197話
「来やがったな、金涙笑斗!」
「それはこちらの台詞ですよ、まぁ顔を見られた時点でここに押しかけられるのは分かっていましたが」
まるで英たちがすぐに来ることを分かっていたかのように金涙は装うが、それは当然の話だ。
どういうわけか、金涙の"虫の知らせ"は擬態している鎧蟲を捉えられる。だからこそ濃姫を捕まえることができた。"そろそろ来る頃だと思って"と言ったが、実際にはこの病院に近付く前より先に信長の気配を察知していたはずだ。
「他の御三方がいないところを見ると、上で嵬姿さんと彩辻さんの相手をしているようですね」
混蟲武人衆の本拠地でその総大将と対峙しているせいか、今までにない緊張感が場を巡る。
いつかこの時が来るとは思っていたが、まさかこんな早いとは。この戦いで奴らとの因縁を終わらせる、そんな意気込みで太刀を構える。
「――大人しく俺の濃姫を返せ。さすれば苦しまぬよう一瞬で消し炭にしてやろう」
「おやいいのですか? ここで本能死のフル火力を使えば忽ち崩れ、伊音さんも濃姫さんも生き埋めになりますよ」
恩情の欠片も無い信長の警告も金涙には通用しない。それどころかその超火力を全力で出せないことも見透かしていた。
「――二度は言わんぞ」
しかし信長もこんな警告が通じるとは最初から思っていない。金涙の返答を待っていましたと言わんばかりに、数々の銃口を向けた。
いつ信長の銃が業火を吹いてもおかしくはない、濃姫を攫われた怒りは決して静まりはしない。
「まぁまぁ、少しお話をしませんか? こうやって落ち着いて顔を合わせるのも、最後かもしれませんしね」
「そんなこと言って、時間を稼ぐつもりだろ!」
そして英も金涙の話など聞く気は無く、白銀の刃先を突きつける。ここまで敵意を向けられているというのに金涙は構えるどころか変態をする素振りも見せない。
「これは貴方にも関係あることなんですよ英さん。勿論貴方だけではなく、黒金社長に象山先生や小峰君にもね。
――生物の義務とは、一体何だと思います?」
「……?」
金涙の意図が全く読めず、首を傾げる英。確かに自分たちをここに長時間留まらせるための時間稼ぎかもしれないが、本当に話がしたいのだと何となく分かる。そして何より金涙の巧みな話術と喋り方にどんどん惹きこまれてしまっていた。
「見ての通り私は医者の身ですが、その道に進む前は生物学者をしていました。といっても大した功績も残せていない、無名の研究者でしたが。
昔から生命の神秘に夢中で、何故ここまで惹かれるのか私自身も気になっていた」
自分語りから始まるそれは、直接的ではないが混蟲武人衆の目的にも繋がることを英は確信する。すぐにでも対決しようと意気込んでいたが、奴らの目的は知りたい。
「私は数年学んでその理由に辿り着いた。
私が夢中になっていたもの――それは生物の進化。
この星が誕生した時から現在に至るまで、地球上の生命体は進化と言う過程を幾度も繰り返してきた。
――天敵から逃れるため、過酷な環境を生き抜くため、より多くの子孫を残すため、生きることは進化することだと言ってもいい。
"進化"とは、全ての生物が辿る"道"であり"義務"だ。あらゆる種はこの世に生を受けたのなら進化をし続けなければならない」
やがて話のスケールは大きくなっていき、人間世界の理について詳しくない信長は勿論英にも想像できないものへとなっていく。
しかし悠々と語るその姿はその壮大な内容と非常にマッチしている。薄暗い空間もそれに似合った雰囲気を醸し出し、更に話へと引きずり込む要因となっていた。
「そしてその義務を、惰る者たちがいる――人間だ」
すると突然、金涙の表情が嫌悪の色へと染まる。
今までは仮面で素顔を隠し表情など分からなかったが、英たちと戦っている時すらそんな顔はしたことがない。常に澄ました印象を感じていた英には意外だった。
「奴らは自分たちこそが生態系の頂点だと驕り、蟻のように数を増やしていながら一匹たりとも次の進化へと進んでいない。
唯一進化と呼べるものは技術と知能の発達、しかしそれこそが驕りを生んだ。己が環境に合わせるのではなく、環境を己に合わせることによって進化を不必要だと捨ててしまった愚かな哺乳類。
下らない感情に身を任せ野生の本能も忘れてしまい、挙句の果てには共食い以下の殺し合いを繰り返す始末。このまま時が流れても奴らは進化などしない。
