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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第五章:盾武者の宣戦
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41話

「英さん?」


「……」


「――英さん!」


「のわッ――あぁ!」


手に流れる鋭い冷たさ、そんな痛みを感じない程に今の俺の精神は夢の中へと消えていた。寝ているわけじゃない、意識はちゃんと保っておりこうして皿を持っている手には力がちゃんとある。

しかし自分を呼ぶ伊音ちゃんの声に気づかず、ようやくそれを自分の耳から脳まで届いたところでハッとし、思わず持っていたそれを落としてしまう。高い音と共に皿が床の上で割れた。


「ごめん!今片付けるから!」


「あ、手で拾うと危な――」


「ギャー!手ぇ切れた!」


それにより一気に動揺してしまう慌てて手で破片を拾おうとしてしまい、結果その手を怪我してしまう。今更腹に穴開けられたりしてる奴が何を言ってるんだと思うが、予期せぬ痛みは例え甲虫武者だろうが効く。

その後ちゃんと片付け、俺は角砂糖を1つ食べてその傷を回復させる。これくらいの小さな傷ならチョコバーでなくとも十分に再生できるらしい。


「あー英さん!焦げてる焦げてる!」


「え――あっ、ホントだ!あーあ……」


その次はフライパンで焼いていたパンケーキを見事に焦がしてしまい台無しにする。フワッフワになるはずだった生地は黒ずんでとても食べられそうにない。

俺のドジはここだけに終わらず、それからもずっと失敗してしまう。転んでお冷を客にかけたり、注文を聞き間違えてしまうなど、もう数えきれない程の失敗を繰り返した。


「なーんか今日はやらかしてばっかだなぁ……」


「やっぱり、この間の面義さんって人のことで悩んでいるんですか?」


俺は度重なる自分の間抜けさにウンザリし、客がいなくなったところで机の上に項垂れる。そんな俺を慰めてくれるのか伊音ちゃんがコーヒーを入れてくれた。俺の入れるものとは段違いの美味さだ。

そしてそのコーヒーを出すと同時に彼女はそんなことを聞いてきた。面義のことか……そうじゃない、と言えば嘘になる。


「……俺さ、面義やその組織が敵かもしれないって聞いた時……何だか怖かったんだ。何がそんなに恐ろしかったのか分からないけど……兎に角、それがずっと頭の中にある感じ」


「それは……面義さんが怖いってことですか?」


「……多分違う。あいつ自体は怖くない……はずなんだ、なのにこうして心の中で何かがつっかえてる」


自分でも訳が分からないことを言ってるのは自覚している、だけどこうしてまるで心にすっぽり穴が開いてしまったような気分だった。俺は一体何に対し恐れているのか、ここまで悩んでいるのか、それすら分からないのでどうしようもなかった。

同じ甲虫武者なのに襲ってきた面義を怖がってるのではない、だとしたら黒金と出会ったばかりの時も争っていた。それにあいつの性格自体はそこまで悪くないように感じていた。


(兎に角、もう一度あいつに会わないと何も始まらない。連絡先でも聞けば良かった……)


取り敢えず俺の悩みや甲虫武者のことにおいても、まず面義に会って話を聞かない限り何も始まらない。だけど俺とあいつはこの間知り合ったばかりの身、連絡先どころかどこにいるのかも分からなかった。

何かあいつが行きそうな場所でもあれば……馬鹿!だから知り合ったばかりだから何も分かんねぇんだよ!


