38話
「もしもし俺だ!鎧蟲が現れたんだけどそっちでも感じたか?」
『問題ない、こちらの索敵範囲内だ。今向かっている』
俺は早速買ったばっかりのスマホを使い黒金に連絡、どうやら向こうも虫の知らせで鎧蟲出現を察知したらしく、電話越しに走る足音が耳に入ってくる。そういう俺もスマホを耳に翳したまま走っており、反応が絶えない虫の知らせを頼りにそこへ向かっていた。
「俺も今行ってる!遅れんなよ!」
『誰が遅れるか』
そう言い残して俺は通話を切り、鎧蟲発見だけに力を入れる。俺の虫に誘われている通りに足を運ぶと、どんどん人気のない場所へと進みいつしか町外れにある森へと辿り着いた。
買い出しの途中で知り合った面義との会話を邪魔されてタイミングが悪いと俺はぼやいたが、立地的にはこれ以上ないくらいの場所だ。これなら人が巻き込まれることはないだろう。
「――ッ、また大勢で来やがって……!」
森林の中を突き進みしばらくして目に入ったのは鎧蟲の群れ、その編成は3匹のダンゴムシが隊長格でその周りに嫌という程の足軽が蠢いている。
もう何日も大群が現れていたら予想もついていたが、こう数が多いと嫌になる。やはり鎧蟲たちは数で俺たちを倒そうとしているのがよく分かった。
すると遠目でその様子を見ていた俺だったが、向こうもこちらの存在を確認し全ての目がこちらを捉えてくる。そして一斉にこちらへ襲い掛かってきた。
例えどんなに多かろうが戦わなければならない、俺は手袋を口で外しカブトムシの痣を露出させた。
「出陣!!」
そして右手から糸を大量に出しそれで蟻たちを突き飛ばした後、自身を蛹で包み込んでその内部で白く輝く鎧を身に纏う。蛹を斬り開き、刀で蟻たちを牽制した。蟻たちも俺が甲虫武者であることに気づき少しだけ引き下がるも、恐れを消して立ち向かってきた。
「我こそは、グラントシロカブト――おらぁあ!!」
手始めに向かってきた蟻3匹を斬りその間を通り過ぎる。一斉に襲ってくる足軽を迎え撃つ態勢に入るもいつのまにか四方八方を囲まれていた。
確かに今更蟻に苦戦はしないだろう、だけどこの数に囲まれたら流石にヤバイ。
そして相手は、蟻だけじゃない。
「うわッ!?」
「ギッ――!!」
頭上からダンゴムシの拳が振り落とされ、咄嗟に後ろへ引いて回避する。さっきまで俺が足を乗せていた地面に奴の拳が深くめり込み、その怪力を物語っている。
流石に1人だけでダンゴムシ3匹は苦戦を強いられるだろう、今までは蟻と蜂の組み合わせが多かったがここにきてダンゴムシの兵を導入してきた。
「糞ッ!黒金の奴はまだかよ――ッと!」
未だ来ない黒金への不満を漏らしている間に後ろから蟻が突いてくるも、籠手の部分でその刃先を受け止めお返しにこちらの刃を刺し込む。こうなったらグラントシロカブトの硬い鎧で無理やり突っ切るしかない、というよりそれ以外に思いつかない!
白い斬撃を次々と走らせ蟻たちを切り刻んでいき、奴らが流す緑の鮮血を頭から被る。そして再び殴りかかってきたダンゴムシの体を踏み台にし、そのまま翅で飛び上がって鎧蟲たちを見下ろす。
「グラントシロカブト――猛吹雪ィ!!」
そこで斬撃を飛ばし真上から一方的に切り裂く俺、切れ味抜群の雨が奴らに降り注いでいく。
蟻たちはどんどん細切れになっていく中ダンゴムシたちだけは体を球体にし自慢の甲殻で俺の斬撃を防いでいく。いつしか残ったのはダンゴムシだけでその周囲には無残な姿に成り果てた蟻たちが転がった。
まぁ俺も猛吹雪でこいつらが倒せるとは思っていない、こちらに殺意をぶつけてくるダンゴムシに対し、着地した俺たちは刀を突きつけてそれを返す。
(弱点は――懐!)
