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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
最終章:黄金武者の超越
208/230

207話

「どうしましたアミメ、やけに気が立っているようですが」


下では苛烈極めた戦いが行われているというのに、移動要塞の心臓部はシンと静まり返っていた。しかし全く音がしないというわけでもなく、耳をすませば鼓動のような一定のリズムが聞こえる。

この要塞を形成し、自分の体のように操っているアミメは、今も半透明で大きな繭の中にいる。そこから全く動かず、何も喋らず、眠るように佇んでいた。


それを側から見守る金涙は、彼女の感情の変化を"虫の知らせ"で感じ取る。

第一世代と呼ばれる甲虫武者たちは、何かしら特化した能力を持っている。金涙笑斗の場合"虫の知らせ"が他の武者より優れていた。

その為か、他者の心情すら大まかに把握できている。


『――七魅彩辻がドクターの指示を無視し、小峰忍との一騎打ちを優先し始めました』


すると金涙の問いに、繭の中のアミメが答える。

その声はまるでテレパシーのように、金涙の頭へ直接届いた。


伊音を捕えその心臓さえ手に入れば、全人類の甲虫武者化への一歩が踏み出せるというのに、自分の望みを優先させる彩辻に苛立ちを隠せないアミメ。

対する金涙は少し目を見開いただけで、最低限のリアクションしかしない。予想の範疇だと言わんばかりに、達観した態度を貫く。


「成る程、彼の悪いところが出ましたか」


『どうします? 無理やりにでも神童伊音を吸収しますか?』


「いや、好きにさせましょう。彩辻さんには何度も助けられましたから。

それに焦る必要はありません。

彼女の心臓を手にいれるのは時間の問題ですから。


信玄さんも戻ってきたようですね。しかし"姫"の力は我らの手の中、濃姫さんがもう死んでいることすら知らないでしょう」


そう言って金涙は、どこか楽し気に心臓部を闊歩する。自分の理想に向けて大した障害も無く事が進んでいるのが嬉しくて堪らないのだろう、しかし一番の立役者であるアミメには目もくれていない。


この移動要塞を動かしているのはアミメなので、彼女の防衛の為最大限の注意こそしているが、あくまで()()()()()()()


「それよりも、新しい身体には慣れましたか? 全人類進化の為、この移動要塞はいずれ()()()()()()()()()()


『単純な歩行だけなら同時進行で内部の様子も伺えます。思い通りとはまだいきませんがご心配なく、すぐに自由自在に動かせるようにします』


そして金涙は壁際へと足を進め、その裂け目から外の様子を伺う。

既に移動要塞は街のすぐそこまで到達していた。耳を澄ませば聞こえていた鼓動も、逃げ惑う人々の悲鳴で掻き消される。

自分が作り上げた阿鼻叫喚のパニックを、見守るような眼差しで眺めていた。


「――人々よ、恐れることはありません。それどころか貴方がたはとても幸運だ。

人類史に残る大進化を、その身で迎えられるのですから」


昂った感情を抑えられなくなったのか、両腕を大きく広げ天を仰ぐ。一般人の悲鳴を浴びて、指導者の如く語り始める。

薄暗い心臓部で、黄金の鎧が禍々しく光った。






「――オラァ!!」


野太い声と共に、嵬姿が大剣を振り下ろす。

それを受け止めるのは勿論英、白銀の刀身を盾にして嵬姿の剣撃を防いだ。


そこから大剣を払い除け、顔面目掛けて突きに転じる。鋭い刃先が嵬姿に迫るも、嵬姿の大きな手が彼の腕を掴んで止めた。

次の瞬間、英の体は片手で持ち上げられる。


「ヌォリャアアア!!!」


「ッ、おぉ!?」


まるで一本背負いのように投げられ、そのまま地面へと叩きつけられた。

そのまま大剣を地面と垂直になるよう向けて、倒れる英に落とす。


(やば――!)


