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蠱毒の戦乱  作者: ZUNEZUNE
第十五章:終張の変
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182話

焦熱紅蓮天魔「本能死」の銃撃によって爆風が辺りを包み込み、緊張感によって冷めていた空気はその熱さのせいで超高温にまで熱せられる。息を吸うのも苦痛になる地獄の暑さ、しかし鎧蟲たちだけはその影響を受けない。


「……俺の国で、随分好き勝手してくれたではないか。

挙句の果てに濃姫にまで手を出そうとは……命知らずもここまでくると称賛に値する」


終張国へ戻ってきた信長の体は英との戦いによりズタボロだったが、ここに来るまである程度の傷は薬で癒していた。

万全な状態とは言えないが、それでも混蟲武人衆を牽制するぐらいには戦えた。


しかし手負いであることには変わりない。万全だったら戦況は変わるかもしれないが、その傷だらけの体を見て金涙は警戒心を少しだけ緩めた。


「——初めまして、三大名の信長公。我らは混蟲武人衆、勝手ながら貴方の奥方をいただきに参りました」


そこで改めて名乗りを上げる金涙。奥様をいただく、という何も隠さずハッキリと言い切ったことに信長は顔をしかめる。それは負ける気がしないと自信に満ち溢れた一言だからだ。


「黄金の鎧……貴様か、濃姫を猿嫌いにさせたのは」


信長は勿論この終張国という存在が決して無視できない存在、それが金涙である。

人を食べより多く、そして強い子を成すのが姫の役割。それを長らく中断させた張本人と言っても過言ではない。


「いくら甲虫武者であろうと、こいつは貴様の肉を食う気にはならんだろう。

——跡形もなく吹き飛ばす大義名分ができたものよ」


金涙とは初対面である信長だが、こいつには恨みしかない。

金涙さえいなければ終張国の発展は円滑に進んでいただろうし、一度ならず二度までも濃姫に危害を加えようとしている。強い戦士や酔狂な者を気に入る信長だったが、金涙だけは怒りしか湧かない。


その黄金の鎧に向けられる万肢砲術の銃口、いつ発砲してもおかしくはなく一触即発の状態となる。

しかし最初に動いたのは、その後方にいた彩辻だった。


「――!」


信長が正面の金涙に意識を向けている隙に音もたてず、その背後で隠れていた濃姫へと跳びかかる。

その側にいた成利が気づいた時にはすぐそこにまで迫っていた。七色の刃が彼女に向けられる。


「キャ――!?」


――が、濃姫が悲鳴を出すより先に銃声が奔る。背を向けたままの信長が銃身だけを転回させ素早く彩辻を撃ち落とした。


「うぐぉあ……!!」


炎の弾丸はニジイロクワガタの装甲を貫通しその体内で破裂、彩辻の体を内側から燃やしていく。意気揚々と斬りかかった彩辻をたった一撃で薙ぎ払った。


それに伴い同じ方向からアミメが、そして金涙のいる方から嵬姿が走り出す。前後からリーチに優れた甲虫武者が連携し信長を挟み撃ちにする。

しかし大剣だろうが長刀だろうが、銃の前ではちんけな棒きれでしかない。


「濃姫――伏せていろ」


信長がそう小さく忠告するより先に、濃姫は頭を下げ成利はそれに被さるように保護する。

何故信長の意図を読めたのか、既に大量の銃口が四方に向けられていたからだ。


「――『極楽焦土』ォ!!!」


「ぐぉお――!?」


「ッ……!」


全方位への一斉射撃、刃先が届くより先に分厚い弾幕が迸る。アミメは勿論図体のデカい嵬姿が受けてしまい、途轍もない熱量と数に圧倒される。


信長の万肢砲術及び本能死は広範囲を一瞬で蹂躙でき、それを真正面から受け止められるのは英のリッキーブルーのみ。いくら混蟲武人衆と言えど信長をそう簡単には倒せない。


「アッツ! ムカデ野郎……この間と全然違ぇ!」


「あの時か……当然だ、貴様如きに全力を出していたと思っていたのか?」


以前信長と戦った時と比べ進化していた本能死の弾丸に圧巻する嵬姿、そもそも毒と炎という本質的な違いもあり、今の信長は全く知らない相手と言っても過言ではない。


英のような硬い装甲が無ければあの弾幕の中を突き進むことなどできない。たったの一発でも受けてしまえば息も詰まる熱さが全身を包み、悶絶せずにはいられなかった。嵬姿も段蔵との戦いで浴びた火遁を思い出し、あれが可愛いく感じられる程苦しい。


「もう出し惜しみはせん、だがそこの鬼武者以外は形を残してやろう。濃姫に食われてこの終張国の礎となることを誇りに思うがいい」


「おやおや、私も随分嫌われてしまいましたね」


しかしそんな弾幕の隙間を縫うように進み、信長へ接近し刃を振り下ろす存在がいた。混蟲武人衆のボスである金涙が全く臆せず斬りかかる。


信長は咄嗟に銃を手元まで寄せてその剣撃を防御、刃と銃身が衝突した瞬間に発砲し金涙を突き放した。


「やはり貴様が親玉か……俺の国にずけずけと足踏み入れて荒らしやがって」


そこで改めて金涙と対面する信長、口では余裕を語るがたった一太刀と銃弾の躱し方を見ただけでその実力をある程度把握した。信長の拳が更に強く握り絞められる。


(この男……強いな)


