222話
(嘘だろ……ここで更に強くなるのかよ!)
信長のタッグでも倒せなかった金涙が、更なる力を得て畏怖を抱く英。しかもそれが、自分と同じ経緯の力なのだから一層意識する。
英のリッキーブルーは、師である鴻大の想いと共に受け継いだ力。対する金涙のそれは、自分を敬愛するアミメの想いである。
鴻大の託した親心、アミメの歪んだ忠誠心。想いの形は違えど、どちらも一人の甲虫武者を進化させている。
(俺の場合、硬さが増して師匠の太刀と剣筋を受け継いだ。あいつの場合は……どうみてもアレ!)
問題は、金涙がギラファの何の要素を得たのか。
その答えは一目瞭然。身丈より長い刀身だった。
アミメのギラファは長刀の二刀流。恐ろしく長い刃で間合いを伸ばし、敵を一切寄せ付けないのが特徴である。
形状的に金涙が強く受け継いだのはそれ、黄金の刀身が何倍にも伸びている。
(あの長刀を使いこなせない……ってことはないだろうな。俺だって土壇場で師匠の太刀が使えたんだし)
ギラファの刃を得たとしても金涙がそれを活かせないという可能性も考えたが、すぐに捨てた。
英がそうであったように、甲虫武者同士の継承は武器の使い方までも本能的に託すことができる。
悔しいが、甲虫武者の力で自分にできて金涙にできないことは無い。と英は考えていた。
「――さてと、では早速この力を試してみましょうか」
そう言って金涙がゆっくりと二本の長刀を構える。
対する英たちの行動は、その前に攻撃するのではなく退避。長刀の形状を見て"虫の知らせ"が嫌な予感を覚えたからだ。
そしてその予想通り、金涙の攻撃に英たちは目を見張ることとなる。
「オウゴンギラファ――"黄金月光・三日月"」
長刀が振り下ろされると同時に、三日月形の斬撃が奔る。
長い刀身による斬撃は幅が広く、たったの一振りでも広範囲の攻撃へとなっていた。
しかもそれが数発、それが視界を埋め尽くす勢いで英たちに迫る。
(ッ――やっぱり、攻撃が馬鹿広い!)
事前に退避したおかげか、難なく避けられた英たち。
しかし恐ろしく大きい斬撃に一同は息を呑む。ただの斬撃がこれ程までの広範囲攻撃となったのだから、堪ったものではない。
英たちは初撃の斬撃でその強さを痛感する。
しかしギラファオウゴンオニクワガタの恐ろしさは、これからだった。
「三人同時に行くぞ――!」
「おう!!」
「はい!!」
最初の攻撃で驚かされたが、決して気圧されたわけではない英たち。一斉に走り出し、数の違いで挑もうとする。
しかしその勇敢な特攻は、金涙の一振りによって遮られた。
「ッ――とぉ!」
伸びるような間合いに慌てて身を退きながらも、攻め入る隙を伺う。
しかし今の一振りで改めて理解する。金涙がギラファの長刀を完全に使いこなしていることを。
長い得物を振り回すには独特なバランス感覚が必要だ。見様見真似でできることではない。
しかし金涙はさも当然のように長刀を振り回している。地面と平行に突きつけ、力強く振り回してもその足が踏鞴を踏むことはなかった。
(間合いが長すぎて近づけない! 想像以上に伸びてくる!)
何度も近づこうとする英たちだったが、その間合いの広さに踏み出せない。少しでも身を寄せれば、刃先が紙一重で掠ってくる。あと数ミリ近ければ、容赦なく斬られていたと感じる程に。
そして次の瞬間、力強い銃撃音が響き渡る。
「本能死――"異国一掃"ォ!!」
振り向けば、信長が怒涛の勢いで熱弾を連射していた。ガトリング式の機関銃から放たれる弾幕は英たちの横を通り抜け、金涙へと飛んでいく。
しかしその熱弾が金涙に届くことはなかった。間合いに入った瞬間斬り落とされていた。
その光景を見ているうちに、まるでそこに見えない壁があるのではないかと錯覚してしまう。それ程までに正確に熱弾を弾いていた。
「信長に続け! あいつと連携するんだ!」
大量の熱弾を捌いている今なら、一撃を与えられるかもしれない。英たちは信長の弾幕に合わせて、再び金涙に突撃していく。
まずは英、豪牙の二人が両サイドに回り、そこから同時に踏み出した。
「――ッ!」
熱弾を弾いている今なら接近できると踏んでの行動だが、横からの接近も察知され、剣撃で払い除けられてしまう。
左右からの攻撃に気づいた金涙は、銃弾を弾くのではなく回避し、その際身体を捻ると同時に長刀を横に走らせた。前方からの弾幕を絶対に躱すという自信と能力が無ければ、真似できない芸当である。
(両サイドの挟み撃ちでも無理なら――!)
