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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
最終章:黄金武者の超越
219/230

218話

「だぁあ――ラァ!!」



野太い叫びと共に大槌が振るわれる。

豪牙の強烈な打撃は迫る触手を断ち、または地面と挟んで潰していった。豪快な音を響かせて、次々と肉を蹴散らしていく。


しかしいくら触手を叩いてもアミメ本体に影響は無く、文字通り毛ほどのダメージも無かった。


それもそのはず、この移動要塞と比べて豪牙に襲っている肉部分はほんの一部でしかない。何度潰そうとも、アミメの混蟲因子が尽きることはなかった。



「ッ――キリがない!」



次々と襲い掛かる肉の触手に思わず弱音を零してしまう豪牙。今の間にも鞭のごとくしなり、風を切る音を響かせている。


――はっきり言って、豪牙にとってアミメは些か相性が悪い相手だった。

エレファスゾウカブトは忍のコクワガタのような機敏な動きは得意としていない。対するアミメの操る肉塊はほぼ自由自在に変形可能、細くすることで素早い動きもできた。


スピード面で既に不利、この状況をどう打破するか。



(といっても肉部分は脆い! 簡単に潰せる! 必ずチャンスは来るはず!)



活路が無いわけではない。唯一の救いは肉の耐久性がそこまでではないこと。

触手の猛攻を掻い潜り、隙間を縫うように狙っていく。どうしても躱せない攻撃は大鎚で薙ぎ払う。


――ビチャリ、と肉の破裂する音が何度も響き渡る。叩くたびに水風船の如く体液であろう液体を撒き散らしていった。


すると触手が数本融合し、先端が膨らんだ棍棒状態となる。あんなもので叩きつけられたら常人だと一瞬でミンチになること間違いない。



(打撃で俺と勝負だと? 舐められたもんだな!)



しかしエレファスゾウカブトの大鎚相手では、所詮は肉塊に過ぎない。

向こうがそのつもりならばこちらもと、迫り来る巨塊に対し大鎚を振りかぶる。

そして両者の打撃が衝突した瞬間、豪牙はその手応えに違和感を感じ取った。



(……硬い!?)



肉の表面が、明らかに硬くなっている。聞こえたのも水気の混じった破裂音ではなく、金属がぶつかり合うような重苦しい音。


決して壊せないような硬度ではない。だが先端の表面には亀裂が走っている。材質が変わっているのは一目瞭然だった。



『――礼を言うわ、象山豪牙。

貴方との戦いを通して、私はこの体を更に操れるようになった』



繭の奥から、アミメが言葉を投げかける。



『私たち甲虫武者の鎧や武器は元々混蟲因子から精製されるもの、貴方の鎧や大鎚も、貴方自身の血肉で作られたと言ってもいい。

これはその応用よ、この要塞は私の体であり――()()()()()



つまり武者が自分の混蟲因子で硬い鎧を形成する理屈で、移動要塞の表面を鎧のような材質に変えたという。

それを聞いた豪牙は戦慄する。簡単に潰せるのが救いだったというのに、それもできないとなるといよいよ手詰まりだ。


たった今豪牙が殴った棍棒の他にも、先端部分を硬直させた触手が一斉に襲い掛かってくる。断片と体液が飛び散っていた攻防が、破壊と衝突の祭りと化す。


それでいて先程までのスピードは失われていない。強烈な打撃攻撃がしなやかな動きで迫ってくる。



ギラファノコギリクワガタ・変異――"獲麟(かくりん)乱撲"。



打撃が雨のように降り注ぎ、豪牙がいる場所を言葉通り乱打していく。

パワーと破壊力は豪牙の方が上だが、何分数の差がありすぎた。捌き切れない打撃に追いつけず、エレファスゾウカブトの装甲が砕かれていった。



「ぐぅおおあ……!

ッ――"長鼻蹂躙"!!」



そこから大鎚を振り回し、近付く物全てを薙ぎ払う。全ての棍棒触手を押しのけたその隙に後ろへと下がる。


鎧の亀裂と傷を治しつつ冷や汗を拭う。すると新しい触手が生えてきて、休む暇など無いことを教えてきた。



(やばい! 硬くなるのは流石に予想外だった!)



まさか、鎧や武器の形成の応用をここで使ってくるとは。

これにより、アミメの操る触手の危険度が更に増した。アミメまでの道のりがより険しくなっただろう。



(――いや、ポジティブに考えろ! まだ壊せる硬さなのが救いだ。これで英みたいな頑丈さだったら目も当てられない!)



