215話
黒金が信玄を倒した時、移動要塞内部にて。
小峰忍が全身傷だらけで短刀を握っていた。その近くには神童伊音、そしてこの二人を逃がさないように、堕武者の群れと床から伸びる肉の触手が乱立している。
「フゥ……フゥ……ッ!」
「忍君……!」
忍が彩辻を倒してから、既に数十分が経った。その間忍は、伊音をずっと守り続けていた。
彩辻から受けた傷も治せないまま連戦が続き、忍はほぼ限界に近かった。
そんな状態で未だ戦えられているのは、何が何でも伊音だけは守るという強い意志のおかげ。今忍の身体を支えているのもそれだった。
しかし感情の強さで解決できるほど、この状況は甘くはなかった。
(敵が……減らない……!)
例えどんなに抵抗しても、敵の戦力が一向に減らない。そこが問題だった。
襲いかかる堕武者を倒し、普通の人間に戻しても、アミメがすぐにそれを回収し、混蟲因子を植え込むことで再び堕武者に変えていた。
ここは言わば堕武者製造所、素体となる人間がいる限り、何度でも堕武者を作ることが可能である。
それに加え、何度刈り取ってもまた生えてくる肉の触手。いくら忍の速さでも、この包囲網を斬り崩すことはできなかった。
(象さん先生たちが来るまでの辛抱だ、絶対に耐えてやる……!)
そんな決意の表れとして、短刀を握りしめる力がより強くなる。
迫りくる堕武者たちを超スピードで迎撃し、ほぼ一撃で返り討ちにしていく。
すると今度は肉の触手が上から襲い掛かってくる。伊音目掛けて伸びるそれを、素早い斬撃で切断した。
そして四方八方を取り囲む堕武者たちを足場に、忍は縦横無尽に伊音の周囲を駆けまわる。近づく物体を片っ端から払い除け、決して彼女には近づけさせない。
しかしやはり減速は免れず、その隙にと肉の触手が足首に絡みついてきた。
(しまッ――!)
空中で切り離そうとするも間に合わず、そのまま床へと勢いよく叩きつけられてしまう。
このままだと彼女が危ない。急いで起き上がろうとするも、今度は堕武者がその小さな体に覆い被さっていく。
更に堕武者たちは刀で忍の全身を貫き、その場から動けないよう釘付けにしてきた。
「うぐあッ——!」
「忍君!」
忍のコクワガタに、自分より大きな敵を何人も持ち上げる程のパワーは無い。それに加え身体中を刺されてしまえば、簡単に身動きが取れなくなる。
――これで邪魔者はいなくなった。そう言わんばかりに、伊音の周囲から肉の触手が生え始める。
「ひ……!」
「伊音、さん……今、助けに……!」
このままだと彼女がこの移動要塞に吸収されてしまう。彼女を助けようと全身全霊の力で起き上がろうとするも、堕武者たちの身体と突き刺さった刃は、そう簡単に持ち上げられるものではなかった。
「ッ、クゥ……この、動けよ! 僕の身体……!」
どんなに力を込めても、漏れるように血反吐を吐き出すだけ。自分の速さならすぐに助け出せるというのに、それができない悔しさに忍は顔をしかめる。そして彼女を助けられない自分の弱さを恨んだ。
「嫌、来ないで……!」
「やめろ、やめろーーー!!」
精一杯の大声を上げる忍。しかし彼の言葉でアミメの触手が止まるはずもなく、怯える彼女へ容赦なく襲い掛かる。
――もう駄目だ、誰もがそう思ったその時だった。
「――"猛吹雪"ィ!!!」
横から白い斬撃が奔り、肉の触手を斬り落とす。伊音を吸収しようとした触手は、後一歩のところで妨害されてしまう。
間一髪というところで伊音を助けたのは、見覚えのある白い鎧姿。それを見た伊音と忍は、安堵から思わず破顔してしまう。
「英さん……!」
「無事か二人とも!」
グラントシロカブト、雄白英が今駆けつける。
そして二人を救ったのは、英だけではなかった。
「エレファスゾウカブト――"猛牙撃"ッ!!」
忍に覆い被さっていた堕武者たちが、強い衝撃によって薙ぎ払われた。
堕武者たちを殴り飛ばしたのは、エレファスゾウカブトの大槌。その持ち主である巨体が、傷だらけの忍に寄り添った。
「俺たちが来るまで、よく耐えたな……!」
「象さん、先生……!」
忍と伊音の担任教師、象山豪牙。今生徒を窮地から助け出した。
豪牙に殴られた堕武者は皆そのダメージで元へと戻り、それに伴い忍に突き刺さっていた刀も消失する。
そして豪牙はボロボロの忍を肩に担ぎ、英と共に伊音の周りをガッシリと固めた。
残るはアミメが操る肉の触手、英と豪牙に対抗すべく更に数を増やす。
「待たせたな! コーカサスの野郎ぶっ倒してた!」