一向に近寄れない英たちは、金涙の後ろ側に目を寄せる。
既に二人が左右に回った時点で、忍が後ろから奇襲する準備はできていた。
挟み撃ちが無理なら、超スピードによる不意打ちを。いくら間合いが広くても忍のスピードなら接近できるだろう。
「ッ――!」
だが金涙は死角からの接近すらも察知し、目にも止まらぬ速さで加速していた忍さえも間合いに入れなかった。
金涙の一太刀に薙ぎ払われ、忍の小さな身体が吹っ飛んだ。
その瞬間、一同は金涙の持つ特殊能力のことを思い出す。
(そうだった"虫の知らせ"! こいつには不意打ちが効かない!)
例え死角からの攻撃だろうと、金涙の"虫の知らせ"の前では見えているも当然。寧ろその感知範囲は、長刀の間合いよりも広い。
恐ろしく広い間合いと研ぎ澄まされた第六感、それらが合わさって何を意味するのか。黄金の武者に立ち向かう戦士たちは再び畏怖する。
(攻撃が通らないどころか近づけない! あいつの"虫の知らせ"とギラファの刀、こんなに相性が良いものが他にあるかよ!)
四人掛かりで四方八方から攻めているというのに、金涙の周囲には土埃すら舞っていない。迫り来る猛攻を余裕の表情で弾いていた。
果たしてどう攻略したものか、そう悩んでいると真正面から熱弾を撃ち続けている信長から英たちに向けて合図が送られた。
指を一度上に向けてその後に下を指すその動作を見て、三人はその意図を完全に理解した。
(成る程、そういうことか!)
それから間髪入れず、本能死の砲身が斜め上を向いて砲撃を放つ。
放たれた砲撃は金涙の上空で破裂し、無数の熱弾となって雨のように降り注いだ。
「――"仏堕とし・法雨"ッ!!」
上から迫り来る弾幕、そして正面からの射撃もまだ続いている。前と上からの同時射撃が金涙を襲った。
しかし金涙は正面からの射撃を弾きつつ、降りかかる熱弾を躱していく。"虫の知らせ"で完全に軌道を読まれていた。
「ッ……!」
しかし上からの攻撃が加わったことで多少だが金涙の余裕を削ったのは事実。現に殆ど動いていなかった金涙に回避を強制させている。
――いくら優れた第六感があろうとも、あらゆる攻撃が当たらないということではない。つまり、物理的に躱せなくすることは可能ということ。
ならばやることは変わらない。連携攻撃を続けるのみ。金涙が躱しきれなくなるその時まで。
「グラントシロカブト――"猛吹雪"ィ!!」
「エレファスゾウカブト――"象覇弾"ッ!! "大咆哮・打払"ッ!!」
「コクワガタ――"風塵切断"ッ!!」
信長の"仏堕とし・法雨"に続いて、武者たちも遠距離攻撃を放っていく。更に飛び跳ねながら放つことで攻撃に高さを加えていった。
まるで包み込むように、金涙に斬撃や銃弾が迫っていく。流石にその全てを長刀だけで弾くことはできず、金涙も回避行動を取らざるを得ない。
しかしそれでも金涙は無傷だった。どんなに密集した攻撃だろうと、自分が通れる程の隙間を見極め、縫うように躱していく。
「ッ、どうやって避けてんだよアレ!」
「攻撃を止めるな! もっと激しくするまでだ!」
対する英たちは信長の指示のもと、更に攻撃の手を激しくさせる。
数を増やし、位置を工夫し、金涙の意識を全方位に向けさせるように。攻撃の手を和らげるなど以ての外。
特に激しく動いているのが忍である。自慢のスピードで金涙の周りを動き回ることで、斬撃をあらゆる方向からほぼ同時に放っていた。
間隔も速度も全てが速い忍の斬撃は、他の遠距離攻撃と共に金涙を囲んでいった。
(攻撃は対処できますが、四人相手となると防戦一方になりますね……)
四人掛かりの同時攻撃を捌くとなると、流石の金涙も押されていた。
攻撃こそ当たっていないが、金涙に反撃の隙を与えていないのも事実。その点で言えば戦況を支配しているのは英たちの方と言える。
(仕方ない、ここは被弾覚悟で反撃しましょうか)
多少のダメージはやむを得ないと判断し、長刀を構えて再び剣撃を放つ姿勢に入る金涙。"虫の知らせ"で銃弾と斬撃が当たらない一瞬の間を狙って、長刀を構える。
――その一瞬を、信長は見逃さなかった。
(隙を見せた!? 何故今更!?)
