203話
「たく……どうなってんだ一体!」
急な坂を無我夢中で駆け上がる英と信長、その背中を肉塊が追い、信長の開けた脱出口を端から埋め尽くしながら迫っていた。
今にも追いついて呑み込もうとしてくる肉塊に対し、後続の信長が本能死の銃で牽制していく。その両腕にはまだ濃姫の亡骸が抱えられている。
「ッ――白武者! 砲撃で燃やし尽くすと同時にその爆風で一気に外へ出る! 貴様が盾となって爆風の影響を最小限に抑えろ!」
「成る程、了解!」
このままだと追いつかれるのも時間の問題、そう判断した信長は英に指示を下す。
その意図を素早く理解した英は足を止め、坂を滑って信長の横を通り、迷いなく肉塊へと突撃した。
そして肉塊の魔の手が英に接触するその直前、信長の"第六天雷"が放たれる。熱エネルギーの塊ともいえる砲弾は英を素通りし肉塊へと命中。
全てを燃やし溶かす高熱の爆発が起き、肉塊を消し炭にしていく。唯一それを受け止められるのは英のリッキーブルー、全身で爆風を肩代わりしてその余波で上へと吹っ飛ばされていった。
「――あっつ! だけど、出れた!」
英と信長が地上へ投げ出されると同時に、地下へと繋ぐ脱出口が完全崩壊する。
草地の上に着地し、辺りを見渡して現状把握を図る。辿り着いたのは病院から少し離れた場所だが、その変わり果てた光景に目を見開いた。
「な、なんだありゃ……!?」
方角は病院のある方向、しかしその面影は全く残っていなかった。
地下から広がった肉塊が地上にまで伸び、病院を丸のみにして尚成長を続けている。肉塊の表面は躍動し上へ上へと盛り上がっていた。
現実離れした光景に、英は開いた口が塞がらない。清潔感溢れていた外装は勿論綺麗だった庭も大地が抉れて見る影も無く、地獄のような景色であった。
「……アミメから伸びてた根っこみたいなやつが、地上まで上ってるのか? どこまでデカくなんだよ……!」
今も大きくなっている肉塊の大木に、一体どう太刀打ちすればいいのかと英は頭を抱える。まず今何が起きているのかも分からず、次の行動が全く浮かび上がらなかった。
兎にも角にも、伊音と忍を救出しなければならない。恐らくあの中にいるのだろうが、どう探したものか。
「ッ――雄白! 貴様無事だったか!」
「黒金! 象さんも! お前らは巻き込まれなかったのか!」
そこで黒金、豪牙と合流。別行動を取っていた二人が無事であることを知り取り敢えず一安心する。この二人まで飲み込まれていたら、絶望的な状況でしかない。
「おい、神童と小峰はどうした? それに信長、お前が抱えてるの……!」
「ッ……実は」
合流も果たせたところで、英は地下であった出来事を情報交換として話していく。
忍の活躍で状況は打破できそうだったが、最後の最後でアミメが濃姫の胎をその命ごと強奪。今起きている異常現象は"姫"の胎を手にいれたアミメによるものだということ、全て話す。
「――嘘だろ、二人はあの中にいるのかよ……!」
「全人類を甲虫武者にする……それはこちらでも聞いたが、まさかあの女を媒体にして行うものだったとは。
――じゃああれは、"人間を甲虫武者にするため"のものなのか……?」
現状も把握できたところで、一同は改めて異様な光景を一望する。
――病院を完全に取り込んだ肉塊はそのまま堂々と鎮座し続けるのかと思いきや、新たな動きを見せる。
現在の形としては、地上に露出した部分を基盤とし、そこから大木のよう天高く上へと伸びている。
変化が現れたのはその基盤部分。側面部分の肉壁がうねるように動き、地下で襲ってきた触手とは比べ物にならない程太い、巨大な足が形成された。
片側に三本ずつ、計六本。
全体の重量としては、ざっと数十万トンは下らないだろう。それをたった六本の足で持ち上げるなど可能なのだろうか?
