224話
黒金の力と想いを受け継ぎ、新たに変化したコクワガタの力。その名も大金剛ノ姿。黒金が光秀から継承した黒爪ノ姿のように、鎧ではなく武器のみが進化したパターンである。
(黒金のオオクワガタを、受け継いだのか!)
混蟲因子の継承を経験したことがある英を筆頭に誰もが彼に注目する。
瓦礫の山に立ち金涙を見下ろすその風貌には、顔も体格も別人のはずなのに生き写しの如く黒金の姿が重なる。
忍が持つオオクワガタの両刀は、その小さな体格のせいか黒金が持つものよりも長く見える。ハッキリ言ってしまうと文字通り身の丈に合わない武器だった。
オオクワガタの強みは凄まじい切れ味、黒金はそれで怒涛の連続攻撃を繰り出していた。対する忍のコクワガタはスピード特化の力であり、全くの別物である。
よってこの二つの力が合わさった今、どのような変化を遂げたのか想像もできなかった。
コクワガタの超スピードが健在なのは先ほどの動きを見れば分かる。オオクワガタの刀になったからといって、遅くなったようには見えない。
そして忍は使い慣れた様子で、二本の黒刀を振りかぶった。
(コクワガタ・大金剛――!)
距離としては金涙から十メートル程、金涙が少し踏み出せば長刀が届く距離。進化した忍の力を溜めそうと、金涙が横に斬りかかる。
対する忍はその場から動くより先に刃を振り下ろし始める。
しかし次の瞬間――その姿は音もなく消えた。
(――"宝珠の瞬き"!!)
次の瞬間、忍は金涙の背後で姿を現した。
――金涙の身体を既に何度も斬った後に。
「速い」、敵も味方も関係無く忍以外の意見が一致する。
そして目を見張るべきは、速さだけではなかった。
(私の"虫の知らせ"も振り切る程に増したスピード、それだけじゃない。一太刀の威力も数倍になっている……オオクワガタの力か!)
速さに加え、圧倒的な切れ味。まさしく黒金大五郎のオオクワガタそのものであった。コクワガタの短い刀のままだと今の動きはできても傷は浅かっただろう。
そして大金剛ノ姿の本領はそれだけではなかった。
忍は一度金涙から離れ更に加速、トップスピードを保ったまま真上から斬りかかる。
瞬間、忍の二刀が青白く発光する。
(――"蒼玉雷神"!!)
落雷の如く真っ直ぐに落ち、金涙を一刀両断。正確には二刀両断する。
持ち前の再生力で刃はすり抜けるように通過したが、もしそれがなければ金涙の身体は綺麗に真っ二つに斬り裂かれていただろう。これも普通のコクワガタのままではできなかった芸当だ。
(オオクワガタの切れ味をコクワガタの加速で勢い付けているのか!)
元々凄まじい切れ味の剣撃が加速により更に威力を増しているのは、その剣撃を浴びればすぐに分かった。
ここで黒金のオオクワガタについて再度振り返る。オオクワガタの長所はその切れ味だが、特筆すべき力がもう一つある。それは今の忍のように武将光秀から受け継いだ黒爪ノ姿の力だ。これは剣撃の速さに特化した形態である。黒金はこの形態と通常のオオクワガタの刃、二つの力を使い分けていた。
しかし忍の場合は違う。オオクワガタの力を得たが、かといってコクワガタのスピードが消えたわけではない。それどころかより速くなってすらいる。
つまり大金剛ノ姿はオオクワガタとコクワガタの力が完全に融合した形態、コクワガタの完全上位互換である。
(今までの消耗も継承時の吸収で回復している……完全復活どころか、何倍にも強くなって帰ってきた!)
颯爽と戦場を駆け抜け、豪快に剣撃を食らわせる忍の姿に豪牙は思わず綻んだ。その理由は戦力が増たのもあるが、それ以上に生徒の立派な姿に心を打たれたからだ。
豪牙は初め、忍が戦うことにやや否定的だった。大切な生徒を危険な目に遭わせたくなかった。
(小峰……立派になりやがって)
しかし今は違う。寧ろ誇りすら感じていた。
身体も小さく弱々しかった彼が、あんなにも強く成長した。危険なことには変わらないというのに、嬉しさと感動の方が勝っていた。
そんな小さき雄姿は英たちを鼓舞し、その戦意を煽り立てる。
枯渇しかけた身体の底から力が湧いてくる。
「小童に――続けぇ!」
「「――応ッ!!」」
信長が熱弾を発射する。それを合図に英と豪牙が走り出す。
斬撃を放ちつつ距離を詰め、迫り来る長刀は紙一重で躱していく。この勢いを殺してはいけないと、間合いを詰めて全力で斬りかかった。ようするに気合と根性による力押しだ。
(大金剛――"紅玉石火"!!)