(あー……俺ってホント馬鹿……)


さっきの連発ミス、今さっき自分で考えたことを忘れる脳の無さ、自分の馬鹿さ加減に俺は腕の中で失望した。適当に街を探しても見つかるとは思えない、もしかしたらおやっさんの八百屋にまた来てるかも?いなかったとしてもあいつは十分目立っていた、どこかで目撃した人がいるかもしれない。店が閉まった後、試しに探しに行こう。





「伊音ちゃん!俺このまま面義を探しに行くから今日は晩御飯いらないや!じゃあお疲れ様!」


「お疲れ様です!気を付けてくださいね」


英はそのまま店を出て、伊音はその背中を見届ける。後ろでは帰ってきた鴻大が色々と店の準備をしていた。その背中を見ながら、伊音は昼間彼が自分に打ち明けた悩みについて考える。

確かに甲虫武者ではない自分では何の役にも立てないかもしれない、だけど自分にできることを探そうと決意する。試しに自分の父親にも相談してみた。


「お父さん……英さんが面義さんのことについて何か悩んでいるんだけど……何か分からないかな?」


「え?あいつがか……そう言えばこの間も何か変だったよな。うーん悩むタイプじゃないと思ってたんだが……」


一応自分の知り合いの中では鴻大(ちちおや)が一番の年長者だ。それから来る信頼感はガッシリと固められたものであり、そもそも彼女のような若い人が自分の親に頼るのは必然と言っても過言ではない。

伊音は英が話したことをそのまま鴻大に話した。その反応はウーンと唸り黙り込むだけで、しばらくしてようやく口を開く。


「それは多分、そんな組織が存在してることについて怯えてるんじゃないのか?」


「……どういうこと?」


「こう言っちゃどうかと思うが、あいつは単純だろ?だからその分純粋で()()()()()()()()。例え憶測の話でも甲虫武者同士が敵対するなんてことを信じられないくらい……だから、人を守る以外で戦う甲虫武者の思想と自分との差を怖がってるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()……ってな感じで」


「……それだけで?でも……誰だってそんなこと思うかもしれないのに……」


ハッキリ言って伊音でも人を守る以外で力を使う甲虫武者の存在は予測していた。何も人類皆正義感に溢れているわけでもない、ましてや他人の為に命懸けて戦う人間なんてそういない。絶対とは言い切れない、だけど甲虫武者の力を悪用する人間は誰しも思うはずだ。


「それぐらい英は純粋なんだ。黒金と初対面の頃だって、人助けより己の復讐を優先するあいつを疑問に思っていた。鎧蟲と和解しようとするのもそれが理由、奴らと分かり合えるってことを信じて疑わない」


「……うん」


それについては、伊音は英本人から相談を受けそれを若干肯定したことがある。なので鴻大の言葉に強く返事ができなかった。

鎧蟲との共存は下手したら一番厄介な問題かもしれない、長年戦ってきた鴻大や黒金からしてみればそれは絶対に不可能なこと。しかし英は言葉さえ通じればいつかは分かり合えると信じている。鎧蟲と死闘を繰り広げてきた者からすれば無謀で夢見がちな話、何の関係もない他者から見れば甲虫武者と鎧蟲との仲を一新する素晴らしいアイディアにもなる。


()()()()()()、英という男は誰よりも純粋、下手したら子供よりも。俺はそれを……少し危ないと思っている」


「……え?」


鴻大の珍しく深刻そうな声とその内容に、伊音は思わず声を漏らしてしまう。英の純粋さが一体何をもたらすのか、果たしてそれが善なのか悪なのか、それを知る者は誰もいないだろう。





「おー坊主か、この間の奴?あーいないな」


「そっか……サンキューおやっさん!ところで……今日なんか客少なくない?」


その後俺はあの八百屋に寄ってみたが、面義の奴は来てないらしい。あいつの名前を出した瞬間、おやっさんは分かりやすい程を顔をしかめる。やはりあそこまで値引きを要求されたらトラウマにもなっているのだろう。

だからといってこの人は嘘をつくような人間じゃない、どうやら本当に面義は来てないらしい。


そしていつもなら客で賑わっているはずの八百屋が静かであることに俺は気づく。野菜もいつも通り安くなっているはずなのに、面義どころか押し寄せる主婦もいない。一体どうしたというのか?


