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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
最終章:黄金武者の超越
224/230

223話

 移動要塞があった場所から大分離れた場所の建物、その中に伊音はいた。

一度は自分の家に戻ろうと考えたが、ここからカフェ・センゴクまでは結構な距離がある。それに戦いの行く末を見届けたいという思いもあった。


なのでこうしてジッと身を潜めて隠れている。

窓のカーテンは閉めて外から見えないようにし、薄暗い中座りながら英たちの無事を祈っていた。


遠くの方から爆発音と鋭い音がこだまのように響いている。英たちが命懸けの戦いを繰り広げている証拠だ。

遠いとはいえ決して優しくない音に震えながらも、伊音は必死に英たちの勝利を願い続ける。



(お父さん、黒金さん……どうか、英さんたちを見守っていてください)



手を合わせて亡き父と黒金に祈る。天国にいる二人の武者が自分たちをずっと見守っていると信じて。

鴻大と黒金が死んだのは自分のせい、そんな責任感が少なからず彼女にあった。自分さえいなければ、二人が死ぬことはなかったと思わない日は無い。


しかしそれでも、伊音は生きたいと思い続けた。

何故ならこの命は、大勢の人間が命を懸けて守ってくれたものだから。罪悪感と責任感の末に、粗末に扱っていいものではない。


――神童伊音は自分の命を大事にする。三人の武者の犠牲を、無駄にしないためにも。

それが自分にできる、唯一の恩返しなのだから。


そしてそんな覚悟を試すように、事態は一変する。



「きゃ……!?」



強い揺れが突如として起き、周囲の物をガタガタと鳴らす。

突然の地震に、伊音は思わず悲鳴を漏らしてしまう。


しかしそれは、地震の揺れ方とは少し違っていた。揺れがしばらく継続するのではなく、強い揺れが一瞬で通り過ぎたような感覚だった。

刹那――伊音の目前を黄金の閃光が通過する。



「うわッ!?」



それと同時に吹き荒れる余波に伊音は薙ぎ払われてしまう。

一体何が起きたのか? 強く打った部分を撫でながら顔を上げると、その光景に目を見張った。


ビルがバッサリと斬られている。文字通り外から丸見えとなっていた。

突然のことに伊音は言葉が出ない。彼女がもう少し前にいたら、跡形も無くなっていただろうと思うと、震えが止まらなかった。


しかしそんなことはあり得なかった。

全ては、精密な"虫の知らせ"に基づき計算されているのだから。



「――見つけましたよ、伊音さん」


「ひっ……!」



一体何が起きたのか、そう考えるより先に男の声が聞こえた。

その声に、伊音は二度目の悲鳴を出す。


真っ二つに裂けたビルに切断面から入ってきたのは金涙笑斗。ビルを斬ったのも、勿論この男である。

外からの光を背に、伊音の前に立ち塞がった。



(ど、どうしてここに……英さんたちと戦っていたはずじゃ……!?)



