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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十六章:虫唾奔る大乱戦
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185話

(これは……一体どういう状況だ!?)


親と妹の仇である信玄を前に、怒りで我を忘れる黒金。しかしその後に現れた混蟲武人衆を見てすぐに正気を取り戻す。そして各勢力の強者たちが揃い踏みしているこの事態に驚愕せずにはいられなかった。


(何故混蟲武人衆が信玄のクソ野郎に加担し、信長と姫と敵対している!?)


傷だらけの信長とその側で守られている「姫」、更には信玄と金涙たちが当然のように並び立ちその二匹を追い詰めている。英たちは偶然この奇妙な対立関係に巻き込まれたと言えるだろう。


混蟲武人衆も自分たちと変わらない甲虫武者、カフェ・センゴクも光秀と手を組んだことはあるが、奴らが鎧蟲側と連携するような組織だとは思えない。十中八九自分たちの目的しか考えていないのは明白だからだ。


「時に黒武者たちよ、貴様らが信長を釘付けにしていたおかげで快調に元終張国を殲滅できた。礼を言うぞ」


「終張国を殲滅……!? それに俺たちが信長を釘付けって……!」


「その通り、貴方がたが信長軍と戦っている時に終張国へ信玄さんにご招待させてもらったのです」


英たちの前では仮面で素顔を隠す金涙が、横から割って信玄の代わりに話す。このやり取りが混蟲武人衆と信玄が協力関係であることの決定打となった。


そしてあの日自分たちが死線を潜り抜けていた時に、終張国でとんでもないことが起きていたことも知る。

あの時の英たちは自分たちの戦いに精一杯だったし、何よりもその前の全面戦争以来から混蟲武人衆は全く姿を現していない。気付けるはずもなかった。


「――この者たちの力を借り、邪魔者を一掃した。謙信もいない今、最早残るは貴様のみ。そして濃姫さえ手に入れば、我が改斐国の歴史が始まる。

信長でも謙信でもなく、この信玄が天下を手にいれるのだ!」


信玄の私欲にまみれた野望、堂々と恥ずかしげもなくその本性を曝け出す。両腕を派手に広げて高らかにそれを語る表情は、年老いた顔付きに似合わず下劣に口角を曲げ目を背きたくなる程下卑たものだった。


「ッ……老体が、我が妻の尻を追いかけまわすとは気色の悪い。貴様のそれはただの夢語りでしかない!」


「ほう……ならば、貴様の目指していた天下はどうだ? 終張国はほぼ壊滅し、貴様を慕う兵はもういない。

天下統一の道を閉ざされ、その前で無様に縋り付く敗者。そんな貴様が捨てきれん夢より遥かにマシだと思うがね」


信玄の突き刺さるような言葉が炸裂するも、信長は言い返せず言葉が詰まる。ズタボロになって屈している己と、自分の兵を従えている信玄の姿とは天と地の差がある。悔しいが今の信長はまさにその言葉通りだった。


「――さぁ、敗者の負け惜しみは聞き飽きた! 姫を捕えろ!」


そして信玄の指示が下され、後ろで待機していた蜂たちが一斉に飛び立つ。標的は信長の側にいる濃姫、怯える彼女に魔の手が迫った。


「ッ……逃げろ濃姫! 俺が足止めをする!」


「そ、そんな……無理です信長様!」


迫りくる蜂たちを銃撃で撃ち落としながら濃姫の逃走を促す信長、しかし今の濃姫は数日間追われた疲労感と恐怖で限界が訪れていた。それに信長の元から離れる勇気が無かった。戦う力も無い彼女に、嫌い生物が蔓延る世界で一人逃げろと言うのはほぼ無理難題だろう。