「あー多分これだな……」


「チラシ?……タイムセール」


そう言っておやっさんが見せてきたのは1枚のチラシ、そこにはここの野菜よりも格段に値引きされている食品の一覧が描かれていた。綺麗に彩られたそれはとても目立ち多くの人の目に入るだろう。


「近くのスーパーでやってんだ、おかげで全然客が来ないよ」


「――それだ!ありがとおやっさん!」


ここに面義はいなかったが、その足取りは大体分かったような気がした。おやっさんにお礼を言い俺はそのスーパーへ走り出す。

あそこまで金にがめつい男なら、そのタイムセールも当然把握しているはずだ。ならばそこにいる可能性が高い!チラシによるととっくにセールは始まっている、急がなければならない。


そして俺はそのスーパーへと辿り着き、主婦の皆様で形成された人の壁から顔を出す。驚くくらいの大盛況、中には既に買い物を終えたのか、自分の成果に喜ぶもの、望む物が変えなくて落胆している者と大きく2つに分かれていた。

最初から参加しているものはもう帰ろうとしている、あいつのことだから最初から列に並んでいたに違いない。つまりもう帰っているかもしれない。


「――あ、いた!」


しかし天が味方してくれて無事にあいつの姿を見つけられた。あのオレンジ色の髪は人ごみの中でも非常に目立ち、その間を通り抜けて面義の元まで急ぐ。嬉々とした表情で大きな買い物袋を持つそいつを肩に手を置いて止めた。


「うわビックリした!この間の……確か英だっけ?」


「ハァ……ハァ……ちょっと話を……!」


何とか彼を捕まえることに成功、向こうも俺の名前を憶えてくれていたようだ。取り敢えず思う存分話せるように人目の無い場所へと移動させ、面を向かった会話を始める。


「お前もあのタイムセール狙いか?なら最初から並ばないと……」


「いやそうじゃなくて、お前に聞きたいことがあんだ!……鎧蟲の死骸の売り先、それについて!」


「売り先……?何だ、お前も()()()()すんのか?」


どうやら面義が行っている仕事は「鎧蟲狩り」というらしい、いや名前なんてどうでも良かった。問題はその鎧蟲狩りを誰の名の下で行っているのか?その組織の名前は?知りたいことは沢山あった。

面義はどうやら俺が鎧蟲狩りに興味があると思っているらしい……()()()()()()。でもこれで「はい」と答えれば何か教えてくれるだろうか?


「残念だがもう募集はしてないらしい!向こうにも()()()()()()()()()()からな、俺みたいな外部の存在を必要以上に雇う必要は無いんだと」


(やっぱり……武者の仲間もいるのか!)


俺にしては上手い誘導ができた。これで組織の存在、その中に甲虫武者はいるのかというのが判明した。後は名前と何をしているのか、それさえ聞き出せれば完璧だ。黒金が社長という動きやすい立場で色々と調べてくれるだろう、地位的な意味であいつ以上に頼れる男はいない。


「ど、どんな連中なんだ!?詳しく聞きたいんだが……」


「まぁ諦めろって!俺も商売敵は作りたくないし、それにあまり口にするなと言われてるんだ」


「そうなのか……じゃあさ、鎧蟲じゃなくて……()()()()()()()()()時もあるのか?」


しかしある程度の口止めはされているらしい、そう簡単には教えてくれないという意味か。ならば、俺が一番恐れていることを聞いてみよう。

その組織が何のための鎧蟲の死骸を求めるのか、それは大体目途が立っている。その為に甲虫武者の体も欲しがっているのかどうかが知りたかった。


「――お前、さてはあの人たちの目的が研究ってことに気づいてるな?」


「――ッ!!」


面義にそんなことを聞かれ、心臓が一瞬高鳴った。探っていることがバレたのか!?あくまで鎧蟲狩りがしたい人を装っていたが、流石にグイグイ聞きすぎてしまったか。

だけどその表情は笑っている、どうやらこちらの意図には気づいていないらしい。確証も持てた、やはり研究目的で鎧蟲の体を手にいれている!