この男がここまでやってくるのを、英たちが見逃すとは思えない。伊音の心臓を優先しようとしても、四人の戦士が食い止めるはずだ。

だというのに、さも当然のような顔で金涙は伊音を見据えている。その余裕のある表情を見て、伊音は思い至る可能性が一つあることに気づく。



「ま、まさか……」



考えられる可能性は一つ。信じたくはなかったが、英たちの敗北。自分の敵を倒した後だからこそ、金涙は自分の後を追ってこられた。

その考えに辿り着いた伊音は、絶望の表情を浮かべる。



「――早速ですが、その心臓を貰い受けるとしましょう」



そう言って金涙は長刀を彼女に向けて突きつける。

腕を完全に伸ばせば、刃先が伊音の胸元を貫く位置。黄金に煌めく刃先がすぐそこまでやってきた。


絶対に生き延びてやる。そう思っていた伊音だが、いざ危機と直面すると恐怖で動けなくなってしまう。腰を抜かして、その場から逃げることもできなかった。

もし動けたとしても、この男から逃げるなんてことは不可能だろう。


まさしく絶体絶命のピンチ。しかし彼女がピンチに陥るのは、今に始まったことではない。鎧蟲や混蟲武人衆に追い詰められたことは何度もある。


――その度に、彼らが助けに来てくれた。



「――させない!!」



もう駄目だと諦めかけていたその時、優しくそれでいて力強い声が届く。

閉じていた瞳を開ける直前で風が一吹きし、ふわりと彼女を包み込む。そして目を開けて前を見ると、小さい背中の持ち主がそこにいた。



「忍君!」


「ッ――ハァ!」



駆けつけた忍は伊音を一瞥し彼女の無事を確認すると、すぐに金涙の方へ向いて応戦する。

伊音も忍が健在であることを確認して安堵する。どうやら負けたわけではなさそうだ。



「もう追いついて来ましたか、流石に速いですね」


「彼女には指一本触れさせない!」



繰り出される二刀流の攻撃を素早い剣捌きで弾くことで、伊音には決して届かないようにする忍。刃と刃がぶつかり合い、鋭い金属音が何度も響き渡る。


単純な力勝負では金涙が上、斬り合いだと忍が圧されてしまう。

しかし忍にはスピードがある。力の差を手数でカバーし、一歩も退かずに攻防を続けていく。


しかしギラファオウゴンオニクワガタの長刀は、隙あらば忍の横を素通りし伊音を狙おうとしてくる。それを防ぐのも含めて自分の防御もあるので、忍の方が圧倒的に分が悪かった。


このまま続けても競り負けるだけ。それは忍自身もよく分かっていた。

だからこそ、忍は()()()()()()()()



「――!」



"虫の知らせ"が、金涙に後ろを振り向かせる。

その次の瞬間、強烈な爆発が金涙を背中から包み込んだ。


ビルを吹き飛ばす程の威力、勿論そこにいる伊音もただではすまない。

しかし忍が爆風より速く動き、彼女を抱えて脱出。伊音は少し熱く感じただけで、火傷もしていない。

爆発を受けたのは、金涙だけである。


燃え盛りながら崩壊するビルから飛び降りた忍は、外にいた英、豪牙、そして砲撃を放ったばかりの信長と合流する。



「伊音ちゃん! 無事でよかった!」


「神童! 間に合ったようだな……」


「英さん、象さん先生も……!」



忍以外のメンバーも、こうしてここにいる。つまり戦いはまだ終わっていない。伊音は安堵と共に緊張感を抱き直す。


伊音の無事を確認した英たちはすぐに視線を同じ方向に向ける。信長が砲撃したビルの跡地、ぼうぼうと燃える炎の中から涼しい顔で金涙が出てくる。


爆発で焼けた皮膚はすぐに生え代わっており、本人は熱がる素振りすら見せていない。



「俺たちのこと無視して、真っ先に伊音ちゃんを狙いやがって……!」



何故金涙がここにいるのか。その答えは簡単で、単純に英たちの相手をせず真っ直ぐ伊音の元に向かったからだ。

今の金涙はどんな攻撃を受けてもすぐに傷が再生する。英たちの総攻撃を受けながら伊音を追いかけるなんてこともできた。



「神童、今度こそ奴を食い止める。今のうちに逃げろ」


「は、はい……!」



再び金涙の相手を英たちに任せ、伊音はその場から走り去る。

当然金涙はそれを追おうとするも、英が立ち塞がった。


胴体目掛けて一太刀を走らせて袈裟斬りを繰り出すも、金涙は避ける動作もしない。

英の刃はすり抜けるように金涙の肉を通過する。またもや斬った直後から肉が再生していた。



「はぁ――!」



英を無視し、伊音の後を追い続ける金涙。

今度は忍が斬りかかる。目にも止まらぬ剣撃で金涙を斬り続けるも、その再生速度は忍の速さと引けを取らない。


何度刃を浴びせても、瞬く間に傷が修復されていく。

それでも痛みはあるはずなのに、金涙は気にも留めなかった。


――次の瞬間、金涙の頭上で閃光が弾ける。

その光を見た瞬間、忍は急いでその場から避難した。



(本能死――"仏堕とし・法雨"!!)



