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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
最終章:黄金武者の超越
215/230

214話

――遂に、この時がやってきた。怨敵信玄に一太刀浴びせた感想は、それだけだった。

今までにも信玄とは何度も戦ったことがある。混蟲武人衆との三つ巴と、記憶に新しい一対一の勝負。前者は惨敗し、後者では水を差されている。


そこで黒金は、今のが信玄に初めて入ったまともな一撃であることに気づく。どこかやり遂げたような気がするのは、そのせいだろう。

しかし、達成感を抱くのはまだ早い。



(喜ぶのは、こいつを倒してからだ!)



刃を握り直して、目の前の敵に集中する。

背中をジワジワと襲う激痛に、一切顔をしかめることなく。

先ほど受けた蜜魔兵の一撃によって、もう切除不可能なまでに毒は広がっている。今は甲虫武者の再生力で抑え込んでいるが、それも時間の問題。


そして毒を抑える分のエネルギーを残したまま信玄が倒せるか――それも懸念していた。



(こいつに勝てたとしても、果たしてあいつらの元に戻れる余裕があるかどうかだな……!)



ようやく一太刀浴びせて、逆転の兆しが見えたはいいが、正直言って現状が良くなったとは言えない。元々限界だった黒金のエネルギーは、毒の対処で更に追い詰められている。


体力を一切無駄にできない――厳しい闘いになるのは必然だった。



「……たかが一度刃を入れた程度で調子に乗るなよ! もう貴様は儂の毒から逃れられんのだ!」


「おーおー、さっきまでの余裕はどこに行ったのやら。ブラック指摘されて逆上か?」



黒金はそう言うが、信玄の言葉は間違っていない。

先ほども説明した通り、信玄の毒は最早切除不可能。なのでこのまま信玄が放っておいても、黒金の死は確定していた。


ならば信玄が取る最善の行動は、この場から離脱すること。今の黒金なら追いつけはしないだろう。

しかしそうしないのは、一太刀受けておめおめと引き下がるのは、そのプライドが許せないからであった。



「何度も言っているがもう貴様の顔を見るのはうんざりだ!この場で必ず仕留め、決着をつけてやる!」


「こっちは最初からそのつもりだ!

――貴様に殺された俺の家族、貴様の部下に殺された俺の大事な人、その無念を……今晴らす!」



目の前の鎧蟲に、全ての罪を清算させるべく、黒金は走り出す。

対し信玄は、周囲に集めた蜜魔兵で迎撃する。正面から多くの蜜魔兵が迫ってきた。


しかし、蜜魔兵も既に限界状態。先ほどは弾丸以上の速度を出せていたが、今は見る影も無い程に遅くなっている。突破することなど容易だった。


「クロツメ――"乱れ彼岸花・開花"ッ!!」


連結させたままの刃を回転させ、その勢いで蜜魔兵を薙ぎ払っていく。まるで開花の際に四方へ広がる花びらの如く、蜜魔兵は蹴散らされていた。


パワーも、スピードも、全てが衰えているのは一目瞭然だった。黒金の言葉など半信半疑に思っていた信玄も、これでようやく確信する。



「ッ……役立たず共が!」


「そういうところが、ブラックだって言ってんだよ!」



斬りかかる黒金に対し、信玄は軍配団扇で応戦。手元に残っていた蜜魔兵を集中させ、剣の形にする。

しかし消耗している影響か、一つの形を維持するパワーも弱まり、クロツメの剣撃を受ける度に蜜魔兵の刃は崩れかけていく。



「部下はちゃんと労わないと、モチベーションが下がるぞ!」


「訳の分からんことをぉ!」



接近戦による斬り合いでは分が悪いと判断したのか、信玄は怒声と共に蜜魔兵を分散させる。

軍配団扇に集まっていた蜜魔兵たちは黒金目掛けて群がり、信玄から突き放していく。



「役立たずと言いながら、結局その力を借りるのか。自分でも情けないと思わないのか!」



蜜魔兵を振り払い、一切を寄せ付けない黒金。

その際近くのビルの窓ガラスで、自分の背中を確認する。先ほどと比べて毒は広がりつつあるが、再生したばかりの翅にはまだ到達していないのが分かった。



(翅はまだ無事! 飛べるうちに飛んでおくか!)



