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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十七章:虫籠に囚われし姫君たち
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193話

「今戻りました。何かありましたか?」


とある病院にて、清潔感溢れる廊下を白衣姿が歩く。その佇まいからして病院内での地位が高いことが伺える。実際話しかけられたナースは男より年齢が一回り上のように見えるが、敬意を払って答えた。


「いえ特に問題はありませんでしたよ。あっそういえば佐藤さんの入院についてですが……」


たった今病院に戻ってきたというのに、すぐに仕事の引継ぎや現状の確認を完璧にこなし、その手腕を見せつける。

端正な顔立ちに加え仕事もできる、仕事仲間たちに慕われていないわけがなく絶大な信頼を置かれていた。特に用も無いのにナースや女医たちが、相談という形で少しでも会話を続けようと集まってくる。


そして普段から目で追っているからか、一人が普段と少しだけ様子が違うことに気づいた。


「院長なんだかご機嫌ですね。良いことでもありましたか?」


「あ、顔に出てました? まぁ私事なんですけどね」


バレちゃってたか、と照れくさく浮かべるその笑みは益々女性たちの好意を集めるが、それと同時に"もしや恋人でもできたのではないか"と危惧する者も現れた。


そして院長はその場を後にする。

人気のある顔が誰もいない方へ向いた瞬間、可愛げのあるものから不敵な笑みへと変貌した。






場面はその病院から少し離れた、カフェ・センゴク。

深い闇の中、自分を呼ぶ声に忍は意識を取り戻していく。重たい瞼をゆっくりと開けた先には、自分を抱える豪牙の顔があった。


「――峰、小峰!」


「……あ、え?」


ハッキリまでとはいかないが、徐々に頭も働き始める。

一体自分はどうしたのか。豪牙の他に英と黒金、そして敵だった信長の顔を見て少しずつ思い出していく。


確か黄金武者と戦ったが負けてしまい、その後は――


「ッ……伊、音さ……ん!」


自分の敗北、それ即ち伊音の危機。

想い人が今どうしているのか、すぐにでも体を起こし周囲を探そうとするも千切れかけの四肢ではそれも叶わず、ただ無理やり足掻いて余計に傷を酷くしてしまう。


「これを食え、小峰!」


すると豪牙が黒金から渡されたチョコバーを忍の口に押し込む。ようやく自分が瀕死であることに気づいた忍は、残された力でそれを噛み砕きすぐに喉へ通す。


見る見るうちに傷が治っていき、腕と足も元通り。それでも出血分の血液の生産はまだ追いつかず、起き上がるのも暫くかかった。


「――伊音さん、伊音さんは!?」


ようやく己の力だけで動けるようになったところで、改めて彼女たちの安否を気にする。忍の悲痛な声に対し英たちは悔恨溢れる顔で俯くことしかできない。


「……混蟲武人衆に、捕まっちまった」


「ッ――!」


英の押し殺すような声を聞き、忍の顔が絶望に染まる。

伊音を守れなかった。自分に彼女とカフェ・センゴクを任せてくれた英たちへの申し訳なさと、己の不甲斐なさに身がはち切れそうになる。


色々なものが入り混じった涙が自然と溢れ、八つ当たりのように地面に拳を打ち続ける。


「……ごめん、なさい! 僕が、僕があいつを倒せていたら……!」


忍の慟哭に誰も声を掛けられない、彼を責め立てることも慰めることもできなかった。悲痛な叫びがただ響く。

――信長以外の皆が、自分がもっと強かったらと考える。伊音を攫われたことによる喪失感が意気消沈させる。


「ええい、その伊音などという小娘などどうでもいい! 我が妻も攫われたのだぞ、いつまでここにいるつもりだ!」


信長の急かす言葉が全員の耳に入る。ほぼ部外者の彼からすれば当然のことだろうが、それでも空気を読んでいないように感じ腹が立ってしまう。

