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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十六章:虫唾奔る大乱戦
185/230

184話

 空に広がる晴天の爽やかさ、心地よい風が頬を撫で身を清めてくれる。こんな日は散歩でもすれば一層晴れ晴れとした気分になるだろう。


そんな過ごしやすい日の中、カフェ・センゴクでは何とも言えない微妙な空気が流れていた。

店長である英とその養子となった伊音は店で静かに仕事をし、客である黒金と豪牙、そして小峰は寛ぎながらもどこか落ち着いていない。


——信長軍との戦いから二日、実質的な勝利をした英たちは浮かれることもなく、元に戻った日常を過ごす。その裏でとんでもないことが起きているなどと露知らず。


「……お前ら、何か食うか? サービスするぞ」


「……いや、大丈夫だ」


「俺もいいかな……小峰は?」


「あ……僕も大丈夫です」


気のせいか会話が弾まない。いつもなら英の頭の悪い一言に黒金が反応しそこから喧嘩へと発展。それを豪牙と忍が止めるのが普段の流れであった。しかし四人共どこか消沈し、その空気もどこか悪い。


――ようするに、気を緩めることができなかった。


信長軍との戦いには勝利したが、今回の戦いで改めて鎧蟲の数の多さを実感する。今までで一番数の多い勝負に、地の利で何とか勝つことができた。しかし次は()()()()()()()()()()()()


次はいつ来る? 誰が来る? どれぐらい来るのか? そう日は挟まないであろう次の戦いを英たちは警戒していた。何なら、今来てもおかしくはない。


そしてもう一つの要因に、光秀のこともあった。


彼と過ごした時間そう長くない、たった数日間だ。それでもその死は大きく甲虫武者に影響を与えていた。

特に鎧蟲憎しのはずの黒金が一番ショックを受けていた。光秀の力を受け継ぎ新たな力「黒爪ノ姿」を手にいれ、この中で最も光秀との時間が長かった。その為その間には奇妙な絆が生まれていたのだ。


光秀の死を黒金がどう受け止めているかは分からない、決して「悲しい」といった言葉では言い表せないものであることは確実だろう。


「……そう言えば、結局何で信長は途中で帰ったんだろうな?」


やがて少しでも会話を続けようと、少なからず抱いていた疑問を聞いてみる。他の人が分かるはずもないのは解っているが、純粋な好奇心だった。


「粗方終張国(むこう)で何かが起きたんだろう。俺たちには関係無いがな」


黒金はそう言って飲んでいた紅茶のカップを置くが、実際は大いに関係のある事態であることを知らない。今の英たちは完全に蚊帳の外とされていた。


「関係無いって……少しは気に掛けてやれよ。もし終張国で大変なことが起きてたら、死んだ光秀が浮かばれないだろ」


「言っておくが俺はあいつの思想まで受け継いだ覚えはない。鎧蟲共が内輪揉めで滅んでくれるならそれほど有難いことはないだろう。

――最も、信玄の奴だけはこの手で殺さなければ気が済まん」


光秀と信頼関係を築き、その力を受け取ったとは言えその在り方は変わっていない。その復讐に妥協は許さず、あくまで打倒信玄だった。


それでも最近の黒金は本当に変わっていた。前までは復讐のことだけを考えていたが、今となっては自ら信玄の名前を口に出して顔をしかめることもなく、落ち着いた様子が見られる。これも光秀の影響かもしれない。


「……あの信長っていう奴、また来ますかね?」


光秀と信玄の件で少々場の空気が悪くなってしまったが、それでも会話のきっかけにはなる。空気を読みながら恐る恐る忍が口を開いた。その問いに担任教師である豪牙が答えた。


「まぁまた来るだろうな、決着付けるって言ってたし」


豪牙が加わったことにより少しだけ明るくなる雰囲気、教師という職業上普段から多くの生徒の親身になって接しているおかげか、重苦しい空気を緩めることには慣れていた。


「それにしてもコーカサスといい信長といい、英は敵によく好かれるな」


「……全然嬉しくねぇんだけど」


「フッ、お似合いだぞ」


「なんだとこの野郎!」


やがて英と黒金の喧嘩がいつも通りに始まり、それを他の二人が笑いながら仲介に入る。静まり返っていた店内は一気に騒がしくなり、普段のカフェ・センゴクが戻ってきた感じだ。