しかし飛べなくなるのも時間の問題、ならば今の内にと、黒金は飛行し蜜魔兵を置き去りにする。

向かうは当然信玄、今出せる最高速度で一気に距離を詰める。



「ッ、如山陣! 不動陸く――!」


「――遅い!」



信玄が蜜魔兵の壁を形成するより先に、その横を通過しその脇腹を斬り裂く。その後すぐに方向転換し、再び信玄へと斬りかかった。



「クロツメ――"月下一閃"!!」



その名の如く、黒金は素早い加速で信玄の周りを飛び回り、次々とダメージを与えていく。



「儂を囲え! 蜜魔兵!」



それに耐えきれなくなったのか、信玄は全ての蜜魔兵に集合命令を出す。続々と蜜魔兵が信玄の周りに集まっていき、ドーム状となって完全に主君を閉じ込めた。



(ッ――立てこもる気か!)



今信玄に長期戦に持ち込まれるのは非常に不味い。毒が全身に回るまで時間を稼がれる可能性があった。

急いで蜜魔兵の封鎖を破らんと、斬撃を放つ態勢に入る黒金。

しかし信玄の怒りは、ただ待って勝つだけで収まらないものだった。



(そのまま攻撃を――!!)



数十匹の蜜魔兵が、黒金目掛けて襲い掛かる。

ドーム状の陣を維持したまま、表面上の蜜魔兵は攻撃に転じる。その姿は宛らトーチカのようであった。


しかし、黒金が目を見張ったのはその戦法に対してではなかった。



(馬鹿な、蜜魔兵が速くなっている!? 消耗していたはずだぞ!)