「小峰、酷い状態だが誰かと戦ったのか?」
「は、はい……彩辻と戦って……でも何とか、倒しました……!」
四方八方から迫る肉の触手を、二人掛かりで捌いていく。堕武者と違ってこちらはすぐに再生する為、攻撃が止まることはなかった。
すると肉の触手が、一閃を描く熱線によって撃ち抜かれる。遅れてやってきた信長の銃撃である。
「信長! 悪いがまた血を分けてくれないか!」
「……全く、俺の血は貴様らの薬ではないのだぞ」
豪牙の頼みに信長はそう答えるも、傷口を自分で付けてそこから流れる緑色の血を忍の口に注いでいく。
見る見るうちに傷が治っていき、完治とはいかないが再び戦える状態へとなった。
「……助かりました。これでまた戦えます! ところで、黒金さんは?」
「あいつは一人で信玄を倒しに行った。お前も"虫の知らせ"で感じ取っただろ。でもそれも消えているから、勝ったとは思うんだが……」
別所で行われた黒金と信玄の戦い、その結果を"虫の知らせ"による気配の有無で予測する甲虫武者たち。
しかし普通の"虫の知らせ"では鎧蟲の気配しか感じとることしかできず、黒金の無事までは確認できなかった。
果たして黒金は無事なのか、そんな不安から来る沈黙を信長が切り開く。
「それよりも、濃姫の胎を取り込んだあの女武者の居場所は分かるか?」
「あっ、はい! 多分上の方だと思います。彩辻も上から来たんで……」
黒金の安否などどうでもいい信長は、誰よりも先に次の標的を見定める。
"姫"の胎を得て、移動要塞を動かしその心臓部とも言えるアミメ。そして混蟲武人衆のボスである金涙。信長にとって、この二人は妻の仇でその亡骸を弄ぶ存在でしかない。
「やはり上か、ならば俺の銃撃で穴を開けて……」
「――その必要はありませんよ」
刹那、優しそうなでありながら覇気のある声が響き渡る。そして彩辻がこの空間にやってきた時と同じように、再び天井に穴が空きそこから一人の男が姿を見せた。
ギラギラと存在感を放つ金色の甲虫武者が、英たちの前に降臨する。
「ッ――金涙、笑斗!」
まさか向こうから姿を見せてくるとは思いもよらず、ワンテンポ遅れて英たちは警戒態勢へと入る。
――この男が全ての元凶。英たちにとっては神童鴻大の仇、信長にとっては妻の仇。様々な因縁が、全てこの男に集結している。
「嵬姿さんと彩辻さんを倒したようですね、お見事です。あの二人がやられたとなれば、私も戦わざるを得ない。
――貴方がた全員を倒した後で、伊音さんの心臓を貰い受けるとしましょう」
金涙がオウゴンオニクワガタの二刀流を構え、臨戦態勢となる。サメの口のようにギザギザとした刀身が、禍々しく光った。そしてその迫力を感じ取った英たちは、思わず息を呑んだ。
四人掛かりならば、まだ勝機はあると言えよう。しかしここで金涙を倒すことより、優先すべきことがあった。
「……全員で挑みたいところだけど、まずは伊音ちゃんを安全な場所まで避難させないといけないし、この移動要塞も早く止めないと無関係な人たちがどんどん堕武者にされる」
「ああ。ここは分担した方が良さそうだ」
それは、伊音をこの場から逃がすこと。
いくら数で勝っていたとしても、アミメの腹の中と言えるこの空間で、彼女を守りつつ金涙と戦うのは難しいだろう。まずは彼女をこの移動要塞から脱出させなければならない。
そして二つ目に、アミメを倒しこの移動要塞を止めること。
移動要塞を止めない限り、人々を巻き込み続けてしまう。それに堕武者として戦わされている者も解放せねばならない。
つまり、この場で金涙を倒す者。伊音を逃がす者。アミメを倒しに行く者と、最低でも三つのチームに別れないといけない。
その分担について、英たちは小声で話合う。
「伊音さんは僕に任せてください。僕のスピードなら彼女を安全な場所まで守れます」
「小峰……だったら俺がギラファをぶん殴りにいく!」
伊音の護衛にいち早く名乗り出たのは、今まで彼女を守り続けた忍だった。コクワガタのスピードは、彼女を護衛するに適役だろう。
そしてアミメを倒し、この移動要塞を止める役割。これには豪牙に決まる。
「なら俺と信長があいつの相手だな。信長、お前の銃撃で天井と壁に穴を開けてくれ」
「言われずとも――ッ!?」
早速ここから三人を脱出させようと信長が銃を形成するが、火を噴くより先にその銃口が斬り落とされてしまう。金涙が黄金の斬撃を放ったのだ。