それに合わせて忍も技を繰り出す。刀身を紅く燃やし烈火の如く突撃する"紅玉烈火"、それにコクワガタのスピードを乗せて再現する。
俊足の突進斬りは金涙の背中を押す。剣撃はすり抜けても体当たりは受けてしまう。
凄まじい勢いで押す先には、大槌を振りかぶる豪牙の姿。巨大な打撃が金涙を迎い入れる。
(エレファスゾウカブト――"猛牙撃"!!)
「ッ――!」
背後からの突撃斬り、正面からの打撃に挟まれた金涙の身体は内側からぐしゃりと潰れる音を鳴らす。
しかしそのダメージもすぐに回復、すぐさま長刀を走らせて二人を払い除ける。
そしてその時既に、英が真上から斬りかかっていた。
(グラントシロカブト――"白断ち"!!)
どんなに消耗していようと心を無にし、決して威力を下げない"白断ち"は、この状況で繰り出すにピッタリの技である。
強烈な刃によって、金涙の身体は再度一刀両断される。それも再生で無かったことにされるが、それでも英は止まらない。
(からの、"浄竜巻"!!)
間髪入れず繰り出される回転切りが、敵の腹部に炸裂する。
普通ならこれで臓物が零れ落ち、金涙の上半身と下半身は別々になっていただろう。しかしその身体は依然繋がったままだ。
(オウゴンギラファ――"聳孤舞喰"!!)
(ッ――グラントシロカブト、"雪煙ノ舞"!!)
金涙の反撃、高密度の剣撃が襲い掛かる。対する英も高速の剣撃を繰り出し正面から斬り合う。
長刀と白い刀身が幾度も衝突し、金属音が嵐の如く鳴り響く。襲い来る金涙の刃を、英は全力で弾いていく。
(クソ、抜け出せねぇ!)
しかし防御で精一杯で徐々に押されていく。急いで離れようとするも、金涙がそれを逃さない。
対面での斬り合いとなると、ギラファオウゴンオニクワガタの間合いが一番恐ろしくなる場面である。少し後ろに下がっただけでは、その間合いから抜け出すことはできないからだ。
現に英は猛攻を受け止め切れず身体の至る所を斬られている。必死に抵抗を続けるも金涙の前から離れられない。まるで藻掻くほどに抜け出せなくなる底なし沼のようだった。
(ッ、先に英を潰すつもりだな!)
(――させない!)
英が執拗に狙われているのを見た豪牙、忍、信長の三人はその背後に回る。
まずは忍が先行して金涙に斬りかかる。それとほぼ同時に豪牙と信長が遠距離攻撃を仕掛けた。
(――"白毫穿ち"!!)
先に撃ったのは信長、前方目掛けて狙撃を放つ。しかし狙いどころは金涙ではない。赤い燃える一閃が走り、金涙の股下を通り英の足元に命中する。狙撃と言えど二人を吹き飛ばす程の爆発が起きた。
忍を助けた時のように敢えて味方付近に爆発を起こすことで、爆風を発生させそれで英を逃がす。金涙の剣撃から抜け出せずにいた英を見事救い出した。
(小峰と神童を守る為に、俺だって強くなってやらぁ!
――"象覇弾・巨群踏均し"!!)