しかし言っていることは正しい、自分たちに止まっている暇は無い。


「……そうだな、早く神童を助けねぇと」


「雄白、奴らのアジトに心当たりがあるようだが……」


そこで全員の視線が英に集中する。

伊音と濃姫を攫った金涙が向かった先は恐らく混蟲武人衆の本拠地、英はその場所を多分知っていると言った。それを黒金が問う。


「――素顔を見て気づいたんだが、前に黄金武者に会ったことがある」


「奴にか……!?」


英は金涙との激闘の末、その顔を隠していた仮面を切り捨てた。そこで初めて面識があったことに気づいた。


「まだ象さんや小峰君が甲虫武者になる前、面義が伊音ちゃんを攫った日のことだ。説得する為に、あいつが通ってた病院に行ったんだ」


「……それは、俺が調べさせたやつか」


もう随分前の話のように感じてしまう。豪牙や忍がカフェ・センゴクの一員となる前、英と黒金と鴻大以外にも甲虫武者がいた。


――橙陽面義、メンガタクワガタの武者。一時期は英たちとも協力関係にあったが元々混蟲武人衆と繋がっており、自分の病気を治す治療費の為仕方なく伊音を攫ったことがある。


その際英は黒金に教えてもらった病院に、面義を説得する材料を探しに赴いたことがある。そこで英は面義の事情について知ったのであった。


「――黄金武者はそこの院長、名前は確か……"金涙笑斗"!」


そこで英は初めて金涙笑斗の名を敵として捕らえた。予想だにしなかった人物、まさかあの時の院長が混蟲武人衆のボスだとは思いもよらなかった。

まず金涙と初めて接触した時、英はまだ混蟲武人衆の存在すら知らなかった。初対面でその正体に気づけるわけがなかった。


「病院の院長……そんな奴が親玉だっていうのか……!?」


「その病院、確か名前は新界総合病院といったな。そこの院長は若手で腕が立つと調査結果にあったような気がする。

だが黄金武者は鴻大さんの同世代、少なくとも俺たちよりかは年上のはずだ」


英の話を聞くにつれ、黒金も自分が調べさせた情報を次第に思い出していく。しかしその内容と実際に見た金涙の人柄に差があり、どうしても納得がいかない。

そうなるのも無理はない、かつて鴻大の仲間でもあった金涙は伊音を手にいれる機会を伺う為に自分の死を偽り、尚且つ顔すらも変えていた。


(じゃあ何か、面義が必死になって治療費を稼ぐのも思惑通りだったというのかよ!)


――そしてあの時の院長が黄金武者だったということは、あの時英は金涙の手の上で踊らされていたと言っても過言ではない。


それに面義、彼はあの病院での治療費を稼ぐために悪事を働いた。なら一番の道化は彼であり、あまりにも報われない話だ。


その治療費があまりにも高額だからこそ面義は仲間を裏切る覚悟をしたのだろうが、果たしてその治療費が正規の値段かどうかも怪しい。もしかすれば、面義を操るために高額な治療費を叩きつけた可能性だってある。


「じゃあ混蟲武人衆のアジトって……」


「確証は無いけど、多分その病院」


「例えアジトじゃなくても、金涙笑斗の居場所の見当はつくかもしれんな」


行き先は決まった、金涙が院長を務める新界総合病院。そこが混蟲武人衆の本拠地である確証はまだ無いが、それでも金涙笑斗の行く手は分かるかもしれない。


「行き先は決まったようだな、ならば今すぐ行くぞ」


「待て信長、お前も人間の姿に化けろ」


すぐにでも行こうとする信長を黒金が止めた。濃姫と違って今の信長はムカデ姿のまま、こうして近くにいるだけでも"虫の知らせ"は強く反応している。


流石に信長にも擬態してもらわないと病院などに行けるはずがない。しかし黒金の命令口調が癇に障ったのか、僅かに怒気の漏れた声で断った。


「猿もどきがこの俺に命令だと? 確かに俺は擬態にも慣れているが、何故この俺が貧弱な毛無猿共に気遣いなどせねばならん。それに貴様なんぞが俺に命令するなどおこがましいにも程がある」


