねった軌道を見せ、奴の体を切り裂くと同時に右へ左へと押し流す。刀というよりかはまるで鞭のようにしなやかな斬撃で、イナゴに退避の隙を与えない。
その様子は名の通り本当に踊っているかのようにも見える。見てるこっちが混乱してくる技に俺は少し感銘していた。
「よし、俺も新技見せてやる!グラントシロカブト――!!」
俺も負けてられない、そう思い吹き飛ばされたイナゴの下まで走り出し刀を構える。そのまま真っ直ぐ走り出すと思いきや、右足を前に出しそれを軸とし、まるでコマのように回転し始めた。
「――浄竜巻ィ!!!」
そのまま回りながらイナゴの体を切りつけ、まさしく竜巻、もしくは台風のようにその横を通り過ぎる。遠心力に身を任せた渾身の斬撃は余程深く入ったのだろう、悲鳴に近い声を上げていた。
要するに回転切りである俺の新技「浄竜巻」、本来なら群がった雑魚を一掃するためにと考案した技だが、単身相手にも十分使えるようだ。イナゴは今の一撃で更に上へと打ち上げられた。
「しゃあッ!!上手くいっ――!」
「待て!油断するな!」
新技が華麗に決まったことに喜びガッツポーズをしようとしたその瞬間、空中に身を任せていたイナゴに異変が起きる。
バッ!と背中が開き現れたのは翅、そのまま一気に加速しこちらへ突っ込んできた。
「うおッこいつ飛べんの――かぁ!?」
「危なッ!!」
脚力に加え翅の羽ばたきによって更にスピードを増したイナゴ、俺たちの横を通り過ぎると同時に斬りかかり、あっと言う間に後ろへと移動していた。
そして一度着地してから飛び、飛んでから着地を繰り返しスピードで押し切ってきた。あまりの速さにどうすることもできず、俺は顔を隠し背中を見せないようにし、面義は盾で前方を塞ぐことで防いでいた。
「ッ――!どうすんだ、いよいよ追いつけなくなったぞ!」
「いや――あいつのスピードには隙がある!」
防戦一方となりひたすら攻撃を耐え続ける俺、しかし面義はこの僅かな時間でその打開策を見つけられたようだ。
「あいつは一度地面に足を置いてから加速している、蜂の弓兵のようにずっと飛んでいられるわけじゃないんだ。つまり、奴が地面を蹴り上げる瞬間を狙えばいい!」
「そっか……じゃあ、俺に任せてくれ!」
要するにあいつの動きを見極めればいいのだ、しかしたださえ目で追うのもやっとだというのにこの速さを止めるというのは難しいことだろう。
そこで俺は刀を構え――目を見開くと同時に一気に振る!
「グラントシロカブト――猛吹雪!!」
そしてできるだけ全方向に斬撃を飛ばすようにし、イナゴに攻撃を放つ。
確かに俺たちの周りを飛び交う高速状態のイナゴを斬り落とすのは無理だろう、しかし面義の言う通り奴は着地時に一休み置き、そしてこちらへ突っ込んできていた。
その瞬間を狙い、斬撃が立て続けにイナゴの体へ向かっていく。奴の連続攻撃はこうして打ち破られる。
(おッ……もしかして猛吹雪と浄竜巻、合体できんじゃね?)
すると俺の脳内にインスピレーションが急に舞い降りて、猛吹雪と浄竜巻の合体技のアイディアを提案してきた。
こう――回りながら斬撃を放って四方八方を攻撃する感じで……
「よっしゃ!メンガタクワガタ、翁呪樹ッ!!」
そんなことを考えていると、俺の横を伸びる髭が素通りする。
先には空中に投げ飛ばされたイナゴ、そのまま蔦のように巻き付き、その翅を勢いよく地面に擦りつけた。
「よし――これでもう速くなれないだろ!」
結果イナゴの翅はズタボロの穴だらけとなり、使い物にならない状態になる。面義のおかげで翅による加速は不可能になった、後は――こいつをぶった斬るだけだ!
勝利は目前、そう思った矢先にイナゴは脚力だけで加速する。火事場の馬鹿力という奴なのか、さっきよりも格段に速くなっているような気がした。
向かう先は――面義、風のように俺を通過しその薙刀を突き立てる。
「そんなもん、吹き飛ばしてやるよ!」
それに対し面義は盾をガッシリと構え、その刃先が触れる前に衝撃を打ち出す。イナゴの体は後方へと吹っ飛ばされる――かに思われた。
「なッ――耐えて突っ込んで来た!?」
なんとイナゴはあの衝撃波の中を突き抜けたのだ。俺もあれを受けた身だから分かる、例えるなら台風の突風に吹かれるようなものだ。
それを真正面から受け止める、ましてや抵抗して突き進むなんてことはとてもじゃないができないことだ。
しかし凄まじい脚力から来る勢いなのか、現にイナゴはこうして面義の目前にまで迫ってきてる。
そして、薙刀で下から斬りかかった。
当然面義は盾でそれを防ごうとする。しかし刃はその下から潜り、そのまま盾を上の方に弾いた。
「しまッ――!」
がら空きとなったあいつに襲い掛かろうとする薙刀の刃先、ギラリと光りどれだけ鋭利かと物語っているそれが、面義の顔まで迫る。
まるでスローモーションのように刃が届き様子を、俺は後ろから眺めている。
ただ眺めているだけか?――違う盾が上空に打ち上げられた時から、俺の足は動いていた。
「――ッらぁああ!!!!」
そしてその間に割り込み、差し向けられる薙刀を両手で握って止めようとする。
けど咄嗟に移動し踏み込みもできてない状態で奴の突進を受け止めることはできず、少しばかり抑えることはできたが、その刃先は俺の首元に突き刺さった。
「あがッ……アッ……!」
「――英!お前……!」
かつてない痛みが血と共に喉全体へと広がり、その傷穴から情けない様子で出血していく。当然それは逆流し口からも溢れた。
幸い両手で握ったおかげか貫通することはなかったが、それでも喋らなくさせるには十分で声を出そうにも全てその穴から漏れてしまう。
だから俺は、震える右手の人差し指で上空を指した。
「ッ!はぁあッ!!」
その意図を分かってくれたのか、面義はそのまま飛び上がり投げ出された盾を回収、そしてそれを下に向けイナゴへと降下する。
イナゴも面義の次の一手を予測し、急いで退避しようとした。しかしその前に、刀で腹を刺されて動けなくなってしまう。
「ガハッ!サ……マァ……ヒオ……!」
「――ギッ!?」
俺が刺したのだ、勿論薙刀を抑えている腕の1本を離したためその分敵の刃が俺の首に深く突き刺さってくる。
このままだとマジでやばいだろう――だがその心配は無用だ。俺が死ぬ前に、面義が落ちてくるのだから。
「メンガタクワガタ――般若之牙ッ!!!」
そうして面義の盾から多くの牙が乱立し、真下のイナゴへと突き刺さっていく。野太く鋭いそれは奴の体を貫通させるには十分なもので、あっと言う間に串刺しへと変貌させてしまう。
「ギッ……ギ……ア……!」
緑色の鮮血をそこら中から噴き出し、短い断末魔を上げながら息絶えるイナゴ。その死骸はドサリと崩れ去り、清めを求めるかのように川の中に潜った。
できれば俺も崩れたかった。だけど今倒れたら本当に死にそうだから止めておこう。