金涙が突然晒した隙に、信長が最初に抱いたのは困惑。今まで弾くのと躱すのに徹していた癖に、今更になって迎撃をする魂胆に驚きを隠せなかった。
何か狙いがあるのか? そんな不安も過った。
(だが――好機!)
しかし、それがチャンスであることには変わりない。
ようやく捉えた一瞬のチャンスを見逃さず、即座に本能死の熱弾を撃ち放った。
熱弾が一閃を描き金涙に命中した。爆発が全身を包み込み、それなりのダメージを期待させる。
ようやくまともな一撃が入ったと、一同は拳を握りしめる。これを機に戦況を優勢なものにしようと褌を締め直した。
しかしそんな淡い期待は、爆風の中から出てきた姿を見て粉々に打ち砕かれる。
(馬鹿な――無傷だと!? 直撃したはずだぞ!)
晴れた爆風の中で鎮座していたのは、平然とした顔で構えを続けている金涙だった。
熱弾が直撃したというのに傷すら付いていない。血が流れた痕も無ければ、燃えた痕も無かった。
その事実に驚く暇も無く、金涙の剣撃が放たれる。
(オウゴンギラファ――"黄金月光・満月")
二本の長刀が円を描き、全方位からの銃弾と斬撃を全て一掃する。四人掛かりで展開した包囲網は、たった二撃で振り払われた。
勢い付いた剣撃は間合いを更に伸ばし、離れていたはずの英たちにも到達する。
「っぁあ……!!」
「ぐッ……!!」
(オウゴンオニクワガタの切れ味も健在か……!)
ギラファオウゴンオニクワガタが受け継いだのはギラファの間合いだけではない。オウゴンオニクワガタ・"夜叉断ノ姿"の切れ味も備わっていた。
凄まじい剣技に忍は脇腹を裂かれ、豪牙は肩をやられ、英は胸を深く斬られてしまう。
そして信長は、銃を発砲する際に突き出していた右手を斬り落とされてしまう。
「ぐぉお……ッ!」
「信長!」
甲虫武者は自前の再生能力で傷を癒せるが、鎧蟲は人か武者の血肉を摂取しなければ傷の再生ができない。切断面から溢れる血を抑えながら、信長は苦悶の表情を浮かべる。
しかし今の信長は、片手を斬られたことより先ほどの不可解なことの方が気になっていた。
(おかしい、俺の熱弾は確かに命中したはずだ。
――直前で防いだ? いや、いくら奴の第六感でも目と鼻の先にまで迫っていた弾丸を、あの長刀で弾くなんてことは不可能のはず!)
