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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
最終章:黄金武者の超越
222/230

221話

――幼少期の思い出は、殴られる痛みと犯される感覚しかなかった。


私は捨て子として拾われ、養子として血の繋がっていない家族の元に預けられた。捨て子と言っても甲虫武者は赤子の時に鎧蟲に攫われ、武者の力を埋め込まれたので、実の両親によって捨てられたわけじゃない。


別に実の親が私のことをどう想っていたかなんてどうでもよかった。

問題なのは、私の保護者となってくれた連中が、禄でもない人間だったということ。


奴らは男一人女一人と、形式上は夫婦を名乗っていた。

女の方は育児ではなくギャンブルに精を出し、家にいないことが大半だった。

男の方は仕事もせず毎日酒に酔わされ、まだ年端も行かない私に汚らわしい情欲をぶつけていた。


当然そんな環境で義務教育など受けられるはずもない。

私の世界は、ぼろ臭いアパートの一室に広がるこの地獄だけだった。



――だけど、ドクターが私を救い出してくれた。



両親は私の具合が悪くなっても、治療費が勿体ないからといって決して病院などには連れていってくれなかった。

しかし流石に医者に診てもらわないといけない程の高熱を出した時は、渋々としながらも病院へ連れていってくれた。


そこが新界総合病院、ドクターが院長の病院。

その時私はドクターの目に留まり、"虫の知らせ"で私の甲虫武者の力を見出された。


そしてドクターは、私が受けている虐待も察してそれを然るべきところへ通報した。長年私を苦しめてきた両親は、あっけなく警察へと連れていかれた。



『君は新しい人類として選ばれた。現状維持で満足している愚かな現人類共とは違って、先へ進む力がある。

――その力で、私の夢を叶えてほしい』



再び親を失った私を引き取ってくれたドクターが言った言葉だ。この時に誓った、私はこの人の為ならなんでもすると――


そこから甲虫武者や鎧蟲という存在を教えてもらい、ドクターの悲願が全人類の甲虫武者化だということも知る。


それには鎧蟲の"姫"の胎と、混蟲因子と人間の遺伝子が完全に調和した者の心臓、そしてその器が必要なのだと。

その器が私だった。ドクターがようやく見つけた女性の甲虫武者。鎧蟲の姫や神童伊音と同じ女の私なら、その器になれるとドクターは言った。



この身体でドクターのお力になれる――これ程嬉しいことはなかった。



やがて私は新界総合病院の看護婦長となって、ギラファの力にも目覚めた。これで私はドクターのサポートがよりできるようになった。


ドクターが見出した甲虫武者の勧誘、そして取引。あの人が病院院長という役作りと混蟲因子の研究に専念できるよう、全力でお手伝いしていった。



――私の命と身体は、ドクターの物。私はあの人に全てを捧げる為に、この世に生まれてきたのだ。












「ドク、ター……」



崩れた要塞の肉の上で、アミメが途切れかけた声を出す。

そして彼女が呼ぶドクターもその傍らにいた。焦った様子で彼女の身体を眺めている。



「これは、鎧蟲の毒ですか……!」



黒金の手によって信玄の毒が打ち込まれたその身体は、黒金と同じように猛毒に蝕まれている。黒金が刺した箇所は腹部、そこからジワジワと毒が広がっていた。



「"姫"の胎は……貴方の身体と一体化した胎は無事ですか!?」



ドクターが心配しているのは"姫"の胎だけで、アミメ自体には気に掛けてすらいなかった。


アミメの鋼臓と同化した"姫"の胎、それまで毒に蝕まれてしまえば、全人類の甲虫武者化の宿願が潰えてしまう。

刺された箇所は腹部、鋼臓とは近い位置。なのでもう手遅れ……ではなかった。


下半身には毒が完全に回っているというのに、上半身だけは無事であった。腹部から上は、まだ紫色に染まっていない。

つまり、彼女の鋼臓はまだ健在だった。



「ご、安心を……持てる力を全て使い、鋼臓と胎だけは死守しています……貴方の夢は、まだ終わっていません……」



移動要塞が崩れる際、混蟲因子の肉が彼女に集まっていったのは、それらを毒の抑制に使うため。

大量の混蟲因子とエネルギーを使い、自身の鋼臓まで毒が届かないようにしたのだ。


しかしそれにより要塞の形を維持する程の力が無くなり、現在に至った。



「しかし、私の鋼臓が駄目になるのも、時間の問題……それまでにどうか、()()()()()()()()()()()……」



そう言ってアミメは、自身の身体を差し出すように両手を広げる。

金涙の"虫の知らせ"は、彼女の胸の中で今も鼓動を続ける鋼臓を見た。そこには彼女の言う通り、"姫"の胎の気配もあった。



「ええ――言われずとも、そうするつもりです」



彼女の覚悟に躊躇もせず、ドクターは彼女に胸に向かって金色の二刀を突き立てる。持ち方や構えこそ違うが、その姿はさながらメスを持つ医者のようであった。



「――アミメ、貴方は今までよくやってくれた。私の中で、ゆっくりと休むといい」


「嗚呼、ドクター……貴方と一つになれるどころか、そのようなお言葉まで……光栄、です」



ドクターが、彼女の身体に刃を入れる。身長に斬り裂いていき、血も静かに流れていく。

麻酔も無しに胸を引き裂かれるのは、想像もできない程の激痛と苦しみだろう。


だというのに、アミメは意にも介していない。

最期まで、恍惚とした表情を浮かべていた――









 所変わり、カフェ・センゴクの面々。

黒金の死に、未だ泣き続けていた。先ほどまで遺体があった場所に、英が何度も拳を振り下ろしている。


しかしどんなに泣き叫んでも、黒金が戻ってくることはない。ただ流れるだけの無意味な時間が、彼の死を嫌という程教えてくる。

そして時間は、一同に落ち着きも与えていった。


――いつまでも泣いている訳にはいかない。金涙笑斗はまだ健在だ。泣いている暇があったら、最後の戦いに行け!

