40話
「あ、英さん!大丈夫でしたか?新しい甲虫武者さんと戦ったと聞いたんですけど……」
「あーうん、何とか」
俺がカフェ・センゴクに帰ると顔を真っ青にした伊音ちゃんが俺の安否を心配して駆けつけてくれた。俺は帰り道買い出しを任されたことを思い出し、仕方ないので黒金には先に行ってもらったがどうやらさっきのことを話してくれたらしい。その黒金は向こうのテーブルで優雅にコーヒーを飲んでいる。
伊音ちゃんだけではなく師匠もいる。聞きたいことがあったので丁度良かった。
「師匠、鎧蟲の死骸を買い取ってくれる人っているんですか?」
「鎧蟲の死骸を……?いや、知らないな……」
どうやら師匠も知らないようだ、黒金も知らなかったのである程度予想していた。
ダンゴムシの鎧蟲と戦っている時に乱入してきた面義、買い出しの際に親しくなったあいつはメンガタクワガタの甲虫武者で、盾と刀を構えて俺たちの前に現れた。
その強さは中々の物で、いくら油断していたとはいえ俺と黒金を簡単にあしらい、ダンゴムシを仕留めた。盾に付いている顔は魔法のような攻撃ができ、多種多様な方法で圧倒していた。
ここまで聞けば強くて頼りになる新しい仲間に聞こえるだろう、しかし面義は何故かダンゴムシだけではなく俺たちにも襲い掛かってきた。初めて見る攻撃に加え解せないあいつの行動に困惑し、成す術もなくやられてしまったわけだ。
その際面義は、商売の邪魔をするなと言った。話を聞く限りではどうやら倒した鎧蟲の死骸を誰かに売っているらしい。あいつは野菜の値引き交渉に1時間抱える程金を節約しようとする男、何の仕事をしているのか若干気になっていたがまさかあんな稼ぎ方をしているとは。
鎧蟲の体を買う人はどんな人か?鎧蟲1匹でどれだけの値段で買ってもらえるのか?ダンゴムシタイプと言っていたのでもしかしたら種類で値段も変わるのだろう、あのダンゴムシはいくらになるのか?様々な思想が頭を過る。
しかし俺のそれはただの疑問に過ぎない、黒金と師匠の表情を見ると深刻そうな顔をしている。俺は甲虫武者になったばかりでこの界隈には詳しくない。だから鎧蟲を買い取る人や機関があってもおかしくはないと思っていた。
しかし、2人の表情を見るに面義の行動は余程信じられないものらしい。
「……甲虫武者が倒した鎧蟲にする処置は痣での吸収が基本だ。言わばより多くの鎧蟲を倒してその死骸を取り込めばその分強くなるんだからな、単純明快で何より証拠の隠滅にもなる」
「しかしあの面義という男は吸収せずにそのまま死骸を運んだ。そしてそれを売り込む先の存在……何のためにそんなことを?」
「やっぱり、研究とかそんな感じじゃないか?」
ただの人間があれを食用として買うとは思えない、となると思い付くのが研究とか実験に使うという発想だ。誰かが鎧蟲の体を調べるためにそれを買い取ってるというのが一番現実味があるかもしれない。
そこで俺の頭にイメージとして来たのが、手術台の上に乗った鎧蟲を取り囲む白衣の人たち、もし本当に研究ならこんな感じなんだろうなぁ……
「そんなことをしている連中なんか聞いたことも見たこともない、まず鎧蟲に対抗できるのは甲虫武者だけだ。研究といってもできる人間は相当限られている」
「それって……面義から死骸を買い取ってるのも甲虫武者ってことか?」
「まだそうとは言い切れんな、だがそのような組織があるのは確かだ。面義はその一員というわけだ」
こうしてまとめてみても分かってることが少なすぎる。少なくとも鎧蟲を誰も気づかれずに研究する組織があり、あいつはその仲間や支援者という以外何の情報も得られなかった。
正直俺も話を理解できるかできないのかのギリギリであった。取り敢えず鎧蟲の死骸を欲しい人たちがいると認識しておこう。
「まぁ研究だろうが何だろうが、その死骸を買い取っている存在には警戒しないとならない」
「えっ、何で?」
「何でって……この馬鹿、話を聞いていなかったのか?」
「いや聞いてたよ、一応話も理解できてるよ!だからって何で警戒しなきゃならないんだ?鎧蟲の研究をしてくれるなら任せればいいじゃん」
そして黒金は何故かその「組織」に僅かな敵対心と警戒心を持っていた。確かにそんな連中がいるのは驚きだが、何もここまで深刻になる程の話題とも思えない。鎧蟲の研究すれば奴らに対抗できる何かもできるかもしれない、例えば殺虫スプレーとか特注の武器とか、少なくとも悪い話ではないと思う。
俺は以上のことを正直に黒金に行ってみた。すると呆れた顔で溜息を吐いてくる。師匠も何とも言えない表情になっており、自分のどこがおかしいのか理解できない。
「もし本当に研究目的なら……その目的によって敵か味方か大きく変わる。お前の考えているような聖人君子は兎も角、例えば知的好奇心から来る研究理念のマッドサイエンティストならどうなると思う?鎧蟲だけじゃない、俺たち甲虫武者も立派なモルモットに見えるはずだ」
「ハァ!?何言ってんだお前……相手も甲虫武者かもしれないんだろ?そんなことあるわけ……」
「『甲虫武者の仲間だからあり得ない』……と言いたいのか?ではあの男のことはどう説明するつもりだ、奴は完全に俺たちへ敵意を向けていたぞ」
「そ、それは……」
黒金の言葉に対し俺は何も言い返せない。甲虫武者は鎧蟲と戦い人を守る戦士、その武者同士――つまり仲間がそんなことをするはずがないと俺は思っていた。
しかし面義は俺たちに刀を構えた。そしてそれで斬りかかり、襲ってきた。それがあいつを敵と認識する十分な証拠だ。
でも考えられない……もし黒金の言っていることが本当だったとしても、甲虫武者が甲虫武者を実験体にするなんて……背筋が凍り付きそうな話だ。一蹴したくても十分にあり得る可能性、そう思わせるほど黒金の言葉には説得力があった。
(……震えている?何で……今のはもしかしたらの話のはずだ。怖がる要素なんて無いのに……)
気づけば俺は、周囲にバレない程度で両足を震わせていることに気づく。落ち着こうと太ももの上に手を乗せると、少しだけ濡れた感触がした。見てみると、尋常じゃない程の手汗を掻いている。
手汗だけじゃない、顔から垂れ落ちる水滴は冷や汗。今鏡を見れば真っ青になっているかもしれない、どうしてここまで怯えているんだ……?
