39話
「お……おい!?」
突如として俺たちの戦場に現れた面義、一般人かと思ったそいつは何と同じ甲虫武者でメンガタクワガタと名乗った。オレンジ……いやこの場合は橙色と言った方がいいかもしれない、夕日のように綺麗な鎧を身に纏い俺たちの前に君臨した。
そのスタイルはグラントシロカブトの一刀流、オオクワガタの二刀流のどちらに似ていると聞かれれば、少なくとも俺の方がそっくりだと答えるだろう。しかし俺との相違点はその手に持っている盾だろう。
面義の体を完全に覆う程大きな盾、民族の呪われたお面のようなデザインのそれはこちらを圧倒してくる。甲虫武者とは言ってるがその様式はまるで聖騎士のような攻守のバランスがいいものであった。
しかし鎧本体は日本独自の形状だ、盾の形も長方形と若干和風要素を残している。俺のグラントシロカブトは守りに優れた鎧だが、ここまで表に守りの堅さを出しているのは初めて見る。
問題は、その面義がダンゴムシではなく俺たちに攻撃してきたことだった。
「のわッ!?」
その標的は黒金ではなく俺、面義の刃がこちら目掛けて走ってくる。俺はその斬撃を白い刀で防ぎ鍔競り合いを始め、己の刀で押し合った。擦れるような金属音を打ち鳴らし、相撲のように前方へ力を込める。
何故俺を攻撃してくるのか?甲虫武者ならば敵は鎧蟲であることは共通のはず――なのに敵意を突きつけてくる面義には疑問しかない。
「お、落ち着け!何で俺を攻撃するんだよ――ぐわッ!?」
もしかしたら何か誤解を生んでしまったのかもしれない。急ぎ説得しようとした瞬間、その盾の目が光ったと思うとそこから突風のような衝撃波が発生し、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
地面を転がり木の根本にぶつかる俺、揺れた脳を必死に動かし今起きたことを整理しようとする。盾に吹っ飛ばされた!?何をされたんだ一体……
「貴様……何のつもりだ!」
俺が吹っ飛ばされた後、黒金の方から面義に斬りかかっていく。向こうも虫の知らせは鍛えているのか、黒金の二刀流を後ろに引きながら躱していった。だが簡単に避けられるほどこいつの斬撃は甘くない、やがて面義を大木まで追い詰め躱せない状態に襲い掛かる。
しかし面義は待ってましたと言わんばかりに盾を前に出し、黒金の刀を受け止める。鋭い音と火花が四方に散り、強烈な一撃が入るもその盾に傷は見られない。
「オオクワの刀を受け止めた!?」
「馬鹿な――ぐあッ!!」
切れ味抜群の黒金の斬撃を受け止め切った面義、すると再びその盾から衝撃波を生み出し俺と同じように黒金を吹き飛ばした。一体どんな仕組みなのか、普通の盾は人を吹っ飛ばしたりできないはずだ。
いや、それよりも何故俺たちに襲い掛かるのかが一番の疑問だろう、今の衝撃波は意図的に出された物だ。つまり、明確な敵意というわけである。
「このッ……オオクワガタ――!」
「待て待て待て!お互いに落ち着け、甲虫武者同士が戦ってどうする!」
俺は怒りに呑まれ技を繰り出そうとする黒金、それを受け止める態勢に入った面義の間に割り込んで戦いを止める。戦う理由もないのに目の前の鎧蟲を無視して何をしているのか。今俺たちがすべきことは喧嘩じゃない、鎧蟲を倒し人々を守ることのはずだ!
「面義、何で俺たちを攻撃するんだ!お前も甲虫武者だろ!」
「そうだよ、メンガタクワガタ……それが俺の鎧だ」
そう言って面義はまるでファッションコンテストのようにその場で一回転しそのメンガタの鎧を見せつけてくる。さっきまでの猛攻の時とは裏腹にその表情は自分の鎧を自慢げにする爽やかなものとなっていた。
こいつの心情が分からない。鎧蟲よりも俺たちを優先して攻撃する面もそうだが、この状況で何故そんな愉快そうに笑っていられるのか。さっきまで共感を抱いていたのに今となっては不気味としか思えない。
「何故俺たちの邪魔をする?雄白の知り合いらしいが……」
「さっき会ったばっかだけどな……俺の商売の邪魔しないでほしいんだ」
「商売……?」
すると面義はこの場に似つかわしくない単語を出し更に俺たちを惑わせてきた。商売?俺たちを襲うことで稼げる金があるとは思えない。しかしこいつが言うにはこれで商売をしているという。
そう言えば自分は貧乏だと言っていた。もしかしてそれと何か関係あるのだろうか?だからといって俺たちを攻撃する理由にはならない。
「俺としては、これ以上こいつに傷をつけたくはないんだよね。このダンゴムシタイプの鎧蟲は俺の獲物だ。アンタらみたいなのに折角の貴重な商品を台無しにされたくない」
「お前……さっきから何言って――」
「だから、テメェも逃がすかよ!」
すると体の向きを俺たちから後ろに変える面義、その先には俺たち甲虫武者から逃げようとするダンゴムシの背中がある。面義はさっきと同じように盾から衝撃波を放ち後ろから奴を襲った。