疲れていたはずの蜜魔兵がどうやってか元のスピードを取り戻し、黒金に迫る。折角苦労して消耗を待ったというのに、その時の苦労が水の泡となったことに驚きを隠せない。


もしや信玄がこちらを油断させるために、わざと蜜魔兵の動きを遅くしたのかと疑ったが、あの驚きようは間違いなく本物だった。

つまり、信玄が何らかの方法で蜜魔兵を全回復させたということ。



「何かしやがったなクソッたれめ……!」



襲い来る蜜魔兵を躱しながら悪態をつく黒金。

するとその様子を見て余裕を取り戻したのか、トーチカを崩し信玄が姿を見せる。



「何、貴様が部下を労えというのでな……儂の力を分けてやっただけよ。"主君の為ならば、命を削って尽力せよ"という渇と共にな」


「命を削って……?」



命を削る、どうやらそれが蜜魔兵の全回復のヒントらしい。

身体は動かしながら、黒金はその正体を必死に推理する。もし本当に蜜魔兵を全快させる手立てがあるというのなら、まずはそれを阻止する方法を見つけないとならないからだ。


しかしヒントは、それだけではなかった。

まず全回復させたのは、信玄の力で間違いないはず。それに加え信玄の「命を削る」という発言。それらを組み合わせて、黒金は予想から結論へと至った。



「まさか、勝家の使っていたドーピングか……?」



――かつて英と黒金、そして今は亡き面義と戦った相手、勝家。

二度目の戦いにおいて、勝家は確実な勝利を得る為に自らの能力を上げる薬を服用した。


その薬を製造したのが信玄であり、結果敗北した勝家の身体は信玄の毒と同じ症状で崩れていった。

あの時の薬をもし蜜魔兵に服用させたとしたら、この全快も説明が付く。

しかしそれは、信玄が蜜魔兵に毒を盛ったことになる。



「蜜魔兵はまた()()()()()()()、信長から奪った濃姫にな!」


「ッ……!」



黒金は酷使される蜜魔兵に同情して、何も本当に労ったほうがいいと言ったわけではない。あの言葉はただの皮肉である。

それでも自分の部下を躊躇なく使い捨てにする行動に、黒金は顔をしかめる。


しかし何気に蜜魔兵の増産方法を知ったわけだが、その後に続いた()()()()発言に、そのしかめっ面は微笑へと変わる。

今度は信玄がそれを見て顔をしかめた。



「……何がおかしい?」


「いや何、まだ教えていなかったなと思ってな」



信玄は濃姫に新しい蜜魔兵を生ませると言った。

しかしそれはもう、叶わぬ願いだった。



「貴様が向こうの世界でチンタラしている間に、濃姫は死んだよ」


「なッ――下らぬ嘘を吐くな! だったらあれはなんだ!? あれはどう見ても"姫"の胎によって形成されたもの!」



そう言って信玄は、今もこちらへ向かってくる混蟲武人衆の移動要塞を指す。確かにあれは、濃姫の胎によって作られたものだ。それは間違っていない。


黒金の言葉を嘘だと言い張る信玄だったが、その言動は明らかに慌てている。無理も無い、自分の天下に必要な存在が、既に殺されているなど信じたくないのだろう。



「濃姫の胎はアミメの体内にある。あれを作って動かしてるのも奴だ」


「何だと……あの雌の猿もどきが!?」


「ショックか? だろうな、お望みの物が貴様らの言う猿もどきに奪われたのだから!」



"姫"、及びその胎の喪失は鎧蟲という生命の存亡に関わる。何せ"姫"の繁殖でなければ、親より強い子は生まれないのだから。


アミメが濃姫から胎を奪ったのだから、逆に鎧蟲の雌が彼女から胎を奪い返せる可能性もあるが、その胎の器となる雌の鎧蟲がこの場にいなかった。しかも果たして鎧蟲の手で移植ができるかどうか、それすらも怪しい。


可能性がある千代女も、信玄が殺してしまっている。皮肉なことに、唯一残された手段を自らの手で潰してしまっていた。



「おのれ……どこまでも邪魔をしよって! ならばアミメとかいうあの雌の猿もどきを捕え、儂が孕ませてくれるわ!」


「パワハラの次はセクハラか? 救いようがないな!」


「大きな口を叩くなよ黒武者、蜜魔兵は全快した。貴様にもう勝ち目は無い!」



そう言って信玄は感情に指示を任せ、蜜魔兵の防御形態を解き一斉に黒金へと向かわせる。


信玄の悔しがる顔が見たくて煽りに煽った黒金だったが、現状が辛いことには変わりない。苦労して消耗させた蜜魔兵たちは元の動きを取り戻したのに対し、黒金は疲れ果てたまま。


ならばこちらも回復しようと考えるも、吸収できそうな鎧蟲の死骸は既に無い。大量の足軽の死骸は既に吸収済みで、千代女の死骸は欠片すら残っていなかった。


こうしている間にも背中の毒は広がり続けている。既に翅にまで浸食しているので、もう飛ぶことは不可能だろう。



(ドーピングの副作用で蜜魔兵が死ぬのを待つ……余裕は無いか!)



もし蜜魔兵に使われた薬が、勝家が使ったものと同じなら、その副作用によって勝手に死ぬはず。ならば今度はそれを待てばいいのだが、そんな余裕は時間的にも体力的にも無かった。



(ここからが正念場、もてよ俺の身体……!)



幸いなことに、黒金の煽りにまんまと乗った信玄は今蜜魔兵による防御陣を解除している。長期戦が無理というのなら、逆にどんどん攻めるべきだ。


四方から迫る蜜魔兵を振り払い、信玄へと強く踏み出す黒金。しかし蜜魔兵が元通りになった今、容易に近づけさせてはくれない。

始めにしていたように空へ逃げることもできないので、地上で蜜魔兵を弾き続けることしかできなかった。


それを承知の上で、信玄は蜜魔兵に激しい攻撃をさせていく。ずっと立てこもられるよりかはマシだが、かといって常に攻撃されるのも困る。



「いつまで躱せるか見物だな! 次に当たった時はもう動けんよう儂の毒を全身に打ち込んでやる!」



信玄が指揮のように腕を振る度に、蜜魔兵の群れが形と変え様々な方向から襲い掛かる。

信玄も早めに決着を付けたいのか、自分の防衛はせず全ての蜜魔兵を攻勢に向かわせている。


ならば今こそ攻めるチャンスなのだろうが、蜜魔兵の攻撃が激しすぎて近づくことも敵わなかった。



(このままだとジリ貧だ! 本当にどうにかしないと……!)