死んだはずの黒金にそんな叱咤を受けたような気がした。



「ッ……行くぞ、全部終わらせに」


「……ああ!」


「はいっ……!」



涙を拭い、英が立ち上がる。他の武者たちもそれに先導され、意を決して身体を起こした。そして信長は「ようやく終わったか」といった態度で、英たちと行動を共にする。



「後は金涙一人、あいつを倒せば全て終わる。総力戦だ、全員で挑もう」


「神童は離れた場所にいてくれ。一人で不安だろうけど、お前を追う者はもういない」


「はい……皆さん、どうかご無事で……!」



残る混蟲武人衆が金涙のみとなったので、金涙さえ抑えれば伊音を追う者はいない。これにより全員で戦うことができた。

全員の無事と勝利を祈りながらこの場を後にする伊音を見届けて、一同は金涙がいるであろう場所へと向かう。


――奴らとの戦いは、本当に長かった。伊音を執拗に狙い、多くの人を犠牲にしてきた。彼女だって、いつ奴らが狙ってくるか分からない日々を怯えて過ごしていただろう。

それも――今日で終わる。そう考えると、何度も気が引き締まった。


雄白英、象山豪牙、小峰忍。数えきれない程の死闘を繰り広げ、ここまで生き残った三人の武者。

橙陽面義、神童鴻大、黒金大五郎。命を落として散っていた仲間たちの想いを引き継ぎ、最終決戦へと挑む。


やがて進んでいると、こちらに背を向けて立ち尽くす人影が見えてくる。

たった一人、その側には誰もいない。



「ッ――金涙」



黄金の鎧姿を確認した英たちは、一斉に臨戦態勢になる。

背中越しと言えど、英たちが武器を構えたのは分かっているはずだ。だというのに金涙は刃を持ち上げるどころか、後ろを向こうともしない。



「――アミメから大体の事情は聞きました。どうやら黒金社長の捨て身でこのようなことになったらしいですね。ここにいないとなると、彼はもう……」


「ああ、お前をぶっ倒すのを俺たちに任せてな」



柄を握る力が強くなっていく。黒金の死因に金涙が直接関わっているわけではないが、それでも彼以外に感情をぶつける相手がいなかった。

このやり取りの間にも、三人は周囲に"虫の知らせ"を張り巡らせる。金涙以外の気配は感じられない。


とどのつまりアミメも黒金と同じように、毒に侵されて遺体も残らず死んだのだろう。仲間の死が無駄死にではないことが分かって少しばかり安堵する。


しかし油断はできない、この男を倒さない限りこの戦いは終わらないのだから。



「……そっちもアミメが死んだんだろ? つまり姫の"胎"とやらはもう無いってわけだ。お前たちの野望もここまでだな」



濃姫から奪った胎ごとアミメが消えた今、最早全人類の甲虫武者化など果たせない。そう思われた。

しかし金涙から自分の野望を潰された怒りなどは感じられない。要塞が崩れ始める前の余裕を持った状態に戻っていた。



「――果たして、それはどうでしょうか?」


「ッ……!?」



――一体何故か? それに応えるように、金涙が振り返る。

標的がこちらを向いたことで警戒はより強くなる。が、英たちはすぐに他のものに目を奪われた。


金涙が掲げている左手。本来なら右手にしかないはずの甲虫武者の痣が、籠手の上から浮かび上がっていた。



「痣が、二つ……!?」


「――混蟲因子は別個体のものを吸収することで回復や強化をする。

しかし英さんのヘラクレスリッキーブルー、黒金社長の黒爪ノ姿のように、他個体の要素や力を受け継ぐ場合もある。


私にはその法則が分からなかった。どうして貴方がただけに、そんな現象が起こるのか。

しかし今分かりました。答えは、吸収される側の()()なのだと」



英のリッキーブルーは、師匠である鴻大のヘラクレスオオカブトの力を受け継いだもの。そして黒金の黒爪ノ姿は、光秀の剣撃の影響を受けたから生まれた。


この二つの現象に共通することは、力を託した者の意思にあった。