炸裂し、降り注ぐ熱弾の雨。

信長の弾幕が金涙を包囲した。

爆発が連鎖するように続き、その周囲を全て焼き尽くす。


――しかし、それでも金涙は止められない。

漂う煙の中から、平然と出てきた。



「無駄です。貴方たちに私は止められない。攻撃が通用しないのだから」


「なら――これでどうだ!」



涼しい顔をする金涙に、怒号と共に殴りかかるのは豪牙。

熱弾が残した煙で身を隠して接近し、不意打ちの大槌を振りかぶる。


しかし金涙には不意打ちも通用しない。その"虫の知らせ"は、豪牙の存在などとっくに感知していた。

背後から殴りかかってきた豪牙に対し、金涙は背を向けたまま右手の刀を後ろへ突き刺す。黄金の刃先が右肩を貫いた。



「ぐッ――うおおおお!!」


「ッ……!」



だが豪牙の巨体は止まらなかった。走る痛みを雄叫びで掻き消し、腕を振る動作を続ける。

結果、大槌の強烈な横払いが命中。しかし英たちと同じようにこれもすり抜けてしまう……かと思われたが、金涙の身体は見事に殴り飛ばされた。



「効いた!?」



ギラファオウゴンオニクワガタになった金涙が初めて吹っ飛ばされたことに、近くで見ていた英と忍が驚きの声を上げる。殴った本人である豪牙すら意外な顔をしている。


英たちの攻撃は通用しなかったのに、何故豪牙だけが止められたのか。その理由は武器の違いにあった。



「――成る程。大槌のような打撃の武器なら、その衝撃で奴を崩すことができるのか。考えたな象武者。

といっても潰れた内臓もすぐに治るだろうがな」


「い、いや全然。考え無しに殴っただけ」



急激な勢いで傷を治せる金涙の肉体、しかしどんなにエネルギーが詰まった身体と言えど、強い衝撃には耐えられなかった。

それが一番与えられる武器は、肉を斬り裂く刃ではなく大槌のような打撃武器。豪牙のエレファスゾウカブトが適任だった。



「爆風で見えなかっただけで、俺の銃撃も多少の効果はあったのだろう。足止めなら俺と象武者でできそうだ」



そして信長の銃もまた、衝撃を与える武器である。

つまり豪牙の打撃と信長の銃撃なら、金涙の足止めができるということ。



「……残された方法はただ一つ。奴を消耗させる。

奴の体力だって無限ではない。途方もない話だが限界まで攻撃し続けるしかない」


「それまでこっちがもてばいいんだが……」



信長が説明する作戦は英でも予想はできていた。しかしそれが簡単ではないことにも気づいていた。

今の金涙を相手にするなら、長期戦になるのは必須。相手のエネルギーが尽きるまで攻撃し続けるしか、倒しようがないのだから。


しかし対する英たちは消耗していた。特に英は強みであるリッキーブルーの鎧を再形成するエネルギーも残っていない。黒金御用達のチョコバーも無いので回復の仕様がなかった。


つまり体力が尽きかけた状態で、体力の底が見えない金涙を相手にしなければならない。信長の言う通り途方もない話である。



「っ……とっと。流石に打撃は効きますか」



殴られた後、ゆっくりと起き上がる金涙。鎧に付いた埃をパンパンと払うその様は、とても戦闘中のものとは思えない。

金涙は表情を崩さないまま、立ちはだかる四人の戦士を見据える。

先ほどは伊音の確保を優先して無視したが、やはりここで倒した方が楽だと認識を改める。といっても、今倒すか後で倒すかの違いでしかない。



「このまま貴方がたと付き合っても私には何のメリットも無い。申し訳ありませんが、早めに始末させてもらいますよ!」



刹那、二本の長刀を豪快に払い広範囲の剣撃が再び放たれる。遠くにいる英たちに余裕で届く間合いは再び距離を形成した。

そして金色の太刀筋が捉えているのは、豪牙と信長だった。



(ッ――やっぱり象さんと信長を狙ってきたか!)



一刻も早く伊音の心臓を得る為、金涙は自分の足止めができる豪牙と信長に狙いを定める。

豪牙と信長を先に倒せば、自分を足止めできるものはいなくなる。脅威とまではいかないが、金涙はこの二人を邪魔な存在だと認知した。



「ッ……この!」



襲い掛かる剣撃を躱しながら、信長も隙間を狙って反撃する。一瞬で銃の形成を行い即発射、瞬く間の早業で金涙の狙撃をした。

熱弾の一閃は剣撃の隙間を掻い潜り、金涙の右腕に命中する。しかしその傷はすぐに再生し、何事もなかったかのように金涙は剣を振り続けた。



(一点の狙いの狙撃では奴の動きは止められない。"第六天雷"のような威力が拡散する技の方が良いが、それでは奴に当てられん!)



狙撃だと相手に当てることはできるが動きは止められない。ならば砲撃で使えばいいという話だが、威力が上がると弾のサイズも大きくなるので、命中率が下がってしまう。


そもそも金涙の"虫の知らせ"なら今の狙撃も弾くことができただろうが、それをしないということは、避けるまでもないということなのだろう。


金涙の余裕に苛つくばかりだが、これは好都合でもある。避ける気も防ぐ気も無いのなら、思う存分当てるのみ。



(――防がなかったことを後悔させてやる!)