すぐに太刀で防ごうとするも間に合わず、大剣の重く鋭い衝撃が腹部を襲う。

しかしガキンと鳴るだけで、英の腹は貫かれていない。

リッキーブルーの装甲が守り、貫通を防いだのだ。


その隙に急いで起き上がる英。しかし嵬姿が片足で腹部を踏みつけ、地面に抑えつけた。

全体重を掛けられ、地面と背中が離れない。


「"大崩山"ですぐに終わらせるのはつまらねぇ、長く楽しもうぜ!!」


そうして英を踏みつけたまま、嵬姿は何度も大剣を振り下ろす。抑えつけられたままでは反撃もできず、ただ耐えることしかない。ガキン、ガキンと耳障りな音が何度も響き渡った。


最初の刺突は受け止められたが、こうも執拗に斬られては限界が訪れる。嵬姿の猛攻にリッキーブルーの装甲はどんどん削られていった。

このままだと、嵬姿が英を斬るのも時間の問題であった。


「英から、離れろぉ――!」


そんな窮地に駆けつけたのは、エレファスゾウカブトの豪牙。

嵬姿が大剣を振り上げた瞬間を狙い、その胴体に大槌を打ち込んだ。


「かはッ……!」


大槌は嵬姿を殴り飛ばし、英から引き剝がす。力強い打撃はコーカサスの鎧にヒビを入れ、身体の骨も砕く。

流石の嵬姿も血反吐を吐きながら蹌踉めくしかなかった。その隙に英は起き上がり、態勢を立て直す。


「いつつ……助かったぜ、象さん!」


「気にすんな!」


あのまま受け続けていたら、確実に英の体は斬り裂かれていただろう。現に銀色の装甲には、剣撃の痕がなぞるようにあった。英は削られた鎧の再生をしながら、豪牙と共に嵬姿を見据える。


「うぉえ、ガハッ!

……やってくれたな、お返しだ!」


嘔吐感に苛まれながらも大剣を握り直す嵬姿。豪牙の打撃が効かなかったわけではない、コーカサスのタフさが態勢をすぐに立て直せたのだ。

そして繰り出すのは"崩山"、"大崩山"よりかは劣るがそれでも強烈な技であることには変わりない。


「ッ――俺が受ける!」


英が迷いなく豪牙の前に出る。腕を交差して、装甲だけで受け止める姿勢に入った。

すると次の瞬間、二人の両隣を熱線の弾幕が通過する。


「……信長!」


後ろにいた信長が放つ"本能死"の銃撃が、迫りくる"崩山"を迎え撃つ。

全てを斬り裂く勢いで加速する巨大斬撃は超火力の銃撃と何度も衝突し、英たちに到達する前に相殺された。


「あれくらいなら俺でも撃ち落とせる。貴様は"大崩山"とかいう技だけを警戒しろ。奴の戯れで消耗して、いざという時に防ぎ切れなかったら意味が無い」


「おう、分かった!」


信長の指示に、英は迷いも無く即答する。

普段なら黒金が英と豪牙に指示を出すのがカフェ・センゴクの戦い方だが、その黒金は今信玄と戦っている。なので代わりに信長が二人の司令塔となっていた。


信長は終張国の三大名の一匹、兵を従えて戦況を見渡すことに慣れている為、的確な判断と指示ができる。尚且つ後衛から援護射撃を行っているので、味方と敵の立ち位置が把握しやすかった。


「俺の"崩山"を撃ち抜くか! やっぱりお前も最高だぜムカデ野郎!」


"崩山"を見事撃ち落とせた信長の銃撃だったが、それが嵬姿の胸を更に躍らせる。強敵との殺し合いが楽しくて仕方ないのか、口元の綻びを隠し切れず、歯茎が剥き出しになる程の笑みを浮かべていた。


嵬姿の見せる狂気の笑みが、英たちを緊張で張り詰めさせる。

そしていつ仕掛けられてもいいよう常に嵬姿を見続けていると、その視界の隅に見過ごせないものが入り込んだ。


「な、なんだありゃ……!?」






とうとう移動要塞が、街に踏み込む。

それに伴い、側面の壁に動きが現れた。


アミメが伊音を取り込もうとする時と同じように、肉の触手が無尽蔵に伸びていく。触手が生えてくるのは移動要塞の股下と腹部の境目、地上を丁度いい高さで見下ろせる位置だった。