壊せるだけまだマシ。そんな希望的な考えを保つことで今の勢いを殺さないようにする豪牙。

息を呑みながらもしっかりと現状を把握し、今できる最善の行動を取っていく。


次々と振り下ろされていく硬化した触手を横に躱し、アミメの繭を中心にぐるりと周っていく。

豪牙が移動する度に新しい触手が生え、いつしかこの場は触手だらけの空間となっていた。



(触手が多すぎて周りが良く見えない……が! 太いのを生やしまくれば向こうも攻撃し辛いはず!)



触手の数が増えれば動けるスペースも狭まり、逃げ場がどんどん減っていくだろう。しかしそれによって向こうも攻撃が通りにくくなっている。


大きな体でなんとか触手の横を通り、徐々に繭の方へと近づいていく。彼女本体に大鎚を叩き込もうと大鎚を振りかぶったその時だった。



「ッ――!?」



肩に走る激痛。前方から触手の束を避けながら何かが迫ってきていると感じた時には、既に攻撃されていた。


見れば、豪牙の左肩に先を鋭く尖らせた触手が突き刺さっている。まるで刃先のように形を変え、エレファスゾウカブトの装甲を貫いていた。



(槍!? いや、ギラファの刃先か!?)


『――言ったでしょう。この体を更に操れるようになったと』



アミメは言った。甲虫武者の鎧と武器は混蟲因子から形成されるものだと。

触手で鎧の硬度を再現できるのなら、武器の再現だってできてもおかしくはない。


普段アミメが振るう長刀を、触手の先端で形作ったのだ。

ゾッと、豪牙の背筋が凍り付く。



(装甲だけじゃなく刃まで……!)



唾を呑み込む暇もなく、刃と化した触手が斬りかかってくる。周囲の触手も同じように先端を変質させ、鋭い猛攻で豪牙を囲んだ。



ギラファノコギリクワガタ・変異――"騏断(きだち)千刃"。



(ッ速い――というより、軌道が読みにくい!)



鞭のような動きから繰り出される剣撃についてこれず、全身を切り刻まれていく豪牙。

"虫の知らせ"で動きを予測し、大槌で触手を根元から断つなど、ある程度の抵抗はできた。


しかし、"相手が悪すぎる"――それ以外に言葉が見つからない。

触手の猛攻のせいで、豪牙の大槌が届くことはなかった。



『これ以上貴方に掛けられる時間はないの。すぐに殺して、この移動要塞の糧にしてあげる――!』


「ッ――!」



棍棒、刃、様々な形状となった触手が一斉に襲い掛かってくる。

豪牙はそれを、ただ叩き潰す他なかった。











同時刻、移動要塞の足元付近。

忍が伊音を抱えながら、堕武者の軍団と触手の束から逃げ続けている。

アミメの成長の兆しは、ここにも現れていた。



「――ハァ!!」



空中を駆ける忍は頭を下に向けた状態でありながら、迫る触手に斬撃を放つ。

しかし触手は先端を刃に変形し、忍の斬撃を弾き払う。そのまま忍を取り囲むように伸びていく。



「ッ、伊音さん! もっとしがみついて!」


「う、うん……!」



伊音が振り解かれないように慎重に、それでいて機敏な動きで、触手の合間を潜っていく。

しかし跳んだ先には堕武者が待ち構えており、上から落ちてくる忍たちを捕まえようと群がっていた。



「ッと……!」



急いで空中で姿勢を直し、そのまま堕武者の頭を踏み台にする。そこから次の堕武者の頭を足場にし、その頭上を駆け抜けていく。


するとそれより更に上――忍と堕武者たちをまとめて呑み込む影が現れた。



(特大の……打撃!)



忍たちを見下ろすのは巨大な棍棒触手。しかしそのサイズは、今まで見てきたものとは比べ物にならない程大きい。屋外だからこそ形成できるサイズだ。


それが容赦なく振り下ろされる。忍は慌てて蹴り出す方向を変え、巨大な触手の元から離れた。

結果、打撃に圧し潰されたのは堕武者たちのみ。



(ッ、堕武者ごと……!)



分かってはいたが、堕武者など歯牙にも掛けない攻撃に忍は思わず顔をしかめる。もし連中に彼らを気遣うような人間らしい心があれば、そもそも堕武者なんかにはしていない。


叩きつけられた堕武者たちの命は無事だ。まがい物と言えど、混蟲因子の恩恵を受けている為ある程度頑丈だし、傷も再生している。


しかしこれ以上無関係な人々を巻き込みたくはない。急いでこの場から離れたいところだが、進化した触手に忍は追い詰められていた。



(触手が硬くなったり剣になったりしだした! こんなことができるなんて……!)



要塞内部で豪牙が味わっている苦戦と全く同じ、触手の急激な変化に戸惑いを隠せない。


特に硬くなるというのが効果的で、斬れない触手で忍の行く手を阻んでくる。結果想うような逃走経路が描けず、移動要塞から離れるどころか逆にそちらの方へ追い詰められていた。



(まずいぞ、全然距離が離せてない! 避けるので精一杯になってきた!)