例え大した効果が見られなくとも、金涙を消耗させていることには変わりない。下手に大技で一気に減らそうとするより、命中率を優先してチマチマと減らした方が確実である。それに後先考えずに大技を連発できる程、今の英たちに余裕は無かった。



「ハァ――!」



金涙の猛攻は続く。信長は金涙から距離を取り、間合いの外から狙撃した。

四人の中で長距離攻撃ができるのは信長のみ。どんなに長い刃だろうと、銃はその一歩先をいく。


熱線が金涙の全身を何度も貫く。

金涙は最早、避けようとも弾こうともしない。自身の蓄えられたエネルギーに全てを任せ、攻撃だけに集中した。



「――フッ!」



弾幕を浴びながら金涙が走り出し、天を貫く勢いで長刀を掲げる。長い刀身が上を向いたことで、その長さがよく分かった。

そのまま勢いよく振り下ろされる長刀。力業で扱われるその刃に、遠心力は感じられない。普通の剣撃と変わらない速度で信長に迫る。


対する信長は、それを避けようとも防ごうともしない。変わらず金涙に銃撃を放ち続けている。

次の瞬間、その頭上に白色の鎧が割り込んだ。



「オッ……ラァ!!」



跳躍した英が、金涙の攻撃を代わりに防ぐ。

そのまま長刀を弾いた後、信長を守るように前へ出た。



「あいつの攻撃は俺が防ぐ! お前は銃撃に集中しろ!」


「ふっ、最初からそのつもりだ――!」



金涙の攻撃は更に続き、二本の長刀が連続して襲い掛かる。

それを英が受け止めて、その間に信長が撃つ。攻守を兼ね備えた連携で堅実に勝負を進めた。



(グラントシロカブト――"猛吹雪"!!)



英もただ防いでいるわけではなく、信長の銃撃に便乗して斬撃を放つ。弾丸や打撃と違って衝撃が少なく、あまり効果があるようには見えないが、ダメージを与えていることには変わりない。



(コクワガタ――"嵐刹那"!!)



そして忍は圧倒的な加速で金涙に迫り、目にも止まらぬ速さでその首を斬る。技を繰り出した後も加速を続け、何度も斬りかかっていく。



(エレファスゾウカブト――"象覇弾"!!)



極め付きに豪牙は大槌で殴り飛ばす"象覇弾"、巨大な光球が金涙に命中しその態勢を崩させる。豪牙の技で唯一の中距離攻撃である。


しかし四人掛かりの一斉攻撃をもってしても、金涙はピンピンとしていた。攻撃の雨あられを浴びてもその傷はすぐに再生してしまう。

いつまで経っても弱る兆しも見せない金涙の姿に、一番焦っていたのは忍であった。



(駄目だ。象さんたちと比べて僕の攻撃は弱すぎる! もっと大きなダメージを与えないと……!)



コクワガタは剣撃の威力より速さに特化した力。なので他の三人と比べるとその威力の無さが浮き立って見えてしまう。

といっても加速すればそれを補うこともできるし、何よりこの速さは忍以外に出せないもの。忍だけの武器と言ってもいい。


それでも忍は己の非力が許せなかった。金涙を消耗させるためには、やはり威力のある方が良い。威力を上げるための加速と言えば聞こえは良いが、その加速に時間を掛けているので効率が悪くなってしまう。


それに今は剣撃を与えられてはいるが、それは金涙が最初から避けるつもりがないからである。その気になれば"虫の知らせ"で捉えることもできるだろう。金涙の相手にコクワガタの速さは相性が悪かった。


