28話
突如として現れたその鎧蟲は人の言葉を喋り俺たちの前に現れた。陣羽織を羽織ったトンボ、話すところもそうだが明らかに今までの鎧蟲とは何かが違う。
腕を組みこちらを見下しているその所作は虫とは思えない程知性が感じられ、馬鹿の俺よりかは頭が良さそうにも見えた。
「何だよこいつ……黒金!!」
「くッ……!」
そして普段から冷静沈着である黒金も今だけは驚愕している様子だった。しかしこのトンボの鎧蟲を見て「武将」という言葉を呟いたところを見ると、少なくとも俺よりかはこいつの正体に詳しいらしい。
トンボはゆっくりと降下し地面に降りて視線の高さを同じにする。一度言葉を発した後は何も言わずこちらを見つめてくる。喋ってくるのもおかしいことだがこう黙り込まれると逆に不気味だ、こいつへの恐怖心がより一層強くなっていく。
「――名を問おう」
「え?名前……雄白英です」
「馬鹿!何正直に名乗ってるんだ!」
すると名前を聞いてきたので思わずそれに答えると黒金に叩かれてしまう。名前を聞かれたんだから答えないとどうする、それに自分の名前を教えて何か困ることがあるわけでもないし。
そこで殴られた衝撃で頭が活性化したのか、珍しく俺の脳に天才的な閃きが思い浮かぶ。
「なぁ、黒金は鎧蟲に話しかけられたことはあるか?」
「……存在は知っていた。だがこうして面を構えて会話をするのは初めてだ」
「ならさ、何とか人間を襲わないよう説得すりゃいいじゃん!」
「は?お前何言って――」
小声で黒金に質問し俺の考えを言ってみた。話が通じる、しかも日本語で会話ができるというなら鎧蟲との意思疎通が可能ということだ。今まではまさかこんな頭のいい連中とは思ってもいなかったので話しかけようともしなかったが、こうして話し合いが可能なら人間を襲わないよう説得できるかもしれない。
「ハロー!俺、雄白英!ナイストゥミーチュー!」
「お、おい雄白……!?」
「はろー……?ないすとぅみー……?」
まずは友好的な意味を示す挨拶から始めなければ、鎧蟲だからといってその姿に怯えず手を取り、そのまま爽やかな笑顔で顔を合わせる。向こうは俺の言葉遣いに若干戸惑っているようだが気にしない。
「まずは、アンタの名前が聞きたいな!」
「我が名を問うか、確かに名乗らせておいて己の名を明かさないのは真摯ではない」
そう言うとトンボは腰を低くし胡座をかいてその場に座る。どうやら敵対の意思が無いことは示せたようだ、俺もその前に正座で座り対面する。
甲虫武者と鎧蟲、本来敵同士である存在がこうして腰を据えて話し合うと言う恐らく前代未聞であろう会合。それを俺が成し遂げていた。
「我は勝家、此度はこの世界の偵察として参った。白武者よ、お前のことは部下から聞いている。とてつもない強さで弓兵や甲兵を蹴散らしたという」
そして驚いたことにそのトンボは「勝家」と名乗ってきた。鎧蟲にも名前があるのか、それも日本人のようなネーミングだ。
思えば今までの鎧蟲たちの鎧や武器も戦国時代のそれと同じようなものだった。もしかしなくともこいつらは日本で育ったのだろうか?
「そいつはどうも勝家、アンタら鎧蟲は全員言葉が話せるのか?」
「ガイチュウ……?我らのことか、いや毛無猿の言語を話せるのはごく一部だ」
「毛無猿……もしかしなくとも人間のことか」
どうやら俺たちがこいつらを鎧蟲と呼ぶように、向こうも人間のことを毛無し猿と呼称しているらしい。一見俗称にも聞こえるが確かに「人間」という言葉を知らない彼らからしたら俺たちは毛の生えていない猿だ。
それにしても、全ての鎧蟲がこいつのように話せなくて良かった。もしそうだとしたら俺は話し合いで解決する相手を無視して攻撃したことになる。まぁ例え話が通じようが人間を襲うなら容赦なく迎え撃つ。
「それで用件はなんだろうか、刀を収めるということは戦の意思は無いのだろう?」
「話が早い!人間……アンタらで言う毛無猿を襲うのはもうやめてほしいんだ」
「ほう……?」
本題はここから、話をする限りじゃあ一応話は分かる奴だ。このままどうにか説得しこれ以上の戦いを無くす、それでもう全てが丸く収まるはずだ。
「俺たち甲虫武者の勝家さんの仲間を殺してるが、もう手を出さないと言うなら俺たちも何もしない!アンタらが何のために人を襲うかは知らんが……」
「正気か雄白⁉︎鎧蟲相手に交渉など!!」
それに猛反発してきたのは勝家でもなく黙って見ていた黒金、先程から何かイライラしていたがとうとう我慢ができなくなったらしい。