自慢の熱弾が直撃したはずなのにピンピンとしている金涙が不思議で仕方がない。刀で弾いたわけでもなく、躱したわけでもない。熱弾は確かに命中して爆発した。
「どうなってんだ!? 当たったよな今の……!」
「はい……だけど、あいつは無傷です!」
その疑問は英たちにもあった。一部始終をその目で見ており、信長と同じ違和感を抱いている。
得体の知れない不気味さが、四人の身体を雁字搦めにする。
「……成る程、想像以上ですね」
一方金涙は熱弾が当たった箇所に撫でて、興味深そうに笑みを浮かべている。
その光景を見て、一同はとある結論に至った。
「まさか……俺のリッキーブルーと同じ……!?」
――ギラファノコギリクワガタを吸収したことで英のリッキーブルーと同じように鎧の強度が強化されたのではないか? 確信があったわけではないが、英という前例からしてそれが一番説得力があった。
しかしいくら英のリッキーブルーでも信長の本能死を無傷で受けることはできない。
考えたくはないが、今の金涙は英以上の硬さを手に入れたということになる。
「……これなら攻撃を弾く必要はありませんね」
そう言って考える時間もくれずに、金涙は攻めに転じた。
長刀を振りかぶりながら、信長へと迫る。
勿論信長は本能死の銃撃でそれ迎撃、大量の弾幕で狙い撃ちにしていく。
対し金涙はそれを避けようともせずに突撃。無数の熱弾を浴びるも、先ほどと同じように何ともない様子でそれを突破した。
「ッ――なら、これならどうだァ!!」
全く通用しない連射攻撃の次に、信長は巨大な砲台を形成する。
"第六天雷"、本能死の中で最も火力のある技だ。
「避けなかったことを後悔するがいい――"第六天雷"ッッ!!」
巨大な砲口を見ても止まる気配の無い金涙に、信長は容赦なく砲撃をぶつける。
瞬間、凄まじい大爆発が起きる。爆風が英たちを巻き込み、近くにあるもの全てを吹き飛ばした。
瞬く間に周囲は焦げの黒一色と化し、爆撃があったような光景となる。その中心で立ち尽くすのは息を荒げている信長、その前方では大量の煙が霧のように充満していた。
距離的にも今のは躱せなかっただろう。普通ならこれで跡形もなく燃え尽きたはず、信長は勝利の笑みを浮かべる。
――煙の中から、黄金の刃先が飛び出るまでは。
「ッ――アガァ!?」
「信長……!?」
霧がかかった前方から突然繰り出された刺突は、信長の不意を突きその胸元を貫く。そのままグイっと持ち上げられて、足が地面から離れた。
しばらくして煙が晴れると、そこには刃を突き出した金涙の姿があった。
そして当然であるかのように――鎧のあちこちこそ燃えてはいたが、その身体には傷一つ付いていない。
(馬鹿な……俺の"第六天雷"を受けて、無傷でいられるはずが……!)
「ふぅ……流石に熱いですね」
サウナから出てきたような軽口を叩きながら、持ち上げた信長に向かってもう一方の長刀を振りかぶる金涙。
そんな信長の窮地を救おうと、甲虫武者たちが一斉に斬りかかる。
「させな――うわッ!?」
まずは忍が先行するも、投げ飛ばされた信長がぶつかり吹っ飛ぶ。
ならば俺たちが、と英と豪牙が同時に仕掛けた。
金涙が英の一太刀を刀で受けている間に豪牙が殴りかかるも、二本目の刃であしらわれる。
「オウゴンギラファ――"聳孤舞喰"」
そのまま捻じ曲がるような剣撃が前方広範囲に炸裂し、長刀からは考えられないような複雑な剣撃が、英と豪牙の全身を同時に斬り裂いた。
(ッ……なんてな!)
しかし英は斬られつつも空中で身を翻し、目の前の金涙に向かって刃を払う。
たかが一太刀、余裕で躱せるだろう。だが金涙は、信長をぶつけて吹っ飛ばしたはずの忍が既に背後にいることに気づく。
(――至近距離からの挟み撃ち! 大技を繰り出した直後なら長刀の防御も間に合わない!)
(狙うは首! 装甲の無い部分!)