あくまでも信長が優先するのは濃姫のみ、擬態しないせいで病院にいる無関係な人がパニックになるなど関係ない。ただ濃姫が救えればそれで良かった。

その傲慢な態度に顔をしかめる黒金だが、ここでこの中では一番信長の人柄を理解しているであろう英が持ちかける。


「そのままだと向こうの"虫の知らせ"にも気づかれる。どうせなら奇襲したいだろ」


「あの……そのことについてなんですが」


そんな信長の説得に忍が申し訳なさそうに手を上げて、恐る恐る二人の会話に割り込む。


「その金涙って奴……あいつの"虫の知らせ"は、どうやら鎧蟲の擬態も見極められるみたいなんです」


「擬態を……!?」


鎧蟲の存在やその強さは甲虫武者の"虫の知らせ"によって分かる。それに対する鎧蟲側の対抗策が擬態だ。姿形は勿論その気配すら偽ることができ、人間世界を堂々と歩くこともできる。


現にカフェ・センゴクの面々は擬態している光秀と長時間共にいたことがあったが、その際に"虫の知らせ"は反応していない。擬態の凄さはよく分かっていた。


「……もしそれが本当なら、金涙がカフェ・センゴクに直行できた説明が付くな」


「強いだけじゃなくて"虫の知らせ"まで別格なのかよ……!」


話を続けるにつれ、金涙笑斗という男がますます気に食わなくなっていく。鴻大と互角に渡り合えるその実力に加え、擬態も効かない"虫の知らせ"、これが才能や天賦だと言うのなら、何故神はよりにもよってそんなものを与えたのか。


「ッ、濃姫の擬態も無駄だった訳か。尚の事俺が擬態する必要など無いな」


「い、いやそれでも擬態は必要だろ! 擬態を見極められるのは金涙だけ、他の甲虫武者に気づかれないようにしても損は無い!」


自分たちの擬態を軽くあしらわれたことに腹が立ったのか、先ほどの議論に戻り更に開き直る信長。例え金涙に効かなくとも擬態の必要性は変わらない、寧ろこうして真の姿を晒し続けているとどこからともなく嵬姿がすっ飛んできそうで怖かった。


「お前だって濃姫助けたいだろ! 今は協力してくれ!」


「……チッ」


意地を張り続ける信長。しかし濃姫のこととなれば仕方ないとは口に出さないが、無言のまま擬態を始める。

溢れる男気でありながら見惚れる程の美男子、長い髪を総髪にしていなければ女性と見間違えてしまうだろう。


鎧蟲から人間の姿になる光景は今までにも何度か見たことがあるが、こうして擬態をするところは見たことが無い。その変わりようは甲虫武者の変態とも重なる部分があり、つい悠々と眺めてしまう。


「一応聞いておくが、擬態中での戦闘は可能か?」


「……できないことはないが、我らのあれは言わば自分の体を毛無猿の皮で無理やり抑えているようなものだ。戦闘には向いていない」


紺色の和服の袖から伸びる腕を見せつけるように動かす信長。擬態前と比べて思い通りに動かせないせいか、少し表情が曇っている。しかしその顔が人間のものになったおかげで、前よりかは信長の表情が顔色が窺える。


「どちらにしろ完全な奇襲は無理か……」


「それに病院で戦うとなれば、何も知らない患者たちを巻き込んじまうかもしれねぇ」


「じゃあいっそのこと、病院の近くに誘き出すか? どうせ信長の気配でバレるんだし、それを逆手に取って」


このまま病院に向かってもいいが、もしそこで混蟲武人衆と再び相まみえることになるなら戦闘は避けられない。そうすると無関係な人達まで巻き込む可能性だってある。ただ単純に助けに行くわけにも行かない。


「兎に角、急いで病院に向かわねぇと!」


「そうだな、細かい内容は道中話せばいい。

混蟲武人衆が伊音ちゃんと濃姫を使って何を企んでいるかはまだ分からんが、今は急を要する。


――新界総合病院、混蟲武人衆の本拠地となれば何が起きるか分からん! 気を引き締めろ!」


黒金の号令に一同がその通りにし、伊音、そして濃姫奪還の為覚悟を決める。

ただしこの戦いが二人の女性の安否だけでなく、この()()()()()()()()()()ものだとは、まだ知る由も無かった。

最近鼻づまりが酷くて、よりにもよって寝るときに詰まります。腹が立ってしょうがないです。


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