前方からの突撃を捌いていると、今度は真上から蜜魔兵の束が降りかかる。横へ転がってそれを躱せば、そこへ回り込むように反対方向から群れが伸びてくる。


一秒たりとも気を緩められない怒涛の連続攻撃に、黒金の消耗はどんどん加速していく。

常に警告し続ける"虫の知らせ"に神経をすり減らされ、蜜魔兵を弾く度に疲労感が積み重なっていく。


終わりが見えない感覚に再び陥り、心身共に黒金を苦しめていく。

そして最大の苦痛が、黒金を襲った。



(ッ――こんな、時に!)



疲れ果てた精神が、激痛によって叩き起こされる。それは背中に受けた毒によるもの。

今までは我慢できたが戦闘にエネルギーを多く割いたせいか、毒の抑制が弱まりその分痛みが増していた。


そのせいで、黒金の動きが一瞬止まる。信玄及び蜜魔兵は、その一瞬を見逃さなかった。



「――今だ、滅多刺しにしろ」



信玄の言葉を合図に、蜜魔兵が一斉に襲い掛かる。

隙を見せてしまった黒金は、痛みで緩んだ気を張り詰めさせて、全力でそれを迎え撃つ。


しかし一度見せてしまった隙のツケはそう簡単に取り返せるものではなく、クロツメの刃は出遅れてしまう。

加速した蜜魔兵が頬に、足に、腕に、腹部に、あらゆる箇所に掠った。



「う、ア……がはッ……!」



すぐさま皮膚が紫色へと染まっていき、ジワジワと広がっていく。それに伴い、神経毒に似た痛みが束となって脳へと襲い掛かる。


浸食された箇所が多すぎて、最早再生力で抑制するという話ではない。毒を抑制するので精一杯で、それ以外に割くエネルギーが殆ど残っていなかった。つまり、立っているのもやっとだった。



「――今度こそ終いだ、先ほどまでは見苦しく抵抗できていたが、それでは動くことすらままならんだろう」



信玄の言う通り、今の黒金は指で突けば簡単に倒れそうな状態だった。

黒金の命はもう助からない、それは既に決まっていたこと。抵抗する力も無く、後はただ死を待つのみ。


遠のく意識の中、黒金が思い浮かべたのは家族の顔。

憎き鎧蟲に殺された日から、その顔を忘れたことはない。瞼を閉じれば、自然と浮かび上がってくる。



(……すまない、俺も今……そっちに逝く……)



復讐も果たせず怨敵に殺されるなど、正に無念。これ以上のない屈辱だ。しかしこれで家族に会えるのだと思えば、少しは気が楽になる。

父に、母に、妹に、秘書に、大切な人たちにようやく会えるのだと。黒金は笑って逝こうとする。


だが、倒れる直前に浮かび上がった仲間たちの顔を見て――黒金の意識は叩き起こされた。



「ッ――!!」



――気づけば、片足を前に出して体を支えていた。

黒金の肩だが伏すことはなく、ハッキリと目を開け信玄を睨みつける。瀕死の男のものとは思えないその迫力に、信玄は思わず後退った。



(馬鹿な……死にかけの猿もどきに、この信玄を臆しているだと!?

何故立てる!? 何故動ける!? 儂の毒は奴の全身を蝕んでいるはずだぞ!)



その答えは、甲虫武者の再生力で毒を抑制しているから。

しかし毒の浸食部分が増えた今、そのエネルギー消耗は凄まじいもの。毒を抑えるので精一杯で、立つ余力すら無いはず。


ならば何故動けるのか?