もしギラファオウゴンオニクワガタの装甲がリッキーブルー以上の硬さなら、狙う場所は装甲が無く肌が露出した箇所しかない。
金涙が複雑な剣撃を繰り出している隙に忍が背後から接近、そして前方側の英と同時に攻撃することで回避を不可能にしていた。
そして挟み込むように、金涙の首を二つの刃が捉える。
躱すことはできない。今度こそ勝負が決まった――誰もがそう思った。
「「……ッ!?」」
英と忍が、呆気に取られた表情を浮かべる。
刃は確かに首を捉えて、振り払った勢いで態勢が崩れている。首を斬った手ごたえも確かにあった。
――だというのに、金涙の首が切断されていない。
まるですり抜けたように、刀が肉を通過しただけだった。
「今……何が……!?」
斬った本人たちは勿論、それを見ていた豪牙と信長も何が起きたのか理解できない。
斬れていないのに手ごたえはある。斬ったはずなのに斬れていない。不可解な状況に思考が追い付けずにいた。
結果、数秒の硬直――致し方の無いこととはいえ、戦場でそれはあまりにも愚かであった。
「――"黄金月光・満月"」
その隙に炸裂する、広範囲の回転切り。
至近距離で呆けていた英と忍が避けられるはずもなく、胴体を深く斬り裂かれてしまう。
「小峰! 英!」
心臓にまで届きかけた剣撃を受け、二人は夥しい量の血を流す。特に英はその直前に全身を斬られている為忍と比べてより重傷であった。
いくら甲虫武者と言えど、ここまでの傷となればすぐに治らない。
武者たちが時間を掛けて傷を再生する光景から、信長はヒントを得た。
熱弾を浴びて無傷で済んでいる理由、斬ったはずなのに斬れていない理由、二つの疑問が一気に解決した。
「……まさか、再生していたのか? 一瞬の内に?」
そう、ギラファオウゴンオニクワガタの鎧は途轍もない硬さを持っていたわけではない。
無傷で受けたように見えて、実はしっかりとダメージが入っていたのだ。
「――流血するより先に傷口が塞がっていたのか。目にも止まらぬ、傷など見せない程の速さで……!」
「そんな、嘘だろ……?」
信長の結論は、三人に絶望を与える。否定したかったがそれしか考えられない。現に今起きた現象は、それで説明できた。
熱弾が炸裂した時も、首を斬られた時も、身体にダメージが入った直後に再生が凄まじい速さで行われていた。傍から見れば、攻撃が効いていなかったりすり抜けたように見える程に。
しかし甲虫武者は、そんなことはありえないと考えられずにはいられなかった。
再生の速度はその武者が蓄えているエネルギー量と比例している。血を零すより先に破壊された組織を再生させるなど、それこそ莫大なエネルギーが……
「――あ」
「どうやら、気づいたようですね」
莫大なエネルギーが必要だと頭の中で思っていた矢先、英たちは心当たりがあることを思い出す。
その閃きと共に、金涙自身の口から語られ始める。
「私がアミメから吸収したのはギラファの力や"姫"の胎だけではなく、移動要塞を形作っていた殆どの混蟲因子もです。
彼女が吸収し切れなかった分はこうして溶けてしまいましたが、それ以外は全て私の身体の中にあります。
それに加え"姫"の胎が物理法則など半ば超越した効率でどんどんエネルギーを生み出している。
――つまり、今の私には有り余る程のエネルギーがあるのですよ。
傷もすぐに塞がる程のね」
アミメが死亡した同時に崩壊した移動要塞は全て混蟲因子、つまり甲虫武者のエネルギーで形成されていたものである。
毒を直接受けたアミメは、毒を抑え込むために混蟲因子を体内へと吸収した。移動要塞を丸々一つ体内に宿したわけではないが、それでもかなりの量を貯め込んだ。
そしてそのエネルギーは今、金涙笑斗の身体に受け継がれている。傷が即座に再生されるのは、その為である。
しかもそれだけではなく、"姫"の胎が常に混蟲因子を生み続けている。
結果、金涙のエネルギーは底知らずのものとなった。
――攻撃は殆ど当てられない。当てたとしても、すぐに再生されてしまう。
反則じみた金涙のスペックに、一同は気が遠くなるような思いになる。あまりにも絶望的な状況だった。
「ちなみに信長さん、貴方の毒の銃弾も効かないでしょうね。圧倒的なエネルギー量が浸食を抑え込むはずです。それこそ黒金さんがそうしたように、鋼臓に直接撃ち込まない限りね。
――それも当てられたらの話ですが」
唯一可能性がある毒の銃撃も、あまり効果を発揮しないことを告げられてしまう。信長本人も理解しているのか、顔をしかめている。
つまり、金涙を倒す手立ては無いということになる。
「もうお分かりでしょうが、私を倒すことはできない。なので……もう止めにしませんか?