アミメが成長を遂げる度に、忍の手が一つ一つ減っていく。それに加えゆっくりと迫る移動要塞の姿を見て焦りを生み、100%の動きが取れなくなっていた。


あれ程巨大な物体が迫ってきているのだから、精神的余裕が無くなるのも無理はない。

それに忍はカフェ・センゴクの面々の中でも最年少、勇気はあっても心はまだ脆かった。



(落ち着け……まずは堕武者にされた人たちをどうにかしないと!)



しかしそれは他ならぬ忍自身が一番理解している。深呼吸を繰り返し、視界を広げて現状を確認する。

兎にも角にもまずは敵の攻撃の手を減らさなければならない。触手が容易に斬れないとなると、堕武者を倒すのが先だ。



「伊音さん、ちょっと速くなるよ!」


「うん……大丈夫!」



その為にも更なる加速が必要だ。その負荷を受ける伊音に確認を取ると、既に彼の体にしがみつく力が強くなっている。彼女も覚悟を決めていた。


触手を躱しながら後退し、堕武者たちを一望できる位置に立つ。

堕武者たちの視線が同じ方向を向き、一斉に襲い掛かる。

その時には既に、忍は己の軌道を描いていた。



「コクワガタ――"一網打迅"ッ!!」


「ッ――!」



刹那――忍が駆ける。

雷の如くジクザクに堕武者たちの間を通過し、すれ違いざまに鋭い一撃を浴びせていく。


堕武者たちの視界から忍が消えた時には、既に事は終わっていた。

ほぼ同じタイミングで、堕武者たちが倒れていく。紛い物の鎧はその役目を終え、彼らを普通の人間へと戻した。


その圧倒的なスピードに同乗している伊音は、あまりの速さに一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる。

しかし忍の足手まといになりたくないが為か、弱音を吐くことはなかった。



「ハァ……ハァ……!」



しかし殆ど動いていていないというのに息切れを起こし、尋常じゃない程の冷や汗を噴き出している様子を見れば、言われずとも彼女の疲労が伺える。



(これ以上負担は掛けたくない、けどそれじゃあ……!)



優先すべきは彼女の身、彼女を逃がす為に彼女の体を壊してしまっては元も子もない。しかしかといって減速すれば、触手に追いつかれる可能性が高くなる。


そうこう考えている内に、前方から触手の束が迫る。

どうにか彼女に負担を掛けず動けないものかと焦っていたその時であった。

突如として横から放たれた黒い斬撃によって、触手は根本から断たれた。



「ッ、貴方は……!」


「黒金さん……!?」


「ハァ……ハァ……!」



その見覚えのある色に、忍たちは仲間が駆けつけてくれたのだと思わず顔を綻ばせる。

しかし彼の姿を見た瞬間、その表情は絶句のものとなった。



「伊音ちゃん……無事で何よりだ。小峰と一緒ってことは、今逃げ出している最中か?」


「黒金さん……どうしたんですか!? その体……!」



毒の浸食は更に進んでおり、黒金の体の殆どを蝕んでいる。皮膚は禍々しい色で染まり、事情を知らない二人が見ても危険な状態だというのが一目で分かる。



「……信玄は倒せたが、奴の毒を食らった。もう助からんだろう」


「そ、そんな……!」



掠れた声で淡々と語る黒金、忍たちは青ざめながら察した。特に忍は自分の"虫の知らせ"で、黒金が今どういう状態なのかを本能的に理解していた。



「どうにかならないんですか!? 再生力でこう、毒を消すとか……!」


「……無理だ、浸食を抑えるだけで無効化することはできない。既に体内も侵されつつある」



――彼の命はもう長くない。だからこそ、最期まで戦う為にここへやって来たのだと。

消えかかった命というのに、その目からは綻びなど無い強い覚悟が感じ取れた。



「時間が無い。状況を手短に説明してくれ」


「は、はい。今英さんと信長が金涙と戦っていて、象さん先生は要塞を止めようとアミメと戦っているはずです」



自分の命など後回しにして、黒金は戦況確認を優先する。忍の口から拙い話し方で今がどういう状況なのかを把握し、いつものように思考を加速させていく。


毒のせいか、表情が優れない。頭を働かせるとその分意識が薄れていく。それは死へのカウントダウンに他ならない。

それでも黒金は冷静に、最善策を導き出す。



「――小峰、頼みがある。お前にしかできないことだ」


「……僕が、ですか?」



担任である豪牙と比較的親しみやすい英と比べて、黒金が忍とこうして面を向かい合うのは珍しかった。

そんな黒金の申し出に、忍は緊張感と共に息を呑む。

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