――言葉による説明など不可能。言い表すとするならば、"限界突破"としか言いようが無いだろう。


やらなければならないことがまだ残っている。黒金の身体を突き動かしている理由はそれだった。

その理由とは家族の仇を討つ、勿論それもある。しかし今信玄を倒さなければならない重要な訳が、もう一つだけあった。



(今ここで倒さないと、こいつは間違いなく移動要塞の方へ向かう……ただでさえ混蟲武人衆もいるというのに、そこへ乱入されたら最悪だ!)



ここで黒金が敗北すれば、信玄は当然"胎"の所在地である移動要塞へと赴く。そして混蟲武人衆と英たちの戦いへ混ざって、更に被害が拡大するのは想像に難くない。


信玄の毒は厄介だ、ここまで黒金が生き残れたのもクロツメがあったからこそ。忍ならまだしも、英と豪牙に蜜魔兵の群れを弾き続けるなんて繊細な動きは不可能だ。


つまり今ここで信玄を逃せば、自分以外にも犠牲者が出る可能性が高い。そう考えると、黒金は居ても立っても居られなかった。



「あいつらの元には絶対に行かせない……お前はここで、必ず倒す!!」



毒が体内にまで浸食し、夥しい量の血反吐を吐こうとも、黒金の姿勢が崩れることはない。

全身を襲う激痛にも負けず、信玄へ勇ましく斬りかかった。



「――ォオオオオオ!!!」


「このしぶとい……猿もどきがぁ!!」



一向に倒れず、何度でも挑んでくる黒金に嫌気が差した信玄は、再び蜜魔兵に一斉攻撃を命じる。

しかし蜜魔兵が黒金の元へ到達するより先に、黒金は自分の間合いで信玄を捉えていた。



(馬鹿な……何故こんなにも速く動ける!?)



とても瀕死のものとは思えないスピードに、信玄は一手遅れる。

それでも迫りくる二刀流を軍配団扇で受け止めるも、第二の刃が隙を突き、信玄の右腕を斬り落とした。



「うぉ、ァガ!?」


「――まだまだァ!!」



野太い悶絶も、黒金の雄叫びによって掻き消される。当然一太刀だけでは終わらず、黒金の剣撃が怒涛の勢いで繰り出されていく。

やがて黒金は二刀を連結させ、両剣状態で振り下ろす。その一撃で信玄の左肩は大きく裂け、緑色の血飛沫が派手に上がった。



「ぐぉおああ!!」


「フゥ……フゥ……!!」



形勢逆転――とまではいかないが、ものの数秒で重傷を負う信玄。

これにより信玄の優勢は傾き、再び互角の勝負へと戻る。両者ボロボロの身体で、近距離で対峙していた。



「おのれ――だが愚か者め、儂に目を向けすぎたな!」


「ッ――ぐぅあ!?」



そのまま斬り続けようと刃を振りかぶったその時、黒金の背中に衝撃と激痛が走る。

後ろの蜜魔兵が追い付き、弾丸以上の速度で黒金へ突っ込んできたのだ。勿論それだけでは終わらず、背中へ毒が更に注入されていく。


体内の毒が増えた分、痛みと浸食速度も増し、黒金の身体は更に追い詰められる。現に毒に侵された箇所の皮膚はボロボロに崩れていた。

流石にこれで死ぬだろう、と信玄は高を括る。しかし、それでも黒金は倒れない。



(なッ――何故死なない!? 致死量などとうに超えているはず! 皮膚だって腐食してボロ屑当然だ! なのに何故――!?)



一向に黒金が死なないことが、不思議で仕様がない信玄。未だ二本足で立ち続け、自分に向かってくる目の前の武者が、気味が悪くて仕方がなかった。

理由は分からない、しかし第六感がこう囁く。


――この男は、意地でも自分を殺すつもりだ、と。



(ま、不味い! ここは一度退避して――ッ!?)