狙うべき点を再確認し、俺は雄たけびを上げながら3匹のダンゴムシに突撃していく。襲い掛かる計6本の剛腕を虫の知らせで巧みに躱しつつその懐に刃を入れようとするも、簡単に当てられて堪るかと言わんばかりにその守りが徹底されていた。
こちらの一太刀が腕の甲殻で防がれた瞬間、もう1匹のダンゴムシに横から殴り飛ばされるも、俺の鎧に傷が付くことはなくましてや倒れることもなかった。
「硬いのは……お前だけじゃないってことだ!」
そのまま驚いている1匹のダンゴムシまで素早く駆け抜け、間髪入れずにその懐へ刀を刺しこんだ。正直全く効いてないというわけでもないが、俺の鎧だって日々強くなっている。こいつら相手でもビクともしないようになっていた。
「グラントシロカブト――白断ちィ!!!」
そして力一杯刀を振りダンゴムシの体をに内側から切り裂いていく。重い巨体が崩れるように倒れ、ピクピクと震えていた。
しかし運が悪いことにその死骸が倒れてきた向きは仰向けではなくうつ伏せ、つまり俺の方へ倒れてきたのだ。
「ぬぉおお――重ッ!!」
いくら甲虫武者の体でもこの重量を支えるのは大変辛く、あっという間に両手が塞がってしまった。ダンゴムシなりのウサギの最後っ屁というやつだろうか……いやイタチか。
兎も角、この巨体を支えるのが精一杯で後ろから迫る他のダンゴムシを対処できない。このままだと後ろから襲われてお陀仏だ、流石のグラントシロカブトの鎧でもこの状態で攻撃されるのは不味い。
「ちょ、ちょっと!ヘルプユー!!」
「ギッ――!!」
迫りくるダンゴムシの剛腕、来るであろう衝撃を覚悟して受け止めようとしたその時――何かが切断する音と供に俺の顔に鎧蟲の返り血が付着する。
目を開ければ、見覚えのある黒い鎧を纏った男が2匹目のダンゴムシを2本の刀で貫いていた。
「それ言うならヘルプミーだ、中学レベルの英語を間違えるんじゃない」
「黒金!遅いんだよお前!」
オオクワガタの甲虫武者、黒金がようやく到着し俺を助けてくれた。そのままのしかかってきたダンゴムシの死骸を退かし、俺を解放してくれる。
助けてくれたことには感謝してる。しかしもうちょっと早く来てくれてもいいんじゃないか?と色々言いたいことはあるがそんな暇は無い。
「ダンゴムシが2匹か、一気に決めるぞ」
「遅れてきたくせにエラソーだなお前は……異論は無いけど!」
最初から最後までムカツク奴だが今喧嘩をしている暇は無い。俺の輝かしい活躍により残った鎧蟲は残り2匹、このまま押し切ってさっさと終わらせてしまおう。
俺と黒金はダンゴムシたちに突撃していき共に刀で斬りかかる。狙うべきはさっき黒金が刀で刺した方だろう、早いところ数を減らして少しでも状況を有利にした方が良い。
「ギギッ――!」
「雄白、盾」
「誰が盾だ誰が!――だけど任せろぉ!」
するとまだ無傷のダンゴムシが仲間を庇うためか先行して黒金に殴りかかってくる。それを代わりに俺が受け止め、立ちはだかるダンゴムシは黒金が斬り払った。盾は酷い言われようだが仕方ない、なんせ黒金はそこまで硬くないんだからな!