つまりこの場で一番力になれていないのは自分――忍はそう考えていた。

そんな葛藤で戦いに集中できなかったせいか、金涙の一太刀を避け損ねてしまう。



「うあぁ――ッ!」


「小峰ぇ!」



加速と接近中に斬られてしまい、血を撒き散らしながら地面を転がる。金涙に斬られた足がズキズキと痛む。

痛みに悶えながら顔を上げる忍、金涙が冷たい目線で見下ろしている。



「そう言えば、君の速さも少々厄介ですね。伊音さんを連れて遠くまで逃げられては、いくら私でも追いつけくのに時間が掛かってしまう。

――今ここで、始末しないと」


「小峰! させるかぁ!」



そのまま地に伏せる忍に刃を突き刺そうとする金涙。そんなことはさせない、と豪牙が走り出し大槌を振りかぶる。

しかし金涙が振り返ると同時に長刀が走り、今度は豪牙が斬られてしまう。胸に深い一閃、甲虫武者にとっては致命傷ではないが、大きな痛手であることには変わりない。



「あがッ……!」


「ッ、象さん!」


「くっ愚か者が! 離れたままで良かったものを!」



乗りつつあった流れが崩れたことに信長は悪態を付くも、これは致し方が無い。

象山豪牙という教師が、生徒の危機を前にジッとしていられるわけがなかった。


勿論忍も逃げようと必死に藻掻く。連戦の影響でエネルギーに余裕が無く、傷の再生に時間が掛かりすぐには動けない。



「まずは貴方です。小峰忍君――!」


「ッ……!」



刃を突き立ててくる金涙に、忍は悔しそうに顔を強張らせることしかできない。身体を引き摺ってでもこの場から離れようとしたが、間に合うわけがない。


そして金涙が突き刺そうとしたその瞬間、二人を爆風が包み込む。



「――"第六天雷"!!」



それは効率が悪いと信長が使用を控えていた"第六天雷"の爆発だった。それが金涙ではなく、その足元で炸裂したのだ。

金涙は勿論、近くにいる忍も巻き添えになってしまう。味方の身を厭わない砲撃に、英が目の色を変える。



「信長!? 何を――!?」


「安心しろ、威力は抑えてある!」



忍が爆風によって遠くまで飛ばされていく。対する金涙は"虫の知らせ"で砲撃を予知し、その場に留まるよう刀を地面に突き刺して耐えていた。

それを見て、英は信長の意図を理解する。



「そうか、爆風で小峰君を逃がしたのか……!」


「多少は焼けただろうが、あのまま殺されるよりはマシだ」



手荒い方法だが爆発で忍を吹き飛ばすことで、金涙から忍を逃がすことができた。いくら威力を抑えていても信長の言う通り少なからずダメージは受けただろうが、甲虫武者ならば傷の再生ができる。


すると復帰した豪牙が二人と合流し、信長に頭を下げる。



「俺の生徒を助けてくれてありがとう。そしてすまない、俺のせいで……」


「今は奴だけに集中しろ。あの小童がまた戦えるようになるまで時間が掛かるはずだ。それまで我らだけで持ちこたえればいい」


「そうだ。俺たちがあいつを惹きつける!」



金涙が忍の後を追えないように、残った三人で金涙に立ち向かう。斬撃や銃撃で気を惹きながら、その前方に立ちはだかった。






"第六天雷"の爆風は、忍を数十メートル先まで吹っ飛ばした。忍の身体が小さいのも相まって、信長の予想以上に飛んでいた。

場所は丁度金涙と戦い始めた辺り。既に移動要塞だった肉片はドロドロに溶けており、残っているのは建物の残骸だけ。



「うぐ、ハァ……ハァ……!」



そこで忍は血反吐を吐きながら地に伏していた。すぐには立てなかったがそれでも息を整えて、傷の再生に集中する。

金涙に斬られた足と信長の銃撃で受けた火傷、傷が酷く再生に時間が掛かるのは後者の方だった。しかし信長のおかげで助かったのだから文句は言えない。


忍はあの時の信長の意図をちゃんと理解していた。しかしそれによって自分のせいで連携を崩してしまったと、マイナスの方へと考えてしまう。



(クソっ……僕にもっと力があれば、もっとアイツにダメージを与えられたら!)



――彩辻との戦いで、忍は更なる速さを求めた。結果として忍のスピードは桁外れのものになったが、金涙を倒すにはこれだけでは足りない。

今欲しているのは、速さではなく純粋な力。圧倒的な切れ味で少しでも金涙の体力を削りたかった。


例えどんなに速くても、"虫の知らせ"で察知されたら意味が無い。自慢と自身となっていた己の速さが、今だけは虚しいものに思えてしまう。



(こんな時、象さん先生なら『お前の速さは他の奴には無い武器だ!』ってみたいな感じで、励ましてくれるんだろうな……)



ナイーブになった自分を少しでも奮い立たせようと、豪牙がもしこの場にいたらどう声を掛けてくれるかを考える忍。

確かにこの速さはコクワガタの最大の武器だ。しかしそれだけでは足りない。何度でも言うが、やはり威力が欲しかった。


そんなやるせない想いの中で傷を再生していると、視界の隅に妙な物が移り込む。



(……なんだあれ?)