恥も誇りも捨て、空へ逃げようとする信玄だったが、広げた翅が一瞬で斬り落とされる。

クロツメの素早い剣撃が、絶対に逃がさなかった。


そこから間髪入れず、黒金は次の一撃の構えに入る。

片足を強く前に出し、姿勢を低くしているその構えを見れば、次に来る剣撃が強烈なものだというのは一目瞭然だった。



「ッ――集まれ! 蜜魔兵共!!」



焦りしかない怒号で蜜魔兵に集合を掛ける信玄、"不動陸櫛"で防ごうという魂胆だろう。

しかし距離的にはそう離れていないはずなのに、一向に集まらない。一匹二匹が、フラフラと寄ってくるだけだった。


本来なら、その理由は信玄自身が良く知っているはずだった。しかし追い詰められた焦りで、自分がしでかしたことに気づけていない。



「どうした貴様ら!? 何故来ない、儂を守れ!!」



理由は簡単。その場しのぎで蜜魔兵たちに盛った薬の副作用が、今来たからだ。命を削る劇薬によって力を手に入れた蜜魔兵は、その薬の効果で次々と崩れ落ちていく。


つまり信玄は、結果的に自分の首を絞める行為をしてしまったのだ。

そしてこの好機を、黒金が見逃すはずがない。



「クロツメ――!!!」


「ま、待――!!」



命乞いのように、両手を前に出して制止を求める信玄。

――待つはずがないだろう、と刃を握りしめる力が一層強くなる。

こいつに殺された家族の無念、自分を信じてくれる仲間の想い、己が抱く全ての激情を刃に込めて――




「――"金剛(カナタケ)ノ藤"ィ!!!!」




力強く――振り払った。

信玄の胸で、二つの刃が交差する。見事なバツ字を描いた剣撃は完全に振らわれ、信玄の身体を綺麗に切断した。



「馬、鹿な……この儂が……改斐国の、主となるはずの、この儂が……こんな、猿もどき、に……!」



そう最後の言葉を残して、信玄は絶命する。四つに分かれた死骸が、黒金の足元に転がった。

そこから数秒の沈黙を置き、黒金はその場でようやく膝を付く。今まで倒れなかったことが奇跡に近かった。



「ガハッ……ハァ……ハァ……!!」



荒い呼吸を繰り返すたびに、喉から逆流する血の味で口内が染まる。例え信玄が死亡しても、体内の毒が消えるわけではない。なので黒金は、今も毒に侵され続けていた。


――どう足掻いたとしても、絶対に助からない。それは黒金自身がよく理解している。

しかし今黒金が抱いているのは死への恐怖などではなく、圧倒的な達成感であった。



(……やったぞ、ようやく仇を討ったぞ……皆……!)



今自身の身体を浸食している毒以上に、あの日から自分を蝕み続けた復讐心。そしていつまでも消えなかった家族を失った悲しみ。叡火の惨劇以降抱いていた様々な感情が一気に晴れていく。


――ようやく、ようやく果たせたのだと。この上無い達成感であったが、決して満足したわけではなかった。

まだ自分にはやるべきことがある、その想いを胸に黒金は手を翳す。



「ッ……本当は死ぬ程嫌なんだが、食わず嫌いはしてられん」



まずは右手の痣で、信玄の死骸を吸収していく。

信玄は鎧蟲の中でもトップクラスの実力の持ち主、それを吸収することで得られるエネルギーは計り知れない。


家族の仇を吸収するというのは気が引けたが、手段は選んでいられない。信玄を吸収すれば、毒の完治は無理でも抑制する為の再生力は十分得られるはずだ。


もしかすれば信玄の吸収することで毒の抗体でも手に入るかもしれないと期待したが、そう上手くはいかなかった。

それでも、身体が幾分軽くなったのを感じる。



「よし、大分マシになったな……これなら……!」



そう言って黒金は、フラフラと歩み始める。向かう先は移動要塞、混蟲武人衆と仲間たちの元へとだった。

――やるべきこととは、自分の仲間を助けること。瀕死の身だが、何か役立てることがあると信じて、死にかけの身体を必死に動かした。



(……行かないと、あいつらの元に!)



殆ど引きずる形で、足を動かす黒金。

――その目は、ただ一方向のみに向いていた。

今回はなるべく早く更新できました。やったぜ。


最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません。

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