――だからこそ、私が導く」
人類を客観視、それどころか自分がその枠に入っていないつもりで話を続ける金涙。
――確かに甲虫武者は人間ではない。しかしカフェ・センゴクの武者たちや混蟲武人衆も所詮は人間社会で生きる者、それを頭ごなしに否定するのは些か身勝手だ。今まで金涙のペースに呑まれ押し黙っていた英も、ようやく口を開く。
「――ハッ、全人類の王様にでもなるつもりかよ! 御大層なこと言ってるが結局は我が身可愛さじゃねぇか!」
「私はそんなに野心的ではありませんよ。ただ今の世に蔓延るホモサピエンスたちを進化へと導けるのは我々しかいない、そう思っているだけです」
この男がそう絵に描いたような欲望の持ち主なら、事態はここまで複雑になってはいないだろう。しかし金涙の言動にはどこか使命感が感じられ、尚且つそれを帯びた自分に酔いしれている傲慢さは無い。本気で自分が人類を導けると思い込んでいる証拠だった。
「人類が進化を放棄するというのなら、無理やりにでも果たさせる。それが我ら混蟲武人衆の使命。
そしてそれを為せるものこそが、混蟲因子です。
――信長さん、甲虫武者が貴方がたの手によって作られたのは千代女さんから聞きました。
感謝します、鎧蟲がきっかけを作ってくれた」
「……何だと?」
今までほぼ蚊帳の外であった信長に、突然お礼を言う金涙。深々と頭を下げるその姿は隙だらけのはずなのに何故か発砲しない。
金涙の一挙一動が場を支配し、どんどん話を進めていく。
「――英さん、貴方は以前自分が人間ではないことに拒否感を示したそうですね」
「……彩辻の野郎から聞いたのか」
いつのことか英たちは彩辻と対峙した際甲虫武者、つまり自分たちが人間とは異なる存在であることを告げられる。金涙の言う通り、その時の英は自分が人ではない事実を受け止め切れず迷走していた。
言わば自分が格好付かない時期の話で、英としてもぶり返されるのはいい気分ではないし相手が金涙なら猶更のこと。
「しかし安心していい――我々こそ真の人類なのだから」
「……は?」
しかしその不快は、同じく金涙の言葉によって拭われる。それも意味不明な突拍子も無い言葉で。
金涙の言動を未だ理解できていない英に構うことなく、金涙は話を続けていく。
「私が甲虫武者として目覚めたのは丁度今の人類に失望し始めた頃、進化の兆しすら無い人間たちをどうすることもできない己の無力感に嘆いていると、見たことも無い虫の怪物に襲われた。
図鑑にも載っていない、人間サイズにまで成長し武器を扱う程の知能を持った鎧蟲たち。私の知的好奇心は一気に刺激された。
当然私は襲われ命の危機にさらされたが、それがきっかけとなりオウゴンオニクワガタの力が覚醒した――あの時の感動と言ったら今でも覚えていますよ!」
バッと腕を広げ、歓声のように弾んだ声が上がる。興奮、悦び、希望、爽やかな感情が金涙からとめどなく溢れているのが"虫の知らせ"で嫌と言う程伝わってくる。
「隻腕をも治す再生力、野生の勘よりも優れた第六感、そして甲虫の力を宿した強さ! 全てが人間の上位互換、これこそが私の求めていたものだと!
――甲虫武者こそが、人類の進化系であると確信したのです!」
「甲虫武者が、人類の……!?」
徐々に紐解かれる金涙の思想、英が最初に考えていたような私欲に駆られたものではないことは既に解っていた。しかしその考えは予想をはるかに超えるものだった。
「そして後日、鴻大さんと知り合ってこの力が私個人のものではなく、同じ存在が他にもいることを知り決断した。
この素晴らしい身体を、進化の究極体を、全人類に与える。それで人類の進化は果たされる。
傲慢によって打たれた終止符を、私が剥がすと――」
「……まさか」
やがて英でも、混蟲武人衆が何を企んでいるのか次第に解っていく。しかしそれが当たっていたとしたら途方もないにも程がある。自分の頭足らずが生んだ妄想だ、と自分自身で一蹴した。
――それを肯定するように、英の予想と一言一句同じ言葉を金涙は言い放つ。
「――全人類を甲虫武者にする。その大義を私は果たしてみせる。
そしてそれには、自分より強い混蟲因子を産みだせる"姫"濃姫さんと、人と甲虫武者の間に生まれた伊音さん、お二人の遺伝子が必要なのです」
悪役に思想語らせるの楽しい
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