「まぁ誰だってそう思うよな、グルメにしてもゲテモノが過ぎるし。それにしても武者か……そんな依頼されたことがないが、まぁ()()()()だろうな」


「……え?」


一応は甲虫武者を実験体にはしてないらしい、だけど面義は俺の予想外の言葉を言ってきた。断らない?それはつまり依頼さえされれば自分の仲間を捕まえるという意味だ。


「だってよ、この間のダンゴムシで結構貰えたんだぜ!多分甲虫武者ならもっと稼げるはずだ!」


「……それってつまり()()()()ってことだろ?そんなことして、何も思わないのかよ!?」


気づけば俺は声を荒げて怒鳴っていた。面義の人の命を何とも思っていない軽い言動に怒りを覚え、怪しまれないようにするということも忘れて感情を表に出す。甲虫武者の体を実験や研究に使うってことは、人体実験にも近いことのはずだ。

何故そんな酷いことを見過ごせるのか、こいつは自分の仲間を金儲けの対象にしか見えていない。そうとしか思えなかった。


「……お前さ、()()()()()()()()()()()()()()()?」


「――は?」


最初こそ俺の怒号に驚いた面義だったが、すぐに落ち着いた表情になりそんな一言を言ってきた。「自分が人間だと思っている」?この言葉の意味が理解できないのは俺が馬鹿だからじゃない、本当に何を言ってるんだこいつは。


「まぁその辺は俺もどうでもいいや、人体実験で結構!それで大金が手に入るなら俺は喜んで武者を狩るね」


「――お前!人の命と金、どっちが大切だ!」


しかしそんな疑問は、再び怒りを覚えさせる面義の言動によって掻き消される。気づけば俺は感情が抑えられなくなりその首元を掴んでいた。

他人の事なんで屁でも思ってない、鎧蟲から守るべき存在であり共に戦うはずの仲間を金銭としか考えてないその言動は、本当に信じられないものであった。


「――そんなの金に決まってるだろ。俺はどうしても金が欲しい、手段なんか選んでいられねぇんだ!」


すると首元を掴まれ苛立ったのか、面義もその表情を怒りで染めて俺にぶつかってくる。そこから見えるのは金への執念、おやっさんの店で必死に値切り交渉していた時とは比べ物にならない程、露になる感情。

その目には、何が何でも稼ぐという意思が強く出ている。ここまで来たら最早異常だ、何がそこまでこいつを動かしているのか気になってしょうがない。


お互いに息を荒げてその間では視線が弾丸のように飛び交っている。きっと事情があるのだろう、だが俺はこいつが許せなかった。初めて会った時の感じは何処へ行ったのか、今はいがみ合うことしかできない。


「――逆に聞く、お前は何のために戦うんだ」


「俺は……鎧蟲のせいで人が死んだり苦しんだりするのが嫌なだけだ。これ以上犠牲者を出さないために戦っている!」


俺の戦う理由はそれ以外に無い。鎧蟲から人を守るために白い鎧を身に纏い、例え死にそうになっても奴らに立ち向かう。黒金の復讐や面義の金稼ぎに比べたら安っぽいかもしれない、甘いと言われても仕方ない。

だけどそれがどうした?俺は馬鹿だ、人を守ると言ったら守るしそれ以上のことは考えられない!


「それはまぁ御立派であること……理解はできないがな」


そう言って面義は俺から離れそのままどこかへ消えようとする。普通ならこのまま追ったり尾行した方が良いのだろう、しかし俺は立ち止まったままだった。自分が何に恐れていたのかに気づいたからだ。

俺は多分、面義やそのバックの人達が()()()()()()()()()()に怖がっているのだ。どうしてそんな酷いことができるのか、その目で目撃したわけじゃないが甲虫武者の力を私利私欲のために使っていることが恐ろしく、そして許せない。


俺はどうしたらいいのか、面義を説得しようにもあいつが金に対し何故そこまで執着しているのかも分からないのに、そんなことはできない。ならばせめてその思想を真っ向から否定しようとするも俺には無理だった。

――どうしたらいいのかじゃない、何がしたいのかも分からない。俺は面義に対し、何を求めているのだろうか?

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