そんな疑問など無意味だと嘲笑うように、巨大な肉塊が地面から浮き始めた。
「おいおい、立てんのかよ!?」
「いや、問題はそこじゃない。
足ができたということはどこかへ移動するつもりか!?」
そして黒金の予想通り、巨大な肉塊の塊が歩みを開始する。太い脚をゆっくりと上げ、力強く下ろす。その動作の度に大きな地震が起き、その光景は宛ら巨大怪獣が闊歩するようだった。
まさかあんな巨大な物体が一人でに立ち上がり、ましてや移動するとは思いもよらず、常識から逸脱した状況に驚かずにはいられない。
――こんな巨大な物を動かして、混蟲武人衆は一体何が狙いなのか?
「奴らの狙いは全人類の甲虫武者化……まさか!?」
更に何か気づいた黒金は、張り詰めた表情で飛行を開始。歩行を開始した肉塊の行き先を探るため、空から周囲を見渡す。
その進む先で目立っているのは、乱立するビルのジャングル。そこへ向かって何をするのか、一目瞭然だった。
「思った通りだ! 奴ら街の方にいる人間たちを狙ってやがる!」
「なッ――近くにいる人間を片っ端から甲虫武者にするつもりなのかよ!」
黒金の予想が当たっていたとしたら、益々ここで立ち往生している場合ではない。あんな巨大な物が街中を突き進めば、その被害は計り知れない。
勿論狙いは街の破壊などではなく、そこにいる大勢の一般人たち。混蟲武人衆の目的は全人類の甲虫武者化ならば、標的は全ての人間である。
「だ、だけど! 人間を完璧な甲虫武者にする為には"姫"の胎の他にも、伊音ちゃんの心臓が必要だって言ってた。まだ全部揃ってないんじゃ……!?」
「……甲虫武者化する人間を先に捕獲する為か。あまり考えたくは無いが、必要なものはもう揃えたのか」
最悪のケース、それは先ほどの肉塊に伊音が呑み込まれて彼女の命が奪われた場合。必要な物を全て手にいれた混蟲武人衆は、全人類の甲虫武者化に動き出すだろう。
「伊音ちゃんには小峰君が付いている。だからまだ無事だとは思うけど……」
「だが二人はあのデカブツの中、混蟲武人衆の連中もあそこにいるはずだ。それにあの肉塊がアミメから形成されたものだというなら、文字通り二人はあの女の腹の中だ。
いくらコクワガタの超スピードでも、逃げ切るのは難しいだろうな」
混蟲武人衆のアジトから逃げ出せた伊音だが、危機的状況なのは変わっていない。寧ろより危険な場所へと囚われてしまった。
忍が傍らにいる分まだ安心感はあるが、彼一人で混蟲武人衆の相手は流石に不可能に近い。
伊音と忍の救出――やる事は変わっていない。
「どっちにしろあのデカいのを止めなきゃならねぇ! あそこに乗り込んで二人を助けた後、奴らとの最終決戦だ!」
「ああ……ここで決着を付ける!」
そして今も移動している巨大な肉塊、混蟲武人衆の移動要塞とでも言おうか。あれを止めるためにも直接内部に乗り込み、奴らと戦いをここで終わらせる。長く続いた混蟲武人衆との抗争に終止符を打つべく、三人の甲虫武者は目の前の移動要塞を見据える。
いざ肉塊の中へ――とその前に、英たちは確認すべきことが残っていた。得物を構えて突撃する前に、後ろを振り返る。
「……信長、お前はどうするんだ?」
今までの話に全く入っていない信長、元々英たちに協力していたのは濃姫を助ける為、その濃姫が殺されてしまったら、こちらと協力関係であるメリットは無い。
問題は今信長が何を思っているのか。妻を殺された怒り、悲しみは勿論あるだろう。それがどこに向いているのかが重要であった。
――濃姫を殺した混蟲武人衆への怒りと共に、彼女を守れなかった恨みを英たちにもぶつけるかもしれない。甲虫武者という存在そのものに憎しみを抱いている可能性だってある。
