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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十七章:虫籠に囚われし姫君たち
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198話

「――ドァラア!!!」


コーカサスの大剣が空振り、真っ白なタイルの床を砕く。

狙うは小峰忍、だがコクワガタのスピードを捉えることはできず一向に命中しない。


その翻弄は彩辻にまで伸び、目にも止まらぬ速さでその周囲を飛び回る。嵬姿よりスピードが上の彩辻でも一太刀浴びせることは難しく、その俊敏な動きを止めることはできなかった。


「ッ――鬱陶しい小蠅が!」


気づけば前方、後方、まるで瞬間移動のように転々としか捉えられない彩辻。

ならば自分の間合い全てに刃を走らせよう、と回転切り"紫電華やぎ"を繰り出すも、その時既に忍はその頭上で身を翻していた。


(コクワガタ――"削り隼"!)


「――ヅゥ!?」


そこから猛回転し全身を刃にして降下、瞬く間に彩辻の全身を斬り裂き着地する。彩辻にとっては上にいた忍がいつの間にか足元にいて、全身から血を噴き出していた。


見事彩辻に一太刀、いや多くの剣撃を浴びせた忍だったが、その達成感に浸る暇は無い。


「――忍! 横だ!」


「ッ――!?」


豪牙の警告も間に合わず、着地したばかりの忍へ大剣の振り払いが襲い掛かる。

"ようやく捉えたぞ"と言わんばかりに嵬姿の一太刀が炸裂、斬るというよりかは重い物が衝突した音が鳴り響く。


「ヌゥ――ラァア!!!」


「う、わァ!!」


直前で短刀を盾とし防ぐ姿勢に入った忍だが、コクワガタにそこまでの力とタフさは無く小さな体はいともたやすく薙ぎ払われる。

斬撃を受け止め切れず血を流す忍、血を巻き散らしながら吹っ飛ぶ彼を豪牙の巨体がキャッチした。


「――無理に攻めるな! 真っ向勝負は俺たちに任せろ!」


「うぐ、お願いします……!」


そのままソッと下ろし、すぐさま黒金と共に豪牙たちへ攻め込む。

オオクワガタ・クロツメの華麗な剣捌きが彩辻に追撃し、エレファスゾウカブトの豪快な打撃が嵬姿に叩きこまれる。


反撃されたとはいえ忍の翻弄は二人の注意を払い、黒金たちの接近を上手く隠せていた。三人の連携が怒涛の攻撃を生む。

しかし初手こそ当てることはできたが、二撃目にはしっかりと防がれてしまう。黒金の刃を彩辻の両刀が受け止めた。


「あんな雑魚の攪乱で私の隙を突けるなど笑止! 身の程を知れ!」


「そう言う割には、自慢の鎧が血で汚れているぞ!」


唾競り合いが続いていると、彩辻が踏み出し強い一太刀を繰り出す。そこから始まる彩辻の連撃、ニジイロクワガタの両刀が七色の残像を残し加速していく。


一方その隣では、豪牙と嵬姿の巨体同士が激しくぶつかり合う。両者重量のある武器のため戦いに重みが増すのは必然、鈍い音が病院内に響き渡った。

幅広い刀身に叩きこまれる大槌、しかしその程度で嵬姿が怯むはずも無く大剣によるカウンターが炸裂する。


「ッ――そもそも、何で神童と鎧蟲の姫さんを攫う必要があるんだよ!」


激しい攻防の最中、豪牙が根本的な疑問を思わず口にするも、返答など今更期待していなかった。激闘の内に零してしまった質問だが、なんと嵬姿は素直に答える。


「何って――そりゃあ人間全員を甲虫武者にするためだよ」


「――は? づぅあ!?」


一言も詰まらず素っ気なく返された答えに、豪牙は硬直してしまう。他の二人も同様に意味が理解できず驚きを隠せない。

そしてその隙に、嵬姿の重い剣撃が炸裂。豪牙の胴体を斬ると同時に忍の所まで吹っ飛ばした。


「象さん先生!」


「がはッ! だ、大丈夫だ……!」


それを見過ごせない黒金は一度彩辻から離れ、同じように後ろへ下がり二人を庇うように立つ。嵬姿たちの追撃を防ぐためだが、嵬姿の暴露は彩辻にとっても予想外だったのか、少しだけ言い争いが起きて戦いの手が止まった。