他に客がいないからいいものの、流石に店内で騒ぎ過ぎだろう。唯一それを傍観していた伊音が止めるべきだろうが、彼女はその光景を見て笑みを零していた。


「……あはは!」


「伊音ちゃん……?」


突然笑い始めた伊音に一同は不思議に思いその可愛らしい笑顔を見る。彼女がこんな風に笑うのはいつぶりだろうか、あまりにも楽しそうに、そして可憐に笑うものだから大人三人組は何だか恥ずかしくなってしまい、彼女に密かな想いを寄せる忍は見惚れてしまう。


「あっすいません……やっといつもの皆さんに戻った気がして、安心しちゃったんです。この間の戦いが終わってから、何だか暗くて……」


「あ……それはゴメン」


ようやく気を引き締め過ぎていたことに気づき、英たちは少しだけ反省する。警戒することに損は無いが、あまりし過ぎても彼女に不安を与えるだけだった。それが緩み元に戻ったことにより、伊音の感情を堰き止めていたものも消える。


「……お父さんがいなくなったカフェ・センゴクが、変わったり無くなっちゃいそうで怖かったんです。


――でも英さんが店長になってくれたり、今までみたいに皆さんがお客さんとして来てくれて、この店は変わらずにある。

本当に……ありがとうございます」


「伊音ちゃん……」


言わばこのカフェは、自分を愛してくれた父の忘れ形見だ。そしてこの店に英、黒金、豪牙、忍の四人がいること、それが彼女にとっての幸福であった。


改めて頭を下げ、丁寧に礼を言う彼女の姿を見て英たちは感動する。自分たちが守ってきたものがあまりにも尊く、また自分たちの居場所にもなっているからだ。

今は亡き神童鴻大が遺したこのカフェ・センゴク、絶対に守り通さなければならない。


「――ッ!?」


そして誰かがその返答に口を開いた瞬間、四人に衝撃が走る。

まるで英たちの決意を確かめるように、四人の虫の知らせが反応した。


気を緩めようとした矢先、空気を読まない鎧蟲の出現に内心悪態をつく。しかし今までのものとはどこか違和感があることにも気づいた。


「虫の知らせ……だけどこれは……?」


「……()()()、っていうより()()()()な」


四万という大群を返り討ちにしたので次はもっと多くの数が来ると想定していたが、その反応はあまりにも弱い。弱すぎて正確な場所はおろか数すらも把握できない。とてもじゃないが戦いにきたとは思えなかった。


咄嗟に身構えた英たちもその小ささにどこか気抜けしてしまい、警戒より疑問の方が打ち勝つ。何も感じられない伊音にとっては四人が突然立ち上がり、そのまま硬直しているようにしか見えなかった。


「……でも無視はできないよな! ちょっと行ってくるか!」


「でもこれなら全員じゃなくてもいいかもしれんな、誰か残るか?」


「じゃあ僕が残ります、何かあったら呼んでください」


油断しているわけではないが、この弱々しい反応に四人も割くのはどこか勿体ない気がし、それに念の為の伊音の護衛もあるため忍が残りの三人が現場へ出向くこととなる。


「すぐに終わると思うけど、行ってくるね伊音ちゃん」


「はい、お気をつけて!」


忍に彼女を任せ、英たちは店を出て虫の知らせが示す場所へ向かう。スマホの地図と感覚を照らし始めて、目的地を予測する。

場所は街外れにある少し広い空き地、これなら一般人を巻き込むこともないだろう。


虫の知らせも小さいためそこまで不安要素も今の所無いが、何が起きるか分からない。もしかしたら混蟲武人衆の堕武者かもしれない、実際に足を運んで確認しなければならない。


「……ここか」


目的に到着すると、その空き地は思っていたよりも汚れており不法投棄だろう家電ゴミが至る所に転がっていた。その為か見渡しが悪く、どこに何が潜んでもおかしくはない。


三人は注意深く奥へと進んでいき、その反応のすぐそこまで近づくとゴミの陰に隠れる。まだ反応が小さい理由は分かっていないが、痣から各々の武器だけを形成し鎧蟲を逃がさないよう分散して待機する。


(……よし)


