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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第一章:白武者の誕生
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1話

 目が覚めれば俺は、真っ暗な空間にいた。光も星も何も無い、まるで宇宙空間の孤独さ。ただ存在するのは自分が立っている足場だけであった。

土俵のように丸くそして広く、中心から波紋が広がるように木目が広がっている。そう――俺は巨大な()()()()()()()()()()


「……ほへ?」


あまりの突然のことに思わず間抜けな一言を漏らしてしまう。光も無いのに自分が立っているそこはちゃんと視覚でき、自分の体もハッキリ見えていた。まるで背景を真っ黒く染めたような絵の世界だ。

俺はここで何をしているのか、何故ここに居るのか、あらゆる謎が思いつくも何1つ解決できない。これは俺が馬鹿だからじゃない、誰だってこんな所にいたら困惑するだろう。

まずさっきまで何をしていたのか、それから思い出そうとすると、突如として右側から鋭い金属音が鳴り響く。


「ッ――何だぁ!?」


普段聞きなれないその音の正体を探るべく、音の方向を見るとそこには2()()()()()()が対峙し合っていた。


片方は黒く輝く2本の刀を持つ二刀流、その鎧は漆黒でありながらも鏡のように景色を反射している。もう1人は色と形、刀の数こそその黒い武者と同じだが、持っている刀は自分の身長よりも長かった。

音の正体はその2人が戦い、刀同士が衝突する音である。ぶつかり合う度にその金属音を打ち鳴らしていた。目の前で突然2人の武者が戦っている状況に、俺は言葉も出ない。ただその戦闘を傍観するだけに終わる。


「何だありゃ……!?」


圧巻していると今度は別の方向から衝撃波と共に轟音が耳に入ってくる。そちらの方へ振り向けばまた2人の武者がそこで争っていた。


1人は茶色のごつい大鎧を着た大男、その手にはそれまた大きな戦鎚が携えられており、激しい音と共に振り落とされる。その相手はさっきの2人のような黒い鎧で、鬼が持ってそうな金棒を振り回し、大男の戦鎚とぶつかり合っていた。

気づけば俺の周りには、沢山の武者が集まっており、1対1で戦っている。その中に俺はポツンと立っているわけだ。


短刀を持ち忍者のように素早く身軽に動く武者、ギザギザ刃のついたノコギリ刀を持つ者、黄金に輝く鎧を着た武者もいた。多種多様、十人十色の武者がまるで戦争のように争っている。


「な、何だよこれ……」


やがて鳴り響く金属音の中に、肉が切れる音、敗者の悲鳴が混じり始め、血飛沫も噴水のように上がっていった。今までの人生で見たことない程の惨状、斬られた時の悲鳴、その殺し合いを間近で感じるのが嫌になり、目をつぶり耳を塞ぎながらその場で屈んだ。


――頭がどうにかなりそうだ。頼むから止めてくれ!


しかし塞ぎ込んでも音が聞こえなくなることはなかった。それどころか瞼も閉じているため余計に聴覚を集中してしまい、鮮明に悲鳴と切断音が頭の中に入っていく。

それを少しでもマシなものにするために恐る恐る目を開ける。ずっと下を見続ければいいんだ、夢なら早く冷めてくれ!

すると、自分の前に()()()()()()()()ことに気づいた。


「え?――あぁ!?」


一体誰かを確かめるべく上を見ると、一番最初に映ったのはこちらに向かって振り下ろされる大剣。咄嗟に横に転がってそれを避けると代わりに丸太の地面が粉砕された。もし気づかなかったら俺はぐちゃぐちゃになっていただろう。


突然俺を殺しにきた犯人の正体は周りと同じような武者であり、ゲームでしか見たことない程大きな剣を自由に振り回している。その顔は何故かモヤがかかって見えないが、俺を目で捉えて不気味な笑みを浮かべているのは分かった。