次に豪牙。光弾を作りだしそれを大槌で打つ"象覇弾"。しかし今度の"象覇弾"は殴られた瞬間に分裂し、数を増やして炸裂弾のように展開する。
光球のサイズこそ小さくなり威力も軽減してしまうが、その代わり技の範囲が広がる。目に余る程の光弾が金涙に降り注いでいく。
当然忍もそれを浴びることになるが、持ち前のスピードで一つ一つ躱している。今の忍なら、例え本物の雨が降ったとしても濡れずにいられるだろう。
そのまま背後から斬りかかる忍。対する金涙はそれを受けつつも、振り向くと同時に一刀を振り払う。
金涙の狙いが英から移り、今度は忍が斬り合いを挑まれる。
「ハァア――!!」
「フッ――!」
両者の得物の数は同じ、二刀流同士の対決。
もしコクワガタの二刀が元のままだったら、刀身と力の差で斬り合いにすらならなかっただろう。しかし今の忍は大金剛ノ姿、オオクワガタの剣と力で金涙と正面から渡り合えた。
それにコクワガタのスピードも合わさり、忍は金涙とほぼ互角の剣撃を繰り出していく。
「大金剛――"翠玉刹那"ッ!!」
金涙の剣撃の間を縫って、その隙に二刀で交差に斬りつける。しかしすぐに再生されてしまう。
すると次の瞬間、英が忍の助太刀に入る。脇腹を斬り裂くと同時に足で蹴飛ばし、金涙を自分たちから突き放した。
「小峰君! 俺と黒金には合体技があるんだ! 俺の動きに合わせてくれ、今の君ならできるはずだ!」
「――はい!」
そう言って二人は横に並ぶ。忍は英が一挙一動を見て即座に真似する。
やったこともない合体技を見様見真似でできるかどうか不安だったか、まるで身体が覚えているかのように忍には次の動作が分かった。
オオクワガタの力に宿る記憶が、忍をサポートしているのだ。
「グラントシロカブト――猛吹雪、重ね!」
「大金剛――風裂水晶!」
白く輝くグラントシロカブトの刃、宝石のように黒光りするオオクワガタの刃。二人が同時に振り下ろされる瞬間、かつての重技が蘇る。
「「重技!! "白塵の黒鎌鼬"ッ!!!」」
次の瞬間、白の斬撃と黒の斬撃が数えきれない程放たれる。
これが英と黒金の重技"白塵の黒鎌鼬"。そこにコクワガタの速さが上乗せされており、元の技よりも斬撃にスピードが増していた。
白と黒の斬撃が、瞬く間に金涙を切り裂いていく。もし"姫"の胎による再生力が無ければ、今頃細切れになっているだろう。
「すげぇ……まんま黒金の動きだ」
それを見ていた豪牙は、思わず感嘆の声をあげる。まさか黒鉄の動きや技ではなく、他人との連携まで完璧に再現できるとは思いもよらなかったからだ。
「そう言えば、アレはできないのか?」
「……アレ?」
「アレだ、貴様らが我が軍勢を陥れた……」
横にいた信長が言う「アレ」とやらに、首を傾げる豪牙。一体なんのことかと思っていると、思い出させるために信長が当時の説明をする。
その話を聞いて「アレ」がなんなのか思い出した豪牙は、何かを思いついたのか目を見開く。
「そうだ、アレなら……!」
そして豪牙は走り出し、忍と英の元まで駆けつける。その際自身も光弾で牽制し、今から話す内容を聞かれないように金涙を近づけさせない。
「小峰! 今度は俺とだ!」
「えっ……あっ、アレですね!」
最初は分からなかった忍だが、すぐにその狙いを理解する。一方英はまだ気づいておらず、首を傾げる。
すぐに二人は連携の態勢に入る。まずは忍が両刀を振り下ろし、それに続く形で豪牙が大槌を振りかぶった。
「エレファスゾウカブト――"震怒獣王"!」
「大金剛――"金剛烈風"!」
「「重技――"黒怒君臨"ッ!!!!」」
忍が繰り出した剣撃を、豪牙が打撃によって推進力を与える。"金剛砕き"を模倣した剣技はそのまま斬撃となり、地中深くへと向かった。
黒金と豪牙の重技"黒怒招来"は、黒金の剣撃を豪牙が飛ばす技。本来攻撃目的の技だが、以前信長が引き連れてきた四万という鎧蟲の大群を一網打尽にすべく、地中に向けて繰り出されたことがある。オオクワガタの爆発のような威力の剣撃を地中で炸裂させることで、辺り一帯を陥没させることができるのだ。
「――ここから離れろッ!」
技を繰り出した直後の豪牙が、一番離れている信長の耳にも届くように声を張る。と言っても信長も自分の軍勢をほぼ壊滅させた時の話をした時点でこの事態を予測していたのか、既に避難は終えていた。甲虫武者たちも、すぐに翅を広げて飛行の準備に入る。