疲れ切った視界ではボンヤリとしか見ることができなかったが、その正体を探ろうと、地を這って近づく。

少しずつ近づくにつれてその正体が分かり、思わず目を見張った。

そこには、二本の黒い刀が突き刺さっていた。



「黒金さんの、刀……!?」



忍も見覚えのある刀身、黒金大五郎ことオオクワガタの二刀だった。荒れ果てた光景の中、それだけが堂々と存在感を放っている。

しかし何故? 黒金の刀は移動要塞を止めるために使われた。その際混蟲因子を蝕む信玄の毒を乗せられたはず。


ならばこの刀も朽ち果てているはず。いや、そもそも使い手である黒金が死亡した時点で消滅していないとおかしい。



(……まさか、鴻大さんの時と同じ……!?)



これとよく似た現象を忍は見たことがある。

伊音の父、神童鴻大ことヘラクレスオオカブトの太刀も使い手が死んだというのに存在し続けた。そしてそれは英の手に渡り、リッキーブルーという新たな力を授けた。


もし今目の前で刺さっている刀も、それと同じなら――


渾身の力を振り絞り、フラフラの状態で立ち上がる忍。ゆっくりと歩み寄って、オオクワガタの刃を抜く。

注目すべきはその刃先、信玄の毒が未だ残っているというのに、刀身の崩れが一切見られない。


まるで自分を使ってくれる存在を待ち望んでいるかのように、形を保っていた。



(黒金さん……最初は怖そうな人と思ってて、あまり接点が無かった。だけどあの中で誰よりも伊音さんを、カフェ・センゴクを大事に想ってた)



忍は柄を強く握り、黒金大五郎という人間を思い返す。

仲が悪かったわけではないが、この二人は接点があまり無かった。社長という立場と英と豪牙には無かった大人びた様子に距離感を覚え、積極的に関わろうとしなかった。自分とは住む世界が違うとすら思っていた。


しかしそれは違った。彼もまたカフェ・センゴクに救われた一人。何より大切な人を守りたいという共通点があった。



(どうか……僕に力を!)



そんな想いに比例して、柄を握る力が更に強くなる。

――次の瞬間、まるで共鳴するように忍の痣とオオクワガタの両刀が光り輝いた。






「――だぁあ!?」



金色の剣撃が走ると同時に、英の身体が宙を舞う。盾として攻撃を防ぎ続けていたが、猛攻の末に隙を付かれて剣撃を受けてしまった。

それにより信長を守るものが無くなり、弾幕が広範囲の斬撃によって全て撃ち落とされる。そしてその攻撃は信長と豪牙へ届いた。



「ッ……!!」


「ぐっあ!!」



英が崩されたことで、ドミノ倒しのように陣形が崩れていく。

息を切らし膝を付く三人に、金涙が両刀を広げながら迫る。満身創痍の英たちに対し、金涙はその鎧に汚れすら付いていない。



「――終わりですか? 意外と長く持ちましたが、これで終わらせましょう」



英たちにトドメを刺そうと、長刀を振りかぶる。剣撃が繰り出される前に英が二人の前に飛び出し、再びた盾としての役目を果たそうとする。

――もう一発、防ぎ切れるだろうか? そんな英の心配は、次の瞬間に杞憂となった。



「――ッ!?」



刹那、それ以外の言葉が見つからない程の速さ。その時点で誰が来たのかはすぐに分かった。

英たちに振り下ろす長刀を狙い、加速と共に刃を振るう。無論金涙も"虫の知らせ"でそれを察知し、もう片方の長刀で迎撃を試みた。


しかし刃が衝突した瞬間、金涙の方が()()()()()。結果刃を弾かれたことで態勢を崩し、英たちに逃げる隙を与えた。

閃光のように駆けつけた忍、助けられた英と豪牙は彼が持つ刀に目を見張った。



「小峰、お前それ……!」


「オオクワガタ……黒金の!」



コクワガタの得物は短刀で、速い動きに適している代わりに刀身が短かった。

しかし今の忍の武器は普通の刀と変わらない長さを持っており、何よりその色と形には見覚えがある。


刀身を染め上げる漆黒の色は、彼がオオクワガタの力を受け継いだ証拠であった。

しかし受け継いだのは力だけではない。伊音を守りたいという想いが力の源であり、繋がりでもあった。


オオクワガタの力を継いだ新たなるコクワガタ――大金剛ノ姿の誕生である。



「――この大金剛ノ姿で、お前をぶった斬る!! 金涙!!」

あけましておめでとうございます。

春までにこの作品を終わらせたいです。


最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません。

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