「あ、ああああああああ!!!」


剣で斬りかかってきた時点でこの武者が俺をどうしたいのかは一目瞭然だろう、次の一手が来る前に立ち上がり慌てて走り出す。

途端に、奴は何故か俺を追いかけてきて、モヤの奥から鋭い眼光を放ってくる。きっと追いつかれたら殺されてしまうだろう、あまりの緊迫感に冷や汗が滝のように流れ必死になって丸太の上を縦横無尽に逃げていく。


「な、何で俺なんだよ!他にいるだろ!」


何故かその武者は俺を執拗に狙い続け、周りの連中には一切目もくれない。するとそんな武者にもう1人の武者が跳びかかった。

綺麗な黄褐色の鎧と盾を持ち合わせ、もう片方の手で大武者に斬りかかる。こいつも恐らく同じ存在だろうが、この際助けてくれれば誰だっていい。今は追いかけてくる武者がやられればそれでよかった。


しかしそんな悲願も空しく大武者の大剣はその盾を真っ二つに一刀両断、そして使い手の黄褐色の武者の体までも切り裂いた。胴体と下半身が別れを告げ、水たまりのようにその血が広がっていく。

その惨殺の光景に歯をガタガタ鳴らさず我慢することができず、益々目の前のこいつを恐ろしく思った。そして再び、大武者の目が俺を捉える。


「嘘だろ……どうなってんだよオイ!」


気づけば俺は巨大丸太の崖っぷちまで追い込まれ、前方からは大武者がジリジリと詰め寄ってきた。絶体絶命の状況、既に逃げ場など無く奴が目前まで迫ってくる。

やがて大武者はさっきと同じように大剣を片手で振りかざし斬りかかってきた。もう駄目だ、せめての抵抗で俺は漫画のキャラクターように両腕を前に出して防御しようとする。こんなので防げたら苦労はしていない。

しかしそんな諦めを否定するかのように、金属音が鳴り響き逆に大武者の剣が弾かれていた。


「……え?」


まさか本当に防御できたとは思ってもおらず、困惑の気持ちで瞑っていた目を開けて自分の両腕を確認する。

俺の両腕は、見覚えのない白く輝く籠手によって守られていた。





「……ッ!」


勢いよく布団から起き上がり今の時刻を確認する。目が覚めて最初に映ったのは使い古された時計と、嫌という程見慣れた六畳一間の我が家。家具も殆ど無いこの部屋は、俺が貧乏であることの他ならない証明となっていた。


……何か、とても嫌な夢を見ていたような気がする。


自分の頬を触れてみると、尋常じゃない程の汗を流していることに気づく。まだ夏場にもなっていないのに布団を湿らす程掻いていた。

そしてもう忘れてしまったけど、鳥肌が立つぐらいの悪夢を見ていたらしい。夏場というよりまるで冬場のように体が冷えていた。この汗で冷えてしまったのかもしれないが、目を覚ますには丁度いい冷たさだ。


「……バイト行く前に、顔洗うか」


今日は朝からバイト、こんなに目覚めが悪いと働きぶりにも影響が出るかもしれない。洗面台に立てば予想通りそこには酷い顔があった。元々白い髪のせいか一瞬爺が映ったのかと思ってしまう程である。

適当に顔を水で洗い、そのまま身支度をしてボロアパートを出る。例えどんなに酷い悪夢を見ようが今の俺に休むことなど許されなかった。

外せないシフト?店長から重要な仕事を任された?そんな大義名分によるものではなく、ただ単に()()()()のだ。


俺、「雄白(おじろ) (はなぶさ)」は情けない話貧乏フリーターであった。やりたいことも将来の夢も無く、適当に高校生を卒業してこうしてバイトの毎日を送っていた。21年の時間をだらけて過ごしてきたわけだが、今は生きるための使命感を抱いている。


兎にも角にも今はバイトだ、バスに乗る金も惜しいので毎朝自転車通勤で夜に帰ってくる。何度も往復したコンビニへと向かうためにハンドルを握ると、そこでようやく自分の異常に気づいた。