「このまま逃がすとお思いで? 伊音さんは絶対に逃がしませんよ、その為に私がここに来たのだから!」
金涙が床を蹴り、金色の残像を残して斬りかかってくる。
それを迎撃したのは英、他四人と盾となりグラントシロカブトの刃で金涙を受け止めた。
「ッ――俺が時間を稼ぐ! 今の内に!」
白い刀身が金色の刀身を食い止め、これ以上の侵攻を許さない。そして英が金涙を抑え込んでいるうちに、信長たちは脱出の準備をしていく。
「どうやら嵬姿さんとの戦いで消耗したようですね、グラントシロカブトの鎧で私の刃を防ぐのは難しいと思いますが?」
「うっせぇ! 余計なお世話だ!」
金涙の刃に備わった形態"夜叉断ノ姿"は、嵬姿のコーカサスと負けず劣らずの切れ味を持つ。
対し、先の戦いでエネルギーを多く消耗した今の英に、リッキーブルーの姿を維持する余裕は無かった。
リッキーブルーでなければ、金涙とはまともな斬り合いもできない。それが英の現状だ。
しかし、二発の銃撃を撃つ時間を作れる。
「――今だ!」
「ハァ――!!」
それぞれ上と下を向いた二丁の銃が熱線を放つ。信長の傍らにはいつでも飛び立てるよう待機している豪牙と、伊音を背負った状態の忍がいる。
信長が風穴を開けると同時に、そこが塞がらないうちに各々が穴へと入っていった。
残ったのは信長のみ。銃口を金涙の方へ向けて、英の援護射撃を放った。
金涙は伊音と忍が落ちていった穴を見つつも、二時の方向から来る熱線を躱し、一旦英と距離を置く。
「貴様の方から来てくれた手間が省けた。貴様は、俺の手で殺さんと気が済まんからな……!」
「……逃げられてしまいましたか。
アミメ、全ての堕武者に彼女を追わせてください。私の援護も不要です。貴方は象山先生の相手に集中していなさい」
金涙が虚空に向かってそう呟くと、壁の繭の中で眠っている堕武者たちが皆壁の奥へと消えていく。アミメの操作によって、外にいる伊音と忍に差し向けられたのだろう。
これでこの空間に残っているのは英と信長、そして金涙だけとなる。この構図は、新界総合病院の地下で行われた戦闘の時と全く同じであった。
「さてと、お二人と戦うのは今日で三回目ですね。三回も戦えば流石に分かってきたのでは?
――貴方がたでは、私を倒せないのが」
「ぬかせ、今度こそ貴様を我が本能死の餌食にしてくれる」
「そうだ! "二度あることは三度ある"っていうだろ!」
「……この場合、"三度目の正直"では?」
英の的外れな発言に呆れつつ、金涙は呆れつつも話を続ける。
金涙の言う通り、英と信長が手を組んで金涙に挑むのはこれで三回目である。一回目は嵬姿も含めて二対二の勝負、二回目も途中からアミメが割り込んできている。
――そしてこの三回目、アミメは上で移動要塞を動かしており、それ以外の面々は既に死亡している。今二人の前にいるのは、金涙一人だった。
「しかしそうは言いますが、そちらは万全の状態ではない。嵬姿さんとの戦いで消耗し、英さんに至ってはリッキーブルーを維持できない様子。
そんな状態でどこまで私と戦えるか。見物ですね」
だが状況としては、この三回目の戦いが一番辛いと言っても過言ではない。
二回目の戦いに続き嵬姿との乱戦、この二つの戦いから現在に至るまで時間はそう経ってはいない。伊音をいち早く助ける為、回復する余裕も無かった。その為、カフェ・センゴク側は全員が疲弊状態に陥っている。
対し金涙は万全の状態。二回目の戦いからエネルギーを補充する時間も十分あった。
つまり体力面において、既に大きな差が生じてしまっているのだ。
――しかし、それがどうした?
まだ立てる、まだ動ける、まだ戦える。リッキブルーの鎧は使えずとも、グラントシロカブトの鎧はその白い輝きを放ち続けている。信長の本能死もその火力が強烈であることに変わりはない。
それで十分――目の前にいる、この趣味の悪い金色の鎧姿を断ち、消し炭にできるのなら。
「――上等だ、絶対にぶっ倒してやるからな!」
「その大口、今度こそ吹き飛ばしてやろう!」
開戦の合図を鳴らしたのは、本能死の銃声。
それと同時に英と金涙が走り出し、熱線が行き交う中心で刃をぶつけ合う。
"二度あることは三度ある"なのか、それとも"三度目の正直"か。どちらの言葉が正しかったのか――それが今、決まろうとしていた。
更新頻度取り戻したいなぁ。
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