「気持ちが悪いと思うが毛無猿の姿に化けてどこかで身を潜めていろ。

――俺が必ず、迎えにいく」


その時、自分を庇う信長の振り向いた瞳に濃姫は心打たれる。

強く天下に名を轟かせ、容赦のない魔王の異名を持つ自分の夫。そんな彼は自分の前だけでほんの僅かな優しさを垣間見せる。


そんな魔王の愛くるしい一端が、今も感じられた。絶対に自分を迎えに行くという自信と共に。


「……分かりました。でもどうか、ご無事で……!」


勇気を振り絞り喉からやっと出たように、濃姫は信長の言葉を受け止めた。

食事も碌にできなかった為、その四肢は枝のように細く走り出しただけで息を切らしている。そしてその姿は、見る見る内に人間のものへと変貌していった。


その容姿は蝶の時と変わらない淑やかさ、美しさを捨てておらず黒い長髪をなびかせる。眉目秀麗という言葉がそのまま人の形になったような姿へ化け、その場から走り出す。


濃姫の人間嫌いは味だけではなく、その姿も含まれている。なので人外ではあるが外見的な違いはない甲虫武者も恐怖の対象であり、今こうして化けている自分の姿も鳥肌が立つほど嫌だった。


それでも今は足を止めず、ひたすら逃げなければならない。後ろに残した夫を心配する暇も無く、未知の世界に対する不安と追われているという恐怖が彼女の背中を押すと同時に足枷となりながらも、無我夢中で走り続けた。


「流石に足軽では信長の弾幕を突破するのは不可能か……」


「なら、是非とも我らにお手伝いさせていただきます」


信玄の横の金涙がそう丁寧に答えると同時に、待機していたアミメと彩辻が同時に動き出す。鋭い眼光を走らせ、まだ遠くまで逃げられていない濃姫に迫った。


(ッ――!)


自分の横を通り過ぎる気満々の二人に対し、信長は銃口を向き直して発砲する。しかし傷のせいか狙いが定まらず、尚且つ左右に分かれている為同時に狙いづらかった。


虫の知らせで躱していくアミメと彩辻。

しかし信長の弾幕を抜け濃姫の元まで一気に飛ぼうとしたその時、割り込む二人の武者によって遮られ、停止せざる得なくなる。


「貴様……醜男!」


「ッ……黒金、大五郎!」


アミメは黒金が、彩辻は豪牙が食い止め一蹴。オオクワガタの両刀とエレファスゾウカブトの大槌が二人を薙ぎ払い金涙たちの元まで戻させた。

突然の妨害に顔をしかめる彩辻たち、すると今度は嵬姿が前に出てその大剣を豪快に持ち上げる。


「俺は姫なんざどうでもいい、だが白野郎とムカデ野郎がいる!!」


そう言って大剣で斬りかかる相手は信長、濃姫のことなど目もくれず強敵の再来に我を忘れていた。


「あの時の続きを――しようぜェ!!!」


信長に迫るコーカサスの大剣と巨体。対する信長は本能死の大砲を形成しその砲撃で迎え撃つ。高熱の塊である砲弾が破裂し、目前を炎と爆発で筒込んだ。

しかし、嵬姿は咄嗟に大剣を盾にして砲撃を防御していた。

絶対に逃がさんと言わんばかりに近付き、信長に襲い掛かる。


――が、今度は白い刃が代わりにそれを受け止め、信長を守った。


「――アァ?」


「うぐぉ……!!」


コーカサスの大剣と衝突する白い刀身――グラントシロカブト、雄白英が信長を庇い嵬姿を突き放す。

いつしか信長の前にはカフェ・センゴクの三人の甲虫武者が揃い、敵である筈の彼に背中を見せ、前方の信玄と混蟲武人衆と対面していた。


「まずはテメェから相手してくれんのかよぉ、白野郎!」


「ああ! 来るなら来い!」


ただ混蟲武人衆と対立するためではない、明らかに自分を守ろうとしていることに気づいた信長は、思わず呆然とした。つい先日に殺し合った標的が何を思ったのか自分に背中を預けているからだ。


「……何故だ、何故俺に力を貸す白武者。同情のつもりか?」


素朴な疑問をそのまま声に出し目の前に立つ英に聞く。いくら考えても彼らが自分を守る理由が見当たらない、寧ろこの状況は敵と敵が潰し合いをしているだけでそもそも干渉する必要が無いのだ。


もし落ちぶれた自分を見て可哀想に思ったからなどと答えたら、いくら一度の攻撃から守ってくれた恩があろうと後ろからその頭を撃ち抜く。自分が認めた強敵であろうと、誰かに同情されるのは信長のプライドが許さなかった。