「何だこれ……痣?」


右手の甲に、見覚えの無い痣がある。それはまるで、()()()()()のような形をしていた。





「うーん……落ちねぇな」


バイト先のコンビニのトイレにて、いつの間にか付いていた痣、もしくは汚れをどうにか消せないかと手洗い場の前で悪戦苦闘していたが、一向に取れなかった。

てゆーかいつ付いたんだこれ?覚えが無いが俺の事だ、きっと知らない間にドジを踏んでやってしまったのだろう。


「おーい雄白君、そろそろ良いかい?」


「あ、はい店長!今行きます!」


まぁ今すぐ取れなくても別にいい、俺は店長に呼ばれて早速レジの担当につく。俺の1日は殆どここで過ごしており、最初は退屈であったがそもそも暇つぶしに何か趣味ができる程金銭的余裕は無い。

一番忙しい昼を乗り越え、気づけば外は暗くなっており客数も減っていた。今残っているのは仕事疲れしているサラリーマンとあの不良生徒……ん?


「……まったくもう」


今カウンターには誰もいない、店長は裏だ。それでも俺はジッとなんかしていられず何気ない仕草で店から出ていった不良の後を追った。外には仲間が数人おり、そのままどこかへ立ち去ろうとする彼の肩を掴んで立ち止まらせる。


「あ?」


「すいません、ポケットの中見せてもらえますか」


そう、今こいつは万引きをした。店に入った瞬間騒がしい奴だなと思ってはいたがお客様は神様という精神で黙っていた。しかしいくら神様だろうと泥棒は見逃せない。

不良は数秒顔を逸らしていたと思うと、いきなり顔面を殴り俺に尻もちをつかせる。昔から喧嘩や運動能力には自信が無かった。その情けない姿を見て他の仲間たちはケラケラと見下しながら笑っていた。


「黙ってろ、見逃さないと殺すぞ」


そう言い残して逃げようとする不良生徒たち、一度殴られようと、向こうが自分より強かろうが関係無い。俺はもう一度その肩を掴む。


「――てめぇ!」


「いいのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ!」


もう一度殴られそうになったがその前に口を開いて静止させる。その言葉に不良たちは首をかしげるだけであった。

そのまま振りかぶった男の腕を降ろし、面と面を向かい合ってちゃんと話し合う。


「人は誰でも生まれたことから()()()だ。だけど一度ついた汚れは何度洗っても簡単には落ちない。どんなに小さな汚れでも、()()()()()残り続ける。今謝るなら咎めない、だから……」


「……何訳の分かんねぇこと言ってんだ!」


そんなことを言いながら、俺の腕を振り払いもう一度パンチ、俺はまた殴り倒されてしまい頬を撫でる。どうやらまだ分かってもらえなかったらしい。

不良はそのまま屈んで俺と目を合わせ、襟を掴んで顔を上げさせてきた。


「気が変わった、うざいから潰す!」


そして他の仲間と結託してその場で俺をリンチし始めた。殴る蹴るの暴力が四方八方から襲い掛かり、俺にはどうすることもできずただそれを我慢するだけ。

例え仕返ししたところで大したダメージにならないことは知ってる、だがそれ以前にここで俺が手を出しても何の解決にもならないことも分かっていた。だから、こうしてリンチを黙って受けた。


「お……真面目野郎かと思ってたら……タトゥーいれてんじゃん」


すると不良は俺の右手の痣をタトゥーと勘違いし凝視する。そしてしばらくして鼻で笑い懐からカッターを取り出した。


「カブトムシってガキかよダセェな――俺がもっとカッコよくしてやる!」


そうして俺の右手を片手で抑えつけ、もう片方の手で握ったカッターの刃をそこに突き刺そうとしてくる。普通の人ならジタバタして抵抗するが、その時の俺は刺されることより()()()()()()()()()()()()()()()()()