このように勝家戦に備えたコンビネーションは未だ健在であった。当然こいつと仲良くなったなんてことは死んでもあり得ない、あくまで鎧蟲を倒すための必然的な連携に過ぎない。
「今度はお前が行け攻撃役!」
「俺に指図するな!」
やがてダンゴムシたちが2匹同時にこちらの方へ突撃してきた。さっき盾扱いされた仕返しにと今度は俺が黒金に指示を出す。流石に断られると思ったがどうやら俺への対抗心で燃え上がっているようだ、黒い刀を2本構えて真正面からダンゴムシとぶつかり合う。
「オオクワガタ――紅玉烈火ッ!!!」
そしてダンゴムシを襲う強烈な斬撃、それは走ったまま繰り出されまるで猪のように奴らを押し込んでいた。
それと同時に打ち込まれる大量の一太刀、まるで太鼓のバチのようにダンゴムシの体を連続的に切り刻んでいき、いつしか血だらけとなっていた。
俺も初めて見る技だがとんでもない切れ味だ。猪というよりかは列車のような勢いで決して足を止めることなく、相手を押し出したまま何度も斬りかかっている。それでも俺のグラントシロカブトが負けるとは思っていないが自分が食らっていたと思うとゾッとする。
その強烈な技を受けた片方のダンゴムシは、見る見るうちに懐から体が削られていき、そのまま黒金に細切れにされて倒された。残るは1匹、この調子なら楽勝だろう。
「よっしゃ行くぜ……えっ?」
「……何だ?」
そのまま一気に決めようとしようしたその時、俺たちとダンゴムシの間に誰かが割り込んできた。急なことに思わず刀を下ろしその男を見る。
夕日のように綺麗なオレンジ色の髪、身だしなみが良いとは言いづらいヨレヨレの服装、そしてその爽やかな微笑みはさっき見たばかりのものだった。
「面義!?こんな所で何してんだ!?」
そう、それはあの八百屋前で出会った男、橙陽面義であった。本来はここにいないはずの存在、その登場に俺の頭は混乱に陥ってしまう。
「……知り合いか?」
「まぁ知り合いというか、さっき知り合った奴ですけど……そんなことより!危ないから離れてろ!」
そうだ、こいつの突然の状況に驚いている暇は無い。まだダンゴムシの鎧蟲は生きている、急いでこいつを逃がさないと!
しかし面義は何故かダンゴムシの怪物を見ても慌てる素振りを見せない、それどころか静かに俺の方を指差してきた。
「なぁ、その白い鎧って……」
「あぁこれか!?これなら後で教えてやるから今は――」
「カブトムシだろ?種類は何だ?」
「……は?」
俺はてっきりこいつが甲虫武者としての俺に疑問を持ったと思っていた。しかし今俺が纏っている白い鎧のことではなく、この鎧が何のカブトムシか聞いて来たのだ。
答えはグラントシロカブト、そう答えれば済む質問だが……何故面義はこの鎧がカブトムシであることが分かったのか?それに言い方からしてまるで甲虫武者の存在を知っているようであった。
「英、お前とは気が合うんだ。できれば商売敵として対立したくない」
「ッ!?その痣……!」
どうやら「知っているようだ」ではなく「知っている」らしい、面義が見せてきたその右手の痣を見て俺は確信する。黒金と同じようにクワガタの痣、これが何を意味するか俺でも分かった。
そしてその痣を持つ者が鎧蟲を前にして何をするか、面義がその痣をダンゴムシに向かって翳すまでの動作は予測がつく。その後こう静かに呟いた。
「――宣戦」
瞬間、面義の体はクワガタの蛹に包まれていき中から鎧が装着される音が響いてくる。そして蛹に亀裂が広がったと思うと、内側から何かに殴られたかのように崩壊していく。
そうして姿を現したのは、髪の色と同じオレンジ色の鎧に身を包んだ面義。右手には赤く輝く刀、左手には鬼のような顔が彫られた大きな盾を構えている。
名を付けるとするなら盾武者――しかし本当の名前は彼自身が言い放った。
「アイアムア……メンガタクワガタ!」
鎧の名前はメンガタクワガタ、そう聞いて思い浮かぶのはあの綺麗な色をしたクワガタであった。確かにあの鎧と同じような色をしている、それにしてもまさか面義が甲虫武者だったなんて……
黒金の反応を見るに多分こいつも初対面なのだろう、しかしこの場面では有り難い助っ人だ。これで更に勝利の確率が上がったに違いない……そう思っていた。
「あ、頭が追い付かないけど……面義!一緒にあいつをぶった切ろ――おおう!?」
「なッ!?」
しかし次の瞬間、面義は何故か俺たちに向かって斬りかかってきた。咄嗟の事に虫の知らせで回避する俺と黒金、面義は完全に俺たちに敵意を見せている。
何故俺たちに攻撃してくるのか?この状況なら誰もが敵はあのダンゴムシと思うに違いない――甲虫武者なら猶更だ。
「悪いが、これ以上あいつはやらせない。折角の一攫千金のチャンス邪魔されて堪るかよ!」
そうして再び襲い掛かる面義、甲虫武者同士という思いがけない勝負が今始まった――