やがて肉の触手は逃げ惑う人々を捕捉し、獲物目掛けて襲い掛かる。素早く体に纏わりつき、逃がさないよう縛り付けた。


「な、なんだよコレ!?」

「助けてくれー!!」


そしてあっという間に大勢の人が肉の触手に捕まってしまう。何とか逃げようと必死に抵抗する者もいたが、とても常人の力で抜け出せるものではない。

触手はそのまま本体へと戻り、捕まえた人ごと壁の奥へとしまわれる。

移動要塞は、近くにいる人間を片っ端から呑み込んでいった。


こうして人間を取り込み、要塞内部で混蟲因子を植え付けることで武者を増やしていく。

しかし伊音の心臓が無ければ出来損ないの堕武者になってしまう。それでも伊音を取り込んだ後で甲虫武者にしようと、今からでも人間たちを捕まえ始めたのだ。






「あれは……!」


その現場を一望できるのは、信玄の軍勢と戦っている黒金であった。

人々の悲鳴が一層大きくなったのを察知し後ろを振り返ると、移動要塞が大勢の人間を呑み込む光景が見えた。


(もうあんなところにまで……!)


予想を超えた侵攻の速さに黒金は目を見張る。英たちが何とか食い止めてくれることも願ったが、そう有利に事が進めば苦労はしていない。

捕らわれた人々が堕武者にされる前に、一刻も早く救出しなければならない。しかし黒金は今この場から離れることはできなかった。


「どうした黒武者よ、余所見なんかしよって。儂を殺し、復讐を果たすのではなかったのか?」


「ッ……!」


相手は信玄。彼の操る蜜魔兵が帯状の群れを形成し、先端を鋭くして襲い掛かる。

"虫の知らせ"で前方からの攻撃を察知し、剣撃を走らせる。一つの生き物のように動く蜜魔兵の群れは、黒金の刃と火花を散らした。


蜜魔兵は言わば信玄の意志で形状と長さがほぼ無限に変わる刃、いざという時は盾にもなり主の身を守ることだってできる。


オオクワガタの剣撃に受け止められた蜜魔兵たちは、そのまま刃状による追撃を行わず、そのまま()()()()()()


(このタイミングで散らすだと……()()か!)


やがて分散した蜜魔兵は、黒金を中心に拡散していく。

黒金はその陣形を一度目にしたことがある。忘れもしない信玄と初めて対峙した時、この技で敗北したも当然だった。


「燃やし尽くせ――如火陣、"侵掠蜂球"!!」


蜜魔兵で全身を取り囲み、群がることで高熱を発生させる陣形。その熱は甲虫武者の鎧を容易く溶かす程。

分散した蜜魔兵たちが、黒金の身体目掛けて集まっていく。


一度纏わり付かれてしまえば剣を振るうこともできなくなる。しかしもう回避は間に合わない。ならば、迫る蜜魔兵を全て斬るしかない。


(オオクワガタのままでは無理だな――クロツメ!)


そう判断した黒金はすぐに自分の刃を形態変化させる。真っ直ぐ伸びた刀身が、鎌のように湾曲する。

通常のオオクワガタが切れ味特化ならば、この姿はスピード特化。


光秀から受け継いだ力"黒爪ノ姿"、華が咲き誇るように鮮やかな二刀流を見せつける。


(――"烈花(れっか)の嵐"!!)


的確かつ素早い剣撃で自らを包み込むようにして、全方位から迫る蜜魔兵を一切寄せ付けない。

分散していても蜜魔兵を切断することはできないが、その剣圧で陣を崩すことは容易い。


"烈花の嵐"で如火陣が乱され、蜜魔兵の包囲網に穴ができる。黒金はその瞬間を見逃さず軽いフットワークで剣撃から素早く転じ、見事窮地から脱出した。


(クロツメ――"桔梗の花園"!!)


次に狙うは当然信玄。両刀を連結させて間合いを伸ばし、鬼のような形相で斬りかかった。

殆どの蜜魔兵はまだ先ほどまで黒金がいた場所にいる。"不動陸櫛"の防御は間に合わない。


両剣形態による横切りが、信玄の懐目掛けて奔る。

しかし刃が信玄に到達する直前に、葉柄の障壁が間に割り込んだ。


「ッ――!?」


(三十枚重――"木葉層"!)