「貴様、口が軽いぞ」


「へっ、どうせ後少しで全部終わるんだろ? 今更言ったって大丈夫だ」


黒金たちもまた、混蟲武人衆の目的を知る。地下にいる英と同様に、その内容を受け止められない。


「人間全員を、甲虫武者に……!?」


「意味が分からん! なんだってそういう話になる!」


しかしそうなるのも無理はない。いきなり「全人類を甲虫武者にする」と言われても何も知らない者たちからすれば突拍子の無い話だ。

すると彩辻が呆れるように溜息を吐き、ゆっくりと刀を下ろした。


「――それもそうだな、身の程を弁えない醜男共に真実を教えるのも一興。

しかし嵬姿では全てを説明できんだろうから、私が教えてやる」






「――全人類を甲虫武者にする? しかもそれに伊音ちゃんと濃姫の遺伝子が必要って……一体どういう意味だ!」


所変わり、地下では英たちが彩辻と全く同じ内容を金涙から聞いている。

金涙の話に付き合い向こうの時間稼ぎには乗らないと高を括った英と信長は、すっかりその話術に呑み込まれていた。


「一からお話ししましょう。

全人類を甲虫武者にすると言いましたが、そんなことが簡単にできればこちらも苦労はしていない。


元々甲虫武者とは、混蟲因子を心臓に植え付けられた人間。そうして甲虫武者の心臓、"鋼臓"が全身に混蟲因子を行き渡らせて強靭な肉体へと変える。


それに気付いた私はまず鎧蟲の体から混蟲因子を摘出し、手術で心臓に植え付ける。それで人為的に甲虫武者を作ろうとしました。終張国の皆さんがしたようにね」


「……堕武者のことか!」


まず人を甲虫武者にする、という話と似たことを英たちは聞いたことがあるし実際に見たこともある。院内でも戦った堕武者だ。何故混蟲武人衆が堕武者を作っていたのか、それも今まで疑問だったが彼らの目的を知れば容易に察せた。


「その通り、成長した人間に植え付けても混蟲因子が上手く馴染めずあのような出来損ないになってしまう。

ならば赤子にしようと()()()()()()()がこれも失敗。


――どうやら、外科的手術では不可能のようです。赤子の場合混蟲因子による負担を受け切れずに()()()()()()()()()()()


「――ッ!! 赤子を、実験体にしたのか!!!」


どうしようもなく残酷な事をさらりと言った金涙に、英の怒りが頂点に達する。元々無関係な人間に人体実験をするような連中だとは思っていたが、赤子まで巻き込み挙句の果てにその命を無下にする非人道的行為はとても許せるものではない。


「やはり鎧蟲たちの方法ではないと完璧な甲虫武者は作れない。人間の体に上手く適合する混蟲因子の割合のデータも必要だった。

試行錯誤して自力でそれを導き出そうとしましたが、人の頭脳と技術ではどうしても限界があった。


しかし見つかったのです、人間の遺伝子と混蟲因子の完璧な割合を持つ体が! それが神童伊音さんです!」


しかし金涙自身に罪悪感や後悔が無いのはその態度で分かる。赤子の命を軽く扱うその言動とは裏腹に、話の内容はしっかりと英たちに伝わるよう勧めていく。

そして伊音こそが、金涙の求めていたものだという。彼女に甲虫武者の力など無い。それどころか戦う力も無いただの人間のはず。


「彼女は甲虫武者と普通の人間の間に生まれた、言わばハイブリット。先天的に混蟲因子を持ち、尚且つ人間の要素も持つ中間的な存在。それこそが彼女なのです」


今までのスケールの大きさから一変、ようやく英でも納得のいく話が出てくる。伊音が父鴻大から混蟲因子を受け継いでいてもおかしくはない。

だとしても、金涙が伊音個人に執着する理由が分からない。赤子で人体実験をするような男だ、自分の子供を作ってその子で試していてもおかしくはない。


「鎧蟲の繁殖は姫でないと親より強い子が生まれない、その性質が植え付けられた混蟲因子から受け継がれたのか、我々()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()が子はできなかった。人間との間なら尚更確率は低いはず。


——伊音さんは非常に希少な存在です。甲虫武者と人間の子が滅多に生まれるわけがない」


(……そう言えば、師匠も奥さんとは"子供が中々できなかった"って言ってたな)