不良の指先でその痣に触れられた瞬間、稲妻に打たれたかのような衝撃が頭に走る。気づけば俺はそのカッターの手を握って止めていた。


「あ?――のうおッ!?」


そしてそのまま片手で不良を持ち上げ地面に叩きつける。周りに群がっていた仲間も投げられた不良の下へと駆け寄った。


「てっ……めぇ!マジに殺してやる!!」


抵抗されたことに腹が立ったのか不良は激昂、他の仲間も刃物を取り出し一斉に俺の方へ向かってきた。

まず最初に刺そうとしてきた仲間のナイフを払い、そのまま両腕でその体を持ち上げて地面に落とす。次に2人の仲間が同時に跳びかかってきたので素早くその顔に拳を打ち込んで黙らせた。

そして最後に不良、カッターの軌道を読んで躱しそのまま首根っこを摑まえてコンビニの方へ投げつけた。すると不良の体はガラスを突き破り店内に転がる。

あっという間に、不良グループは壊滅していた。


「……あれ?俺何やってんだ……って何だこれ!?」


気づけば俺は、目の前の惨状に目を丸くしてしまう。あいつの仲間は俺の足元で気絶しており不良本人に至っては何故か店内に投げ飛ばされていた。

……俺がやったのか?まさか、自分にこんな力があるかもしれない。それに手を出さないと思ってた癖に何をしてるんだ俺は。

まるで、()()()()()()()()()()()ような感覚であった。


「お、おおおお雄白君!!何をやってるんだ!!」


「あ、店長……」


「いくらなんでもやりすぎだ!何てことをしてくれたんだ!」


「す、すいません!その何ていうか……」


駆けつけた店長の言い方だとやはり俺がこれをやったらしい。中にいたサラリーマン、そして周りの野次馬たちもドン引きした目でこちらを見ていた。

いまいちハッキリしないというか、未だに自分がやったと信じられない。操られていたみたいだったと素直に言えばいいが、そんな中二病みたいな言い訳が通じるわけがない。

寧ろ、()()()()()()()()自分がやったことが一番のショックだ。不良にあんな風に説教したくせに自分が手を汚してしまった。

しかし何よりショックなのが……


「君はクビだ!さっさと出ていけ!」


「えぇーーーー!?」


あの優しかった店長に、死刑宣告にも近い一言を言われてしまったことだ。





どうしたものだろうか、折角無理を言って毎週全てのシフトに入れてもらったのに恩を仇で返すことになってしまった。それ以前に新しいバイトを探さないといけない。

失意の中、俺は薄暗くなった道を歩く。あの騒動は一応正当防衛と認めてもらえたが駆けつけた警官たちにも「やりすぎ!」と厳重に叱られてしまった。


「あぁ~~!!たださえ今月やばいってのに~~!!」


家賃、その言葉が何度も勝手に頭の中で復唱され俺を苦しめる。このままだと本当に飢え死にしてしまう。何とか明日までにバイトを見つけなければ。

いつもより重い溜息を吐いて俯きながら歩く。すると視界の隅に気になる物体が映った。そこは公園だったが、その中心に千鳥足の人影が動いていた。相当酔っているのか何度も転びそうになっている。(理由:「千鳥足」と言う言葉だけで酔っ払いと言う意味になる)


あのままだと事故ってもおかしくないな……


あの人の家がどこにあるかは分からないが、少なくとも駅まで送り届けないと取り返しのつかないことになりそうだ。落ち込んでいる精神を奮い立たせ、急いでその人の下まで駆けつける。


「おーい、大丈夫です……か?」


しかしある程度近づいたところで、人助けしようという心がけは消えてしまう。何故なら、近くで見てその影が()()()()()()()()()ことに気づいたからだ。

人型は人型だが、どう見たって人間の頭の形状じゃない。暗くてよく分からなかったが、どうみても人ではない。

そう、その姿は――()。足軽の格好をした巨大な蟻であった。

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