「……英さん?どうかしたんですか?」
「――あ!何でもない、ちょっとね……」
いけない、話を聞いただけでこんなになってることを気づかれたら黒金に笑われてしまう。何とか足の震えを無理やり止め、手汗も気づかれないようにポケットに入れる。顔色も一応注意してなるべく俯き。今にも崩れそうな呼吸のテンポを何とか正す。
一体どうしたというのか、俺は何にそこまで恐れている?
「兎に角、俺は知り合いに心当たりがないか聞いてみる」
「俺もあの男について調べてみます、雄白も頼んだぞ」
「お、おう……」
これからについては現状では敵か味方かも判別できないので、今のところは警戒し続けることになった。師匠や黒金はそう言うが、俺にはどうも甲虫武者が敵になるとは思えなかった。
だが何故だろう、そのことを考えるたびに心の奥で恐怖が芽生える。別に実験体になったり面義と戦ったりするのが怖いわけじゃない、原因不明の恐れが俺の心を蝕んでいった。
一方その頃、路地裏の先にある空き地では話題の中心である面義が待ち構えている。その横には台座があり、その上でダンゴムシの体は眠っていた。最早流れる血も無く、さっきまで生きていたとは思えない程痩せ細っている。
面義はその台座に腰かけて待機し、足を組んで優雅に待ち望んでいた。すると闇の中からカツン、カツンというハイヒールの足音が聞こえてくる。その音に面義はニヤリと破顔し、姿勢を正す。
現れたのは長身のスラッとした綺麗な女性、紺色のコートでその体を隠し光沢のある長い黒髪を揺さぶった。その顔立ちも整っておりまさしく美人というに相応しい美しさである。
面義は優雅に自分の方へ歩み寄ってくる女性に対し口笛を鳴らし、自分が手に入れた鎧蟲の死骸を自慢げに見せる。
「どうだ?アンタらが欲しがってたダンゴムシだぜ!」
「ええそうね、お疲れ様。これが報酬よ」
それに対し女性が懐から札束を1束取り出すと面義は奪い取るような勢いでそれを受け取る。帯封でまとめられているそれに対し目を輝かせて枚数を数えている。一方女性は台座の上に置かれている死骸をソッと撫でた。
「毎度どうも!そっちも研究は捗ってるかい?」
「お陰様でね、あの人も良い働きだって褒めていたわ。これで研究が捗るって……」
「そいつは良かった、これからよろしく頼むよ」
黒金や鴻大の予想通りその組織というのは鎧蟲の研究を行っている連中で、この女性はその一員というわけだ。面義はそんな彼らに死骸を売り込んでいるだけで、別にその組織の仲間というわけでもない。
あくまでもwinwinの関係、こうして鎧蟲の死骸による商談をしているだけであった。今回はダンゴムシタイプの鎧蟲だったためこのような大金が手に入るのだ。
「そう言えば……他の甲虫武者と2人会ったよ。1人は白い鎧でもう1人は黒で二刀流だった」
「へぇ……その黒い武者は黒金大五郎ね、だけど白い甲虫武者ていうのは聞いたことないわ。恐らく新しく甲虫武者なったばかりね」
そしてどうやら女性は黒金のことも知っているらしい、しかし最近武者として覚醒した英の情報はまだ耳に入っておらず、名前どころかその存在も知られていなかった。
英と面義が顔を合わせたのは、ある意味では不運かもしれない。こうして彼らに名前と存在を知られてしまったのだから。
「雄白英って言うんだが……そいつも実験対象にするのか?何なら俺が捕まえてきてやろうか?」
「いや、甲虫武者なら事足りてるわ、引き続き鎧蟲退治をお願い」
そう言って女性は自分の右手を翳し面義に見せつける。そこには他の甲虫武者と同じようなクワガタの痣が描かれており、それだけで面義に何を伝えているのかを示していた。
英たちの知らないところで、鎧蟲とは違う新たな闇が動き出す。しかし、彼らが敵対することはなかった。
――今のところ、の話だが。