無理も無い。黒金は自分の家族を鎧蟲に殺された、言わば仇ともいえる存在と共存なんてできるはずもない。それがこいつの戦う理由だからだ。
だけどこいつには悪いが話し合いで解決するならそれが一番良いに決まっている。鎧蟲と甲虫武者、戦う理由さえなくなれば何の犠牲も出ない。向こうだってこれ以上自分の仲間が俺たちに殺されるのは嫌だろう。
「……和解か」
「そうだ!だからもう止めにしよう、俺たちと戦う理由なんて無いはずだ!」
「――何故だ?」
「……え?」
もう少しで全てが上手くいくと思った。だけど勝家のただ理由を聞く質問によってその希望は消えてしまう。何の捻りも無いその疑問に、俺は思わずポカーンとした。
「確かに貴殿らには戦う理由は無いだろう、だが我々にはある。我々という種族が繁栄するためには毛無猿を狩る必要があるのだ。それに和解交渉と言うのは――立場上有利な者だけが提案できるものだろう?」
「は?――ガハッ!?」
その言葉を直後に、目の前で座っていた勝家が突然消えたともうと俺の腹に鋭い激痛が走る。口から吐血が漏れ体の底が熱くなっていき、見ればどこから出したのか勝家が長い矛で俺を貫いていた。
確かに目の前と言ってもそんなに近いわけでもない、かといって遠いわけでもないので俺の懐まで潜り込んでくるのはすぐに分かるはずだ。だが視覚的にも虫の知らせでもそのスピードを捉えることはできず、今に至る。
「残念ながらその提案は破談だ。戦に嫌気が差し終戦に持ち込みたいと思うその志は称賛に値する。しかし武人としては少々期待外れだ、戦う術を持つのなら同胞を傷つけんとする相手を己の武器で平伏させてみよ!」
「それ見たことか!やはり鎧蟲との共存なんて不可能だ!」
そう言って黒金は黒刀を構えて勝家へと走り出す。しかし黒い斬撃がトンボの肉体を捉える前にその姿は再び消え去るようにいなくなる。気づいた時には俺と同じように矛で肩を貫通させられ吹っ飛んでしまう。
「あがぁあ!!!この……虫けらがぁ!!」
「黒金!……ぐッ!」
黒金がさっきの戦いで受けた傷は治ってない、つまり万全の状態ではないということ。しかしそれでも勝家はいとも簡単に俺の鎧に穴を開け、あの黒金を子ども扱いする。
――虫の知らせの言う通りだった。知性や見た目だけじゃない、強さにおいてもこいつは今までの鎧蟲とは桁違いだ!
「虫けら……それは毛無猿の蔑称だろう。小さき我が同胞を底辺に見立てて使うその言葉……我々からしてみれば、貴殿らの方が所謂虫に見えるが?」
「言ってくれるじゃねぇか……このトンボがぁ!!」
すると肩に貫通した穴が開こうがそんな痛みは怒りで打ち消しているのか、黒金はすぐに起き上がり再び斬りかかるも躱され、その後勝家は高く飛び俺たちを最初の時のように見下してきた。
「手負いとはいえ武者、まともに戦えば我も無事じゃすまないだろう。用がある故引かせてもらう。武人同士の戦いにおいてそれを放棄することを許せ」
「ま……ちやがれ!」
どうやら向こうに戦う意思はもう無いらしい、そのまま飛び去ろうとする勝家に対し黒金は更に怒りの炎を滾らせ追おうとする。しかしその体力にもう余裕は無い。ダンゴムシの際の傷に加え肩にまで穴が開いたのだ、立てなくなるのも無理はない。
「教えろ……!陣羽織を着た……蜂の武将の名は何だ!?」
「それって……!」
黒金が瀕死になってまで問いただすそれは、自分の両親と妹を殺した蜂の鎧蟲についてだった。そう言えば勝家のことを「武将」と呼んでいた、仇であるその蜂も武将とやらなのか?
「うむ……心当たりがないわけでもない、ここは貴殿らを愚弄した詫びとして教えてやろう。黒武者、その蜂の武将とやらは信玄のことを言っているのだな?」
「信玄……それが奴の名だな!」
「あの男に何かされたか?奴は頭は切れるが少々ふざけた男だ」
「ああされたとも!その信玄というやつだけじゃない、お前たち鎧蟲は全て敵だ!!そのうちバラバラに切り裂いて鳥の餌にでもしてやる!」
「……この通りだ白武者、貴殿が和解を求めてもこの男だけは認めんようだが?」
「……それは」
「貴殿にも忠告してやろう白武者、その優しさは素晴らしいものだ。だが毛無猿の世界と我々の世界、どちらにおいても温情は万能ではないぞ」
そう言い残し勝家は一瞬で飛び去ってどこかへ消え去ってしまう。それと同じように俺が望んだ展開も消えてしまった。
「くっ――そがぁあああ!!!!」
そして黒金の怒号が辺りに響き渡る。俺たちの虫の知らせも虚しく消えていくのであった。