「今の銃撃……嵬姿から聞いていた以上のものでした。

貴方が全快なら少々苦戦しそうですが、生憎今の貴方は英さんたちとの戦いで疲弊している。その傷も治りきらなかったようですね」


そして金涙は信長が懸念していたことをズバリ言い当てる。英との戦いで受けた傷は完全に治癒しておらず、急を要する事態だったので回復にそこまでの時間が掛けられなかったのだ。


自分が不利な状況には変わりない、果たして今の自分でどこまで戦えるか。信長が危惧していたのはそれだった。


(それに加え他の三匹、こいつらはまだ大丈夫だが……四匹同時に相手をするのも果たしてどこまで持つものか)


しかも相手は複数、こちらにも成利という味方がいるが彼には濃姫の護衛に努めてもらいたい。実質四対一という状態であった。

今見せた「極楽焦土」のような全方位攻撃を連続で放つのにも無理がある。このまま普通に戦えば限界が訪れるのは信長の方だった。


(――この信長も焼きが回ったか? 白武者に比べたら、少しは蹴散らしやすいものよ!)


だがそんな懸念など、魔王としての誇りと自身がすぐに払い消す。

信長が英に苦戦した理由はリッキーブルーの硬すぎる強度にある、つまり混蟲武人衆には英のような強行突破ができないということ。勝ち目は十分にあった。


「たかが四匹……すぐに始末してやろう!」


そう言って信長が次に狙ったのは金涙たち……ではなく、自分の周囲だった。

丁度混蟲武人衆と自分たちの間に銃撃を叩きこみ、その影響で打ち上がった煙で身を隠す。


「――成利、命を賭して濃姫を守り通せ!」


「ハッ――!」


ここで初めて信長は成利に声を掛け、濃姫の護衛を再度命令する。

爆炎によって敵の目から隠れている今が好機――成利は濃姫の有無も聞かずその手を取り崖から飛び降りる。

片腕だけで何とか彼女の細い体を抱え、安全な場所を目指して飛んでいく。


「――逃がさない!」


煙が晴れたところで成利たちが逃走していることに気づいたアミメは、すぐにそれを撃ち落とそうと長刀で斬撃を斬り飛ばす。

しかし信長の銃弾がそれに追いつき、成利たちに当たる前に空中で爆散してしまう。


「――あいつの元には行かせん。

それに一匹や二匹抜けた状態でこの信長が倒せると思っているなら、いくら手負いと言えど嘗めすぎだ」


成利たちを追おうとする混蟲武人衆の前に立ちはだかる信長、今まさに標的が遠くへ逃げようとしていようが、この男を無視することはできない。


しかし金涙たちに焦りの感情などは一切見られず、どんどん濃姫の姿が小さくなっているというのに慌てもしていない。その落ち着きが信長には不気味に感じられた。


「……ええ、ここは鎧蟲(あなたがた)の総本山。

ここまで何とか上手く事は進みましたが、()()()()()この終張国が攻略できるとは思っていません」


「……何?」


金涙の不穏な一言に、信長の焦燥感が煽られる。敵を目の前に余所見など普通ありえないが、今しがた飛び去った成利たちを見ずにはいられなかった。



――その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()



「――なッ!?」


一体何が起きたのか、それを考える暇も無く隙を突いて金涙が斬りかかる。墜落する成利たちを追いたかったが、混蟲武人衆がそれを許さなかった。


「お仲間が射抜かれたようですね、助けに行かなくてよろしいのですか?」


「貴様……ッ!」


いけしゃあしゃあと戯言を吐く金涙に対し怒りが込み上げる信長、しかしそれを発散するより先にあの矢を放った者を探さなければならない。

矢を使う甲虫武者など見たことがない、矢が飛んできた方向からしてあれは空を飛ぶ者たちによって放たれたものだ。金涙たちの攻撃を弾きながら上を見上げた。


(あれは……終張国の弓兵!?)


そこにいたのは弓を構えた姿を隠す気も無い蜂の弓兵たち。赤い装甲で身を守り同胞であるはずの成利を矢で攻撃していた。

蜂の鎧蟲を従えている戦力は一つしかない、蜂たちが飛んでいる真下で堂々と立つ存在を見た信長は、思わず顔をしかめる。


裏切りに対する怒りどころか、()()()()()()()()()()()。ある意味そこにいる者を予想できていたからだ。


「――武者共が終張国を攻めてきた、その伝令を聞いた時に内通者がいることは察せた。しかしただの一兵がそんなことをすれば目に付くはず、つまり内通者は少なくとも足軽よりかは権力を持つ者。


我らが大軍勢を率いて武者狩りに向かっている時を狙い、この国に武者共を手引きしたわけだ」


成利も考えていた裏切り者の存在、混蟲武人衆を終張国に招き入れた者がいると信長は踏んでいた。そしてその者が勝手に人間界との繋がりを作っても不思議ではない、足軽より身分が上であることも予想していた。


そして信長の脳内では、それができて尚且つ混蟲武人衆と内通していてもおかしくない人物を連想していた。そしてそれが正解であると教えるように、信長の前に姿を現す。


つい先日不穏気な空気を出していた、あの武将。自分と同じこの終張国を支配している大将軍。


「本性を現したか……()()!」


「――ご明察の通り、此奴らを手引きしたのは儂だ。信長」


黒と紫の陣羽織をはためかせ、軍配団扇を振りかざす。それを扇げば風と共にその威圧感が周囲に渡る。

三大名――信玄、そしてその軍勢が終張国に反逆の狼煙を上げた。

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