今二人が出した"黒怒君臨"もそれと同じ理屈だが、先ほどの"白塵の黒鎌鼬"と同じく、その威力とスピードは元の技よりも優れている。
斬撃はより深くまで掘り進み、そして威力が増した斬撃が炸裂し、周囲の地面を一気に塵へと変えた。
「ッ――!?」
地下の土台が失われたことにより、地上のアスファルトに亀裂が走り崩壊を始める。豪快な音を立てながら下へと沈んでいく。流石の金涙もこれには目を見張った。
陥没は予想以上に広がり、両端のビルまでも巻き込む。穴の中心に向かって倒壊を始め倒れ掛かっていく。
――このままでは陥没に巻き込まれ、上から降り注ぐ瓦礫や建物の餌食になる。金涙の状況判断は速かった。
勿論それを甘んじて受けるわけはなく、英たちと同じようにこの場から飛んで立ち去ろうとする。
しかしその上空には、既に豪牙が待機していた。
そして穴の外側まで引き下がった信長も、それに合わせて銃身を具現化する。
「逃がさん! "象覇弾・巨群踏均し"!!」
「変手――"仏堕とし・法雨"!!」
豪牙の光弾と信長の炸裂弾が雨のように降り注ぎ、金涙の飛行を阻む。
まともに飛ぶこともできず、金涙はそのまま陥没と共に底へと落ちていく。そして追い打ちのように瓦礫と倒壊した建物が覆い被さった。完全にとはいかないが、陥没した穴はそれで塞がる。
圧倒的な光景を目にしながら、英たち四人は地上で合流した。
「斬っても無駄なら圧し潰せばいい! 上手くいったな!」
「成る程……これが狙いだったのか」
ここでようやく英も豪牙の狙いに気が付いた。
斬ってもすぐに再生する金涙の身体、しかし打撃や衝撃は受け止め切れない。ならば瓦礫で圧し潰してしまおうという作戦である。
こうして見事に成功したわけだが、英たちの顔が晴れることはなかった。上手くいったはいったが、この程度で奴が死ぬとはとても思えない。地面の底でズタボロになった身体を再生しているに違いない。
それでも時間稼ぎにはなるはず。この隙に身体を休めるかそれとも次の作戦を考えるか、できることは沢山あるはずだった。
――瓦礫の底から音を立てて、這い上がってくる物が無ければ。
「ッ……!?」
瓦礫の海から何かが飛び出してきた。金涙ではない、巨大な物体である。
それは植物の根のようなもので、まるで生き物のように動いていた。
「あれって、移動要塞の……!?」
記憶に新しい気味の悪い肉塊、移動要塞を操るアミメが無限に生やしていた肉の触手であった。
重機の作業などとは比べ物にならない効率で瓦礫を退かし、触手の出処が地上へと出す。
穴の底から飛び出す金涙。その背中からは数十本の触手が生えており、不気味な躍動を繰り返している。金涙がこの触手を操っているのは明白だった。
追い詰めるどころか、新たな力を見せつけられたことで、一同の絶望がより深まった。
「そんなことまで……!」
「今の私は"姫"の胎の力を持っている。アミメのギラファを使いこなせるのなら、その力だって使いこなせても不思議ではないでしょう?」
「ッ、今までは全力じゃなかったってのか……!」
元々あの移動要塞は濃姫の力によって作られ、動いていたものである。そして金涙はそれをアミメを介して手に入れている。ギラファの力と同様に、完全に金涙の能力へとなっていた。その気になればあの移動要塞をもう一度形成することだってできるだろう。
――戦いの終わりが見えず、相手は衰えるどころかどんどん強くなっていく。対し自分たちは消耗し限界を迎えている。四対一のはずなのに、追い詰められているのは自分たちだというのが嫌でも分かった。
疲れによる不安と緊張が重なり、絶望が英たちの心をジワジワと浸食していった。
「忍君の進化と強力な重技、実に楽しめました。ですがそろそろ終わりにしましょう。これ以上貴方がたに付き合っている暇は無い」
そう言って金涙が力んだ瞬間、背中から入る触手が一斉に伸び、まとめて英たちに襲い掛かる。更には先端を刃のように尖らせ、または打撃用の肉塊とし、多種多様な形状で攻めてくる。
――絶望と圧倒的な力が、前方から迫った。
春までにはこの作品を終わらせたい。
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