鴻大は娘である伊音を英に任せる為に、光秀は自分の意思を生き様を黒金に継いで貰う為に、二つとも託す側が託される側に何らかの想いを抱いていた。



「少し空想的ですが、混蟲因子の吸収にはその者の意思が強く関係している。つまり吸収される側が吸収する側に強い想いを抱いている分、受け継がれる力も強力なものになる。


――どうやらアミメは、本当に私のことを慕ってくれていたらしい。まさか私に、"姫"の胎の力まで与えてくれるとは」


「なッ――!?」



その言葉に、一同が驚愕した。消えたと思っていた濃姫の胎は、まだ残っていたのだ。それも、金涙笑斗の中に。

アミメが息を引き取る前に、金涙は彼女の心臓を吸収した。アミメの強い忠誠心によって性別など関係無しに、金涙に胎の力を付与していた。



「貴様ァ……我が妻の死をどこまでも弄ぶつもりか!!」



それに激昂するのは信長。当然だ、ようやく解放された妻の胎が、今もなお道具として使われ続けているのだから。

金涙はそれを無視して、アミメの称賛を続けていく。



「アミメには感謝していますよ。彼女は本当によくやってくれた。こうして私の夢が潰えなかったことを考えれば、子供の時から私が面倒を見た甲斐があったというもの。


おかげで私は、更なるステージへ進めるのだから――"超越"」



そう言って金涙は、左手の痣を高らかに掲げる。刹那、強い閃光と共に大量の糸が溢れ出した。

既に変態している金涙を、痣の糸が更に包み込んでいく。その様子は、他ならぬ英がよく知っていた。



(ッ、俺のリッキーブルーと同じ……!)



英のグラントシロカブトがヘラクレスリッキーブルーに進化したように、金涙も同じことをしようとしていた。

やがて糸に包まれ蛹状態となった金涙は、その中で更なる変化を遂げていく。


それらが終わったところで、内側から二度の剣撃で蛹を斬り裂く。

蛹から、新しくなった金涙の鎧姿が現れた。



「金涙のオウゴンオニクワガタと、アミメのギラファが合体しやがった……!」



特筆すべきはその得物、色は今まで通りの黄金色だったが、アミメの影響を強く受け、ギラファの長刀と同じように間合いが伸びている。

そして金色に輝いていた鎧にはギラファの黒色が所々混じり、黒と金色の禍々しいコントラストがただならぬ雰囲気を醸し出していた。


そして英のリッキーブルーと同じように、背中には黒一色の外套が靡いている。黒が混ざったことにより、オウゴンオニクワガタの貴賓さと力強さがより強調されていた。

その姿はまさに、金涙とアミメの力が合わさったものだった。



「素晴らしい。上手いネーミングが思いつかないので、取り敢えず――『ギラファオウゴンオニクワガタ』と呼称することにしましょう」



進化した金涙の鎧、ギラファオウゴンオニクワガタ。

金涙は"姫"の胎だけではなく、ギラファノコギリクワガタの力までも受け継いでいた。


金涙は一度満足そうに自分の鎧姿を確認した後で、ようやく英たちを捉える。

彼が目線を向けた瞬間、凄まじい敵意と迫力をぶつけられた。武者たちの"虫の知らせ"も、危険信号を鳴らし続けている。信長さえも目前の敵に冷や汗をかいていた。



「――さてと、混蟲武人衆も私一人となってしまいましたが、幸いにも"姫"の胎は私の一部となりました。

残るは、伊音さんの心臓のみ。それも手に入れることで、私は全ての人類を甲虫武者へと進化させる」



両者の全戦力が揃った、文字通りの最終決戦。

金涙のパワーアップを始まりとし、火蓋が切って落とされた。

アミメは前作にも出ていた、「ラスボスに狂信的な忠誠心を抱いているキャラ」でした。こういった強い信念を持つキャラは動かしやすくていいです。


最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません。

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