ダンゴムシは盛大に前から転倒する。どうやら面義の標的は俺たちから奴に移ったらしい。
「あーもう!訳分からん!」
一体こいつは何がしたいのか、俺たちに攻撃してきたと思ったら今度は鎧蟲と戦い始めるという、それが甲虫武者としての本来の在り方だがこうもコロコロ行動を変えられると混乱してくる。現に俺の頭はオーバーヒート寸前だ。
そんな困惑する俺たちを他所に戦い続ける面義、その盾はダンゴムシの拳を完全に受け止め逆に衝撃波で押されている。どう見てもあいつの方が優勢だった。
しかしいくらあの衝撃波や刀でも、ダンゴムシの硬い甲殻を貫通することはなく、確かに押してはいるがこれといったダメージも入れられてない。
理由は知らないが傷を付けたくないと言っていた。しかしあの調子だとそんな余裕はないだろう、見る限りじゃメンガタは黒金のオオクワのような凄まじい切れ味を持っているわけでもない。
「情報通りの硬さだな……うーん、できれば綺麗な状態で倒したいんだが、そんなことも言ってられねぇなぁ!」
すると面義が盾を目の前に放り投げたと思うと、その盾は糸で釣り上げられてるかのように浮遊しあいつに自分の裏を見せる。
そして顔が描かれた前部分でダンゴムシを睨みつけ、その目は怪奇現象のように光り輝く。
「メンガタクワガタ――翁呪樹!!」
次の瞬間、なんと盾の顔が動き出しその顎から蔦のように長く、そして触手のように蠢く髭が伸びダンゴムシの体を拘束した。その魔法ともいえる芸当に俺や黒金も驚きを隠せない。甲虫武者とはあんなこともできるのか!
面義は髭が伸びた盾を持ち直し、そのまま動けなくなったダンゴムシを何度も斬りつける。一体何をしてるのか、むやみやたら斬ってあの甲殻が破れるわけがない。
「お、弱点見っけ。懐か」
どうやら何度も斬ってダンゴムシの弱点を見つけ出したらしい。あの髭の拘束があればできる探し方だ。そして盾の髭は面義の思い通りに動き、ダンゴムシの巨体を持ち上げそのまま大木へ打ち付けた。
結構な太さがあった木は今ので人生に終わりを告げ、その生きた証が倒れて地面を揺らす。例え甲殻で守られていようが結構な衝撃が来たらしい、ダンゴムシはしばらく立てずにいた。
「じゃ、素早く終わらせますか!」
そして面義は膝をつくダンゴムシに向かって走り出し、刀――ではなく盾を前に出しそれを甲殻に押し付ける。そのまま同じように衝撃波を出し奴の全身を震わせた。
再び吹っ飛ぶかと思われたダンゴムシ、しかしそれは面義によって阻止される。盾の口部分には細い穴が開いており、そこから刀を出し懐に突き刺したのだ。
「メンガタクワガタ――般若之牙!!」
瞬間、盾に描かれていた顔の牙が猛獣のように剥き出しとなる。そしてダンゴムシの懐を貪り始めた。緑色の血とその肉片が耳を塞ぎたくなるような咀嚼音と共に飛び散り、懐部分だけが綺麗な抉られていた。
いくらダンゴムシだろうが腹を食われれば絶命する他なく、ドサリと地面を揺らして倒れる。一方惨たらしい勝利を収めた面義は「アチャー」という顔をしていた。
「あー……技の選択間違えた。まぁいいか、軽くなって持ち運びやすいか」
そう言って面義はダンゴムシの死骸を抱え、そのままどこかへ去ろうとする。痣で吸い取ろうとはせず、何故か運ぼうとしていた。重いはずのダンゴムシの体は食われた分だけ軽くなっているが、それでもかなりの重量があるはずだ。それを背中で抱えている。
「待て!その死骸をどうするつもりだ!」
「どうするって……売るんだけど?」
「売る!?」
普通倒した鎧蟲は痣で食い強さの糧にする、それが甲虫武者の基本だった。しかし面義はそれをせず運ぶと言い、挙句の果てにそれを売るという。本当に何を言ってるんだこいつは……
「ま、まさか……そんなの食ったりする奴がいんのか……!?」
「ゲテモノじゃあるまいし……それに俺たちが言えることではないぞ雄白。食用だろうが何だろうが、鎧蟲を売る甲虫武者なんか聞いたことない。もう少しまともな嘘をつくんだな」
「え、普通は売るんじゃないのか?だからアンタらも戦ってるんだろ?」
黒金は面義の言葉を嘘というが、俺にはどうもこいつが嘘を言っているように見えない。それどころか俺たちの戦う理由が自分と同じだと思っていたような節さえ見える。
一体こいつは何者なのか?鎧蟲を捕まえて売ると言ったりその行動は微塵たりとも理解できない。
「まぁいいや、こいつが新鮮なうちに帰らせてもらう。次は邪魔すんなよ」
「邪魔してきたのはお前だろ!待て、どこに行くんだよ――ッ!?」
そしてそのまま去ろうとする面義を追おうとするも、あの盾が再び髭を伸ばし俺たちの行く手を阻んでくる。壁のように伸びる髭によって視界が塞がれ、やがてそれが消えてなくなると、とっくにあいつの姿はいなくなっていた。
虫の知らせで甲虫武者は見つけられない、周囲に飛んでいる物体も無いし完全に逃げられてしまった。