これ以上は無意味な戦いです。それに新人類として選ばれた我々甲虫武者が潰し合い、原種甲虫武者とも言える貴重な存在が数を減らすのはあまりにも惜しい。
――必要な犠牲は神童伊音一人。それでいいじゃありませんか」
それは自分の勝利が絶対的であると確信した上での提案だった。
原種甲虫武者とは、恐らく鎧蟲の手によって武者にされた者たちのことを指しているのだろう。これから金涙の手によって甲虫武者にされる人間との区別の為に。
それが数を減らすと金涙は言う。まるで珍獣を保護するようなその言い方は、金涙の自信の表れでもあった。
しかし、英たちにとってそこはどうでも良かった。
「……ふざけるな! 何が必要な犠牲だ!
お前の言っていることはいつも自分勝手で傲慢だ! 苛々してくる!
伊音ちゃんは、師匠の大切な娘なんだ! お前の目的なんかの為に失われていい存在じゃない!
いや、伊音ちゃんだけじゃない。お前たちが堕武者にした人だって、一人一人かけがえのない命だった!
それを必要な犠牲とかなんとか、ふざけた言葉で一括りにするな!!」
伊音を目的の為の道具としか見ていない金涙に、怒りが込み上げてくる。息を荒げて、興奮した様子で英が怒鳴る。
それに続いて、忍と豪牙が共に金涙を睨みつける。三人分の敵意が、金涙の"虫の知らせ"に引っ掛かった。
「そうだ! 俺たちは神童を守るために、お前の野望を止めるために戦っている! 諦めるわけないだろう!」
「お前を倒して、伊音さんの平和を取り戻す!」
無論、英たちに金涙の話を聞くつもりなど無い。
そしてそれは、信長も同じである。
「先ほどから聞いていれば、勝利を確信したようなその口ぶり。実に気に入らない。
――この信長を舐めるなよ。寧ろその簡単に死なない身体は好都合。こちらの気が晴れるまで、地獄を見せてやる」
金涙の話に信長の名前は一度も出ていない。そもそも眼中が無かった。
"姫"の胎という必要なものを手にした今、鎧蟲に対する興味は薄れどうでもよくなった。なので金涙にとっての信長は滅ぼし損ねた一匹の鎧蟲、目障りな害虫でしかなかった。
そのことが信長の癪に障り、何度目かも分からない怒りを買う。それ以外にも譲れない理由があった。
自分の妻、濃姫の仇。そして彼女の"胎"をこれ以上好き勝手にさせない為にも、信長は銃口を向ける。
折角の提案に敵意で返す英たちと鬱陶しく邪魔をしてくる信長を見て、金涙は残念そうに溜息を吐いた。
「――最後までご理解いただけませんでしたか、残念です」
目を伏せ、悲しそうな態度を示す。両手の二刀流は下を向き、刀を構えていない。
四人を相手にここまで無防備な状態を晒せるのも余裕の表れだろう。どちらにしろ、隙であることには変わらない。
全員で一斉に遠距離攻撃を放ち、抑えきれない怒りを直接ぶつけようとする。悲しみに暮れる金涙に、斬撃と弾丸が迫る。
――しかし次の瞬間には、その全てが二刀の長刀で捌かれていた。金涙の"虫の知らせ"は、一切隙など見せない。
避けなくとも済んだ攻撃を全て防ぐことで、改めて実力を示した金涙。片方の刃先を真っ直ぐ突きつけ、圧倒的な殺意を浴びせた。
「――でしたらすぐにでも貴方がたを始末させてもらいます。私の宿願まであと一歩、これ以上の茶番は必要無い」
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