三時の方向にいる千代女が、もう一度蟲術の壁で信玄を守る。二度目の"木葉層"、()()()()()()()()()()()()()()()()()


そして黒金が千代女の壁で受け止められている隙に、信玄は蜜魔兵を自分の下へ引き戻す。

今度は軍配団扇に集中させて、巨大な斧の形を作らせた。


「――フンッ!!!」


高らかに掲げた蜜魔兵の斧を、懐にいる黒金に振り下ろす。しかし黒金は既に退避しており、信玄の斧はただ地面を砕くだけに終わる。


もし躱すのが遅れていたら、今頃真っ二つに切断された自分が転がっていただろう。と黒金は戦慄した。

信玄が蜜魔兵を軍配団扇に集中させたところで、再び二匹から距離を取る。


しかし相手は信玄と千代女だけではない、信玄の兵たちが一斉に矢を放ち雨を降らせる。


(くっ、雑魚(こいつら)がいたのを忘れていた!)


黒金は両剣を分離させ、両刀で矢の雨を弾いていく。蜜魔兵の包囲網を突破できるのだ、降り注ぐ矢を弾くなど容易い。


戦況に合わせて両剣と両刀の形態を使い分ける黒金。

一方千代女はその刃を"木葉層"で受け止めた時のことを振り返っていた。


(剣撃が速くなったあの形態、変化する前と比べて切れ味が落ちているな。確かに素早い剣撃だが、守りさえ固めれば容易に防げる)


黒金の刃を受けた一回目と二回目の"木葉層"を比べて、"黒爪ノ姿"が通常のオオクワガタと比べて切れ味が劣っていることに気づく。


速さに特化したせいで、オオクワガタの代名詞とも言える切れ味が軽くなってしまう。それが"黒爪ノ姿"のデメリットであった。

そのデメリットが、この信玄軍との戦いで更なる不利となる。


(矢なら兎も角、信玄の蜜蜂もどきはクロツメじゃないと捌けない。だがクロツメの切れ味だと、蟲術の壁すら破れん!)


元々蜜魔兵による守りは強固なもの、そこに千代女の蟲術が加わるとなると突破がかなり難しい。

かといって元の二刀流に戻せば解決する問題でもなく、通常のオオクワガタでは一匹一匹が高速に動き回る蜜魔兵が弾けない。

信玄を相手にする以上、"黒爪ノ姿"でないと近づくことすらできないだろう。


(――そもそも数の差で圧倒的にこちらが不利。やはり、弱い奴から片付けるのが定石!)


しかしこの程度の劣勢で、黒金の復讐心が止まることはない。

まずは蜂たちを一掃しようと、全方位に黒い斬撃を斬り放つ。


放ったのは花びらのように飛ぶ斬撃"黒夜桜"、風が一吹きしただけで軌道がずれてしまう程軽い斬撃だった。

そんな斬撃を放った後、黒金は最大限の力を両刀に込める。そこから目にも止まらぬ勢いで回転切りを繰り出し、竜巻のような風圧を引き起こした。


(クロツメ――"黒夜桜・花吹雪"!!)


直後、"黒夜桜"がその風に煽られ一斉に軌道を変えた。黒金を中心にして、全ての斬撃が回り始める。


全てを斬り裂く斬撃の竜巻は次第に広がっていき、黒金を取り囲んでいた蜂たちは勿論、離れた信玄や千代女、その場に居合わせる全ての鎧蟲を呑み込んだ。


一度竜巻の中に入ってしまえば、すぐさま風に飛ばされた斬撃が襲い掛かる。翅で飛んでいた蜂たちは諸にその影響を受け、成す術も無く空中で斬り裂かれていった。


「ッ――蟲術!」


迫る斬撃に千代女は蟲術で小規模な巣界を展開、ドーム状の障壁で己と主君を守る。


しばらくして、斬撃の竜巻は収まる。

千代女が巣界を消した時には文字通り嵐が過ぎ去った後のようで、あんなにいた蜂の軍勢は全滅していた。


「一瞬で全ての兵が……!」


「……チッ」


散らばるバラバラの亡骸を眺め、舌打ちを漏らす信玄。毛ほども役に立たなかったことへの苛立ちか、それとも移動要塞を攻め落とすための戦力が削がれたことへの怒りか。


蜂たちを一掃させた黒金は、クロツメの刃を再び信玄に突きつけた。


「雑魚は片付けた……さぁ、次は貴様らの番だ!」

ゼットンさんのフィギュアを買った。やっぱゼットンって素晴らしいな。


最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません

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