「猿もどき共や信玄に翻弄され、濃姫も守れず、最早この信長に一国の大名を名乗る資格は無いだろう。
しかしこいつは最期に、あの小娘を守れと言った。
――亡き妻との約束を果たす、それがせめてもの"うつけの魔王"の矜持であろうな」
「……協力してくれるのか!」
「魔王たるこの俺がここまでされて引き下がるはずがなかろう。
終張国も濃姫も失った今、この信長に残されたのは魔王としての覇道のみ。例えその道を阻むものが山の如く巨大であろうと関係無い。
――全て蹴散らし、全て跪かせる。
まずは愚かにも俺の女を殺した、猿もどき共からだ」
しかし今の信長からはどこか吹っ切れたような、爽やかさすら感じる。
濃姫を失ったショックで、混蟲武人衆への怒りが遅れて今やってきたのかもしれない。
張り詰めた表情でそう宣言した信長だが、一瞬だけ哀しげな顔をして濃姫の亡骸をソッと下ろす。
――気のせいか、対する濃姫の死に顔は満足したような安らかなものに見える。
(待ってろよ……伊音ちゃん、小峰君!)
信長との協力関係も続行、三人の甲虫武者と一匹の武将が目の前の巨大な敵を見据える。
伊音を巡った混蟲武人衆との戦いが、いよいよ終わりに近づいていた。
「――これは、想像以上ですね」
移動要塞内部、開けた空間で金涙が惚れ惚れとした声を上げる。壁の裂け目から外の景色を一望し、移動要塞の大きさを確認していた。
部下に"姫"の胎を吸収させて造った自分の城。自分の夢の集大成とも言えるこの移動要塞に目を輝かせている。
「混蟲因子を生み出す"姫"の生殖器、そこから人を甲虫武者にする施設的なものが形成されるとは予測していましたが……まさかこれ程規模とは。
――これなら、予定より早く人々を甲虫武者にできそうだ」
「それは何よりだ、ドクター」
すると下から彩辻と嵬姿が上ってきた。禍々しい肉の壁と床に顔をしかめる彩辻だが、全人類甲虫武者化の為なら甘んじて受け入れる。一方嵬姿はこれから始まる激戦の予感に胸を躍らせ、興奮が隠せていない様子。
「お二人も足止めご苦労様です。早速全ての人間を甲虫武者に……と言いたいところですが、まだ伊音さんの心臓を手にいれていません。
現在小峰君と共にこの中のどこかにいるはずです。どちらかに彼女の確保をお願いします」
「分かった、私が行こう。
あの小童だけなら私一人で十分だ。嵬姿はどうせ白武者の元に行くんだろ?」
「勿論! ようやく一人で楽しめるってもんだ!」
バシッ、と嵬姿の拳をぶつける音が響く。
――伊音と忍はまだ生きている。この移動要塞のどこかにいた。しかし場所が既にバレてしまっている。彩辻と鉢合わせになるのも時間の問題だった。
「よろしくお願いしますよ二人とも、私はここで彼女を守っているので」
そう言って金涙が見上げた先には、肉塊の空間には似つかわしくない、目を奪われる物体がぶら下がっていた。
黄緑色の膜に覆われ、実るように存在する謎の物体。壁際に生える柱から垂れ下がり、血流のような流れがそこから生じ柱を通って床と天井に拡散されている。
「――アミメ、伊音さんたちはどこにいます?」
金涙がそう語り掛けるも、返答は無い。
しかし代わりに、伊音の確保を命じられた彩辻の足元が脈動を加速する。そこから案内するように、下への通路が出来上がった。
――伊音と忍はこの先にいる、言葉が無くともその意図は伝わる。
「さてと――彼らとの戦いもいよいよ終盤。これを乗り越え、伊音さんの心臓を手に入れれば、我らの大願は成就される。
今こそ、全ての人類を進化へと導く時――!」
更新頻度、次第に取り戻せてきた。
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