そして黒金の合図で一気に姿を現し、取り囲みながらそれを確認する。奇襲に近い形で姿を現し、牽制として得物を前に突き出した。

しかしその姿を見て、英たちは思わず動けなくなってしまう。


「……信長!?」


それはつい先日戦ったばかりの武将、信長。そしてその傍らには初めて見る蝶の鎧蟲が怯えて蹲っていた。


「……白武者、全くお前らは……突然姿を現すな」


向こうもこちらの姿を確認するも、臨戦態勢に移り一番近い英から距離を取ろうなどといった抵抗を見せず、ただジッと見つめるだけだった。

また英もいつでも斬りかかれるよう刀を構えていたが、傷だらけでズタボロな姿に思わず躊躇してしまい刃を下ろす。両者硬直し沈黙が続いた。


「……どうした? 斬らんのか」


「……ッ」


つい二日前互角の勝負を繰り広げ、お互い瀕死となった。英は傷の再生を終えていたが、信長に治っている兆しは見られない。寧ろあの時より酷くなっている気もする。


――確かにあの強敵が傷だらけで目の前にいるのなら、信長の言う通りトドメを刺す方が良いだろう。しかし今の信長はあの時には見られなかった威圧感と覇気が感じられる、迂闊に手を出せば万肢砲術の銃弾が飛んでくるかもしれない。


英は信長の死角で待機している黒金と豪牙を視線で止め、取り敢えず様子見する意図を無言で伝える。信長の身に何があったのか、聞きたいことがあるからだ。


「……そいつもしかして、姫ってやつか?」


虫の知らせとはまた違う直観、そこにいる雌の鎧蟲の正体を教える。対し信長は無言を貫いたが、それは最早肯定だった。

――鎧蟲、及び終張国の運命を担う存在。光秀から聞いていた濃姫がこうして目の前にいることに三人は静かに驚愕する。


だが益々以てその濃姫と信長が、それも酷い有様で人間の世界にいる理由が分からない。直接戦った英には、信長の体に自分が付けたものとは違う傷が多いことに気づく。


そして問いの続きを英が口にするより先に、蜘蛛の巣が頭上に出現した。


「ッ――新手か!?」


終張国へと繋がる出入口、何が来るか分からないので英たちはすぐに警戒態勢となる。同じように信長も、味方の出現ともいえる蜘蛛の巣を何故か睨みつけていた。


「チッ……もう来たか!」


今何が起きているかが本当に分からない。強敵と対面する時とはまた別の緊張感が走り動揺を隠せずにはいられなかった。

やがて蜘蛛の巣から、新手が姿を現す。その姿にいち早く反応したのは他ならぬ黒金だった。


「――信玄!!!」


何故こいつが来るのか、そんな疑問より先に怒りと恨みが出る。黒金家の仇である信玄が数十匹の蜂を従え、弱々しい反応しか示していなかった虫の知らせが飛び起きるように覚醒した。


「ん……誰かと思えば何時ぞやの黒武者か。何故貴様らが信長と共にいる?」


「信玄……しつこい奴め!」


信玄を見た瞬間、信長は濃姫を庇うようにして銃を構える。同じ三大名であるはずの二匹が対立している光景を見て英たちは益々混乱に陥った。

しかしすぐに理解した。黒金がカフェ・センゴクで言っていたような「内輪もめ」、光秀が信長を裏切ったように鎧蟲同士の戦いが行われていたことに。


「濃姫を渡せ信長、儂から……いや儂等から逃げきれると思うか?」


そして次に現れたのは、忘れたくとも忘れられない黄金の鎧。そしてその後に続き大男、女武者、虹武者が続々と蜘蛛の巣から出てきた。

何故こいつらが鎧蟲の使う出入口から現れるのか? ――その内情を知らない英たちにとってはもうパンク寸前だった。


「混蟲武人衆!? 何でお前らが信玄と……!?」


「おや英さん、それに黒金さんと象山さんも。奇遇ですね」


「おー白野郎じゃねぇか!!!」


甲虫武者の敵である混蟲武人衆、その内の一人である嵬姿が英の姿を見た瞬間歓喜の声を上げる。

カフェ・センゴク、混蟲武人衆、鎧蟲、この三大勢力が揃うとは思いにもよらなかった。気抜けた虫の知らせから始まったにしてはその規模が大きすぎた。


遂に同じ力を持つ者同士の戦い、その終着がすぐそこまで来ていた。

――この戦いで誰が勝利を掴み取るのか、それで未来と運命が決まるのであった。



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