今は亡き師匠の言葉を思い出し、その言葉が事実であることを悟る英。そこへ付け加えるように信長が口を出した。


「確かに我らは蟲術で毛無猿の赤子に種子を植え込み貴様ら武者を作った。最も終張国を脅かす存在になるとは思いもよらなかったがな。

しかしそんなことはどうでもいい、何故濃姫を必要とする」


伊音を必要とする理由は分かった。ならば濃姫は何故か? 金涙及び混蟲武人衆の目的など毛ほども興味が無い信長だが、そこだけは気になった。


「先ほども言った通り鎧蟲は自分より強い子を残せない、唯一例外なのは"姫"のみ。甲虫武者もその影響を少し受けており、伊音さんに甲虫武者の能力が無いのもそのせいかもしれません。


"姫"の繫殖能力は言わば完璧な混蟲因子を生み出す力。全人類を甲虫武者にする、つまり全人類に混蟲因子を植え付けるには必要不可欠なもの。それに全人類を甲虫武者にしても、繫殖能力がほぼ無かったら意味がありませんからね」


やがてスケールが大きすぎて聞く側としては雲を掴むような途方のない話に、段々と計画性が見えてくる。

伊音から手に入れた遺伝子情報を元に、濃姫の姫としての力を使って人間に混蟲因子を植え付ける。原理としては、堕武者の作り方と変わらない。


「伊音さんの完璧な遺伝子、そして濃姫さんの繫殖能力。この二つさえあれば人を堕武者のような失敗作ではない、完全な甲虫武者にできる。全人類を進化へ導くことが可能なのです!」


歪んだ生命観がどこまでも地下に響き渡る。論理や常識から逸脱した金涙の企みは全容までとはいかないが遂に英たちに伝わった。

長々と続いた話が終わり薄暗い地下を沈黙が支配する。一度に入った情報量があまりにも多すぎて、すぐに返答ができない。


――最初に口を開いたのは、人の世の理に属さない信長だった。


「全ての毛無猿を武者にする……中々面白い話だが、その為に濃姫の胎を必要とするのなら別だ。

猿もどき風情が俺の女に触れることすら烏滸がましい。ましてやその胎を頂くなどと、身の程を知れ!」


例え全人類が甲虫武者になろうがなるまいが、濃姫の死は決して見逃せない。己の愉悦を中心として行動する信長が唯一気遣う存在、それが濃姫。その寵愛こそが"うつけの魔王"の人情と言えるだろう。

濃姫に危害を加えることは、魔王の逆鱗に触れるも同じ。

そしてもう一人、怒りに身を燃やす者がいた。


「やれ人類の進化だの義務だの、大層な言葉並べているだけじゃねぇか!

そんな下らないことで伊音ちゃんを酷い目に遭わせて……師匠と面義を殺したのかよ!」


「白武者の言う通り、黙って聞いておけば気分を損ねた。

――我が本能死の獄炎による苦痛を以て償うがいい!」


信長の口が閉じると同時に放たれる熱線。これ以上の弁明に聞く耳持たずで、等々戦いの合図が鳴った。

この地下空間を崩さぬように威力が抑えられたものだが、それでも凄まじい熱気と炎が蔓延し金涙を一気に包み込んだ。


振動が床を走り壁に伝わる。本能死の炎は未だ燃え盛り消えることを知らない。爆音が通り過ぎた後の静寂にパチパチと音を鳴らしていた。

今ので燃え尽きたか? ――そんなこと、あるはずがない。


「――"超越"」


姿が見えずとも"涼しい顔"なのは、その呟きを聞けば分かった。

瞬間、風など吹くはずのない地下にて突風が起こる。本能死の炎が煽られ瞬く間に振り払われた。


やがて黄金の鎧姿が獄炎によって照らされて、薄暗い地下の中で輝きながら歩みを進める。同じく金色に光る二刀流で眼前の炎を掻き分けながら、銃撃など無かったように。


「鴻大さん、面義君。そしてこれからそうなる伊音さんに濃姫さん。人類の進化のためには必要な犠牲です。

――私は必ず人類を、黄金のように輝かしい未来へと導いてみせる」


かの者の名は金涙笑斗。又の名をオウゴンオニクワガタ。

人に歪な進化を齎す、黄金の武者なり。

なんだかんだ英と信長の関係性が自分でも気に入ってる。


最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません。

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