「……そんなんじゃない。取り敢えず混蟲武人衆が何かするって言うなら野放しにできないだけだ」


「それに……信玄の喜ぶ顔が見たくない。これ以上奴の下卑た面を見続けるくらいなら貴様に手を貸した方がマシだ」


しかし同情や哀れみなどではない、それを答えたのは他ならぬ鎧蟲憎しの黒金だった。いくら信玄への憎しみが勝るとはいえ、鎧蟲に手を貸すことは今までの彼から想像もできないだろう。


「――光秀が命を賭して守りたかったもの、見させてもらうぞ」


完全に赦したわけではない、信長が大勢の命を奪ったことに変わりない。しかし先ほどのやり取りを見て、黒金は光秀の顔を連想していた。

ここで信長を見殺しにしては光秀の死を自らが無駄にするようなものだ、鎧蟲に対する複雑な感情が黒金の中で入り乱れていた。


「こんな時にピッタリな言葉があるんだぜ、

『昨日の敵は今日の友』ってやつだ。俺は国語教師じゃないけどな」


「……まずそれは国語で教えるような言葉なのか?」


そして豪牙の粋な一言にツッコミを入れる。

信長の前にズラリと並ぶ英たち、まだ変態はしていないが混蟲武人衆と信玄たちにいつでも仕掛けられるよう得物を構えていた。

そんな中、英が前を向いたまま信長に小声で話しかける。


「……さっき俺の仲間にコッソリ連絡しておいた。濃姫って奴はすぐに保護されると思う」


「貴様……そこまで」


信長を助けるだけでなく、濃姫の保護まで考えていた英たちに信長が声を掛けるも最後まで聞かずに三人は一歩前へ出た。

翳すは右手の痣、そして英だけは左手の痣も曝け出す。


「――降臨ッ!!」


「――開戦ッ!!」


「――出撃ッ!!」


そしてそこから溢れる糸が全身を包み込み、巨大なカブトムシとクワガタの蛹を形成する。

やがてその内部で鎧の装着を完了し、各々の武器で己を解放する。銀色の太刀が一刀両断し、黒く輝く二刀流が交差、巨大な大槌が豪快に打ち破る。


「我こそは――ヘラクレス、リッキーブルー!!」


「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我が名は、オオクワガタ!!

そして――黒爪ノ姿!!」


「俺こそが――エレファスゾウカブトだ!!」


英はヘラクレスリッキーブルー、黒金は光秀の力である黒爪ノ姿と最初から全力を出し混蟲武人衆と立ち向かう。

その変態の光景を見ていた信長は、奥底に眠っていたうつけの血がようやく起きたのか、笑みを浮かべながら外套を翻す。


「――武者共に守れているだけでは魔王の名が廃る。この俺の刃となることを認めよう、白武者たちよ!」


そして英たちの横に並び、計四名の戦士が信玄たちに立ちはだかる。先日の大戦乱を見た者からすれば意外な共同戦線だろうが、あり得ないわけでもない。

この数日間――光秀、信長、濃姫、鎧蟲たちの内側を見続けた。その敵対関係が完全に消えたわけではないが、決して無駄な共闘とは言い切れない。


奇しくも対する敵も同じ、甲虫武者と鎧蟲の協力関係。しかし違いがあるとするならば、信頼関係の有無だろう。


「ほほう……貴様らも手を組むか、どうする鬼武者殿」


「信長との共闘は予想外でしたが、遅かれ早かれ対立していたでしょうね。ならここで早めに殲滅するのもありですが、今は姫の確保の方が優先でしょう?」


まるで腹の探り合い、敬称を使い合ってはいるが何やら穏やかではない。しかし今だけは協力関係と、共に英たちの敵となっている。

金涙の言葉に信玄は目線を合わせずに頷き、その軍配団扇を振るう。

すると蜜蜂のように小さな兵「蜜魔兵」が、その周囲を守るように飛び回る。


「全く往生際の悪い、改斐国の大名たるこの儂が引導を渡してやろう!」


そうして始まる異例の戦い、甲虫武者も鎧蟲も双方に存在する奇妙な対立関係、その間で交差していた様々な思想と感情が今集結する。

その先にあるのは果たしてどんな結末なのか、それが今決まる。

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